八法の拳

篠崎流

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日常成らざる日常②

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そしてその二日後「平和の壊れる奴」が来る

九重一家が夕食を終えて、居間で寛いでいた

「ぐぐ‥やるな陣兄!」
「つーか、お前ヘタなんだから諦めろって」

兄と妹でプレステサッカー対決が繰り広げられていたが玄関から「こんばんわー」と声が掛かる

そしてみやびが出迎えに出る前に勝手に居間にドカドカ上がり込んでくる

「う」
「げ」
ともう北条を除く一同には馴染み深い相手を察した
そう萌の姉「与あたえ」である

「お久しぶりー!」と登場してきた
「あ、お姉ちゃん‥おひさ‥」
「げげげ!何で来たの?!」

一方みやびは目頭を押さえて無言、陣は逃げ出した。が与はそれを逃がさず、陣の襟を掴んで何事も無かった様にそのまま引っ張って居間のテーブルに歩いて座った

「何ってお仕事の依頼を受けたからよ、一応責任者と会合しないとね?」

そして陣の頭を抱えて頬を付けてグリグリする

「お久しぶりー陣君!おねーさんに会いたかった?」
「ぐえー!やめろー!会いたくねぇー!」

ついでに盛大に空いているスーツの胸の谷間にも押し込んだ。みやびが座った与の前のテーブルに湯のみを叩き壊す勢いで出した

「始めまして責任者です、粗茶ですがどうぞ」

その勢いでお茶はもう半分湯飲みから無くなっていた

「ホントおひさしぶりの始めましてね?元気してた?」
「会合と言ってもまだ何も起きてませんが?」
「ほらー依頼人とはふつー顔合わせするでしょ?まあ、仕事の事は追々ね」
「それは初対面の場合でしょ‥」
「じゃあ、旧友と嘗ての、今は離れ離れとなった親戚家族との再会に‥」
「そうですか、ではもう気は済みましたね、お帰りはアチラです」
「えー?じゃあ、奪われた愛しいフィアンセを取り戻しに」
「そのフィアンセが窒息しかけてますが?」
「あら、ごめんなさい」

と、ようやく陣が解放される。同時に陣がぶっ倒れて、一連の流れを見ていた北条が固まった

「まあでも、ホントよ皆の顔見に来ただけ、後泊まりに来ただけ」
「修行の邪魔です」
「ああ、そういえば、門下生、てか一門?与えたんだっけ?みやびのおめがねに適うなんて凄いわね」
「あ、自分ですかね?」
「そうそう!あれ?なかなかイケメンじゃない?」
「どうも‥」
「みやびとはもう寝たの?」
「はい?」
「あ、ごめんなさい、冗談よ、みやびって面食いかなと思って」

そこで一旦動きが止まる。前に乗り出してみやびに耳打ちした

「もしかしてシャレの通じない子?」
「一般人にアナタのギャグは通じません」

そして元のポジションに戻った

「で?みやびは後で美味しく頂く気で入れたの?それとも武芸の方?」
「そうですね、大体お察しの通りです、非常にマジメで陣と武芸、才覚では負けてません」
「確か空手でも名前売ってたわね、いい拾い物ね、まあ、イケメンだしダメでもどうとでも使えるわよね。陣君はこっちに靡かないし、みやびのお気に、ならアタシもこっちに乗り換えようかしら?」
「アナタは似合いませんけど」
「そう?案外押しに弱そうよ?あ、でもみやびと寝てないからそうでもないのか」
「ところでほんとに泊まっていくのですか?それならこちらも用意がいりますが」

「用意なんかいらないわよ、陣君の所にまくらを一つ追加してくれれば、あ、避妊具はいらないわよ?」
「センスが20年前ですね、そんな事言ってるからまだ独り身なんですよ?」

