八法の拳

篠崎流

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路上拳闘

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7月後半の、曇りの日、夏のわり涼しい日というのもあって溜り場メンバーの2人は屋上に出ていた、しかし何時もの「昼」では無く朝だ

「何?‥ウチの連中が?」

長行と悟は何時ものメンバーで無い生徒から報告を受けた

「らしいです」
「しかし‥何で俺に‥そもそも俺は一人なんだが」
「他に頼れる人が‥長田さんも辞めちまったし‥」
「ま、確かにあの一件以来、ウチ舐められまくってるッスからね」
「あいつらと喧嘩した事あるからって、俺別にヤンキーの類じゃねぇんだがな」
「んー、じゃあ俺やってもいいッスよ?」
「しょうがねぇ‥か」

そこで2,3言、報告に来た生徒3人とかわし、彼らは屋上を出た

「どうします?長行さん」
「内容を聞くと放置も出来ないか」
「そッスね、警察に捕まりそうも無い感じですね」

ハァ、とため息をついた後、長行は言った

「どうせ暇っちゃ暇だしな、街回るくらいするか‥」
「付き合いますよ」
「無理にやりあう必要も無いけどな、調べるだけだ」
「ウッス」
「後、九重達には言うなよ?」
「そっすね、まあ、俺だけでも何とかなりますよ、それに女子組みッスからね」
「そういうこっちゃ」

そこから更に三日、放課後、長行は屋上に一人で待った。そこに「チース」と悟が現れる

「どうだ?」
「いやまあ、一応相手は判りましたけど、一人だけ」
「えらくやられたな‥」

そう長行が言った通り、当の悟は顔を腫らして包帯していた

「ま、見た目ほどやられてねーッスよ、二発食らって逃げましたから」
「そうか」
「ただ、頭と目切れたんで、一応押さえとか無いと、てだけッスよ」
「で?一人だけ、てのは?」

「ええ、定かじゃねーんすけど、去年のインハイ出てた隣町の奴です、戸島圭吾て奴ですね、得物は俺と同じッスね」
「ボクサーか」
「ええ、でももう学生じゃないはず」
「という事は舐められてるからウチが的にされてる、訳じゃないのか」
「まあ、学校ヤンキーとは関係ないしょ」
「単純な小遣い稼ぎかなんかか」
「ただ、そいつの周りの奴は誰だかわかんないッスね、服装からしてカラーギャングの類じゃないすか」

「結構人数居るんかな」
「俺ん時は4人でしたね、多分、戸島自体は助っ人かなんかかと」
「まいったねこれは」

そこで入り口から声が掛かった「何が困ってるの?」と、葉月である「いや、別に‥」と流したがそうは行かなかった

「あれー?悟君ボコボコじゃん、どしたの?」

悟も「いや、普通に試合で‥」と誤魔化そうとしたが

「ふーーーーん」と思いっきりジト目で見られた後葉月は悟に飛び掛った

「うそつけー!試合だの大会だのまだ無いだろー!!」と
思いっきりスリーパーホールドを極めた

「ぐえーー!止めろ!けが人に乱暴するな‥!」
「ならこっちだ!!」今度は飛びつき腕ひしぎを極める
「ぎゃーーー!!イテェ!マジヤメロー!!!」
「じゃあ吐けコルァー!!」

1分で悟はギブアップして口を割った

「学生狩り??」

しょうがないので悟と長行は説明したが意味不明だったようだ

「所謂カツアゲだな」
「なーんだ、くっだらな、そんなもん警察いけばいいじゃん
ふつーに強盗傷害だし、しかも相手学生じゃないんでしょ」
「ま、被害届が出るならな」
「へ?」
「手口が悪質でなぁ、ボコッてサイフから金抜いて、携帯で写真撮るんだそうだ」
「写真??」

「んで、こう言うんだ「お前の顔は記録したぞ、通報したらどうなるか分ってるな?」てよ」
「うわ、せこ」
「普通の高校生じゃマジでビビッてダンマリだわな」
「しかも、大抵やられてるのはウチの生徒だからな」
「なんで?」

