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【1】染めて、染められて。【R18】

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久々に参加した夜会でまさか部下と鉢合わせるとは。
そして、あんな事が起ころうとは・・もうすぐ30になろうかという自分に降りかかった事件・・そう、事件にその時は自分でも気づいていなかったが、内心酷く動揺していたのだと、後になって思い至った。


ミネコラルヴァ王国の軍属。
主に新兵の訓練を取り計らう第七部署の軍曹。
エトラ・ホークは表に出すことなく内心で深いため息をついた。

今宵は夜会。普段は軍人として生活しているからと、着飾っての社交は他の家族に任せっきりにしていたツケがとうとう回って来てしまった。
姉や母にいつの間にか誂えてあった黒を基調にしたタイトなマーメイドラインのドレスを着せられ、髪もきっちり整えられて結い上げられた。
普段は、亜人を含む荒くれ共を追い込み、ど突いて走り回っている自分がドレスを着るなど違和感しかないが、今夜は我が家が主催の夜会だ。家の者として参加せねば面目が立たぬ。
随分と久しい・・3.4年ぶりのドレスでの夜会。
家族と共に客を持て成し、当たり障りない会話に相槌を打っていた。

夜会も半ばを過ぎた頃、終わりの見えぬ挨拶や顔見せに疲れを感じ、周りに断りを入れて庭に涼みに出ると屋敷の光が届かぬ暗がりで蹲る人物を見つけた。
星明りに照らされたその者は茂みの奥でえずいている。
「もし、どうされた?ご気分でも悪いので?」
話しかけた人物は、真っ白な礼服の膝や裾が土に汚れるのを気にする余裕も無いようだ。
四つん這いの態勢で苦しそうにしている。
「す・・すみません。少々飲み過ぎてしまったようで・・お構いなく・・うっぇ」
「見つけてしまいましたから、そうもまいりません。すぐ世話役を呼びましょう」
「いえ・・本当に大丈夫です・・あ、軍曹?」
「ん?何だ。よく見ればジルコニア・ソルシオ二等ではないか」
互いに顔を見合わせ、驚き合う。
「二等も参加していたのか。リストに名は無かったと思うが・・」
「えぇ・・義兄が体調不良で急に参加出来なくなったから代わりだと姉に問答無用で・・」
「そうか」
成程、と納得すると同時にこの状況にも合点がいった。
大方参加している女豹どもに集られ、飲まされたのだろう。
優顔に白髪、長い手足に程よい筋肉。それでいて内向的な性格とくれば厚化粧の毛皮を着た狩人たちの恰好の獲物だ。
このまま家の世話役に任せても良いのだが、それでは女豹どもの爪が届くところに置かれてペロリと食われてしまうかもしれぬ。
自分の家で部下を美味しく頂かれるというのは面白くない。さて、それではどうするか・・
僅かの間思案して、思いついた事を提案する。
「そんな状態で、いつまでもこんなところには居れまい?静かな場所があるから少し休んで行くと良い」
「いえ、有難いお言葉ですが大丈夫ですので・・」
「大丈夫には見えんから言っているのだ。何、遠慮するな。上司が部下の面倒を見るなど当たり前のことだ」
カラカラと笑いながら「立てるか?」と手を貸すと部下は遠慮がちに「すみません・・ありがとうございます」と手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「少しだが歩かねばならん。動けそうか?」
「ゆっくりとなら・・なんとか・・すみません、本当に・・お手数かけてしまい・・」
「だから気にするな。それ以上言うと次の野外訓練では隊の先頭に立たせるぞ」
「・・了解であります」
「分かれば良い。では行くぞ、こっちだ」
支えながら誘導すると、部下は僅かに体重を預けつつ、素直に歩き出した。



