剣雄伝記 大陸十年戦争

篠崎流

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竜騎士ジェイド編

出会い

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少年は空を見上げていた 雲ひとつない青空に太陽を遮るモノが有った。既にこの世から絶滅した種と認知されつつあった飛竜。

ソレは少年の視線の先に確かに居た

竜は世界を見渡すように何度か空を旋回し、やがて思い立った、或いは何かを見つけたかのように北に飛び去っていった

フリトフルと呼ばれた大陸 多くの大小の国を抱えながら1世紀もの平和が続いたこの大陸で、第2次10年戦争と後に呼ばれる、争いが起こる数年前の出来事であった。

大陸東北東付近に位置する王国、メルト、東に海 北に森 西を山岳に囲まれる豊かで富多き国

その城下街の宿と併設した酒場「1日亭」は夕方には既に満席に近かった、第二次10年戦争は既に勃発して3年近く成っていたが、国には現状では、危機感を持っている国民は居なかった

ほとんどの住人には「中央での事」という認識があり変わらない日常、取るに足らないことだったのだろうか


故に酒場に彼が訪れた時全員が彼に注目したのは当然だろう

「この時間からほぼ満席か‥丁度いいが」

彼は呟き、店に足を踏み入れると木製の床板が大きめな音をギシと出し軋む、それもそのはず、彼は身長190cm前後

「重い」という感じはパッと見受けないが、筋肉質でいかにも力のありそうな体、身なりを余り気にしないような黒尽くめで年季の入った服装

併せた訳ではないが黒の長めの髪と瞳、周囲の空気を2℃は下げそうなオーラと鋭い目付き、何より身の丈程もありそうな背中に担いだ剥き出しの大剣

いかにも剣士 傭兵という感じ それもあまり見た事が無い種類の、これで目立たないハズもなく店主のおかみさんもお客も一瞬唖然とする。

そういう反応は彼にとっては何時もの事、戦火の及んでいないこの様な地域では特に彼の様な風貌の男は稀だろうし警戒もするだろう

そこで彼は「失礼する、店主、自分は旅の剣士でジェイドという。尋ねたい事があるのだが宜しいか」

努めて平静、礼儀正しく、やや古臭い堅苦しいくらいであろうと他者が感じる言葉を使う

カウンター越しに、初めは面食らっていた恰幅のいいおばさん店主は小さくウンウンと頷く

「なんだい?私に答えられる範囲の事かい?」と返す

周りの客もチラチラと見ていたが、2人の少ないやり取りを確認して元通り雑談と呑みに戻る

彼の態度と言動が周囲に
「この男は相当な力を持っているが無頼漢の類では無い」と印象付けられたのだろう

力を持つ者は使い道を知らぬ愚か者なら周囲にとって恐れと迷惑でしかないが、逆なら安心感すら生む、それを形にして見せただけの事だ。周囲の空気が平静に戻ったのを確認して彼は続ける

「6~7年前の事だが、この辺りで赤い飛竜を見たとか、そういった類の噂を聞いた事はないか?」

あまりに意外な問いだったがおかみさんは真剣に考えて答える

「飛竜って、あの伝説上のアレかい‥??」
「‥あたしゃ50年近くこの土地で生きてるが、実物を見たとか‥見たって言う人もお目にかかった事はないねぇ」

彼はこの国に来て既に複数人に同じ問いをしたが、やはりここでも同じ反応だった、想定内ではある

しかしおかみさんは一案し

「皆ちょっといいかい?」

と大きな声で酒場内に居る全員に聞こえるように言う

「こちらの剣士さんが6~7年前この辺りで赤い竜を見た人は居ないかとお尋ねだが、そういった類の話を誰か聞いたことがあるかい!?」と

皆一斉に振り返り考えるがやはり答えは

「知らない」「見たことが無い」
「そんなモノが目撃されたら騒ぎになるだろうから、噂くらいは残るのでは」といった感じだった

「分かった、ありがとう」ジェイドはそう皆に返し おかみさんにも

「聞いて回る手間がだいぶ省けたよ、店主、ありがとう」

と一言 だが今回はそれでは済まない

「にいさん、うちは酒場だよ、なんか注文してってくれよ」

と満面の笑みで返される。なかなか如才ないな思いつつもそれも当然の礼儀だとも思いテーブルに金貨を一枚置き

「食事を頼もう、何かお勧めはあるかい?」
「ライムを搾った薄味付けのステーキはどうだね?」
「それでいい」
「けど、金貨一枚はだいぶ多いね」
「では、保存の利く‥干し肉か、乾物があれば3日分。それでも多ければ宿3日」