「そりゃ坊ちゃん高だし金あるだろうし、こっち仕返しに行くなんて奴も居ないし。まああれだ、七海ちゃんの時と似たような状況からだ」
「あー‥」
「で、俺らの方に話が来た訳だが」
「頼られてますな」
「他に、不良ぽい、つまり裏に対しての裏が居ない、んでこっちにな」
「だからって長行君がやる事でもないでしょ」
「まあそうなんだし、何れ捕まるだろうが、だからって放置できないって事だ」

「警察動くの待ってたら何時になるかすら分らんッスからね」
「うーん‥」
「しかもなぁ‥女子もやられてるらしいんだわ」
「うわ、サイテー‥」
「んで、俺ら出てたんすけど、ふつーにこの有様で」
「んー、でもねぇ悟君でダメなんじゃ誰が‥」

「一応、しょーがないから俺も出てたんだけどね、狙うのがよわそーな奴だからな」
「そもそも、普通の生徒のが金はありそうだしな」
「しょーがないなぁ、じゃあボクが」
「ダメだ」
「あんでよ?」

「相手がやべーんだよ、元インハイ出のボクサー、俺も全然ダメだったんだ」
「正直危なすぎるからな」
「じゃあ、人数揃えて人海戦術」
「俺も悟も一人、手下だのいねーぞ」
「んじゃやっぱボクがやるしかないじゃん!」
「だからお前らに言うの嫌だったんだよ!」
「えー?‥」
「いや、マジデ危ないからな」

しかし葉月は腕組んで首を捻って考えこんだ

「でもさ、条件はピッタリじゃない?うちら一家」

と言うのも、見た目的には、葉月も陣もみやびも「全く強そうに見えない」事である

「まあ、そうなんだけど‥」
「ま、いいや、長行君や悟君がやるってならそれで、んじゃーね」

とだけ軽く言って葉月も帰った
それを見送って、長行も悟も呟いて、同じ見解を示した

「‥俺も一応街にでるわ‥」
「ッスね‥葉月、あれ絶対一人で行くっしょ?」
「だろうな‥」
「じゃ、俺も付き合います」
「いや、お前は止めた方がいい、昨日の今日だし、ケガもある」

「やれなくはないッスけどね」
「それより、お前は陣にこの一件伝えてくれ、他には洩らすなよ?」
「成る程、たしかに陣さんなら‥」
「ああ。そういう事だ、俺はこのまま葉月を追う」
「了解ッス」

二人は立って、其々動いた

夕方から夜に、葉月はとりあえず向こうが動きそうな場所を探して俳諧する。要するに一般的な学生など居そう、寄りそうな場所それでいて余り多すぎない、広すぎない所だろう

ゲーセンやモール、裏道やカラオケ、ファストフード
という流れだ

そして得た情報から見るに、狙いは鳳静の生徒
不良の類で無く、一般の生徒、向こうもそれ狙いであるからにはお互い条件は合致する

ゆえに、それ程苦労はせずに引っ掛かるだろう、と考えて葉月もうろついたが実際はそう簡単でもない

「広すぎるのよね‥」という事である

2時間程歩き回った21時過ぎ

「お腹減ったー」と思って適当にコンビニに入った所で気がついた

「あ、お金無かった‥」

そこで背後から声を掛けられた

「んならファミレス行く?葉月ちゃん」と

聞き覚えのある声だなと思ったがそれもそのはずである

「あれ?!七海ちゃん、長行君」
「飯まだならどっかはいろーぜー」
「偶然‥じゃないよね?」
「追っかけて来たんだよ、一人じゃ心配だからな」

そこで手近な店に入る

「てか、何で七海ちゃんまで」
「河上と途中で会ったんだよ」
「不覚にも‥」
「んまあ、心配は兎も角、確かに一人だと効率悪いなとは思ってた」
「だろ?」
「あたしも暇だから手伝うよ」
「うーん、でも長行君はいらないかも‥」
「見た目か」
「見た目だ、向こうが逃げちゃうし」

「んじゃ、ここで待機で」
「別に構わんが‥」
「網に掛かったら連絡するよ」
「まあ、全員携帯はあるしな」

「おまたせしましたー」とハンバーグセットが運ばれてきた
「イタダキー」
「つーか、金無いってどうしたのよ」
「いや、単に小遣い切れてるだけだよサイフに80円しか無かった‥」
「食いすぎなんじゃない?」
「その通りで御座います」