辿り着いたのは、家族だけが使うエリアの空き部屋。ここなら客は入って来れぬし、呼べば家の者もすぐ駆けつけられる。部屋に入り、明かりをつけながらソファへと部下を座らせた。
「ここで暫く休むと良い・・おい、お前顔色が相当悪いぞ?ちゃんと吐いたのか?」
明るい所で見た部下の顔色に不安を懐き、聞けばゆるりと首を振られた。
「お庭を汚しては・・申し訳なく・・」
「馬鹿者が、庭より自分の事を優先せんでどうする。・・ここには桶も無いしな。服も汚れてしまっているし、家の者を呼ぶか・・いや、限界そうだな。仕方ない、私が酒を無効化しよう」
ソファに横になった部下の顔色がどんどん悪くなる様子に、緊急事態と判断して自らの力を使うことを決める。
「抵抗するなよ?少し耐えろ」声をかけつつ自分も同じソファに座ると、背もたれと肘掛けを掴み上半身を屈ませて熱を測るように額と額を合わせる。
目を閉じてゆっくりと自分の魔力を送り込み、治癒の効力を浸透させていく。
「今、楽にしてやる。私の魔力を受け入れろ」
「ぐん・・そ・・あっ」
効果は直ぐに現れた。真っ青だった顔色が少しずつ元の色へと近づく。
魔力に治癒、解毒の力を込める。強すぎず、弱すぎず。慎重に、でも素早く。いつもの要領で相手の全身を把握して、心臓に治癒の力を集めてからゆったりと隅々まで行きわたらせ、正常な状態へと近づけていく。
「軍曹・・もう大丈夫です」
「待て、あと少しだ」
「・・・・もう、本当に大丈夫です!」
「黙れ、今引き上げている」
「っ!・・はい、・・でも、あの・・」
無視して、部下の身体に満ちた自分の魔力を引き上げ、接続を切る手順を踏む。
「軍曹・・俺、もう抑えが」
部下の切羽詰まった声に訝しみ、閉じていた目を開ける。と、視界に映ったのは紅。
熱に浮かされ、欲に煌めく瞳はヘーゼルから深紅へと染まっていた。
ゾッと背筋に悪寒が走り、完全に魔力を引き上げる事無く無理やり接続を切ると同時に部下と距離を取るべく体を動かす。が、物凄い力で両肩を掴まれ、位置を入れ替えるようにしてソファに押し倒された。
反射的に蹴り上げようとした、が。
—体が動かないっ?!—
正確には力が入らないのだ。体中に鉛を流し込まれたようにずっしりとして、全くというほど動かぬ。
自身の状態と部下の紅い瞳・・はっと思い至る。
—魅了か!!—
自身の治癒能力に伴う副作用。
生命力を無理やり増幅させることにより解放されてしまう性欲とその増大。
本能に支配され、己の魅了能力を解放させてしまったのだろう部下はというと、紅い瞳をトロンと蕩けさせ、腹の上で馬乗りになり白い指を首筋に這わせてきた。
普通ならここまで性欲に支配されたりはしない。よほど魔力の相性が良く、普段は羞恥心や理性で閉ざされている性欲の扉が、かなり深いところまで解放されているのだろう。
しかも完全に引き剥がせなかった魔力が彼の中で燻り、ジリジリと欲を煽っていると思われる。
思考する間も部下は止まることなく本能に従い行動する。
指先を柔らかく滑らせ、丸いその爪の先で首筋から鎖骨をなぞられる。
恐怖とは違う、ゾクゾクとした感覚が腰から背中を駆け上がり得体の知れぬ感覚に混乱する。
普段は襟首まできっちり閉まる軍服だが、今纏うのは胸元や肩を出した夜会用のドレスだ。
防御力皆無の心許なさも手伝って、言い知れぬ不安が鎌首をもたげる。
ゆるりゆるりと首元を彷徨っていた指は、剥き出しの肩を撫で、するりと腕を伝って手を取ると、手の平を合わせるようにして指を絡ませてきた。
この間も視線は離れない。熱を持って絡め捕るようにじっと注がれたままだ。
絡み合った互いの指を見せつけるように持ち上げると、薄い唇から桃色の舌が割って現れ、レースの長手袋に包まれた人差し指をぺろりと舐めた。
―っ!!
驚きと共に、ほんの微かに悲鳴を上げる。
自身の声にもまた驚き羞恥に襲われ、僅かの間に体温がぐんと上昇するのが分かった。
そんな上司の様相に口元を笑みの形にしたまま、長い舌でぺろりぺろりと戯れるように指先は舐められる。

「二等・・」
どうにか絞り出した声は、自身でも驚くほど頼りなく擦れていた。
それでもこちらの意図を汲み取ってくれたのだろう。
舌が離れるとホッとしたが、それも束の間。
今度は唇が直接触れ、ちゅっ・・とリップ音を鳴らすと、レースに包まれたままの指を根元まで口に含んでしまった。
舐められ、気化熱で冷えた指が熱い口内で柔らかい舌でもってねぶられる。
レース越しとはいえ、ねっとりと這う舌の感覚に腰から背中はゾクゾクと震え、喉奥で留めようとした声は上ずって零れ出る。
「んっ・・ひうっ」

はっきりと自分の耳にも届いてしまった喘ぐような声に、いよいよ羞恥が許容量を超えて肌を熱く火照らせる。
楽し気に目元を緩めた部下は、指をじゅっ。と強めに吸い、軽く甘噛みして名残惜し気に唇から放した。が、そのまま再度手の平を合わせて指を絡め持ち上げる。
手首、腕、肘・・と桃色の舌を這わせ、ちゅっ。ちゅっ。と時折リップ音を響かせながら唇を寄せる。
ゆっくりと肘の内側まで這い降りて来た舌は、心許なくも肌を覆っていたレースの堺をあっさりと越え、素肌に直接触れると、今までに無い性急さで二の腕、肩、首筋と道を作るように舐め上げた。
部下の魅了により、自身も欲の扉がほころび、徐々にだが感覚が敏感になってしまっていることもあって、直接触れられた肌からビリビリとした快感が脳に走った。