みやびのその一言で与はテーブルに前から落ちて突っ伏した、どうやらそれが会心の一撃だったらしい、主に「独り身」の所が

(気にしてたんだ‥)と巻き込まれては堪らないと部屋の隅に退避していた葉月と萌は呟いた

「まあ、焦っても仕方ありませんが、ただ、アナタの場合オヤジ臭いシモネタの類は自重した方がいいですよ普通に男性がヒキますから」
「あによ~!アンタだけイケメンに囲まれて!!」とまた復活した

「いいえ、「弟」と「弟子」です」
「つまんないやつね~。」
「で?何しに来たんですか?我が家の平和を破壊しに来たんですか?」
「ああ、そうだった」

胸元から名刺を出して置いた

「一応ウチの事務所ね、丁度コッチにも会社構えたのよ。ほんで名刺の裏に書いたわ、ついでにマンション買ったから、そこ住むわ、アタシも東京のが仕事しやすいから電話は携帯ね、もちろん、個人的に陣君が自宅に来るのはOKよ?電話もね?」
「それで拓郎さんはアナタに任せたんですか」
「早い話そうね、知ってると思うけど、アタシ結構敏腕よ、実際凄い儲かってるし、まあ、アナタのおじーちゃまのお陰なんだけど、ついでに早く陣君との結婚も決めてもらわないともう落ち着きたいのもあるし」
「まあ、でも必要とも思いませんけど」

「そうねぇ、こないだのプロレスの興行も凄かったらしいじゃない?トラブルも無く片付いたみたいだし、でもこれからもそうとは限らないわよ?何があるか分からないし、それにみやびも忙しいでしょ、アンタも人の事言えないんだから早く男確保しときなさいよね」
「プロレスの興行は相手側の社長が慣れてましたからね、それに元々大手ですから、後、男に関してはアナタのが紹介されてると思いますが?」
「んー、おじーちゃまの紹介してくれる男って経歴も学歴もあるけど、やっぱ陣君みたいに男らしさと、イケメン、そんで簡単に色香に惑わされない感じが良くない?コロコロ転がる男なんてアタシ魅力を感じないのよね、あ、萌にもこの件は譲らないわよ?でも二人セットで貰ってくれても良いわよ?」

そこで与もスッと席を立った

「まあ、ほんとに顔見に来たのとこっちに居るてのを伝えに来ただけなんだけどね、でも、皆なんも変わらなくて良かったわ、東京来て萌が逆ナンとかしてないか心配してたの、後、北条君飽きたらウチに頂戴ね引取りに来るから、彼も陣君と似たタイプだし余裕でストライクだから、よろしくね」

と凄まじい早口でまくし立てて気が済んだのか何なのか、ようやく帰っていった。同時に死んだフリしていた陣が起きた

「やっと帰ったか‥」
「なんなんだあの人」
「わたくしの姉です‥」
「まるで逆だな」
「まあ似てるところもあるけどね‥」

「そうですね、基本頭はいいですね、後実は結構強いです、顔も‥つくりは結構似てるかと」
「ふむ、一応一門だからか、だが、確かに頭の回転は早そうだ、というか何を言ってるのか良く分らんが」
「あの人の会話はセリフから9割削って言いたい所の一割読み取って対応しないと理解できません、殆どギャグですから」

「ええ、口と頭の回転の速さで対応出来るのがみやびさんだけなので‥」
「で?陣にご執心な様だが」
「いちおー元、陣兄の許婚て奴、ま、萌ちゃんもだけど」
「そうなのか‥」
「お断りされたけど、あたえさんは全然諦めなくて」

「まあ、許婚以前から完全におもちゃ、というか初恋らしいです‥」
「とりあえずしゃべるだけで帰ってくれたのでラッキーでしたね」
「実際泊まったらまずいのか?」
「ボクらが寝れないよ」
「そりゃオレもだ」
「具体的には?」
「そりゃもう、陣様の部屋に侵入するわ、布団にもぐりこむわ、風呂に突撃するわ」
「フ‥そりゃ災難だな」
「くっそー他人事と思って‥」

「というか実際表面上は美しい人だ、そう悪い相手でもなかろう」
「まぁ‥黙ってればね‥」
「なら北条お前が相手しろよ」
「悪いが自分じゃ会話が成り立たんだろう、遠慮する」

