境界線の知識者

篠崎流

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戦姫②

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どうにか味方と合流し、5日かけて王都に戻ったエミリアは再び志願して軍の指揮を募ろうとした、が、それは果される事は無かった

初戦での敗退から王は前線に出る事を許さなかった、彼女の能力云々の問題ではない

あれほどの敗戦を招いた以上、兵も将も彼女の能力を信じないし士気が寧ろ下がる、そして折角生きて戻った彼女を出したくは無かったのだ

代わって軍部から司令官を充てて全体指揮を委任した王は優秀ではある、が、それは内政における誠実さと寛容さの部分だ、生き馬の目を抜く様な世では単なる名君でしかない

そこから一ヶ月、瞬く間にゼハトの軍は街道を西進して上がり間の領地を奪う、ベリオールの軍司令官は軍部出身の者だけに善戦はした

だが既に全体兵力差は倍に広がっていた、各地でゲリラ戦を行い敵を疲弊させ足止めするが精精であった

実際この状況に至ってはエミリアが出ても出なくても大差はないだろう、武力があるのは事実だが戦略も戦術も出来るとは云い難い

別に指揮官に拘った訳ではない、ただ少しでも自分の剣が役に立つなら、としか考えていない、今何が出来るのか、出来ないのか、ただそれだけだった

王都目の前の決戦に至ったのはそこから更に一月後だが
この時既に兵力差は五倍で結果など聞くまでもない不利だった

エミリアはすべき事をするという判断に至った、母と妹と合わせ、城の非戦闘員等も退避させる、自らは剣を取って王城で手持ちの近衛らと王に着いた

戦での負けは決まっている自分にはもうこれしかすべき事は無いと覚悟して待った、そもそも彼の言う通りだ

初手の負けと自身の力の無さ。それがこの結果にすぎない。責任、という訳ではない、が、やれる事をしただけだった

別に彼女のせい、という訳ではない、そもそも他に指揮をして迎撃出来る者などいくらも居ない、結果は変わらなかっただろう

王も降伏はしなかった、逃れるべき場所も無ければ降伏した所で処刑の道以外なかろうと

その日の深夜
正面決戦は最速で当日に敗北、城に敵兵は乗り込んできた。エミリアは前線指揮を取り近衛と共に只管迎撃の任に当たった

彼女は強かった、防衛兵と言っても相手とは数が違う、既にこちらの場内に残った兵は200名も居ない、それでも集団として統制して自身が最前線で戦い、20倍の制圧兵を城の施設や長い廊下を下がり迎撃しながら凌ぎ続けた

朝方には、下がり迎撃を続け相手を500は倒しただろうか、が、数の上で維持できるのはそこまでだった、自分の周りには20人しか残っていなかった、それが六時間の城内防衛の成果である

