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初めての学校生活
3.交流
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「それでは、今日はここで解散となります。
連絡事項は特にありませんが、皆さんは今日から中学生になりました。
小学生とは学校も、制服も、行動も、授業も、たくさんのことが変わります」
間を置き、クラス全員の顔をライノはしっかりと見る。
三年間という、大人からしてみれば短く、子供達にとっては長い時間を同じ校舎で過ごす。その中の最初の一年は、小学校という子供の枠組みから少し背伸びをする年頃になった子供達の第一歩となる年だ。
担任の責任というものは軽くない。
「明日からは授業も始まります。
数ヶ月後には楽しい遠足や運動会もあります。
楽しいことも困ったことも、皆で協力していきましょう。
先生もお手伝いするので困ったことがあったらいつでも、何でも相談してください」
はーい、という何人かの声を聞き、ライノは微笑む。
毎年、どの生徒達も素直で優しい子達ばかりだ。大人の心配など無用だとばかりに逞しく育ち、卒業していく。このクラスもそうなることだろう。
「良いお返事をありがとうございます。
では、今日はこれで終わりです。
みなさん、さようなら。帰り道は気をつけてくださいね」
「さようならー」
最後の挨拶が返ってきたのを確認し、ライノは教室を後にする。
生徒達は帰ることができるが、大人である彼にはまだ多くの仕事が残されているのだ。明日からの授業に備え、用意しておかなければならないものは山のようにある。
一方、教室に残った生徒達は帰り支度をすることなくホーリーの元へと集まり始めた。
誰もが少し変わった友人と話してみたくて仕方がなかったらしい。
「なあ、寝るってどんな感じなんだ?」
「どのくらい寝るの?」
「寝るってどういうときにするんだ?」
「あなた、本当に眠るの? 先生とグルになった冗談とかじゃなくて?」
「えっと、えっと……」
他人との接触を絶たれていたわけではなく、病院では医者や学者相手に簡単な問答をしたこともある。しかしながら、これだけの人数に囲まれ、質問攻めにあうというのは流石に始めての経験であった。
特に同年代の子と話す機会は非常に少なく、ホーリーのキャパシティは容易く決壊してしまう。
表情は硬直し、意味のない音で必死に間を繋ぐ。
生まれたわずかな時間を持って次に紡ぐべき言葉を考えるが、熱暴走を起こさんばかりに空回りを続けている彼女の脳は正常に機能していない。
早く早くと心が叫び、そこから生まれた焦りがホーリーから言葉を消し去ってしまう。
「キミらねぇ。そんな一度に聞いたって仕方ないでしょ。
というかボクですら声が混ざりすぎて何言ってるかわからないよ」
四方八方から飛んでくる質問を遮ってくれたのはマリユスだった。
傍から聞いていてもただの騒音と化していた質問攻めを見かねて割り込んでくれたらしい。
「わ、悪い……」
「ううん。私こそ、ちゃんと言えば良かったね。ごめん」
マリユスからの注意を受け、ホーリーを囲んでいた生徒達は次々に謝罪を述べてゆく。
眠る、という一点さえなければ、彼女は普通の同級生でしかない。一度に二十何人もの質問を聞き取り、返せるわけがなかったのだ。
「気が急いてしまって……」
「ごめんな。考えてみたら、これから少なくとも一年は同じクラスなんだし、今すぐ聞かなくてもいいんだよな」
互いに話をし、理解しあう時間は充分にある。何も初日にこだわる必要はないのだ。
申し訳なさ気な顔をするクラスメイト達にホーリーの心はちくりと痛む。
「でも、今日たくさんお話したら、お友達もたくさんできるし嬉しいよ」
「バッカ。お前、バッカだな」
フォロー半分、本音半分の言葉を紡ぎ、大丈夫だよ、と伝えれば、すぐさまエミリオから罵倒の言葉が飛び出してきた。
同い年の子供達と共に生活をしてこなかった彼女にとって、大勢の友達を作るというのは、非常に大きな目標だ。
エミリオのような大勢の人間に好かれ、その中心にいるような人間にはわからないのかもしれないけれど。ホーリーがそんなことを考え、眉をひそめようとする直前。彼は口角を上げ、楽しげに言葉を続けた。
「オレらはクラスメイト。
つまり友達、だろ?」
親指を自身に向け、白い歯を輝かせる。
キザったらしい台詞とポーズのはずなのに、嫌味な雰囲気はなく、決まりきらない面白さがそこにはあった。
「……とも、だち」
「あの馬鹿は放っておいていいよ」
でも、とマリユスは肩をすくめながら続ける。
「ボクらはキミと仲良くなりたいと思ってる。
後はキミが同じように思っていてくれれば、それで友達になれると思うんだけど」
どうかな? と、彼はウインクをして問いかける。
エミリオがすれば笑いに変わってしまうような仕草も、マリユスがすればキレイに決まってしまう。顔の作りの重要性というものをつくづく考えさせられる対比だ。
「私、仲良くなりたい」
周囲のクラスメイト達を見る。
誰もが違う顔をしていて、けれど、嫌悪や困惑の表情は一つもなく、ホーリーをその色とりどりの目に映してくれている。
「だから、みんな友達!
