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4章 消えた彼らが行く先は

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 ダンッ!と音を立ててコップがテーブルに置かれる。勢いで水が溢れた。

「俺が殺人鬼だと? 馬鹿馬鹿しい。とんだ濡れ衣だ」

 暗闇の中で助けた者はやはりジストの幼馴染であるコーネルだった。怪我はないが、強気の表情の中に若干の疲弊を感じる。

「とんだ節介や思ったら、あながち無駄でもなかったか」
「フフ。やはり私の言った通りであった!」

 偉そうに笑うジストはニンマリとした顔でコーネルを見る。

「どういう意味だ?」
「最近、君に似た殺人鬼が夜間に人を襲っていると聞いてな。メノウを連れて夜道を警備していたのだ! そこで偶然にもあの殺人鬼に襲われている君を見つけた。私の推測は大当たりだ! ふはは!」
「逃がしてもうたやん」

 率直な反応にもジストは涼しい顔だ。

「あの怪我ではしばらくまともに動けないだろう。本当は捕えたいところではあったが、それは警備隊に任せよう。我々は立派に勤めを果たした!」
「めでたい頭やなぁ」
「コーネルは私に感謝するといい。私が君を救ったのだから!」
「誰が貴様などにっ!! あんな奴、俺が一人でも……――」
「私達が君を見つけた時、君は追い詰められて喉を裂かれそうになってはいなかったか?」
「ぐう……」

 決まりが悪そうに舌打ちをしたコーネルはコップの水を乱暴に飲み干す。

「それで、君は何故こんなところに? ここは城からもそれなりに離れた場所だぞ?」

 今いるここは、副都ニヴィアンの果てとも言うべき場所。確かに、コーネルが住む首都カレイドヴルフの王城からはかなり離れた地だ。

「俺はお前を追ってきた」
「私を?」

 ジロリ、とコーネルはメノウを睨む。

「仮にも一国の王子が、こんな素性の知れない傭兵という犬を連れて歩くなど……品がない。俺はお前を連れ戻しにきた」
「またそれか。いいかコーネル、私は遊びで旅をしているわけでは……――」
「なになに、騒がしいけど」

 扉からアンバーとサフィが顔を覗かせた。

「……なんだあの者達は」
「あぁ、紹介が遅れたな。二人は……」
「コーネル王子?! コーネル王子じゃん!! なんでこんなとこに?!」
「お、王子様……?! 行方不明、って……!」

 同じタイミングに同じようなリアクションをする謎の二人組に、コーネルは開いた口がふさがらない。

「ジスト、お前、また変な連中と……」
「旅は道連れだ! 私達はこれから黒の国へと向かう。君には悪いが、連れ戻される気はない」
「正気か、ジスト?! 黒の国に行くだと? そんなところへ行ってどうするつもりだ?」

 ジストは神妙な顔つきで深呼吸をする。そして、コーネルをしっかりと見据えた。

「私はミストルテインを復活させる。その為には、犠牲になった多くの者の想いを果たさなければならない。黒の国には、緑の国を襲った理由があるはずなのだ。それを探しに行く」
「……本気か」
「あぁ、そうだ」

 しばらく沈黙する。

「俺を連れて行け」

 ジストは目を丸くした。

「君を?」
「そうだ。お前が本気なのはわかった。だがなんだ、連れ歩いている連中は。こんなよくわからない奴らに、もしもお前が殺されたら癪に障る。俺がお前を打ち負かすまでお前に死なれては困る。だから連れて行け」
「わかった」

 あっさりと承諾したジストにメノウの呆れた視線が刺さる。

「知らんで。ワイの仕事にそのあんさんの護衛は含まれてへんからな」
「はっ! 誰が傭兵の護衛など受けるものか!! 俺はジストとは違う!! 貴様こそ俺の足手まといになるなよ!!」

 ギリリと歯を覗かせるコーネルに苦笑いだ。

「さてコーネル。そうと決まったからには、まずやってもらわねばならない事がある」

 そう言うと、ジストはおもむろにペンと紙を取り出して彼に差し出した。

「なんだ?」
「まずはラズワルド殿に無事を知らせる旨と、これから私に同行する旨を自筆で書くのだ。
当たり前だろう? この不良め!」

 バツが悪そうな家出王子に、忍び笑いが漏れた。



 
 その頃、月の明かりからさえも逃れるように暗がりを行く青年がいた。右脚に受けた銃創から溢れる血を気にも止めず、ただどこかへと向かう彼。

(……失敗した。何故だ? どうしてあいつが既にジストと共にいる? 何故『俺』はこんな場所で一人歩いていた? 可笑しい。こんなはずじゃない……)

 相変わらず凍ったように無表情のままの彼は、その裏で数多の考えを巡らせていた。それは、彼が途方もない時間と経験の中で探り当てたはずの『現実』。また新たな可能性を受け入れるには、この青年は疲れすぎていた……――。

(とにかく、正さなければ。そうしないと、ジストは……俺は……――)

 その心は、既にヒトとしての範疇を越えている。それでも、どこか悲しそうに揺れていた。
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