後日、早朝の事だが。
北条は空手のあの対応あって自分で考えたうえで改めて挨拶しておこうと、菓子折り持って出かけた

街中で「北条く~ん」と背後から声を掛けられた。ド派手なオープンのスポーツカーに乗った昨日の人「与」である

「ああ、たしか与さん」
「どっかいくの?乗ってく?」
「空手の協会理事の所ですよ、と言っても今日は本部道場「実践」の方ですが、昼の仕事の前に行っておこうと思いまして」
「結構遠いわね、やっぱのってきなさい、おねーさんにも乗る?乗り心地は保障するわよ?」

街中で堂々とふざけたギャグをかまされたのでさっさと車に乗った、というか与のこの存在自体が異常に目立つ

「律儀ね~、向こうも打算あっての事でしょ?」
「自分には分りませんが「配慮」を頂いたのは事実です、特例には違い無いですから恩義に対しては自分も最大の礼を払います、裏があろうと無かろうと」
「それみやびが云ったの?」
「無論、半分はそうですね、ただ自分も、自分がそうする事で接する相手に心が通じれば、とは思うようになりました」
「それがご挨拶、て訳」
「ええ」

「クソマジメな子ね、今時珍しいわ、大昔の武士みたい」
「ある意味損得もある、とは思いますがね」
「んー?」
「自分も何かしてもらった、なら相手にも返すべきだろう、それが事の大小に関わらずです。それが通じれば、またどこかで次に繋がる」
「ああ、そういうのはあるわね。結局商売もそうだし、つながり、相手に残した印象ね」
「ええ、その意味自分は恵まれているんです、今に至った経緯も結局「北条明」という名前ですから」
「ふーん‥アナタってただクソマジメなだけじゃないんだね」

「まあ、計算して、では無いんですが、自分がやられたらどう思うか、そこは考えましたね。武芸の「技」も同じく通じるものがありますから。尤もその考えに至ったの自体、みやびさんの教えのお陰ですが」
「そうね、それ大事な事ね、結局相手も「人」なんだし」
「所で、与さんもマジメに話せるんですね」
「そりゃ仕事であんなんやったらお客さんが全部帰っちゃうわよ。たまに大笑いして喜ぶおっさんも居るけど、みやびだとふつーに対応して返して来るから面白いってだけで、まあ、頭いい、てのはあるわね付き合いも長いし」

「どのくらいの付き合いなんですか?」
「ウチの一家は九重とは親戚みたいなモンね、だから6歳からあの子とも引き合わされたわ、まあその時からね、別に「血」が近いって訳じゃないんだけど」
「でも、今日は貴方の事が少し判って良かったわ」
「自分もです」

そして北条にも名刺を差し出した

「なんかあったらおねーさんにも頼ってね。法律、金融、商売、仕事も紹介するわよ、色々運営してるから、後、みやびに飽きたらウチ来なさい、夜でもOKよ?何時も一人寝だから」
「それはどうも」
「あら?アナタもみやびぽい対応出来るのね」
「セリフの9割削って、言いたい事の一割を読み取れ、と云われましたので」
「アハハ‥」

そのままドライブした後目的の街で下りる

「じゃあ、またね北条君」
「有難う御座いました」
「いい男が居たら紹介してね」
「残念ながらそういう知己はあまり」
「そう、残念、じゃねー」

見た目、言動、行動に反して、実際はまともな人物である、と北条の印象も変わった

実際、金融資産運用、交渉、マネジメント、派遣、管理、アミューズメントの会社を幾つも経営している

世間では「西で敵なし」と呼ばれる「有馬グループ」の社長でもある。類稀な人物であり、そもそもおかしい人物な訳がないのである

ただ「必要とも思いませんが」とみやびも云った通り、そう思っていた

故に与に出番が来る、何度も乗り込んでくる事態は無いだろうとも考えていたが

翌月5月には、彼女の力が必要に成る事態が起こるのである



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