まさに勇戦の将と言える活躍だったろう、ここで彼女も見切った、王座に入り父に会おうと戻った

城外は四方八方敵だらけの状況だ、逃げる選択もなかろう、なら、敵に捕われる前に自害するか、しないか、それを聞く為

が、部屋に踏み込んだ時にはもう結果は出ていた、彼の側近は玉座に座る彼の横で王を看取った

「毒を呷りました。残った者は逃げよとの事です」

黙ってエミリアも頷く

「ご苦労だった、皆、自由にせよ、降伏するも逃げるも自由だ」
「姫は?‥」
「せめて、時間を稼ぐ‥私に出来るのはそれだけだ」

それだけ皆に告知して部屋を出て王座の前の扉を閉める
自身はその長い一本道の廊下に出て敵を待った、一人で

「私に出来る事」彼女は武に置いては強かった、不幸なのは、軍でそれを活かす道が無かっただけの事だ

廊下の向こうから鈍足で近づいてくる制圧部隊が目に入ったは5分後

ボロボロに近い自身の体と装備で立ち向かった、廊下と言っても王座の間への道だ、狭い訳ではない、左右10メートル強はあるだろう

だが、この後ろにある扉さえ行かせなければいい、その場に根を下ろすように足を踏み込み一人で迎撃した

王座の間に向かった敵兵も一部だった、それでも一対100、その戦いそれもエミリアは一人で迎撃して8分稼いだ

「化け物か‥」と向こうも呟いた

が、そうではない。 もう次も先も無い、ここで死んでも構わないその覚悟が彼女を強くした

それが終ったのが10分過ぎ、体中に切り傷を受けて膝から崩れ落ちた、それでも片膝のまま構えて威嚇する

最後にはその構えた剣も叩き落されて石の床を転げた、もう動かない体に縄をうたれ、抱えて移送される

こうしてベリオールという国は無くなったが統治する、支配する先がゼハトに移るというだけで別に大した問題じゃない

巨大な大陸、何十という国の一つがただ無くなったに過ぎない


エミリアは敵国側の領土に移送されて牢に、何もする事も無く、ただそこで只管待っただけだ、何かを

「処刑か、慰み者か、運が良ければこのままか」

密室に近いその牢屋でただ横になって思うだけだった、何日経ったか分らない、ある日の深夜、一つしかない鉄柵の嵌められた窓に鳥が止まった

「まだ生きてたか」
「?!」

横になっていた彼女は起き上がって窓を見た

「大声出すな、密室とは云え部屋の外まで声が洩れるぞ」

そうしゃべって返したのは小さなフクロウ、何者なのか直ぐ判った

「使い魔‥フォレスト‥か?」
「ああ、生きて捕まったと聞いたのでね見に来た」
「そっか‥で?何の用だ‥」
「お前の一族は全員死んだぞ」
「母も、妹も‥か?」
「そうだ、残念ながら逃れられなかった様だな」
「なんてことを‥」

「が、他の者には寛大な治世だ、統治も今の所、略奪も徴税の類も無い、頭がすげ変わったというだけだ」
「つまり私の命運も決まったという事か」
「一概に言えないがな、登用されるかもしれん、向こうの軍部で一部そういう話も出ている、ま、お前にその気があれば、だが」
「ある訳ないだろ、ドアホ」
「ならどうする?」
「?断って処刑、以外なにがある?」

「‥そうだなぁ、ここから出してやってもいいぞ?」
「フ‥どうやって‥敵の支城、敵の真っ只中だぞ?」
「出すくらいは出来るがな、その後は知らんが、まあ、跳べばよかろう」
「ああ、そうだったな‥転移できるんだな」
「いや、それは城の外まで出ないと無理だ、それに触媒が要る連発出来る魔法じゃない」

「しかし、分らん奴だ‥そんな事して何の得があるんだ‥」
「そうだなぁ‥お前の武力は使えそうだ、護衛か雑用にでも使ってやる、一人だと何かと不自由でね」

冗談を言ったつもりも無いのだが、エミリアにはそう聞こえたらしい、乾いた口元で「くくく‥」と笑う

「それが条件、というなら安いものだ、従おうお前に」
「いいだろう‥。だが、準備が要る30分待て」

云ってフクロウは首を捻って飛び去った、キッチリ30分後、正面の頑丈な扉の鍵が開き静かに開かれる

来たかとエミリアも立ち上がり外をそっと見るが、見張りの衛兵がそのまま居た

「!?」と思ったが相手は無表情に扉を開けて武器を差し出す

「な、何なんだ‥」相手は答えずただ虚ろな目で剣をエミリアに渡してその場に昏倒した

訳も分らず剣を取ったエミリア そこでまた窓からフクロウが戻って通達だけする

「もう直ぐ城内で騒ぎが起こる、ここを出て左奥の部屋に入れ、倉庫だ、そこから裏手の森に出ろ、オレはそこに居る、見つかっても構わん強行突破しろ、お前なら出来るだろ?」
「どうかな、少し寝てる時間が長すぎた‥」
「だろうな、こいつの首に掛けた小瓶を持ってけ、一発だけ足止め魔法が打てる、相手に投げつけろ、効果範囲は結構広い、間違って前に投げるな、巻き込まれる」
「わ、わかった」

