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19翻弄
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*アマーリエ視点です*
ふと思い出したようにエインワーズ様が窓の外を見て、それからクローディアとフィナンの顔を見て首をひねった。
「そういえば二人は今日、歩いてきたんだね?女性だけで王都をふらつくのはあまり感心しないな」
「エインワーズ様も一人で歩いてきますよね?」
「ん?オレには頼りになる護衛がついているからね。こう、ひっそりと背後をついていく感じでね。さすがに一人で街を出歩いたりしないって。大怪我を負ってしまったらアマーリエが悲しむからね」
「……そうですわね。号泣しますから、絶対に怪我をしないでくださいませ」
クローディアはともかく、エインワーズ様は決してお強いわけではないのだからもう少し気を使ってほしい。今日だってきっと、ナイトライト家の護衛から逃げてきたのだろう。
もしエインワーズ様がお怪我をなさったらと思うと、胸が苦しくなる。
その思いが通じたのか、エインワーズ様は珍しくしおらしい顔をした。
「わかってるよ。……クローディア嬢も、アマーリエが悲しむから護衛をつけるように」
「あら、でもクローディアは強いですわよ。何せ優秀な魔法使いですもの」
「ああ、そういえばそうだったね。でも、王族としては緊急時でも魔法を使わずに済むほうがいいからなぁ……そもそも王族が戦う状況が最悪だよね」
クローディアが驚いたのは、エインワーズ様がクローディアの魔法の行使を否定しなかったからだろう。
エインワーズ様は合理的な方なの。だから王族に入ったクローディアが魔法を使えるなら、むしろ尊い方が護身できるに越したことはないと考えるのでしょうね。
わたくしとしては微妙なところだ。できることならクローディアに無茶はしてほしくない。守られていてほしいし、安全にあってほしいし、周りから後ろ指をさされることないようにしてほしい。
だからなるべく魔法を使わずにいてほしくて、けれど魔法のことを話すクローディアが心から楽しそうなことを知っているから止められない。
クローディアを親友と呼ぶのなら、本当は嫌われてでも止めるべきなのかもしれないけれど。
ところで、クローディアの魔法って、実際どのくらい優れているのかしら。
考え中のわたくしをよそに、クローディアとエインワーズ様の話は続く。
「……まるでわたしの魔法を見てきたような口ぶりですね?」
「まさか!オレはそれほどスニーキング力は高くないよ。アマーリエを驚かせるためだったら頑張るけどね。ともかく、護衛を連れてきなよ。今日だって騎士に止められたんじゃない?」
「止められていませんよ?」
心底不思議そうにクローディアが首をかしげる。その顔からは、残念ながら何も読み取れない。たった半年かそこらで豹変しすぎじゃないかしら。
まあ、環境が人を作るともいうわけだし、妃としての立場がクローディアを変えたのかもしれないわね。
代わりに、ちらとフィナンの方を見る。彼女はふいと視線を逸らして目を合わせようとしない。その顔ににじむ焦りが、いやな予感を強くする。
「……ひょっとして、誰にも言わずに出てきたのかしら?」
「外出の許可なんて下りませんから。言うだけ無駄ですよ」
「……あんのくそ王子め」
思わず口に出た言葉に気づいてはっと口を手で覆ったけれど、すでに遅かった。
驚愕の目でフィナンが見てくる。エインワーズ様はおかしそうに笑っている。クローディアは……わからない。でもなんとなく、その体からすごみのようなものがにじみ出ている気がした。
「まあ、そうですよね。あれはくそ王子で十分ですよ」
その声には、音にならない万斛の悲鳴がこもっていた気がした。
けれど、気のせい、だったかもしれない。
貴族らしい笑みを浮かべるクローディアは、わたくしにもその内心を読み取らせてはくれなかった。