で、いいかな?」
「あったりまえだろ!」
「うわっ!」
一抹の不安を残しながらも浮かべられた笑みと問いかけに、エミリオはいの一番に応えた。
乱暴に肩を組み、ケラケラと笑いながら友達という言葉を肯定する。
「ちょっとエミリオ、女の子相手にそれはどうなのよ」
「しっし! ほら、ホーリーちゃん。
そんな野蛮な男からは離れて私達の方においでー」
「お前らなあ!」
女子生徒はエミリオをホーリーから引き剥がし、自分達の方へと近づけた。どうやら彼女達はエミリオのことをよく知っているらしく、言葉の意味だけを受け取れば暴言になってしまうような台詞も、楽しげな声色に乗っていた。
エミリオの方もそのことをよく理解しているらしく、怒りに似せた声には隠し切れない笑みが含まれている。
「今度一緒にカラオケ行こうよ!」
「クレープ屋さんにもね」
「わ、私、友達と行くの、始めてだから楽しみ!」
嬉しいが溢れて零れて、それでも収まることなく湧き出てやまない。
望んでいた幸せな学校生活というものがこうもあっさり手に入ってしまった。ホーリーを囲む全ての人間は顔に笑みを浮かべており、これからの日々にさえ不安の欠片を見つけるのは難しいだろう。
「女子で独占すんのズルいぞー!」
「そうだそうだ!
オレ達を仲間外れにするな!」
やいのやいのと叫ぶ男の子達がいる。
それに舌を出して応える女の子がいて、彼らの隣には明日からどんなことを聞こうかと話し合っている子達がいる。
彼らの中心に自分がいるなど、にわかには信じがたい出来事だ。
「もー! みんな仲良く! ね?」
照れた笑みを浮かべたホーリーがその両手で言い争いをしていた男女のリーダー各の手を握り締める。
「……そうね」
「悪い悪い。
ちょっとヒートアップしちまった」
この学校に来ることができて良かった。このクラスに入れて良かった。
ホーリーは心底そう感じていた。
連絡事項は特にありませんが、皆さんは今日から中学生になりました。
小学生とは学校も、制服も、行動も、授業も、たくさんのことが変わります」
間を置き、クラス全員の顔をライノはしっかりと見る。
三年間という、大人からしてみれば短く、子供達にとっては長い時間を同じ校舎で過ごす。その中の最初の一年は、小学校という子供の枠組みから少し背伸びをする年頃になった子供達の第一歩となる年だ。
担任の責任というものは軽くない。
「明日からは授業も始まります。
数ヶ月後には楽しい遠足や運動会もあります。
楽しいことも困ったことも、皆で協力していきましょう。
先生もお手伝いするので困ったことがあったらいつでも、何でも相談してください」
はーい、という何人かの声を聞き、ライノは微笑む。
毎年、どの生徒達も素直で優しい子達ばかりだ。大人の心配など無用だとばかりに逞しく育ち、卒業していく。このクラスもそうなることだろう。
「良いお返事をありがとうございます。
では、今日はこれで終わりです。
みなさん、さようなら。帰り道は気をつけてくださいね」
「さようならー」
最後の挨拶が返ってきたのを確認し、ライノは教室を後にする。
生徒達は帰ることができるが、大人である彼にはまだ多くの仕事が残されているのだ。明日からの授業に備え、用意しておかなければならないものは山のようにある。
一方、教室に残った生徒達は帰り支度をすることなくホーリーの元へと集まり始めた。
誰もが少し変わった友人と話してみたくて仕方がなかったらしい。
「なあ、寝るってどんな感じなんだ?」
「どのくらい寝るの?」
「寝るってどういうときにするんだ?」
「あなた、本当に眠るの? 先生とグルになった冗談とかじゃなくて?」
「えっと、えっと……」
他人との接触を絶たれていたわけではなく、病院では医者や学者相手に簡単な問答をしたこともある。しかしながら、これだけの人数に囲まれ、質問攻めにあうというのは流石に始めての経験であった。
特に同年代の子と話す機会は非常に少なく、ホーリーのキャパシティは容易く決壊してしまう。
表情は硬直し、意味のない音で必死に間を繋ぐ。
生まれたわずかな時間を持って次に紡ぐべき言葉を考えるが、熱暴走を起こさんばかりに空回りを続けている彼女の脳は正常に機能していない。
早く早くと心が叫び、そこから生まれた焦りがホーリーから言葉を消し去ってしまう。
「キミらねぇ。そんな一度に聞いたって仕方ないでしょ。
というかボクですら声が混ざりすぎて何言ってるかわからないよ」