おかみさんはスッと銀貨5枚を返し

「一番奥のテーブルが開いてるよ、焼き上がりをまっとくれ、後の2つの注文は準備ができたら声かけるよ」

即座に厨房の調理人注文を伝える

ジェイドは無言で頷いて返事をして席に向かい座ると、ほぼ入れ替えに入ってきた人物によって既にいつもどおりに収まっていた店内の様子がジェイドの時とは逆方向に変わる

それはこの土地でよく知られた人物で、あるいは常連らしく、おかみさんは自然な笑顔で声をかける

「あらマリーさん、いらっしゃい」と

マリーと呼ばれた側もまるで友達に返すように「おはようルセリカ」と返す

「もう夕方なんだけどね」
「あたしはさっき起きたからおはようだよ」
「昼夜逆転だねぇ‥で、今日は何にする?」
「いつものボトル1ダース、一本呑んでいくよ」

マリーの顔を見た時点でボトルとグラスは準備されていた、おかみさんはそれをカウンターテーブルに置く

「今日は変わった果実酒が入ってね、やってみなよ」
「ならダースの半分はそいつを」
「まいどあり~」

店内の空気が変わるのは当然だマリーと呼ばれた常連客の女性は美しくもあるが、それ以上にとにかく個性的だ

年の頃は20前半、栗色の長いストレートの髪、切れ長で涼しげな瞳、常に少し笑っているような口元

どちらかといえば涼やかな顔立ちの美女という感じだが、アンバランスに衣装は露出多く、色も深紅、短刀をクロスさせるように2本腰に帯刀

身に着けた装飾品もやたら大きく宝石は値が張るものと分かるが派手としか言いようが無い。しかし言動は構えた所や気取った所が全く無い

「ところでルセリ、竜がどうとか話してたみたいだが、なんかあったかい?」
「ああ、それが」

とジェイドが店に訪れてからのやり取りをおかみさんはマリーに聞かせる

「今時竜ねぇ‥」
「で、賢者様でもあるマリーはご存知かね?」 
「知識としてだけなら。見た事はまだ無いわね」
「ま、彼が見たというなら居るんだろう」

マリーはボトルとグラスを取って店内を見回す、それを察しておかみさんが

「生憎とテーブルはいっぱいでね、カウンターじゃだめかい?」と。マリーは「なら相席を頼むさ」と、店の奥席に向かう

彼女が歩く次々声が掛かる

「よう賢者様お早いご出勤で」「今日も美しいね~」
「テーブル席なら俺らの所が1つ開いてるぜ」と

マリーをそれらに笑顔や手を振って返しやりすごし

「今日は新顔さんが居るみたいだからそっちにいくよ」と言うと皆それ以上は食い下がらない

新顔、といえば間違いなく奥席にいるジェイドの事だろう、大人しくしてる彼を刺激したくはないのも事実で一同は「マリーさんがそういうなら仕方ないな」と少し乾いた笑いで自分たちの世界に戻る

マリーは腕組みして目を閉じ置物の様に静かに待つジェイドの席のテーブルにボトルとグラスを置いて対面席に座ってから

「ここ座っていいかしら?」と声を掛ける

ジェイドは姿勢を変えず目だけ開けて彼女を見て

「座る前に聞くモノだろう、普通」

マリーは涼しげな笑顔のまま

「貴方なら断らないだろうと思ってね」

依然鋭い目付きのままだが彼は口の端で少し笑って見せた

「酒の肴になるような話は持ち合わせていないぞ」
「竜の話を聞かせてくれないの?」
「どうせご一緒するならイイ男とのがいいからね、貴方違うのかい?」
「分からなくもないが、俺がイイ男かどうかは知らんな」

短いやり取りだがお互い話のし易い相手と認識したようで探りあいの様な会話はおこらなくなっていた

「あたしマルガレーテ、通称マリー」
「ジェイド=ホロウッド」
「で、貴方は何故竜を探してる?」
「15の時頭の上を飛んでいく竜を見たから」
「ドラゴンキラーでも目指すのかしら?」
「まさか‥単に戦ってみたいだけさ」
「どうして」
「暇つぶし‥かな」

