八法の拳

篠崎流

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道場破り・②

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とは云え、「その覚悟は常にある」と言ったみやびは下駄だけ脱いでバックを置いて そのままリングに上がった

中垣は試合に近い格好、グローブ、素足、下は短パンジャージのままだが整えた

「何でもあり、という事ですが、自分はキックなのでキックボクシングのルールそのままで、ソチラは好きにしてください」
「はい」
「1ラウンド、3分、ダウンカウントでいいですか?」
「結構です」

そこで一応審判が入り、ゴングが鳴った。正直キックのミドル級と言ってもそこまで体格差は無い


中垣、178センチ 76キロ

みやび 172センチ 53キロである

それ以上に問題があったとすれば、中垣が勝つ気など無い、という事だ

そもそもこの事態の元は自分の大して考えずに出したコメントのせいだし、みやびの望みどおりにしてあげれば良い、としか思ってなかったし実際戦える訳が無い、と思っていた

勿論みやびは百も承知である。故に、ゴング開始から構えたまま動かない相手に平然とノーガードで近づいた、それに合せて下がる中垣、それが半分続いた

そこでようやく中垣は小さくフットワークから軽く、寸止めのつもりでジャブを出した

みやびはそこを狙って、左ジャブに右フックの「掌打」を合せて全力で「叩き返した」

グローブの無い所、手首に近い面に横からえぐる様な打撃を
全力で叩き込まれて

「うぐ!」と声を上げてコーナーまで下がった

受けた中垣も目を丸くして手首を押えてみやびを見た

「枝払い」である

「八陣はチャンバラの時代から徒手の技を磨いてきました、そこは生きるか死ぬかです、私に勝たせれば丸く収まる、等と考えているのなら容赦しませんよ?」

そう、中垣の考えは最初から最後まで見抜かれていた。こうなってはキチンと相手するしかない、が、本質的に理解もしたのだ

「偽者ではない」と

そして1分過ぎてから「試合」になった
中垣は小さくフットワークから左右のジャブを出していく、無論先ほどとは違いキッチリ当てていくものだ。だが、その全てのパンチはみやびの鼻先で止まる

中垣のパンチの射程、腕の伸びきり、届く範囲を見切ってギリギリに避けているのだ

ボクシングのスゥエーバックだがみやびのは体を反らしてかわしたりしない、運足により、体ごとの移動、あくまで直立のまま移動で避ける

それが続き、中垣は足、ローも混ぜる。だが当てに行く程度の物だ、別に手加減した訳ではない。すり足の相手なら足元は弱いと思った、そしてスピードを鈍らせるつもりだった

が、そのローをまたも「枝払い」で蹴り返されて逆にスッ転んだ、蹴りにいった足の足首に正確に踵で蹴り返された

正直審判にも打撃のダウンを取っていいのか分らず、戸惑ったが一応「スリップ」と宣言した

この際そこはどちらでも問題ない、カウントで決まる試合ではないから、中垣も直ぐ立って構える

だが、手探りや牽制で打った全ての技は全く通じない。コレ自体脅威である「キッカケ」すら作れない、ということになるのだ

特に近代格闘技では、隙の無い小さな打撃から、コツコツ積み重ねる、天秤が傾けばそこを攻める、そして大抵「ラウンド制」である、じっくり時間を使って打撃なりを一つ一つ当て、ダメージなりを積み重ねて優位にしてけばいい、が、この相手にはそのコツコツがそもそも通じないのだ