四方八方から飛んでくる質問を遮ってくれたのはマリユスだった。
傍から聞いていてもただの騒音と化していた質問攻めを見かねて割り込んでくれたらしい。
「わ、悪い……」
「ううん。私こそ、ちゃんと言えば良かったね。ごめん」
マリユスからの注意を受け、ホーリーを囲んでいた生徒達は次々に謝罪を述べてゆく。
眠る、という一点さえなければ、彼女は普通の同級生でしかない。一度に二十何人もの質問を聞き取り、返せるわけがなかったのだ。
「気が急いてしまって……」
「ごめんな。考えてみたら、これから少なくとも一年は同じクラスなんだし、今すぐ聞かなくてもいいんだよな」
互いに話をし、理解しあう時間は充分にある。何も初日にこだわる必要はないのだ。
申し訳なさ気な顔をするクラスメイト達にホーリーの心はちくりと痛む。
「でも、今日たくさんお話したら、お友達もたくさんできるし嬉しいよ」
「バッカ。お前、バッカだな」
フォロー半分、本音半分の言葉を紡ぎ、大丈夫だよ、と伝えれば、すぐさまエミリオから罵倒の言葉が飛び出してきた。
同い年の子供達と共に生活をしてこなかった彼女にとって、大勢の友達を作るというのは、非常に大きな目標だ。
エミリオのような大勢の人間に好かれ、その中心にいるような人間にはわからないのかもしれないけれど。ホーリーがそんなことを考え、眉をひそめようとする直前。彼は口角を上げ、楽しげに言葉を続けた。
「オレらはクラスメイト。
つまり友達、だろ?」
親指を自身に向け、白い歯を輝かせる。
キザったらしい台詞とポーズのはずなのに、嫌味な雰囲気はなく、決まりきらない面白さがそこにはあった。
「……とも、だち」
「あの馬鹿は放っておいていいよ」
でも、とマリユスは肩をすくめながら続ける。
「ボクらはキミと仲良くなりたいと思ってる。
後はキミが同じように思っていてくれれば、それで友達になれると思うんだけど」
どうかな? と、彼はウインクをして問いかける。
エミリオがすれば笑いに変わってしまうような仕草も、マリユスがすればキレイに決まってしまう。顔の作りの重要性というものをつくづく考えさせられる対比だ。
「私、仲良くなりたい」
周囲のクラスメイト達を見る。
誰もが違う顔をしていて、けれど、嫌悪や困惑の表情は一つもなく、ホーリーをその色とりどりの目に映してくれている。
「だから、みんな友達!
で、いいかな?」
「あったりまえだろ!」
「うわっ!」
一抹の不安を残しながらも浮かべられた笑みと問いかけに、エミリオはいの一番に応えた。
乱暴に肩を組み、ケラケラと笑いながら友達という言葉を肯定する。
「ちょっとエミリオ、女の子相手にそれはどうなのよ」
「しっし! ほら、ホーリーちゃん。
そんな野蛮な男からは離れて私達の方においでー」
「お前らなあ!」
女子生徒はエミリオをホーリーから引き剥がし、自分達の方へと近づけた。どうやら彼女達はエミリオのことをよく知っているらしく、言葉の意味だけを受け取れば暴言になってしまうような台詞も、楽しげな声色に乗っていた。
エミリオの方もそのことをよく理解しているらしく、怒りに似せた声には隠し切れない笑みが含まれている。
「今度一緒にカラオケ行こうよ!」
「クレープ屋さんにもね」
「わ、私、友達と行くの、始めてだから楽しみ!」
嬉しいが溢れて零れて、それでも収まることなく湧き出てやまない。
望んでいた幸せな学校生活というものがこうもあっさり手に入ってしまった。ホーリーを囲む全ての人間は顔に笑みを浮かべており、これからの日々にさえ不安の欠片を見つけるのは難しいだろう。
「女子で独占すんのズルいぞー!」
「そうだそうだ!
オレ達を仲間外れにするな!」
やいのやいのと叫ぶ男の子達がいる。
それに舌を出して応える女の子がいて、彼らの隣には明日からどんなことを聞こうかと話し合っている子達がいる。
彼らの中心に自分がいるなど、にわかには信じがたい出来事だ。
「もー! みんな仲良く! ね?」
照れた笑みを浮かべたホーリーがその両手で言い争いをしていた男女のリーダー各の手を握り締める。
「……そうね」
「悪い悪い。
ちょっとヒートアップしちまった」
この学校に来ることができて良かった。このクラスに入れて良かった。
ホーリーは心底そう感じていた。
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