晴海様の神通力

篠崎流

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熟考の理由

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夏休みから八月初頭まで表面上大きな変化は無く
七日、暦の上では立秋だが泰斗の成人の儀が行われる。

一般の様に式がある訳でもなく仰々しい式典がある訳でもなく、単に通知や祝いがあるだけだが、泰斗自身も事前に言われている通りで、特に大きな事がある訳でもない

一応本家、慶に挨拶に行き、神事的に成年として皆の前で盃を一杯する程度だが、本来なら、この場で後継者指名が為されるが其れも無し、ただ其れに対しても自身が分かっているので特別な感情もなく受け入れる

「めでたい事だが、事前通知の通り、今少し熟考する」と言われ
「左様ですか、何れにしろ用意は整えてあります」としか返さなかった

というのも泰斗自身が既に後継者としての自覚と行動があり、組織運営に対しても、知識についても指名があるなしに関わらず次代を受けるつもりで学んでいるし、どの道、晴海が受ける事はないとも知っていたからで。今までの行動も変わりもしなかったのもある

親が何れ引退する事が分かっているのだから一々「こうしろ」と言われるまでもなく、引継ぎの用意をするのは自身も周囲も当然で行動が変わる訳でもないから

ただ泰斗は晴海に次代が務まるとも思っていない事、何故態々、そのつもりもない弟に任せようと考えるのかが分からなかった、故に、その場を終え人払いの後、慶の私室で問うた

「熟考する、は構わないのですが、晴海にそのつもりはないでしょう、そこまで考慮に値する理由があるのですか?」と

「武芸・退魔に秀でている。では不足か」
「そうではありませんが。前線の士であるなら責任者である必要も無いですし、あまり理由に成っていない様にも思えますが」

そう返された為、慶もある程度の事情を話した、つまり、晴海が特別な力を早期に開眼した事。霊力が極端に多く単に戦闘に優れて居るだけではない事、預けた周囲の者に多大な影響が出ている事等。篭絡と分け与えの事を明かさずに話した

「なるほど、次代のその後の事を考えての事ですか」
「そうなる。既に京極・綾辻とも強力なつながりを持っているし血に優れて居る事も理由だ」
「晴海と各家の令嬢との間の子の事もある訳ですな」
「うむ…」

そう言われると泰斗も一応納得せざるを得ない。というのも
神宮寺は初代から血統、一般的な血統ではなく「特別な能力の発現」を主体にした歴史がある。これを泰斗も知っている

そういった類の特殊能力が出れば、当然そちらが優先されてもおかしくはない、神宮寺は家、家族という組織体以上に初代・二代目から魔に対しての特別な力から起こりと、繁栄が根源にあるからだ

此処では明かされなかったが、慶は雹の事も報告されている、当然、アヤネとの関係も知っているし、分け与えに寄って既に全盛期の祖父善行を凌ぐ力も得ている。であれば神宮寺のトップ、その次まで任せた方が良いとも考えているのである

そうして簡易に本家の成人式と会談を終え、泰斗も自身の屋敷に戻るが、一応は話の筋も通っており、不愉快とも思わなかった

「では晴海様が次代を継ぐ事は優先されると?…」
「そういう事情だからおそらくそうだろうな」
「宜しいのですか?」

そう側近に恐る恐る問われたが、寧ろ泰斗は少し笑っている様にも見えた、本来なら不愉快な話であるにも関わらず

「フ…まあ、まさかという事態ではあるが。納得する理由は貰ったからなどうという事でもない」

それだけ告げて泰斗もこの件は周囲にそれ以上、言及する事はなかった

同月、十日に晴海宛てに封書が届く、本家からで、一度雹を連れて来るように、という内容である

「なんだろう?雹を連れて?」とは晴海も思ったのが、詳細はなく個人的な事と、晴海にも伝えて置く事がある。という内容だったので急を要する事ではないのだろう

「なんだろう?」
「個人的な事、ですからその通りなのでは。でも、詳細無しですから直に会談したい内容ではあるのでしょう」
「うーん、そうだね。丁度僕の方も許可を取りたい事があるし、行ってみようか」
「左様ですか。わたくしが行きましょうか?」
「いや、桜子さんを呼んで欲しい」
「はい」

そうして桜子がECM指令室に呼ばれ、晴海から内容を話した

「構いませんが、護衛でしょうか?」
「それもあるけど、桜子さんの一族て、本家の警備してるよね、本来指揮権があるのも直系長女の桜子さん」
「そうですね。とは言え、主に内部、屋敷は神宮寺の兵がその外の範囲で、ですが」
「それって、桜子さんに集められないかなぁ、と思って」
「ええ、まあ、許可というか割り当てを変えるのは可能でしょうあくまで任じているのは御大、慶様ですから」

