白猫のいない日常

雨足怜

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プロローグ 空色のキミ

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 吹き抜ける強風が耳元で鳴り響き、さび付いた鉄柵はギシギシと嫌な音を響かせる。
 灰色の床は雨風にさらされているためか汚らしい。まるで使い古した雑巾のよう。

 そんなすすけた屋上に、彼は立っていた。

 校舎の屋上、中央付近に立つ彼の、少し長めの髪を強風がはためかせる。
 ほっそりとした体は、あっさりと風に倒されてしまいそうで、溶けて消えそうで、けれどそうはならない。

 紺色のブレザーに身を包む彼は、何かを求めるように空へと手を伸ばしていた。
 何かに恋い焦がれるように、願うように、空に向かって手のひらを広げる。

 けれどそこには、何もない。
 当然、誰もいない。

 彼の手が、何をつかむことはない。

 それなのに、彼は手を伸ばし続ける。幼子のように空に何かを求める。
 その姿に気づけば私は自分の姿を重ねていた。

 懸命にもがくような彼の姿は私の心に何かを訴えた、気がした。
 彼の体が、なぜだか、空を駆け抜ける雲の切れ間に広がる青空に、溶け込んでしまいそうだと思った。

 色白の頬を、一筋の涙が伝う。
 そのはかなげな姿に、私は息をのんだ。

 彼の姿に、空の青が重なる。
 まるで空が落ちてくるように、青が彼に侵食していくような錯覚を覚える。彼を包み込もうとする。
 空の青は決して優しくはなくて、無慈悲に、力強く、人間みたいなちっぽけな存在では決して抗えない理不尽さをもって、彼を奪い去っていこうとした――そう、感じた。

 それは、涙をたたえる瞳が、澄んだ青の色味を帯びたように見えたからかもしれない。

 目をこする。にじんだ涙を、気のせいだと言い聞かせる。
 何に泣いているのか、何にこれほどまでに心奪われているのか。

 考えて、胸の前で固く手を握っていたことに気づいて、はっと力を緩める。まるで、告白でもしに行くみたいだなんて思うと、あっという間に顔が熱くなった。

 大きく深呼吸をして、目を瞬かせて。

 ふと、青に飲まれようとするその姿に、何かが重なった気がした。

 空色の瞳、白い体。
 柔らかな太陽のにおいと、心地よい温もり――

 強い風が吹き抜けた。
 それは私の中に芽生えた何かを吹き飛ばし、はるかな空のかなたに飛ばしてしまう。

 するりと指の隙間から滑りぬけたとっかかりを失えばもう、何を考えていたのかも忘れてしまう。

 手を下ろし、はためく髪を押さえた彼が目を瞬かせる。
 うつむきがちになった目は、ふと視界の端に映る存在――私の姿を捉えたみたいで、ゆっくりと白い顔がこちらを向いた。

 整った顔に、少しだけ女性っぽい体つき。身長は低くて、たぶん私とほとんど変わらない。
 あまり学校に来ることもなかった彼の肌は、外出が少ないせいかやけに白かった。

 青空を背に立つ同じクラスの男子生徒は、小さく首を傾げながら薄い唇を開いた。


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