「まあ確かになかなかの堅物だよね。それに時々すごく抜けているから面白いんだよ」
「……それで面倒をこうむるのはわたしなのですけれど?右腕として殿下のご指導をお願いしますよ」
「えぇ、どうしようかなぁ。とりあえず被害内容を聞かせてもらえるかな?じゃないと対策も取れないからね」
「いまだに、自分の妃の顔も名前も覚えていない点ですかね。いえ、名前は憶えている可能性がありますね。一応目の前で婚姻の署名をしたわけですし」
「そういえばクローディア!どうして結婚式を開かなかったのよ!?せっかくの親友の晴れ舞台だと思っていたのに」
「親友だと、そう思ってくれていたの?」
「う……ま、まあ、ね?」
感極まったクローディアに抱き着かれた。慌ててソファの座面に腕をついて体を支える。
しなだれかかるようにもたれてきて重い。細身だけれど筋肉はあるのよね。やっぱり普段から鍛錬しているからかしら。
「結婚式の件も殿下の教育案件ですね。おかげでわたしは瑕疵物件です」
「それは、さすがに申し訳ないと思うよ。でも、これから次第かな?」
「………………これから、ですか」
視界に大きく映るクローディアは、いかにも困っていますという顔をしている。その頬がほんのりと朱を帯びている。何を考えたのだろうか。
今考えたのは、間違いなく殿下のことだろう。
アヴァロン王子殿下。未来のこの国の国王陛下。
彼の方は、年内には王太子になると噂されている。
けれど彼は、わたくしにとっては敵だった。
親友であるクローディアに、彼は許しがたいことをした。
女の人生最高の晴れ舞台である結婚式を義務的なもので済ませた。
初夜に寝室に足を運ぶことがなかったというのは、すでにこの国の貴族のほぼ全員が知っているだろう。おかげで、クローディアは問題のある令嬢とみなされてしまった。
今後、クローディアがまともな幸せを手に入れるのは困難だろう。
でも、何で?どうして今、頬を赤くしたの?
それは、怒りよね?
まさか――いえ、部外者のわたくしがでしゃばるものではないわね。
「駄目よ、クローディアは私のものなんだから」
でも、これくらいは許してほしい。
代わりに、クローディアの背中に両手を回す。
体を支える腕がなくなったから、クローディアに押し倒されるようにしてソファの上に転がる。
その体は、少しだけ震えている気がした。
これはクローディアのためであり、同時に、わたくし自身のためでもある行為。
結婚式の一つもちゃんと行わない殿下には、クローディアは譲らないわ――そんな思いを込めて強く抱きしめる。
書類上はすでにクローディアは殿下の妻なのだけれど。
そっと、クローディアもわたくしを抱き返してくれる。すがるように、求めるように。
「……ありがとう」
囁くように告げたクローディアが体を離す。
ぽんぽんと、どこかあやすようにわたくしの頭を撫でたクローディアが前を向き、対面に座るエインワーズ様と視線を合わせる。
どこか探るようなやり取りの後、彼女ははぁと吐息を漏らした。
「何を考えているのかさっぱりですね」
「ふふ、さすがに鍛え方が違うからね。ま、殿下の件はそのうちオレからきちんと言っておくよ。だから勝手に出歩くのはやめて……とは言わないけれど、せめてこうして会いに来るときには許可を取り付けてほしいところだね」
「わたしが合いに来る相手はアマーリエですよ」
「あれ、つれないね。『アマーリエを愛でる会』の同志だと思ったんだけどな」
「その会、どうすれば入れますか?……ってちょっと、痛いですよアマーリエ!?」
おかしなことを言うクローディアをぽかぽかと叩きながら、わたくしは目の奥がツンとするのを必死にごまかした。
うれしくて、けれどこうしてうれしいと思っていることが申し訳なかった。
本来なら、クローディアはここにいるはずはなかったのだ。
あのお茶会でわたくしが精霊のいたずらのことを話さなければ、彼女はもっと自由に生きることができていたはずだったのに。
ごめんなさい――そう、心の中で謝る。
クローディアはきっと、わたくしに謝ってほしいだなんて思っていないだろうから。