「あ、それで…」
「うん、後の事になるけど、ウチ、ECMのメンバーとは言ってるけど、全員、其々の家の子弟な訳で。何れ元の形に戻して対処したいと考えてるんだ」
「現在の形だと確かに関東一極集中には成りますね…」
「このままでも良いとは思うんだけど、この形のまま対処を広げるとしても結局元の形に近くなるか。独立派遣組織として維持するかにしても分隊を大きくする必要があるから」

「成程、獅童の一派は私がそのまま指揮して、分隊としての対応力を物理的、人数的に増やそうという事ですか、その一弾と。」
「そう、どう思う?」
「良いと思いますよ、妙な縄張りも無くなりますし、どこの家の者だからという不遇も無くなりますし」

という事で桜子は別に反対はなく、何れの事として同行、雹は元々「待っててね」て言わなければ「どこいくのー?」で付いてくるので問題なかったりするが


こうして翌週の土曜、14日に本家に列車で向かい、正午過ぎに神宮寺本家の屋敷に到着。そこから一旦、客間に通された後、十三時に本家の式場の様な広い30畳ほどの部屋に呼ばれる

此処は慶の部屋と違って、式や会議を行える和室で。南方向一面が全て外と繋がっており、庭園を見れるようになっている。どちらかと言えば、高客を招く場所で開放的だが装飾の類は略なく、昔の城の上階の様でもある

テーブルの類もなく、慶は手で示して自らは一段高い区割り座敷に座り、晴海も対座に離れて置かれているひじ掛けと座布団があるのでそこに着き左右後ろに雹と桜

昔で言う、殿様との謁見の様な形である

「今日はどういう用事ですか?具体的な要件が書面に無かったけど」
「その割には素直に来たな」
「まあ…僕の方も色々頼みがあったので…」
「そうか、では先に聞こう。ワシの方は大した事ではない」

そう促されたので晴海も構わず、先に要求を伝える。事前に言った通り桜子の事である

「成程、桜子をお前の下に置く、一派の指揮権もよこせ、という事か」
「獅童の一族は人数が多くない事、桜子さんは今は一族の代表だそうだし、このまま本家付近に置いてもあんまり良い使い方はされないし、肩身も狭いそうなので」

「そういう側面はあるな。桜子にしろ、その門下にしろ、このままでは飼い殺しに近いという事か」
「そこまでではないとは思ってますけど、どうせ前線の希望だし、それなら元々の一派は纏めておいた方がいいし、僕の方も別動隊が欲しいので」
「ふむ、その希望というならそれでいい。どの道本家の屋敷内部を守備していない、が、桜はそれで了承しているのか?」

「は、はい」
「そうか、なら好きにするがいい、今後は晴海の下の付け」
「はっ…」

聊か拍子抜けするが、それだけであっさり了承を得た

「それから、その件に合わせて別に拠点が欲しいんだけど」
「ふむ、都内か近郊に神宮寺所持の屋敷の類だな」
「はい」
「柏や横浜にも公邸や施設があったハズ。これを移譲する、良いか?」
「永続的な事でもないので間借りでも構わないです」
「どの道遊んでいる土地建物だ、とりあえず贈与手続きをとろう」

と此れもその場で電話一本入れ、法的対処もしておくようにと指示して決まる

「なんだか簡単だなぁ…もっとモメるのかと思ったけど」
「ワシら神宮寺が強要して置いている訳ではない、希望は聞く」
「だったら、もう少し真面な立場を与えればいいのに…」
「それは前後の事情もある」
「と、云うと?」
「獅童一派は剣技に優れて居るのは確かだが、数は少ないし退魔で前線を任せられる、という程でもない。ワシらとしては希望だからと言って安易に任せる事も出来ない。希望があるからと言って、構わん前線で好きにやれとして、無駄に死なれても困る。つまり、その《場》を用意する事が難しい」

「だが、お前が別組織にその場と手段を与える、というなら、それは構わない、という事になる」
「成程、まるっきり考えていない訳ではない、という事ですね」
「そうだな、そもそも、獅童は昔から立場をよこせ、という要求はしていない、していないのだから、こちらから起こす事もしないし、こちら側での退魔は個人の能力に依存する傾向が極めて強い」

「つまり、ECMという新たな器が出来た、そこは特別な能力に特化しなくても前線で戦える、それなら配慮する、という事ですか?」
「うむ。西は神宮寺・睦・京極の古い体制のままで対処している。その辺りの問題だな」
「分かりました、では、こちらで預かります」
「うむ、それに関連した事だが、やはりこの形を広げるのか?」
「そのつもりですが、そこまで大きくしようとも思ってないです」

「ふむ」
「僕が今やってる事はあくまで《特別な力に依存していない》対処というだけで本質的には神宮寺を主とした、各家のネットワークとあまり違いが無い、大きくすればするほど、元の形に収まる気がするので」
「手法を違う方向に簡易にしているだけで、確かにそうだな」
「はい、それでもう一つなんですが。退魔専門家の僕らとECMと公的組織である開発部。後者は近代科学である程度対処出来ています」

