上 下
13 / 56
初めての学校生活

3.交流

しおりを挟む
「それでは、今日はここで解散となります。
 連絡事項は特にありませんが、皆さんは今日から中学生になりました。
 小学生とは学校も、制服も、行動も、授業も、たくさんのことが変わります」

 間を置き、クラス全員の顔をライノはしっかりと見る。
 三年間という、大人からしてみれば短く、子供達にとっては長い時間を同じ校舎で過ごす。その中の最初の一年は、小学校という子供の枠組みから少し背伸びをする年頃になった子供達の第一歩となる年だ。
 担任の責任というものは軽くない。

「明日からは授業も始まります。
 数ヶ月後には楽しい遠足や運動会もあります。
 楽しいことも困ったことも、皆で協力していきましょう。
 先生もお手伝いするので困ったことがあったらいつでも、何でも相談してください」

 はーい、という何人かの声を聞き、ライノは微笑む。
 毎年、どの生徒達も素直で優しい子達ばかりだ。大人の心配など無用だとばかりに逞しく育ち、卒業していく。このクラスもそうなることだろう。

「良いお返事をありがとうございます。
 では、今日はこれで終わりです。
 みなさん、さようなら。帰り道は気をつけてくださいね」
「さようならー」

 最後の挨拶が返ってきたのを確認し、ライノは教室を後にする。
 生徒達は帰ることができるが、大人である彼にはまだ多くの仕事が残されているのだ。明日からの授業に備え、用意しておかなければならないものは山のようにある。

 一方、教室に残った生徒達は帰り支度をすることなくホーリーの元へと集まり始めた。
 誰もが少し変わった友人と話してみたくて仕方がなかったらしい。

「なあ、寝るってどんな感じなんだ?」
「どのくらい寝るの?」
「寝るってどういうときにするんだ?」
「あなた、本当に眠るの? 先生とグルになった冗談とかじゃなくて?」

「えっと、えっと……」

 他人との接触を絶たれていたわけではなく、病院では医者や学者相手に簡単な問答をしたこともある。しかしながら、これだけの人数に囲まれ、質問攻めにあうというのは流石に始めての経験であった。
 特に同年代の子と話す機会は非常に少なく、ホーリーのキャパシティは容易く決壊してしまう。

 表情は硬直し、意味のない音で必死に間を繋ぐ。
 生まれたわずかな時間を持って次に紡ぐべき言葉を考えるが、熱暴走を起こさんばかりに空回りを続けている彼女の脳は正常に機能していない。
 早く早くと心が叫び、そこから生まれた焦りがホーリーから言葉を消し去ってしまう。

「キミらねぇ。そんな一度に聞いたって仕方ないでしょ。
 というかボクですら声が混ざりすぎて何言ってるかわからないよ」

 四方八方から飛んでくる質問を遮ってくれたのはマリユスだった。
 傍から聞いていてもただの騒音と化していた質問攻めを見かねて割り込んでくれたらしい。

「わ、悪い……」
「ううん。私こそ、ちゃんと言えば良かったね。ごめん」

 マリユスからの注意を受け、ホーリーを囲んでいた生徒達は次々に謝罪を述べてゆく。
 眠る、という一点さえなければ、彼女は普通の同級生でしかない。一度に二十何人もの質問を聞き取り、返せるわけがなかったのだ。

「気が急いてしまって……」
「ごめんな。考えてみたら、これから少なくとも一年は同じクラスなんだし、今すぐ聞かなくてもいいんだよな」

 互いに話をし、理解しあう時間は充分にある。何も初日にこだわる必要はないのだ。
 申し訳なさ気な顔をするクラスメイト達にホーリーの心はちくりと痛む。

「でも、今日たくさんお話したら、お友達もたくさんできるし嬉しいよ」
「バッカ。お前、バッカだな」

 フォロー半分、本音半分の言葉を紡ぎ、大丈夫だよ、と伝えれば、すぐさまエミリオから罵倒の言葉が飛び出してきた。

 同い年の子供達と共に生活をしてこなかった彼女にとって、大勢の友達を作るというのは、非常に大きな目標だ。
 エミリオのような大勢の人間に好かれ、その中心にいるような人間にはわからないのかもしれないけれど。ホーリーがそんなことを考え、眉をひそめようとする直前。彼は口角を上げ、楽しげに言葉を続けた。

「オレらはクラスメイト。
 つまり友達、だろ?」

 親指を自身に向け、白い歯を輝かせる。
 キザったらしい台詞とポーズのはずなのに、嫌味な雰囲気はなく、決まりきらない面白さがそこにはあった。

「……とも、だち」
「あの馬鹿は放っておいていいよ」

 でも、とマリユスは肩をすくめながら続ける。

「ボクらはキミと仲良くなりたいと思ってる。
 後はキミが同じように思っていてくれれば、それで友達になれると思うんだけど」

 どうかな? と、彼はウインクをして問いかける。
 エミリオがすれば笑いに変わってしまうような仕草も、マリユスがすればキレイに決まってしまう。顔の作りの重要性というものをつくづく考えさせられる対比だ。

「私、仲良くなりたい」

 周囲のクラスメイト達を見る。
 誰もが違う顔をしていて、けれど、嫌悪や困惑の表情は一つもなく、ホーリーをその色とりどりの目に映してくれている。

「だから、みんな友達!
 で、いいかな?」
「あったりまえだろ!」
「うわっ!」

 一抹の不安を残しながらも浮かべられた笑みと問いかけに、エミリオはいの一番に応えた。
 乱暴に肩を組み、ケラケラと笑いながら友達という言葉を肯定する。

「ちょっとエミリオ、女の子相手にそれはどうなのよ」
「しっし! ほら、ホーリーちゃん。
 そんな野蛮な男からは離れて私達の方においでー」
「お前らなあ!」

 女子生徒はエミリオをホーリーから引き剥がし、自分達の方へと近づけた。どうやら彼女達はエミリオのことをよく知っているらしく、言葉の意味だけを受け取れば暴言になってしまうような台詞も、楽しげな声色に乗っていた。
 エミリオの方もそのことをよく理解しているらしく、怒りに似せた声には隠し切れない笑みが含まれている。

「今度一緒にカラオケ行こうよ!」
「クレープ屋さんにもね」
「わ、私、友達と行くの、始めてだから楽しみ!」

 嬉しいが溢れて零れて、それでも収まることなく湧き出てやまない。
 望んでいた幸せな学校生活というものがこうもあっさり手に入ってしまった。ホーリーを囲む全ての人間は顔に笑みを浮かべており、これからの日々にさえ不安の欠片を見つけるのは難しいだろう。

「女子で独占すんのズルいぞー!」
「そうだそうだ!
 オレ達を仲間外れにするな!」

 やいのやいのと叫ぶ男の子達がいる。
 それに舌を出して応える女の子がいて、彼らの隣には明日からどんなことを聞こうかと話し合っている子達がいる。
 彼らの中心に自分がいるなど、にわかには信じがたい出来事だ。

「もー! みんな仲良く! ね?」

 照れた笑みを浮かべたホーリーがその両手で言い争いをしていた男女のリーダー各の手を握り締める。

「……そうね」
「悪い悪い。
 ちょっとヒートアップしちまった」

 この学校に来ることができて良かった。このクラスに入れて良かった。
 ホーリーは心底そう感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...