しんみりした気分を変えるべく、わたくしが口を開こうとした、その時。
ふと思い出したようにエインワーズ様が窓の外を見て、それからクローディアとフィナンの顔を見て首をひねった。
「そういえば二人は今日、歩いてきたんだね?女性だけで王都をふらつくのはあまり感心しないな」
「エインワーズ様も一人で歩いてきますよね?」
「ん?オレには頼りになる護衛がついているからね。こう、ひっそりと背後をついていく感じでね。さすがに一人で街を出歩いたりしないって。大怪我を負ってしまったらアマーリエが悲しむからね」
「……そうですわね。号泣しますから、絶対に怪我をしないでくださいませ」
クローディアはともかく、エインワーズ様は決してお強いわけではないのだからもう少し気を使ってほしい。今日だってきっと、ナイトライト家の護衛から逃げてきたのだろう。
もしエインワーズ様がお怪我をなさったらと思うと、胸が苦しくなる。
その思いが通じたのか、エインワーズ様は珍しくしおらしい顔をした。
「わかってるよ。……クローディア嬢も、アマーリエが悲しむから護衛をつけるように」
「あら、でもクローディアは強いですわよ。何せ優秀な魔法使いですもの」
「ああ、そういえばそうだったね。でも、王族としては緊急時でも魔法を使わずに済むほうがいいからなぁ……そもそも王族が戦う状況が最悪だよね」
クローディアが驚いたのは、エインワーズ様がクローディアの魔法の行使を否定しなかったからだろう。
エインワーズ様は合理的な方なの。だから王族に入ったクローディアが魔法を使えるなら、むしろ尊い方が護身できるに越したことはないと考えるのでしょうね。
わたくしとしては微妙なところだ。できることならクローディアに無茶はしてほしくない。守られていてほしいし、安全にあってほしいし、周りから後ろ指をさされることないようにしてほしい。
だからなるべく魔法を使わずにいてほしくて、けれど魔法のことを話すクローディアが心から楽しそうなことを知っているから止められない。
クローディアを親友と呼ぶのなら、本当は嫌われてでも止めるべきなのかもしれないけれど。
ところで、クローディアの魔法って、実際どのくらい優れているのかしら。
考え中のわたくしをよそに、クローディアとエインワーズ様の話は続く。
「……まるでわたしの魔法を見てきたような口ぶりですね?」
「まさか!オレはそれほどスニーキング力は高くないよ。アマーリエを驚かせるためだったら頑張るけどね。ともかく、護衛を連れてきなよ。今日だって騎士に止められたんじゃない?」
「止められていませんよ?」
心底不思議そうにクローディアが首をかしげる。その顔からは、残念ながら何も読み取れない。たった半年かそこらで豹変しすぎじゃないかしら。
まあ、環境が人を作るともいうわけだし、妃としての立場がクローディアを変えたのかもしれないわね。
代わりに、ちらとフィナンの方を見る。彼女はふいと視線を逸らして目を合わせようとしない。その顔ににじむ焦りが、いやな予感を強くする。
「……ひょっとして、誰にも言わずに出てきたのかしら?」
「外出の許可なんて下りませんから。言うだけ無駄ですよ」
「……あんのくそ王子め」
思わず口に出た言葉に気づいてはっと口を手で覆ったけれど、すでに遅かった。
驚愕の目でフィナンが見てくる。エインワーズ様はおかしそうに笑っている。クローディアは……わからない。でもなんとなく、その体からすごみのようなものがにじみ出ている気がした。
「まあ、そうですよね。あれはくそ王子で十分ですよ」
その声には、音にならない万斛の悲鳴がこもっていた気がした。
けれど、気のせい、だったかもしれない。
貴族らしい笑みを浮かべるクローディアは、わたくしにもその内心を読み取らせてはくれなかった。
「まあ確かになかなかの堅物だよね。それに時々すごく抜けているから面白いんだよ」
「……それで面倒をこうむるのはわたしなのですけれど?右腕として殿下のご指導をお願いしますよ」
