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文化祭
3.大盛況
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朝は寒く、昼間も肌寒い気温に固定された秋の日。ホーリーの通う中学校で文化祭が開催された。
舞台で行われる演劇やコーラス、校庭や教室内で開かれた多種多様な出店達。普段は部外者の立ち入りを制限している学校も、今日ばかりは開放されており、近隣の住民や在校生の親兄弟、友人達が訪れる。
受付で渡されるパンフレットを頼りに知り合いの店を探し、面白そうな舞台に足を運ぶ人々であるが、開始から一時間も経てば口コミというものが広まっていく。
特に、飲食関係については良しにせよ悪しにせよ、瞬く間に人から人へと伝播する。普通に購入するよりも少々割高になるお祭り価格だ。どうせならば珍しいもの、お得に感じることができるものを選ぶのは当然のことだろう。
「チョコ生地バター一つ!」
「抹茶生地ホイップりんごとプレーン生地チーズ一つずつ!」
「はーい!」
良しとの評判が捺された店が繁盛するのは、校外でも校内でも同じこと。
珍しいトッピングと生地。どれもが美味しく、いくつ買ったとしても飽きることはない、との高い評価を得ることに成功したホーリー達の店は、周囲の出店と比べて倍以上の人数が列を作っていた。
金券を受け取り、処理する者も、注文を受け付け手渡す者も、裏でワッフルを焼き続ける者も、列の整理に勤しむ者も、交代の人間がきてくれるまで気の休まらぬ時間を過ごす。
自分達が作り上げた店に閑古鳥が鳴かないのは良いことだが、ものには限度というものがあるだろう。
目まぐるしい中、調理をしている者は一刻も早く材料が全て消えることを望んでいた。幸か不幸か、材料が余ったらワッフルパーティでも開こうと画策していたため、生地もトッピングも、まだまだ売り切れることはなさそうだ。
「ホーリーちゃん、交代しよ」
「ありがとう。じゃあこれだけ……」
当番は三交代制だ。朝からワッフルを作り続けていたホーリーは、ようやくきた交代の時間に、安堵を覚えつつ手にしていたワッフルを完成させる。
可愛らしくホイップクリームが乗せられたチョコレート生地のワッフルは非常に美味しそうだが、似たような匂いを嗅ぎ続けてきたためか、全く食欲がそそられない。
「よし、じゃあ後はよろしく」
「行ってらっしゃーい」
軽くハイタッチを交わし、ホーリーはエプロンの紐を解きつつ店を出る。
時刻は昼前。甘い匂いばかり嗅いでいたため、食欲の有無は微妙なところであるが、空になった胃はきゅうきゅうと食事を求めていた。
クラスで作った揃いのエプロンを所定の場所に戻し、彼女は軽食を求めて足を進めていく。事前に購入しておいた金券があるため、飲食に遊びにと金に事欠くことはない。
父と母も文化祭に来る予定であるのだが、仕事の都合もあり、合流予定時刻はまだ数時間程先となっている。
それまでの間に親子で楽しめそうな店も探しておきたい。
「ん」
「え?」
ホーリーが数件、食べ物を提供している店を眺めたところで、横から暖かい焼きそばが差し出された。
突然のことに驚いた彼女は視線を焼きそばから上へ上へと上げていく。最後、色が交じり合うようにして見つめあった瞳の色は緑。平日は毎日見ている顔がそこにある。
「エミリオ君」
「お前、昼飯まだだろ?」
口元にソースと青海苔をつけた彼は、差し出している手とは逆の手にもう一つ焼きそばを持っていた。そちらは既に半分ほど減っている。
「うちのとこを除けばここの食べ物が一番美味かったぞ」
「……いいの?」
「おう」
窺うようにして尋ねれば、端的な答えが返ってきた。
朝から様々な店を周り、味比べをした結果の一等がここにあるようだ。青海苔のついた歯を見せて笑う姿は実年齢よりも幼く見えるが、それを揶揄しようという気持ちは起きない。
ホーリーはエミリオの気遣いを嬉しく思い、感謝を伝えながら焼きそばの入った容器を受け取った。
手元に置けば、蓋の隙間から漂うソースの芳しい匂いが鼻を抜け、甘さに辟易としていた食欲を強く刺激してくる。
青海苔という敵があれど、口内にて分泌される唾液は誤魔化せない。
「あ、お金」
「いいって。うちのクラスが流行ってんのもお前のおかげだし、これはお礼ってことで」
上手くいけばオレの当番が回ってくるころには完売してるかもしれないしな、とエミリオは片目を閉じて茶目っ気を見せる。
量を用意しているとはいえ、無限に増殖し続けるわけではない。今のままのペースで売れ続ければ、確かに最終当番まで材料がもたない可能性は充分にあった。
「でも……」
「あー、ならさ」
ごくり、とエミリオは焼きそばを飲み込む。彼の手元にあるそれはもう元の五分の一程度しか残っていない。
「一緒に文化祭回ってくんね?