「けどなぁ‥あたしと葉月ちゃんだけもアレだね」
「たいして変わらんよね、それにバラバラで行動するのもねぇ」
「そう?」
「んー、七海ちゃんも強いと思うけど、まだちょっとねぇ」
「確かにあたしも自信持つ程のモノも無いとは自分でも思うけど」
「じゃ、一緒で」

「とりあえず、陣も後で来るそうだが」
「えー‥」
「え?何で不満系??」
「ボクの取り分がですね」
「それもなんかおかしいだろ」
「まあ、とりあえず、あたしらだけで行こうか」
「だね、陣兄は一人で動いて貰おうか」

そういった経緯で葉月と七海はしこたま夕食を食べた後店を出た。無論七海が料金は出した

「えー」と葉月も思ったが
「いいんだよ、色々借りがあるんだし」と言って通した為である

まあ、そもそも七海の場合サイフを気にする必要があまり無い訳で、元々の豪快な性格もあって、何をするにもだいたい何時も太っ腹ではある

それから二人で更に一時間程アチコチ回る
そこで街の商業施設から住宅地の境目あたりの汚いゲームセンターでそれらしき、目的のモノを見かける

鳳静の男子生徒二人が施設の隅で3人組みに囲まれている。遠くから見ていた葉月らはしばらく観戦していたが連れて行かれて裏口に向った所で確認した

「目的な連中かわかんないけど‥」
「うーん、所謂カツアゲぽいよなぁ」
「一応行って見ようか?」
「そうだな、実際当人に確認してみれば分るっしょ」

と葉月も七海もその後を追った

店の裏の路地で男子生徒二人の襟首を締め上げる奴一人
携帯のカメラを出して顔を撮影する一人
ポケットからサイフをさぐる一人と、やり口から、ここで間違いない、と葉月らも確認して一団に声を掛けた

「ちょっとー、それ強盗でしょー」
「うわ、ダッサー」

向こうもなんだ?と振り返ったが相手が女二人と見るや露骨に舐めて掛かった

「なんだ、鳳静の女子じゃねーか」
「お前らも混ざりたいのか」

サイフを抜き取ろうとした一人がそれを中断して歩く
葉月の前まで来て彼女の襟首を掴んだ

「ああ?何だお前殺すぞガキ!」と脅したが

その瞬間そいつの汚い顔が派手に後ろに吹っ飛んで体ごと1回後ろに転がった。葉月が何かする前に横に居た七海がそいつの顔面を蹴り飛ばした

「ちょ‥早いって‥」
「きたねー手で葉月に触るから、後顔も汚いからつい」

「うごご」とそいつは這い蹲って唸って顔を押えた
どうやらかなりの量の鼻血を出した模様、そうなると後の二人も黙っていられない

「テメー!」と前に走って葉月らに飛び掛る
しかし、前に出た瞬間、葉月は向って左の奴に右回し蹴り、七海は右の奴に右とび膝を其々叩き込んでその場に昏倒させた

「弱くね?」
「油断し過ぎもあるよね」
「相手が弱そうだと露骨に強気になる奴ね」

這い蹲った連中はそのままの体勢で叫んだ

「クッソー!俺らにこんな事してタダで済むと思うなよ!」
「ふーん、どうタダで済まないの?」
「地面に這い蹲ってる方が言うセリフかよ」

二人に倍にして返される

「ぐぐぐ」
「いいからさっさとボスか仲間連れて来てよ」
「こっちの目的はそれだしな」
「どこまで舐めてんだお前ら‥」
「別に舐めてないよ、目的が違うってだけ」
「待っててやるから早く行け馬鹿」