出した手に、足に打撃が返される、そしてそれは負傷しかねない程の打撃だ

こうなっては手つまりであるし、それでも避けていた倒しに行く打撃をやるしかない。左足を大きく踏み込み、右ハイキックを倒すつもりで放った

しかし、その顔を蹴ったつもりのキックはみやびの頭の上を通過して空振り、そのまま中垣は後ろにひっくり返って後頭部をリングに痛打した

「んな?!」

みやびは蹴りに来た足を左手で下から上に差し込んでディフンスと同時、持ち上げるように打ち上げ軌道を上にそらし、残り足を手前に刈って後ろに相手を回転させて転ばせた

第五拳「芙蓉」の水車回しという立ち投げである
同じく「芙蓉」のつるべ落としと同じ様な技で、力学応用の技が多いが

つるべ落としは「崩し」「下に落とす」「水車回し」は相手の力を利用した「横に飛ばす、ひっくり返す」である。その為、最小限の力で掛けても、相手が派手に吹っ飛ぶ

過去の説明でも分るが一つ一つの「業」に名前はない「技術を総称してそう呼ばれる」というだけで系統としてという違いではある、何しろ「技が多すぎるのである」

ここで第一ラウンドが終了
双方分かれる

が、単なる一分休憩であり、トレーナー等は来ないというより、中垣は拒否した。というのも、みやびが一人であるし、コーナーに下がって直立不動で立ったままである

それを見て自分だけ治療だの休憩は取れないのである、その態度を見ても、中垣は既に「対等の相手」として対応した

だが、既に後半から真剣だっただけに、自分のやる事を全て返される、自信のあった打撃も通じない

実力の上では格上だとすら判断した、もうせこい計算だの穏便にだの、そういう心は無かった

2ラウンド

開始から中垣は距離をつめて、徹底して打ち合いの姿勢である、ヘタな探りは返される、細かい小手先の技は通じない。なら乱戦に持ち込んで打ち合えばそう避けれまいと思った

そしてもう一つ、敵わない相手だとも分った、故にカケに出た

ガードを開き正面から行く、そしてみやびは、その「がら空きの腹」に掌打を打った、軽くに見える打撃、掌打だが強烈な打撃だ

一瞬気が飛びそうになった、が、中垣は死ぬ気でそれを耐えた、そして両手で同時目の前にある、みやびの「頭を」取った

「かかった!」

首相撲からの右膝である、避けられる、返される、なら「組み打ち」しかない、そしてプロである中垣は鍛えた肉体がある

みやびに打たれても耐えられると思った、ある意味「肉を切らせて骨を断つ」である、みやびの首を両手で抱えるようにロックする右足を引いて思いっきり振り上げた

「ドガ」と鈍い音がした、入ったと一同は思ったが
数間後

ズルズルと崩れて後ろに尻餅をついて倒れたのは
打った側の中垣であった

「何が?!」と思った、そして誰かが言った「あ、足が」と

倒れた中垣の左足、爪先から流血、蹴りに行った右足の腿下が腫れて痙攣する

これでもう、彼は一歩も動けなかった。審判も慌てて止めて、治療をと叫んだ。明確に勝利宣言は無い、が、彼が立てない以上、TKO 勝ちはみやびである

中垣の両足の負傷、その事実を見ても何かを返してこうなったのは明白である

「枝払い」と「草斬り」どちらも、第一拳「影」の技である、中垣の右の膝に対して、自身の左肘を腿下に打ち込んで止めて潰す

逆足の支点軸足、これを同時に親指の「爪」を右足で全力で踏み潰して足の指を潰した

「草斬り」は枝払いと似た技だが元は剣術での「鍔迫り合い」から両手が塞がった状態で密着したところから相手の足を蹴って転ばせたり、踏んで負傷させる技である

「草鞋履き」である所から有効な技で、意識を下に逸らす、だけにも使う「草斬り」という名称も「足元の草」からきている

しかしこの結果は、一発逆転を狙って全力で蹴りに行った事、倍の打撃になって返って来た

素足で望んだ事、それが踏まれた際、かえってケガを拡大させた原因である

が、見た目程の余裕の勝利でもない。みやびにもそれと、もう一つしかあの状態から返せないからそうなったのである、試合の流れとは逆に彼が強かったのである

みやびは下駄を履き、バックを拾って無言で出て行った。これ以上は何も必要ない、まして掛ける言葉もないし、更に煽る事になるからである

暫く、離れた後、峰岸と合流した

「きっちり撮りましたが‥」

そう重い声で峰岸は言った、無論みやびにも彼の心情は分るし自分も同感だった

「今後何ヶ月か、こうした事をやります、お付き合い願いますか?」
「は?ま、まあ、構いませんが」
「記事の方は、そういう相手と当るまで、押えていてもらえますか?」
「なるほど、正直今日の相手との内容を公開するのはアレですね」
「はい、今後の対応次第ですが、こういう紳士な相手を更に貶めるのは避けたい」
「わかりました、同感です」

とかわし、その場を去って終えたのである。
実際、その後も彼、中垣は「紳士」だった

左足親指の骨折、右足膝上の打撲で、本来は無理に入院するほどではないのだろうが「表に出ない方がいい」という周囲の配慮で入院した。コーチと彼だけ入ったその病院にみやびは見舞う

「ケガをさせて申し訳ありません、少ないですが治療費の足しにしてください」

と謝罪して封筒を差し出した。封筒に金、と言っても薄く無い、どう見てもパンパン、少なくとも100万はあるだろうが、中垣は受け取らなかった

「そもそも自分の愚かな発言が発端です、結果的にこうなりましたが、負の感情はありません「自分が弱いからこうなった」だけです、受け取れません」
「それに、自分にはいい経験になりました、技の方ですが、改めて「戦える物ではない」と云ったこと。訂正いたします」
「気にしておりません」
「それと‥」
「はい?」
「自分も、いえ、自分とまた戦ってもらえますか?1から鍛えなおしてきます」

みやびも笑って頷いてそれを受けたのである

彼は最初から最後まで紳士であった。故、この事件、は両者の胸の中に仕舞い、峰岸が撮った試合も表には出なかったのである、この時は

だがみやびの目的は半分は達成された、狙いは3つである

現在、プロ格闘技界のトップクラスがどの程度のレベルか知る事である

二つに、八陣に対して「公然と戦ってくれる相手を探す」という事である

三つに、八陣の、公私両面に「利益」に成る相手の模索である

何れも、雪斎の指示でもあるが

そして「お付き合い願います」と峰岸に云った通り、翌週の日曜も、全く同じ事を「やって続けた」のである

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