「ふむ、公共へのより強いアプローチか」
「はい、どこまで事が大きくなるかもわからないけどこの対処はもう少し広くても問題ないとも考えてます」
「よかろう、その辺りも好きにやってみろ」
「好きに?」
「ああ、それに関連した事だが、やはり何れにしろ先日《熟考》もある」
「次代の事ですか?」
「そうだな」

そこまで言って慶も目配せし、察した桜子は無言のまま退出する。そうして三人だけ部屋に残ったまま、続きを話す

「内密の話ですか?」
「まあ、桜は知らぬ事も多いだろう…」
「雹の事ですか」
「それもある」
「書にもそう書いてましたね、どういう意図で?」
「いや、それは大した懸念はない。我々の初代からの話が事実なら一度本物を見ておきたいというだけだ。ただ、別に人間との差異は見えぬな」
「ですね…、西洋人ぽい、というだけだし言葉も、もう不自由無いし…」
「こうなると伝承も正しい、という事になるな。実際は違うのだろうが、我々の原点、母の様なモノになるのか」
「そう言われるとそうなのかもしれない」

既に父には事の経緯は手紙で伝えてあるが、改めて口頭で雹の最初の出会いから現在に至る詳細を説明する。慶は元々晴海が持っていた印象とは違い、冷徹な訳ではない、少なくとも晴海に対しては父親としての配慮や、最大の擁護者としての支援もしているから「嫌い」という印象も無くなりかけていた

ただ雹の事はやはり懸念する事は多い、害は無いのだがあくまで妖怪な訳で。晴海に危害は無いが、分からない事が多すぎるし、当人も自身は何か、という事は分かりはしないから

何れ元の世界に帰るのか、何年寿命があるのか、どこまで強くなるのか、変化はどこまで続くのか、いずれも不明だから

「僕はそこまで悩んでいないです、何れにしても雹の意思を尊重するし」

そう伝えて、対応も変えないとした

「まあ、それは一先ず良い、我々がアレコレ考えても何か分かる訳ではないし規制出来る訳でもないしな」
「はい」
「それは置くとして、本題だが」
「後継者の事ですか?。僕はそのつもりはないけど…今までその為の教育も教えもされていないし、ECMがあるし、皆も居る」

「そう、難しく考える事でもないがな。ワシが長として納まってると言っても、何か特別な能力を必要としている訳でもない、上がってきた報告に、良い、悪いを示して、動くのは下の者だ」
「はぁ、でも別に僕が継がなくても兄さんが居るし、僕に拘る理由もあまり感じないけど」
「ふむ、では晴海から見て、泰斗はどうだ?長として妥当か?」

「そう言われると…正直、あんまり…」
「どうしてそう思う?」
「なんていうか、僕は家が嫌いだったんだけど、そう感じていた理由が人をみていないというか、妙に冷たい、自分以外はどうでもいいみたいな、そういう所なんだけど父さんはそうではないのは分かったんだけど兄さんはその印象が今も変わらない、それって集団の長として正しいとも思えないんだよね」

「もし、僕と兄さんの立場が逆だったら、雹もアヤネもそれ以外の人と家との接触も展開もしなかった様な気がするし」
「うむ…先日の会合で示した部分も勿論あるが、ワシの最大の懸念もそこにある」
「…一応、分かったけど…」

「だがそこまでお主に強要するつもりもないが、熟考するとしたので、一度真剣に考えて欲しい、という事だ」
「なるほど…そういう事ならちゃんと考えてみます、少し時間をください」
「そうしてくれ。長話になってすまんな、一旦、お開きにしよう」

として、一時解散し、晴海らも離れの客間に戻る、そこで、家の方から昼食を聞かれ、まだだからお願いし、一四時に三人で卓を囲む

「これからですが、どうされますか?」
「うーん、少し滞在しようかな…色々考えなきゃいけない事もあるし2,3日居た方がいいし」
「分かりました」
「あ、桜子さん実家は近いの?」
「近いと言えば近いですね二里くらいですので」
「じゃあ先の件、了承が出たので、えーと、門下の人を収集して東京の方に来てもらう様に。あくまで別動隊を任せるという形で、希望のある人を集めてほしい、戦力的過不足は近代装備があるのでそこまで問題にしなくていいと思う」
「了解です」

として、昼食の後一旦桜も離脱する、これは実際桜子からしても、獅童の一派としても願ったり叶ったりではある

其々の武に自信のある者も居るし、退魔の希望があったとしても今までは前に出る事は任されては居ないので、忸怩たる思いを持っている人も多いからで、家全体としても、基本的に良い提案であるからだ
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