1 / 8
1 うわさ
しおりを挟む
何が放物投射だ。斜方投射? 鉛直投げ上げ……?
高校に入って浮かれている中、一学期の中間テストは受験の貯金で何とか乗り切って、けれど期末試験という山の大きさにもはや途方に暮れるばかりだった。
物理の癖に小難しい用語を使いやがって。
そもそも物理基礎の教科担任がいけないのだ。美人であることはさておき、淡々と読み上げるような話し方をしてくれるせいで授業中に眠くなって仕方がない。つまり教師が悪い――。
「ヤマびこ教科書って知ってる?」
期末試験を三日後に控えた放課後。
教室に残って勉強会を開いている、友人の一人がそんなことを言い出した。
ペンはもう進まなくなってから久しく、友人がノートに何かを書きつける音がやけに耳障りに響く中、その言葉はやけに強く俺の胸を打った。
やまびこ――いいや違う。俺の心は「ヤマ」という単語に惹かれていた。
「ヤマを教えてくれるからヤマびこ教科書、とでもいうつもりか?」
ネタバラシをされた友人はがっくりと肩を落としながら、そうだよ、と不満たらたらにうなずく。
「藁にもすがりたいもんだ……本当にそんな教科書があるならの話だけどな」
「嘘じゃないって。信ぴょう性は低くないよ。ほら、中間テストで二組の加瀬くんだっけ、がものすごい点数を取ったって話題になってたでしょ」
「そうだったか?」
「そうだって。ホント、高峰って他人に興味がなさすぎるんだよ」
ただでさえ慣れない勉強で精神を削られているのにどうして追い打ちを掛けられないといけないのか。
苛立ちについ睨む力を強めながら、俺は記憶を探る。
加瀬直樹――そうだ。国数英理社あわせて十科目合計千点のうち、実に九百七十点をたたきだしたとかいう噂があったはず。一教科あたり平均九十七点。もはや化け物じみているとしか思えず、そんな化け物が同級生にいるということが憎らしくさえあった――自分がひどくバカに思えて仕方なくなるから。
「で、その加瀬くんが教科書に話しかけている姿を見た、っていう話があってね。しかも、人目を避けるように北館四階のさらに上、屋上に続く狭いスペースで放課後にひっそりと、ね」
「ただ教科書の内容を音読してただけじゃないのか?」
「そんな誰もいかないようなところに隠れ潜むようにして?」
「コミュ障なんだろ」
「加瀬くんは一匹狼ってタイプだと思うけど」
おほんげふん、と咳払いが響く。さすがに少しうるさくしすぎたらしい。
見れば机をくっつけて作った勉強スペースに座る友人たちが、ひどく険しい目で俺たちを見ていた。
とにかく、そんな尾びれの付いているだろう噂話に花を咲かせるくらいなら、一つでも多く暗記しようと足掻くべきだ。
――もちろんそれはみっともなく四肢を振り回してもがき溺れるような、必死すぎて無様でみじめで、そしてろくな進歩のない行為だったが。
高校に入って浮かれている中、一学期の中間テストは受験の貯金で何とか乗り切って、けれど期末試験という山の大きさにもはや途方に暮れるばかりだった。
物理の癖に小難しい用語を使いやがって。
そもそも物理基礎の教科担任がいけないのだ。美人であることはさておき、淡々と読み上げるような話し方をしてくれるせいで授業中に眠くなって仕方がない。つまり教師が悪い――。
「ヤマびこ教科書って知ってる?」
期末試験を三日後に控えた放課後。
教室に残って勉強会を開いている、友人の一人がそんなことを言い出した。
ペンはもう進まなくなってから久しく、友人がノートに何かを書きつける音がやけに耳障りに響く中、その言葉はやけに強く俺の胸を打った。
やまびこ――いいや違う。俺の心は「ヤマ」という単語に惹かれていた。
「ヤマを教えてくれるからヤマびこ教科書、とでもいうつもりか?」
ネタバラシをされた友人はがっくりと肩を落としながら、そうだよ、と不満たらたらにうなずく。
「藁にもすがりたいもんだ……本当にそんな教科書があるならの話だけどな」
「嘘じゃないって。信ぴょう性は低くないよ。ほら、中間テストで二組の加瀬くんだっけ、がものすごい点数を取ったって話題になってたでしょ」
「そうだったか?」
「そうだって。ホント、高峰って他人に興味がなさすぎるんだよ」
ただでさえ慣れない勉強で精神を削られているのにどうして追い打ちを掛けられないといけないのか。
苛立ちについ睨む力を強めながら、俺は記憶を探る。
加瀬直樹――そうだ。国数英理社あわせて十科目合計千点のうち、実に九百七十点をたたきだしたとかいう噂があったはず。一教科あたり平均九十七点。もはや化け物じみているとしか思えず、そんな化け物が同級生にいるということが憎らしくさえあった――自分がひどくバカに思えて仕方なくなるから。
「で、その加瀬くんが教科書に話しかけている姿を見た、っていう話があってね。しかも、人目を避けるように北館四階のさらに上、屋上に続く狭いスペースで放課後にひっそりと、ね」
「ただ教科書の内容を音読してただけじゃないのか?」
「そんな誰もいかないようなところに隠れ潜むようにして?」
「コミュ障なんだろ」
「加瀬くんは一匹狼ってタイプだと思うけど」
おほんげふん、と咳払いが響く。さすがに少しうるさくしすぎたらしい。
見れば机をくっつけて作った勉強スペースに座る友人たちが、ひどく険しい目で俺たちを見ていた。
とにかく、そんな尾びれの付いているだろう噂話に花を咲かせるくらいなら、一つでも多く暗記しようと足掻くべきだ。
――もちろんそれはみっともなく四肢を振り回してもがき溺れるような、必死すぎて無様でみじめで、そしてろくな進歩のない行為だったが。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
アマツバメ
明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」
お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、
雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。
雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、
謎の多い彼女の秘密に迫る物語。
縦読みオススメです。
※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。
イラスト:雨季朋美様
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜
green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。
しかし、父である浩平にその夢を反対される。
夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。
「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」
一人のお嬢様の挑戦が始まる。
【完】Nurture ずっと二人で ~ サッカー硬派男子 × おっとり地味子のゆっくり育むピュア恋~
丹斗大巴
青春
硬派なサッカー男子 × おっとり地味子がゆっくりと愛を育むピュアラブストーリー
地味なまこは、ひそかにサッカー部を応援している。ある日学校で乱闘騒ぎが! サッカー部の硬派な人気者新田(あらた)にボールをぶつけられ、気を失ってしまう。その日から、まこの日常が変わりだして……。
✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*
サッカー部の硬派男子
未だ女性に興味なしの
新田英治
(やばい……。
なんかまだいい匂いが残ってる気がする……)
×
おっとり地味子
密かにサッカー部を応援している
御木野まこ
(どうしよう……。
逃げたいような、でも聞きたい……)
✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*
便利な「しおり」機能をご利用いただくと読みやすくて便利です。さらに「お気に入り」登録して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもご活用ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる