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初めての学校生活

5.問いかけ

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「それで昨日の続きなんだけどさ」

 栄えある質問第一号の座はエミリオが勝ち取っていた。
 一時間目の授業を終えた休み時間まで我慢が利かなかったのか、朝礼の時間前、クラスメイトすら全員が揃っていない時間に彼は接触を図ってきた。

 これはルール違反ではないのか、とホーリーは周囲へ目を向けるが、咎める声も視線もない。それどころか、友人とお喋りに興じている他クラスの者達まで二人の会話に耳をそばだてている。
 ホーリーの特殊な体質については早くも学校に広まっているらしい。

「突然だねぇ」
「別にいいだろ?
 そんな時間はとらせねぇって」
「う、うーん。別にいいけど……」

 様子見のために動かしていた瞳をエミリオへ戻したホーリーは苦笑いを浮かべる。
 時間がかかるか否かを決めるのはこちらの判断であって、彼ではないはず。無駄に時間をとらせようという気持ちはないけれど、眠りを全く知らぬ者からの質問に、わかりやすく簡潔な答えを返すことができるかはわからない。

 生まれ持った感覚からして違うのだ。
 学のある医者や学者達ですら、ホーリーの説明を全て理解しきっているとは思えない。基礎知識のない同級生への説明が容易であるなどという楽観的な考えは少しだって持てなかった。

「頑張るけど、期待はしないでね」
「期待しかしてねぇ」
「プレッシャーだなぁ……」

 新緑のような緑色を持った瞳は真剣にホーリーを見つめている。期待、という言葉は冗談でも何でもない。
 悪気はないのだろう。圧力をかけているわけでも。ただ実直に、彼はホーリーを信頼している。昨日、始めて顔を合わせた人間であるというのに、彼女ならば自分の問いかけに解を示してくれる、と。

 ホーリーは逃げ腰になりそうな気持ちを叱咤し、エミリオと向き合う。
 鳥へ何故お前は飛べるのか、と問うたとして、原理をきめ細やかに説明してくれる固体はどれだけいるのだろうか。そんな、小さな現実逃避の想像が彼女の思考の片隅で渦巻いていた。

「寝るってどんな感じなんだ?」

 怯えの気持ちを抱く彼女の心境など欠片も気づかぬエミリオはさらりと難しい質問を口にする。

 せめて心の準備をもう少しさせてほしかった、と思ってしまうホーリーであったが、言葉として吐き出すことはしない。言ったところで、彼は理解してくれないだろう。変わらぬ真っ直ぐな瞳を持って、お前なら大丈夫だ、と無責任に全幅の信頼を置いた言葉が返されるのがオチだ。

「どんな感じ、か」

 ホーリーは目を閉じ、考える。
 状況や思うところはどうであれ、質問を受けたのだから答えを返さねばならない。

 ルールとして決められているわけではなく、回答拒否や不明といった言葉もクラスメイト達は認めてくれるだろうけれど、ホーリーの気質としてそれらの選択はあまり取りたくなかった。
 せっかく自分や体質に興味を示してくれているのだ。
 少しでも有意義で、今後に繋がるよう言葉を返していきたい。

「うーん……」

 しかし、気持ちとは裏腹に思考は上手いまとまりをみせてくれない。

 病院にいたときからこの手の質問は幾度となくされ、その度、答えを考えては口にしてきたものの、ホーリー自身が満足のいく答えを足せたことはない。
 ひとまず、という答えを出し、医者や学者による考察、分析が行われてきただけであり、正確な表現方法や科学的な解説というものはまだなかった。

 眠れるが故に、眠る必要のない者達の感覚がわからない。
 あの夢と現の間を行き来するまどろみの心地良さも、何もかもが消えてしまう深い闇の底も、楽しくもあり怖くもある幻の中も、感じ取れるのは世界中でホーリー一人だけなのだ。

「こう、落ちる、みたいな」
「は?」

 エミリオは太く男らしい眉を眉間に寄せる。
 怒りの表情ではなく、困惑のそれなのだろうけれど、真正面から見ているホーリーをひやりとさせるには充分過ぎる表情であった。

「あの! 気持ちはわかるよ?
 意味がわからないよね? でも、本当なの!
 嘘じゃなくて、でも、良い伝え方が思いつかなくて」

 両手を胸の前で振り、わざとわかりにくい表現をしているわけではないことを懸命に伝える。

「ホーリーの言葉は漠然としていてよくわからないな」
「もっと具体的にお願いしまっす!」
「簡単に言ってくれるけど難しいんだよ?」

 エミリオの隣の席に座っているシオンが口を挟めば、続くようにしてエミリオも再度の回答を願う。周囲にいる者達も同じ気持ちを持っているようで、疑問符付きの視線が痛い。
 眉を下げたのはホーリーで、感覚的なものを具体的に言い換えろというのは困難なことだった。

「寝る直前は、こう、ふわふわ~って感じ。
 でも、その後、静かに落ちて、沈んで? いって、そしたら真っ暗で」

 毎夜のように感じている浮遊感とまどろみに溶けてゆく沈殿感。
 日によって多少の差異もあるそれらを言葉として練り上げてゆくのは授業を受けるよりも頭を使う。

「浮いて、沈む、ねぇ。
 プールみたいなもんか?」
「なるほど。水ならば浮くし沈む、と」

 顎に手をやるエミリオと、頷くマリユス。
 キラキラとした水面に身を落とし、空気を介した音が途絶えてゆくあの浮遊感と孤独は確かに眠りに似たものがあるかもしれない。

 だが、全肯定できるものかどうかはまた別の話。
 ホーリーは視線を下げ、床を見つつ再度頭を悩ませる。
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