そう言われ連中はフラフラしながら立ち上がり、その場を去った

「さて、君達も早く帰った方がいいよ?」
「仲間連れて戻ってくるらしいしね」

と絡まれていた男子二人に言って帰らせた

「さて、連絡連絡っと」

葉月は携帯を出して男子組みに連絡を入れてから通りに出た

「ここで待つの?」
「ホントに人数来たらちょっと面倒だしね」
「成る程、人目があれば滅多な事は出来ないってか?」
「そそ、まあ、ホントに戻ってくればの話だけど」

元々バイト上がりで店が近い陣が5,6分して先に辿り着いた

「仲間連れてくるってさ」

と平然と言った葉月に呆れ顔だった、更に五分後に長行も合流する「こないなー」と思いかけた所で連中は現れる3人プラス1

「なんだよ、ほんとに待ってたのか」とプラス1の先頭の男が言った

他の連中とは違って一見するとふつーの出で立ちである。背が高く、細身のガッチリ、長めの目の下に掛かる黒髪、黒スラックスに白シャツ

「なんかイメージと違う」
「コイツが悟をやったやつか?」
「知らない、でも多分そう」
「だろーな、明らかに他の連中とは違うからね」

「何だ何だ?」と向こうも意味不明だったようだ。仕方無いので葉月は前に出て言った

「昨日ウチの生徒とやったでしょ?ツンツン頭の」
「ん?‥ああ、あのちっちゃいのか」
「そそ、アレうちの仲間なんよー」
「成る程、借り返しに来たって訳か」
「ま、そんなとこ」
「今時珍しいな、そんな根性あるのは、まあ、こっちとすりゃそれも願ったりだが」

「ふーん、じゃ相手してもらいましょうか」
「ここじゃなんだ、付いて来い」

彼は先導して歩き出した「いったいどこまで行くんだ‥」と一同も思いかけた頃、高架下の休工事現場に辿り着く

「どうだ?まだ下は土だし人もまず来ない、ライティングもあるし、上は車が走ってる、まず騒ぎに気がつく奴もいない」
「用意のいい事で」
「本物と当った時の用意はしてある、無論、昨日の奴のカタキってなら俺が相手する」
「ふーん、タイマンなんだ」
「フクロなんてダセー事しねーよ」

彼は言って、身だしなみを整える
同時に葉月も上着、ブレザーを脱いで陣に渡した

「ちょ!?葉月ちゃんがやるの?!」
「無茶苦茶だな」

と、流石に長行も七海も云わざる得ない

「別に一対一なら大丈夫でしょ」

と事も無げに葉月は返したが、二人は陣を見た「止めろよ」て意味で、同時に当然、陣が相手すると思っていたからだ
しかし当の本人は「ま、大丈夫だろう」と続けて事も無げに言った

「ありえねー‥」
「非常識だな」とまたも二人は呟いたが

そもそも葉月は止めて聞くやつでもない、トラブルに突っ込んでいく。しかも楽しむタイプだ、そして「勝てる」と自分でも思っている

「んな、たいした事じゃないでしょ」
「ま、お前がやるってならいいけどさ、一つだけ言っとく」
「あに?」
「ここはストリートだって事忘れるな」

陣にそう言われて葉月も首を捻った。どうやら分ってないらしい

そして葉月が一人前に出た事で相手も驚いた、相手、圭吾も当然後ろに居る陣か長行が相手だと思った

「正気か?お嬢ちゃん」
「女だからってなめないでくれる?少なくともアンタのお仲間はボクにやられたんだけど?」
「フ‥ま、たしかにそうだな」

と笑って彼は構えた

小さくステップ、左前構え、体を完全に横に向けた状態で左手をだらりと下げ右拳をアゴの前に置く

バンテージを巻いている事から、事前情報からも分る通り
得物はボクシングである

だが、本来のオーソドックスなボクシングではない、前のめりで無く、直立に近い、体重を後ろに掛けての構え

所謂デトロイトスタイル、ジャブ、左を打つ事に特化したスタイルである

そして同時にボクシングの前傾姿勢は「蹴り」を警戒していないルールでの構え。故に彼のスタイルは「ストリート」に合わせたモノとも言える

「デカイな」思わず長行も云った

彼の身長は長行より大きい、183、4だ
しかも手足が長くリーチが大きい、他人事、ではあるが長行も七海も心配になる

「しかし、それほど相性が悪い訳ではない、パンチとキックだからな」
「基本ボクシングは足技とは当らないからな」
「ああ、異種格闘技戦でも大抵ボクシングはキックに苦しむ」
「けど、それはリーチ差とローキックだろ?足使っても距離の有利はあまり無い様に見えるが?」