ここでおかみさんがステーキを運んでジェイドの前に置きナイフとフォークでそれを食べ始める、ジェイドはその作業を続けながら一考して話す

「俺は5才から剣と振っている、ある段階に至り。剣を交わす事に楽しみや充足感を得られる相手、というのが極稀になってしまった。頂点を極めた等とは思わんが‥それ以上の相手が欲しくなる」
「それで暇つぶし、か」
「尤も、それも旅、武者修行のついでではあるが」

「今も生きているかも分からんし学術、記録上、既に滅んだ種とも言われているからな、よしんば生きていたとしても「腕試しをしたいのでお相手願えますか?」というのが通じる相手かも分からん」

「竜は人間より遥かに長命で高い知能を持つとも言われるから、的外れなやり方では無いと思う話し合いってのは悪くないかもね、それに飛べる竜に挑むってのも無茶な話だし」
「俺は飛べんし、何れにしろ、それなりのルールでの戦い。その「交渉」は必要だ」
「けど、竜ってのは倒した方が個人にとってリターンが大きい。それは知ってる?」

「無論だ、血は薬、肉は長寿の秘薬、鱗は武具に化けるし魔法の材料にもなる、とも言われる。更に竜狩となればドラゴンキラーの英雄、金とか名誉とかが好きなやつには魅力あるモノだろうな」
「貴方にはソレは魅力の無いモノなのかい?」
「無くもないが、それで殺しちまったらそれで終わりだ。貴重種を殺してまで得る程の物ではない、と俺は思う 第一絶滅種と言われる程、数を減らし、人の目に触れなくなったのは人個人の名誉、金欲のおかげで狩られたせいでもある。それを繰り返す愚行をしようとは思わんな」

「で、マリー、お前は俺程竜に興味でもあるのか?」

既にボトルを半分程空けていたマリーはうーんと考えるそぶりをする

「どうかしら、単純に学術的興味、かな?一応知識者、だしね」

「そういえば「賢者様」等と呼ばれていたな、なら俺よりは詳しいんじゃないか」
「知識的にはね。でも、ここで見たか?という話ならNOよ、あたしは5年前にこの大陸の外から来た人間だし、貴方の見た時期には居ない」
「ほう‥外来人というのは初めて見たな、どこの」
「残念ながら海難事故で流されてね、気がついたらこの国って訳、どの辺りにある土地ってのは分からないね」
「そうか」

「ついでに言うと、あたしの生まれた土地でも竜の話は聞いた事が無いよ」
「だろうな、でなければ絶滅種など言われんだろうし」
「夢でも見た、とか」
「残念ながらそれも無い、大陸中旅したが、俺と似たような状況でたしかに見た。というやつは幾人か居たからな、このメルトでは無いというだけだ、まだ北の獅子の国周辺には行ってないから何ともいえぬが」
「ここより北から北西方面て事かな、まだ6国は行くところが有るって事か」
「ま、暇つぶしの種が残ってるのはいいことさ」

「それに北の獅子の国には有名剣士が多いしその南には剣聖の生家があると聞く、当分楽しみは尽きないということだ」
「なら、そっち方面に行く時はあたしにも声を掛けて欲しいね是非とも同行したい」
「かまわんが、賢者様の興味を惹くモノでもあるのかね」

「獅子王の元に10代で術を極めたと噂される稀代の天才魔術師がいるそうよ名をアレクシア=ハーデル、叶うなら一度会ってみたい」
「なるほど、いいだろう、そのときは声を掛けよう。と言ってもしばらくはこの国居るだろうが」
「別に構わないよ、あたしも「暇潰し」だからね」

ジェイドは食事、マリーは一瓶空にして終え席を立つ。其々注文しておいた保存食、ボトルを其々受け取り出ようとするが先にジェイドが

「重そうだな、俺が持とうか?」と9本入りボトルの箱を持つ

「聞く前にもう持ってるし」
「断らないと思ったからな」

お互い思わず笑みが零れる

「馬をこの先に置いてあるからそこまでお願いね」

城下街の出入り口付近に居る馬に荷物を載せ別れる、その際

「あたしは海岸の古い屋敷に住んでる、遊びにきておくれ、「暇」だからね」
「機会を作ろう」

お互い社交辞令的ではあるし、いつのことやらという感じだったが、それは思いの外早く実現される
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