と、ゆっくり云われた通り小瓶を外して持った。そこから数分後、「策」通り城内をひっくり返した様な大騒ぎになる

「よし」とエミリアも指示されたとおり牢を出て左通路を駆ける

とは云え、ずっと拘束されて居た彼女にはきつい、早足でどうにか進む

幸いにして指定された倉庫に入れるが、その扉を開けた所で気づかれる

「おい!女が逃げたぞ!」と、慌てて扉を閉めて回りを見渡す、裏庭に繋がる大きな裏口が一つ

即座にそれを開けるが開けたと同じタイミングで敵兵が倉庫の入り口から入ってくる、丁度同じタイミング

ここで小瓶を部屋に相手に向って投げつけると同時に外に、パンとそれが割れて中の液体が拡散して、踏み込んできた兵士に絡みついた

「うわ!何だこれは!?」

そう叫ぶのも分る部屋の中の光景を去り際に見送りながら思わず呟いた

「オイオイ‥スライムかよ‥」

小瓶から飛び出した粘液が拡散、巨大化、周りに居た兵士にへばりついて拘束したのだ

兎に角逃げるしかない、止まること無く裏庭を駆け夜の森に飛び込んだ、思わず足がもつれて倒れ掛かるがそこを彼に抱きとめられる

「オイ、大丈夫か?」
「‥大丈夫じゃない‥水も食料もまともに貰ってないんだ‥体力が‥」

フォレストはそのまま彼女を木を背中にもたれかけさせ座らせ

「ほれ、水だ」
「す、すまない」

と水筒を渡して飲ませる、500㎜l程度の中身だがあっという間に空にした、その間に騒ぎを聞きつけた他の兵も集まってくる

「向こうだ!森に逃げたぞ!」と
「ま、まずいなコレは‥」

そうエミリアも云ったが当のフォレストはめんどくさそうに云った

「チッ‥10や20なら兎も角、ありゃオレが相手するのも大変だな‥」
「戦う‥のか?」
「冗談じゃねぇ‥いくら魔力があっても足りねぇよ‥」

そこまで云ってエミリアを抱えて「飛んだ」

「う、うわーーー!」と初めて空を飛んだエミリアも思わず叫ぶ

4,500メートルは軽く飛んだだろうか、それでまた森の中に着地して彼女を降ろした

「あー、クソ‥不安定なんだよな‥この魔法」
「オイ、大丈夫なのか!?」
「ああ、とりあえず歩け、真っ直ぐいきゃいい」
「う、うむ」

そのままどうにか早足で移動、森の真ん中にある湖まで出た、無論敵も分散して追ってくる、かなりの数だろう、真っ暗闇なので具体的な数は分らないが規模を考えれば100や200は居るハズだ、そもそも地理は向こうのが詳しい

半包囲のまま向こうの姿を確認し既に湖の周りも包囲に近い

「居たぞ!あそこだ!」と声が掛かり囲まれる
「これは詰んだか?!」エミリアも思った

だが彼にはそうでもない

「しゃーねーな‥」と剣を抜いた
「おい、このまま真っ直ぐ行け、抜けた所に馬をとめてある」
「お前‥どうする気だ?」
「どうもしねーよ、こいつら片付けて行くだけだ、時間は稼げるだろ」
「な!?ふざけるな!私はお前を犠牲にするつもりはないぞ!」
「そうじゃねぇんだがな‥」