「身長差が凄まじいからな」
「それ、ダメじゃん‥」
「まあ、なんとかなるだろ、それに葉月の特徴は「蹴り」が強い事じゃないからな」
「どういう意味?」
「交差法、所謂カウンター技‥それと‥」

そう陣が説明しかけた所で葉月が動いた

相手と反対に大きなステップ、ゴムボールが真上に不規則に跳ねるように飛び

構えた相手の横に幅飛びするように移動、そこから反復横跳びの要領で左右に飛びつつ、交差点で同時左右の回し蹴り

動作が大きい、あまりも読みやすい「動ける」人間からすれば。しかし、その葉月の一撃は圭吾の仰け反ってかわし顔、頬をかすめて両者離れた

「すげぇなピンボールかよ」

長行も云った通り、そもそも葉月の飛び掛るスピードがオカシイ、相手も驚いて向き直った

問題なのはスピードだけではない。あまりに大振りでサッカーで言う所のダイビングボレーキックに近い回し蹴りでしかもこれを右から左へ、左から右へと繰り返す連続打撃

要するにヘタなカウンターを取りに行くと相打ちでも分が悪い、そしてこの蹴りは視界の「外」から飛んでくる、ハタから見ると大振りだが。食らう方は避けやすいという事は無い
長い鉈を左右大外からぶつけられている様な物だ

圭吾はここで距離を取ったそしてジリジリ近づき、葉月に小さく左を突き出すギリギリ届く距離から

正直「舐めていた」のである、が、今の一撃でそれは捨てた
小さく、遠距離から押して、クレパーに攻める事に切り替えさせた

本来は手技に対して蹴りは優位な事が多い、一歩射程が遠いので同時に出しても足のが届きやすいからだが、体格差、リーチ差が両者にあるため、このアドバンテージがあまり無い

こうなると、葉月も「避け」に徹しなくてはならない
左右に頭を振りつつ、小さな前後左右移動でそれは避ける
だが、一方的に打つ側と避ける側となると決着は見えてくる

後は、相手が疲労するのを待つしかないか、かわして飛び込むしかないが、こうも外からチクチク突かれるとその隙もない

やむなく葉月も手業で対抗する。相手のジャブに一つを選んで「掌打」をキャッチングするように横から返してパリィングしながら打撃を返す

「枝払い」である

向こうの槍が長いならその槍自体を叩き壊してしまえばいい
これには圭吾も驚いた

「つ‥」と小さく声を挙げて手を引いた

無論そういう技も現代格闘技界にはあるが八陣のソレは膝や肘ブロックとは違う、打撃を加えてくる手足を全力で打ち返して叩き壊す技法だ。これはやられるほうはたまった物ではない