さっきまでマリユスと一緒だったんだけどあいつ昼当番なんだよ」
また一口。大量の麺が彼の口の中へと消えていく。
エミリオは必要とあらばどこへでも一人で行ってしまえる人間であるが、せっかくのお祭りだ。誰かと共に楽しい時間を共有するに越したことはない。
同行の相手が親しい人間であればなお良し。
「私はいいけど、お父さんとかお母さんはこないの?」
「こねぇって。こっ恥ずかしいじゃん」
頭を乱雑に掻きながらエミリオは答えた。
女子生徒達は友人や親と共にいる姿をちらほらと見かけるが、男子生徒の場合は殆どが友人か一人かに絞られる。母親と友人のように仲良くなれる女子と違い、男子の場合は生物的に自立を促されるためか、親の姿を友人に見られることを厭う傾向にあった。
舞台で行われる演劇やコーラス、校庭や教室内で開かれた多種多様な出店達。普段は部外者の立ち入りを制限している学校も、今日ばかりは開放されており、近隣の住民や在校生の親兄弟、友人達が訪れる。
受付で渡されるパンフレットを頼りに知り合いの店を探し、面白そうな舞台に足を運ぶ人々であるが、開始から一時間も経てば口コミというものが広まっていく。
特に、飲食関係については良しにせよ悪しにせよ、瞬く間に人から人へと伝播する。普通に購入するよりも少々割高になるお祭り価格だ。どうせならば珍しいもの、お得に感じることができるものを選ぶのは当然のことだろう。
「チョコ生地バター一つ!」
「抹茶生地ホイップりんごとプレーン生地チーズ一つずつ!」
「はーい!」
良しとの評判が捺された店が繁盛するのは、校外でも校内でも同じこと。
珍しいトッピングと生地。どれもが美味しく、いくつ買ったとしても飽きることはない、との高い評価を得ることに成功したホーリー達の店は、周囲の出店と比べて倍以上の人数が列を作っていた。
金券を受け取り、処理する者も、注文を受け付け手渡す者も、裏でワッフルを焼き続ける者も、列の整理に勤しむ者も、交代の人間がきてくれるまで気の休まらぬ時間を過ごす。
自分達が作り上げた店に閑古鳥が鳴かないのは良いことだが、ものには限度というものがあるだろう。
目まぐるしい中、調理をしている者は一刻も早く材料が全て消えることを望んでいた。幸か不幸か、材料が余ったらワッフルパーティでも開こうと画策していたため、生地もトッピングも、まだまだ売り切れることはなさそうだ。
「ホーリーちゃん、交代しよ」
「ありがとう。じゃあこれだけ……」
当番は三交代制だ。朝からワッフルを作り続けていたホーリーは、ようやくきた交代の時間に、安堵を覚えつつ手にしていたワッフルを完成させる。
可愛らしくホイップクリームが乗せられたチョコレート生地のワッフルは非常に美味しそうだが、似たような匂いを嗅ぎ続けてきたためか、全く食欲がそそられない。
「よし、じゃあ後はよろしく」
「行ってらっしゃーい」
軽くハイタッチを交わし、ホーリーはエプロンの紐を解きつつ店を出る。
時刻は昼前。甘い匂いばかり嗅いでいたため、食欲の有無は微妙なところであるが、空になった胃はきゅうきゅうと食事を求めていた。
クラスで作った揃いのエプロンを所定の場所に戻し、彼女は軽食を求めて足を進めていく。事前に購入しておいた金券があるため、飲食に遊びにと金に事欠くことはない。
父と母も文化祭に来る予定であるのだが、仕事の都合もあり、合流予定時刻はまだ数時間程先となっている。
それまでの間に親子で楽しめそうな店も探しておきたい。
「ん」
「え?」
ホーリーが数件、食べ物を提供している店を眺めたところで、横から暖かい焼きそばが差し出された。
突然のことに驚いた彼女は視線を焼きそばから上へ上へと上げていく。最後、色が交じり合うようにして見つめあった瞳の色は緑。平日は毎日見ている顔がそこにある。
「エミリオ君」
「お前、昼飯まだだろ?」
口元にソースと青海苔をつけた彼は、差し出している手とは逆の手にもう一つ焼きそばを持っていた。そちらは既に半分ほど減っている。
「うちのとこを除けばここの食べ物が一番美味かったぞ」
「……いいの?」
「おう」
窺うようにして尋ねれば、端的な答えが返ってきた。
朝から様々な店を周り、味比べをした結果の一等がここにあるようだ。青海苔のついた歯を見せて笑う姿は実年齢よりも幼く見えるが、それを揶揄しようという気持ちは起きない。
ホーリーはエミリオの気遣いを嬉しく思い、感謝を伝えながら焼きそばの入った容器を受け取った。
手元に置けば、蓋の隙間から漂うソースの芳しい匂いが鼻を抜け、甘さに辟易としていた食欲を強く刺激してくる。
青海苔という敵があれど、口内にて分泌される唾液は誤魔化せない。
「あ、お金」
「いいって。うちのクラスが流行ってんのもお前のおかげだし、これはお礼ってことで」
上手くいけばオレの当番が回ってくるころには完売してるかもしれないしな、とエミリオは片目を閉じて茶目っ気を見せる。
量を用意しているとはいえ、無限に増殖し続けるわけではない。今のままのペースで売れ続ければ、確かに最終当番まで材料がもたない可能性は充分にあった。
「でも……」
「あー、ならさ」
ごくり、とエミリオは焼きそばを飲み込む。彼の手元にあるそれはもう元の五分の一程度しか残っていない。
「一緒に文化祭回ってくんね?
さっきまでマリユスと一緒だったんだけどあいつ昼当番なんだよ」
また一口。大量の麺が彼の口の中へと消えていく。
エミリオは必要とあらばどこへでも一人で行ってしまえる人間であるが、せっかくのお祭りだ。誰かと共に楽しい時間を共有するに越したことはない。
同行の相手が親しい人間であればなお良し。
「私はいいけど、お父さんとかお母さんはこないの?」
「こねぇって。こっ恥ずかしいじゃん」
頭を乱雑に掻きながらエミリオは答えた。
女子生徒達は友人や親と共にいる姿をちらほらと見かけるが、男子生徒の場合は殆どが友人か一人かに絞られる。母親と友人のように仲良くなれる女子と違い、男子の場合は生物的に自立を促されるためか、親の姿を友人に見られることを厭う傾向にあった。
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