「まあ、いいか‥」と言葉を切って抜き
剣で宙に向けて振りつつブツブツと古代言語を呟く

なんらかの術なのだろう、だがそれは分らない、最後に剣を地面に向って振り、軽く「トン」と切っ先で叩いた

途端敵兵から叫び声が挙がる「う、うわ!?何だ!!」
足元の地中から敵兵の足に無数の手が伸び掴みかかった

「な!?なんだこれ?!」
「低俗霊を呼んだだけだ、あいつらに戦わせる」
「!?」

もう彼は剣を納めてエミリアの手を掴んで歩き出していた。それは聞かなかったが彼女にも分った

召喚術、しかもタダの召喚じゃない、明らかに「嘗てあった向こう側のモノ」闇の系統

20分、歩いて、森の反対側に抜けた、そこで云った通り馬が待っていた、彼は自分で乗らずエミリアに手綱を握らせ自分は後ろに乗った

「このまま北西へ向かえ領土境界線まで行けば集落がある‥オレは休む」
「大丈夫なのか?疲れている様だが‥」
「ああ、単に魔力尽き直前てだけだ、休めば平気だ」
「そうか‥」
「一度に大量に呼びすぎた‥」
「お前は魔族なのか?」そう聞く前に彼はもう眠っていた

指定された集落に辿り着いたのは朝方だった、そこで彼も目を覚まし、馬を解放

適当な宿を取って、直ぐに何かを始める、石床に座って手持ちの色つきの石を石で叩き合わせて砕く

「何をしてるんだ?」
「触媒作り‥家に戻らないとな、だが、旅して戻るのは無謀だ、もう間には敵の領地しかねぇし手配もされてるだろう」
「転移か‥」
「ああ」
「ソレ毎回必要なのか?」
「いや、家に戻れば補助道具がある、それ使わないとオレの魔力許容量じゃ半端にしか飛べない、てだけだ、あれは一回転移するだけでも相当なエネルギーが要る、普通の人間にゃ連発は出来ん」
「お前‥人間‥なのか?」
「?何だイキナリ」
「だって昨日悪霊を呼んだだろ?」
「ああ‥あれか‥」
「アレだ」
「別に魔族だから闇召喚が出来る、て訳じゃない、単なる召喚術の一系統でしかない、使おうと思えば人間でも使える」

それを聞いて彼女もホッとした

「だが、そんな魔術を使う人間など聞いた事がないぞ?‥」
「んー?知ってりゃ使える、知らないから使えない、オレはそれを知っている人間、それだけだな」
「訳が分らん‥」
「分らなきゃいい、説明するのもめんどうだ」
「むう」

そして準備を整え再び家に「跳んだ」のである

それから数日家に滞在して荷物の整理をしつつすごした、周囲の様子を探り戦後の統治の安定から警戒が緩むのある程度測ってから森の南から出てゼハト、ベリオールの領地で無い方向へ向かう

別の土地に十日掛けて辿り着いた後、最初の街で宿を取って休みつつ、ルートを考える

「さて‥次はどこへ行けばいいのか‥」
「安定した土地、というのも難しいと思うが‥」
「じゃなければ強国だろうなぁ」
「成る程、で、あれば戦争で支配体制が変わるという事もないだろうしな」
「そういう事だ。とりあえず南だな、中央付近に行けばどこも強国だ」
「しかし‥結構遠いなぁ」
「ま、急ぐ訳でもない、それはいいさ」

と気楽に云った、その日の夜、ベットにのんびりして寝ていた所に目を覚まさせられる

エミリアがベットに潜り込んで来ていた
上目でフォレスを見つめて聞いた

「なんだ?‥」
「なぁ‥ホントに私は護衛や雑用でいいのか?」
「今更だな‥他に使いようがあるまい」
「そんな事の為にあれだけの事をしてくれたのか?」
「生き残ったから拾った、そうでなければ拾いにいかなかった、そんだけだ」
「ホントに分らん奴だ‥」
「分らんでいいだろ、知ったところで何がある訳でもない、オレはお前を拾って使う、お前は使われてりゃいい」
「む‥確かにそういう条件だが‥」
「要らん事に頭を使うな利口じゃないんだ」
「無礼な奴‥」

そうして話しながらいつの間にか また眠っていた、一緒に、エミリアは生き残ってしまった、選んだ結果、そして帰る所ももう無い、それでも彼は拾ってくれた、何の役に立つか分らない自分を

恩義なのだろうか、縋ったのだろうか複雑な、自分でも分らないまま彼とゆく事になった
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