そして葉月の狙いはそれで済まない。相手が手を引いた瞬間手を引くのに合わせて低い姿勢で前に飛び込んだ

相手、圭吾の武器の射程が長い、それだけに近接の方が活路はあるし。ボクシングには完全密着した距離で使う技は少ない。引いた手の下、肘の更に下まで潜った

しかし

飛び込んだ先で葉月は地面に落ちた、落とされた。何を受けたのか分らないが後頭部に打撃と痛みを受けて上から下に叩き落されたのだ

「チ‥」陣は思わず舌打ちする

「手刀」である

相手は手を引くと同時。その下に潜り込んだ葉月の後頭部に手を戻した反動のままチョップを落としてそのまま叩き落とした

「ここはストリートだって事を忘れるな」

事前に陣にそう云われた、にも関わらず「ボクシングの技」と決めて掛かって裏を掛かれ痛打された。圭吾は地面にうつ伏せに倒れた葉月を見下ろして冷たく言った

「悪いな。コッチがボクシングとなりゃその欠点を突いてくるのは予想済みでね」と

当然、ここはリングではない、ルール等無い
だからその対策を持つのは普通の事だ。だから陣はそう注意したのだ

葉月は下から相手を睨んで両手で地面を押して体を起こす
しかし、自覚はあった

葉月の主力武器は正に「足」だそれが思うように使えなければ極端に戦力ダウンする

それを見て七海も長行も咄嗟前に出ようとするが。陣はそれを制した

「まだだ」

云われた二人も「え?!」としか云えなかった、もう無理だと分る、何故止めるのか

葉月にはまだ手がある、それを知ってる、そして葉月は勝つ状況を作る為に行動を取った

立ち上がり、低い姿勢、ノーガードのまま腕をだらりと下げ構える

「何の真似だ?もう終っている」

それが不快だったのか圭吾も鋭い目つきを向けて云う

「ふざけんな路上にボクシングもってきて最強気取りなお前に負けるか」

逆にそう煽って返した

それを聞いて相手もヤレヤレと言う感じを見せたが次の瞬間、低い姿勢で立つ葉月に早いストレートを狙い打った

それを両掌で受け止めるようにブロッキングしたが、葉月はそのまま後ろにひっくり返る

第三者からはそう見えただろうか、しかし打った本人には分る。当った手ごたえが殆ど無い

思わず「しつこい‥」と呟いた

葉月は地面を転がって離れ再び低い構えを取った、正面から受けた打撃の反動のまま後方回転し、ダメージを殺したに過ぎない

「葉月の最大の武器は別に足技って訳じゃない」
「‥?!」
「それは‥?」
「あいつが最も怖いのはカウンターだ、しかも一発で決めるな、どんな状況からでも勝ちを拾える、それがアレにはある」

