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1章 暗く仄かな風の匂い
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さて、と腰に手を当てたジストは、周辺から向けられる好奇の視線も気にせず、奥のカウンターまで歩いていく。長だと紹介されたその女性は上品な出で立ちの緑髪の女性。年の頃は三十代半ば、といったところだろうか。ジストの気配に気が付いた彼女は、薄い灰色の瞳をこちらへ向ける。
「君がギルド長か?」
ジストがそう尋ねると、女性は読んでいた書類の束を置いてクスクスと笑った。
「あらぁ、随分とご尊大な旦那様がいらっしゃいましたこと。年上の者に対する態度が成ってないのではなくって?」
ここまで真っ直ぐに批判されたのは、生来初めてといってもいいかもしれない。ジストは面食らったが、構わず身を乗り出す。
「私はジスト・ヴィオレット・アクイラ。緑の国の第一王子で……――」
「面白いご冗談を仰るのね、んふふ」
女性は垂れた目を細め、唇に指の背を当てて笑いを漏らす。
「冗談? 何を言うか! 私は正真正銘、この国の王子だ! その証拠にこの指輪がある!」
半ば怒鳴るように、ジストは右手を女性の目の前に突き出す。――女性は薄ら笑いを浮かべたままだ。
「わたくしにはその指輪がどんな価値を持っているか……? そうね、その金はとても高く売れそう。一体どこの畜生貴族から拝借していらしたのかしら? んふふ」
「ふーざーけーるーなっ! 私を盗人扱いするとは、一体どういう心算かね?!」
ダンッ!と思わずカウンターにジストの拳が落ちる。女性は座ったまま小さく跳ねた。
「君は確か……そう、『アルカディア家』の者のはずだな? 我々アクイラ王家に仕える二大貴族の片割れのはずだ。そんな君がこの王家の紋章を知らないはずはない!」
「あら、いやですわ。どこからそんな情報を仕入れたの? あんなクソ一族の末裔だなんて恥、墓まで持って行きたいほどのものですのに……」
埒が明かない。ただでさえここまで死ぬ気でやってきたというのに、なんと呑気な反応なのか。ジストはついに痺れを切らせて、再び拳を叩きつけた。
「王城が陥落した! この国の王、我が父は昨夜お亡くなりになった! その息子たるこのジストが、使者としてこの地へ来たのだ! すぐに王都へ救援に行ってくれ、頼む! もうどれだけの犠牲が出たかわからないのだ!」
ジストの渾身の叫びに、周辺がざわつく。
「王城が落ちた? ミストルテインの? まさかそんな」
「国王陛下が亡くなった? 今日が即位の儀式の日だろ? なんでまた」
そのどよめきに包まれるジストは、握った拳をぶるぶると震わせて唇を噛んでいる。見つめていた長の女性は、ジストの悲痛な叫びを酒の肴として味わっている連中にチラチラと視線を投げる。ふう、と息を吐いた彼女は、ゆっくりと立ち上がった。
「国王が死んだなんて、冗談では済まないお話だわ。それを公衆の場で叫ぶなんて極刑に値する重罪よ。そんな事を言える者なんて、国王の子――本物の王子か、命知らずの大馬鹿者くらいなもの。前者である事を祈りましょう。坊や、奥で詳しく話を聞かせて頂戴」
ようやく腰を上げた女性の後に続き、カウンターの横の扉を開けて小部屋へと移動する。
「君がギルド長か?」
ジストがそう尋ねると、女性は読んでいた書類の束を置いてクスクスと笑った。
「あらぁ、随分とご尊大な旦那様がいらっしゃいましたこと。年上の者に対する態度が成ってないのではなくって?」
ここまで真っ直ぐに批判されたのは、生来初めてといってもいいかもしれない。ジストは面食らったが、構わず身を乗り出す。
「私はジスト・ヴィオレット・アクイラ。緑の国の第一王子で……――」
「面白いご冗談を仰るのね、んふふ」
女性は垂れた目を細め、唇に指の背を当てて笑いを漏らす。
「冗談? 何を言うか! 私は正真正銘、この国の王子だ! その証拠にこの指輪がある!」
半ば怒鳴るように、ジストは右手を女性の目の前に突き出す。――女性は薄ら笑いを浮かべたままだ。
「わたくしにはその指輪がどんな価値を持っているか……? そうね、その金はとても高く売れそう。一体どこの畜生貴族から拝借していらしたのかしら? んふふ」
「ふーざーけーるーなっ! 私を盗人扱いするとは、一体どういう心算かね?!」
ダンッ!と思わずカウンターにジストの拳が落ちる。女性は座ったまま小さく跳ねた。
「君は確か……そう、『アルカディア家』の者のはずだな? 我々アクイラ王家に仕える二大貴族の片割れのはずだ。そんな君がこの王家の紋章を知らないはずはない!」
「あら、いやですわ。どこからそんな情報を仕入れたの? あんなクソ一族の末裔だなんて恥、墓まで持って行きたいほどのものですのに……」
埒が明かない。ただでさえここまで死ぬ気でやってきたというのに、なんと呑気な反応なのか。ジストはついに痺れを切らせて、再び拳を叩きつけた。
「王城が陥落した! この国の王、我が父は昨夜お亡くなりになった! その息子たるこのジストが、使者としてこの地へ来たのだ! すぐに王都へ救援に行ってくれ、頼む! もうどれだけの犠牲が出たかわからないのだ!」
ジストの渾身の叫びに、周辺がざわつく。
「王城が落ちた? ミストルテインの? まさかそんな」
「国王陛下が亡くなった? 今日が即位の儀式の日だろ? なんでまた」
そのどよめきに包まれるジストは、握った拳をぶるぶると震わせて唇を噛んでいる。見つめていた長の女性は、ジストの悲痛な叫びを酒の肴として味わっている連中にチラチラと視線を投げる。ふう、と息を吐いた彼女は、ゆっくりと立ち上がった。
「国王が死んだなんて、冗談では済まないお話だわ。それを公衆の場で叫ぶなんて極刑に値する重罪よ。そんな事を言える者なんて、国王の子――本物の王子か、命知らずの大馬鹿者くらいなもの。前者である事を祈りましょう。坊や、奥で詳しく話を聞かせて頂戴」
ようやく腰を上げた女性の後に続き、カウンターの横の扉を開けて小部屋へと移動する。
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