「えぇ、どうしようかなぁ。とりあえず被害内容を聞かせてもらえるかな?じゃないと対策も取れないからね」
「いまだに、自分の妃の顔も名前も覚えていない点ですかね。いえ、名前は憶えている可能性がありますね。一応目の前で婚姻の署名をしたわけですし」
「そういえばクローディア!どうして結婚式を開かなかったのよ!?せっかくの親友の晴れ舞台だと思っていたのに」
「親友だと、そう思ってくれていたの?」
「う……ま、まあ、ね?」
感極まったクローディアに抱き着かれた。慌ててソファの座面に腕をついて体を支える。
しなだれかかるようにもたれてきて重い。細身だけれど筋肉はあるのよね。やっぱり普段から鍛錬しているからかしら。
「結婚式の件も殿下の教育案件ですね。おかげでわたしは瑕疵物件です」
「それは、さすがに申し訳ないと思うよ。でも、これから次第かな?」
「………………これから、ですか」
視界に大きく映るクローディアは、いかにも困っていますという顔をしている。その頬がほんのりと朱を帯びている。何を考えたのだろうか。
今考えたのは、間違いなく殿下のことだろう。
アヴァロン王子殿下。未来のこの国の国王陛下。
彼の方は、年内には王太子になると噂されている。
けれど彼は、わたくしにとっては敵だった。
親友であるクローディアに、彼は許しがたいことをした。
女の人生最高の晴れ舞台である結婚式を義務的なもので済ませた。
初夜に寝室に足を運ぶことがなかったというのは、すでにこの国の貴族のほぼ全員が知っているだろう。おかげで、クローディアは問題のある令嬢とみなされてしまった。
今後、クローディアがまともな幸せを手に入れるのは困難だろう。
でも、何で?どうして今、頬を赤くしたの?
それは、怒りよね?
まさか――いえ、部外者のわたくしがでしゃばるものではないわね。
「駄目よ、クローディアは私のものなんだから」
でも、これくらいは許してほしい。
代わりに、クローディアの背中に両手を回す。
体を支える腕がなくなったから、クローディアに押し倒されるようにしてソファの上に転がる。
その体は、少しだけ震えている気がした。
これはクローディアのためであり、同時に、わたくし自身のためでもある行為。
結婚式の一つもちゃんと行わない殿下には、クローディアは譲らないわ――そんな思いを込めて強く抱きしめる。
書類上はすでにクローディアは殿下の妻なのだけれど。
そっと、クローディアもわたくしを抱き返してくれる。すがるように、求めるように。
「……ありがとう」
囁くように告げたクローディアが体を離す。
ぽんぽんと、どこかあやすようにわたくしの頭を撫でたクローディアが前を向き、対面に座るエインワーズ様と視線を合わせる。
どこか探るようなやり取りの後、彼女ははぁと吐息を漏らした。
「何を考えているのかさっぱりですね」
「ふふ、さすがに鍛え方が違うからね。ま、殿下の件はそのうちオレからきちんと言っておくよ。だから勝手に出歩くのはやめて……とは言わないけれど、せめてこうして会いに来るときには許可を取り付けてほしいところだね」
「わたしが合いに来る相手はアマーリエですよ」
「あれ、つれないね。『アマーリエを愛でる会』の同志だと思ったんだけどな」
「その会、どうすれば入れますか?……ってちょっと、痛いですよアマーリエ!?」
おかしなことを言うクローディアをぽかぽかと叩きながら、わたくしは目の奥がツンとするのを必死にごまかした。
うれしくて、けれどこうしてうれしいと思っていることが申し訳なかった。
本来なら、クローディアはここにいるはずはなかったのだ。
あのお茶会でわたくしが精霊のいたずらのことを話さなければ、彼女はもっと自由に生きることができていたはずだったのに。
ごめんなさい――そう、心の中で謝る。
クローディアはきっと、わたくしに謝ってほしいだなんて思っていないだろうから。
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