圭吾はノーガードの低い姿勢のままの葉月に堂々と歩み寄った

上から見下ろすように前まで来て。近い距離から右拳を打ち下ろした

どうせ避けれないと思った、ボクシングの技でも無い、殆どラリアットに近いただの止めの右打ちだ

それは葉月の顔面を正確に捕えたが、瞬間攻守が逆転する

一見すると殴られて吹っ飛ばされた様に見えるが実際は違う、顔面への打ち下ろしの大振りの右を軌道に合わせてブロッキングとキャッチングを同時に行い、相手の腕を取る

自身の体を反動で半回転させながら足を相手の首と腕に絡める。相手の腕を引っ張り伸びた腕を、本来曲がらない方向に肘を極めて両者共に地面に落とした

既存の技で言えば、飛びつき裏腕ひしぎ十字固め、とでも言うのだろうか

丁度相手の腕を中心に鉄棒の足掛け逆上がりの要領で絡まるようにその体勢に持っていく、これを相手の右拳に合わせて返した

八陣拳。第六拳 蜘蛛の「糸取り」という飛び関節の併せ技。身軽で「カウンターの天才」である葉月だからこその複合業である

しかし「絞め」も「極め」もしない、葉月はパッと極めた右腕を放し。ゴロンとでんぐり返しして距離を取った。構えすら取らず立った

「終った」という事だ

その証拠にやられた相手、圭吾はうつ伏せのまま動けず
呻く様に絶叫を挙げた

「な、何が?!」と観戦した両陣営の仲間は思わず出たが、理由は直ぐ分かった

「右肘が‥!」

そう圭吾の右肘があらぬ方向に曲がっていた

「折った‥?!」

だが一同のソレを否定する陣

「いや、脱臼させただけだ」
「な‥」
「こっちにも余裕が無かった、その為に一発で決める為に敢えてそうした」

それでようやく一同は理解した

陣はそのまま地面に蹲る圭吾の元へ歩き体を起こさせ、脱臼した腕を取って診た。そのままフイを突く様に外れた関節を嵌め直した

思わず「ぐあ!!」と声が挙がったが
圭吾の腕は元通りにされていた

「つぅ‥」と痛みが続くケガを見て当人も意識がそちらへ行ったが

同時、陣は立って離れた

「後で医者に行っとけ、脱臼はクセになる、後暫く動かすな、激痛が戻るから」
「な、何で‥」
「決着は付いた、これ以上は無意味だ」

そう、背中越しに云われて圭吾もそれ以上返せなかった。圭吾は腕を押えたまま立ってフラフラと歩いて下がった

兎に角、決着はついた。そう思ったのはこちら側だけらしい
あちら側の残った3人は逆に前に出た。懐から警棒を抜いて

「やれやれ」と思ったが収まりがつかない、それならと思い

陣は一人応対する。尤も、この様な事をしでかした「罰」はなんらかの形で必要だとも思ったからでもある

相手など初めから居ないかのように歩き相手、3人と対峙。向こうが「え?」と思った途端真ん中の一人が「ぐふ‥」と声を挙げていきなり前に倒れた

陣は寸鉄。云わば中指拳で最初の一人のみぞおちに突きを入れて速攻で倒した

まるで無のまま、前に歩いてきた様にしか見えない程何も分らなかった。一人が倒れてようやく。陣に何かされたのが気がつく程である

左右に居た相手も咄嗟に警棒を振り上げようとするがそれが果される前に。向って右の奴も横から蹴り倒されて昏倒する

第三話で使った「一拍子」の右回し上段蹴りである
まるで「見えない」蹴りで二人目も終った

「な?!」と驚いて声を挙げた途端、そいつはもう一人に成っていた。こうなると、相手も戦意喪失である。考えての行動でも無く。残った一人は咄嗟に走って逃亡した

別に追いかける必要も無く、陣もそいつを蔑んで見送った後背を向けた

要は「二度とこういう事を起こさせない」それでいいのだ

流石に余りの異次元の陣の強さに残った一同も言葉も無かった。だが最後に陣は隅で蹲る、残った彼に話しかけた

「戸島とか云ったな。元々ボクシングでいい所いく奴だったんだろ?」
「‥ああ」
「何であんな連中とつるんでる。リングで戦うのじゃ不満なのか?」
「‥ストリートのが、本物が居ると思った、あいつらは利用した。それだけだ‥」
「成る程。で、今日はハデにやられた訳だな」
「そうだな‥」

そこまで云って陣は会話を切って、メモを取り出し、走り書きして圭吾に軽く投げて寄こした

「ウチは道場をやっている「実戦」がしたいなら何時でもくればいい、こんな危険なやり方をする必要はない」

そう言って背を向け

「さ、帰るか」と一同に声を掛けて仲間達とその場を去っていった

一人残された圭吾は無事な逆手でメモを拾ってゆっくりと立った

「年下のクセに偉そうに‥」ボソっと云った後その場から歩いて去った

(何時でもくればいい‥か‥、今の俺じゃどうしょうもねぇな)

そう心で呟いて

葉月は二拳半しか使えない。が、それは彼女の才能に合わせた最も適切で最も「怖い」技である

そしてどの様な状況からでも勝ちを拾えるのは、一手で決められる技と。それを発揮できる才覚に優れているからだ

脅威的な脚力と運動能力。身軽さ、反射神経

そして陣が云い掛けて云わなかった部分「劣性時の集中力」である、だから追い込まれれば「こうなる事は分かっていた」のであった

こうしてこの一件から「学生狩り」は噂から消えた
そして戸島圭吾の姿、もである

何日かした後の放課後、溜り場でこの一件は再び話し合いが行われた

「と、云うわけで、一応解決ぽい」
「くっそー、オレも行けば良かった」
「つっても葉月ちゃんと陣で事足りたけどね」
「いや、ふつーに見たかったてだけッスけどね」
「しかしまあ、葉月も強いな」
「んー。ま、偶々よ偶々」

と返しつつ葉月はポテチをバリバリ食った

「ほんとつよそーに見えないのになぁ」
「ん?じゃあやってみる?」
「冗談じゃねーよ‥戸島倒す様なのと誰がやるかい」
「元々の能力なのか八陣のおかげなのか分らんけどな」
「まあ、三人共強いんだからふつーに「技」のお陰とも云えるだろう」
「何なんだ一体この拳法って」
「さー?おねーちゃんにでも聞いてよ」

手をパンパンと払ってお菓子の袋をゴミ箱に入れた後出てった

「さ、部活、部活」
「あ、あたしも行こう」



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 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ! 彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。 田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。 この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。 ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。 そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。 ・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました! ・小説家になろうにて投稿したものと同じです。

冬の水葬

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青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

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