「んーーっ!!」

今更ではあるが、漏れそうになる声を必死で抑える。
そんな上司の様子を嬉しそうに眺めながら、部下はというと指を絡めたまま、両手をそれぞれ顔の左右に縫い留めてしまった。
手の平に乗せられた重みで、耳元でソファがキシりと鳴る。

「可愛い声ですね・・軍曹」

耳元で囁かれた言葉に、更に羞恥が上塗りされ頭に血が上る。鏡を見ることができれば、情けない真っ赤な自分の顔を拝めるだろう。
羞恥に絶句していると、先ほど通った道をなぞる様に、今度は唇が落とされていく。
二の腕、肩・・いよいよ首筋という所で「や、止めろ二等!」と制止の言葉を出すことができた。絡んでいた視線が外れ、ほんの少し魅了が弱まったからだろう。
制止に従い、両手を解放した部下は上半身を起こし、気だるげに髪をかき上げ舌がぺろりと唇を舐めた。特徴的な犬歯が僅かに覗く。

「・・何故止めるんです?」

いつの間に上着を脱いだのか。外されたタイと、寛げた首元から鎖骨が見えるのも相まって、凄まじい色気を放ちながら紡がれた言葉に、何度目かの絶句。

「何故ってお前・・」

どうにか声を出すも、普段からは想像もできないほどの弱弱しさだ。
息は上がり、体は火照る。
指先から快感を伴った痺れが掛け上がり、ジリジリと下腹部を炙る燃料になっている。
部下の眼の所為だ。
あの瞳が魅了の力を乗せ、魔力を視線から注いでいるからどうにも欲の扉が閉め切れぬ。
必死に理性をかき集め、解放されたがっている扉を押さえつけている状態だ。

「だって、軍曹の所為ですよ・・」

「・・?」

上司が理解できておらぬと見るや、上半身を近づけ手を取ると、シャツの上から自身の胸に手の平を押し当てさせる。
シャツとレースの手袋越しとはいえ、手の平にはかなり速いテンポの鼓動が響いてくるのが感じられた。
ぐっと顔を近づけて言われる。

「ね?・・壊れそうなくらいでしょ?・・それに・・」

言葉の後に空いていたもう片方の手を取り、今は視界に映らぬ所へ導かれた。
布越しでもはっきりと分かる硬い主張が指に触れる。
原始的な欲望に中てられて、ザっと血の気が引いた。
熱に浮かされていた思考が急激にクリアになり、魅了への抵抗力が僅かに上がる。
お蔭で、緩慢にではあるが体を動かせるようになったようだ。

「苦しくて、切なくて・・とっても辛いんです・・助けてくれませんか?」
「お願いします軍曹」と続いた言葉を聞きながら、頭の片隅ではこの状況をどう切り抜けるか思案する。
体は未だ思うようには動かせない。魅了の影響も無視できぬほど大きい。
ならば、魅了を断ち切って逃れるより、部下の欲望を解放して最後の一線を越えぬようにした方が、傷は浅いのではないか?お互いに・・
初体験(たぶん)が直属の上司など、可哀想ではないか。絶対に後悔するようなことを、この部下にさせてはいけない。
瞬きの間に考えを纏めて、望む状況へ至るため行動を起こす。
恐る恐る、自分の意思で部下の分身へと指を伸ばし、布越しに撫で上げる。

「んっ・・軍曹?」
「つまり、手伝えば良いのだな?」
ビクりと肩を跳ねさせた部下と視線を合わせたまま、ピタリと布越しの分身に手の平をあてがい、己の能力を全力で解放する。
治癒より、感覚が鋭くなるように効果を寄せつつ部下の分身を包むように魔力を放ち、そのまま上下に擦り上げた。
「あ、あぁっ・・気持ちい・・ひうっ!」
ガクリと上半身が覆いかぶさるように倒れる。
ソファの背もたれと肘掛けにつかまり爪を立てた様だ。見えはせぬが、ビッとソファの生地が破れる音がした。
直接触れた方が効果は高まるのだが、流石にそれは尻込みして出来なかった。布越しとはいえ、反応を見るに十分なようだし。
—このまま果ててくれれば・・—
そう考えたとき、蕩けた顔が寄り、縋るように耳元で囁かれた。

「軍曹も・・気持ちよくなって」
言葉の意味を理解するより早く、鼻先が首筋を掠め、温かい呼気が触れたかと思うと首にビリっとした痛み。続いて体中を強烈な快感が襲った。
「あっ!あぁぅ、あっ!」
噛まれた首筋から血が吸い上げられているのが感覚で分かった。
その失った血の代わりとでもいうように、部下が感じているであろう快感を強制的に流し込まれているのだと、なんとなく理解する。
理性が消し飛ぶような衝撃と、腰が勝手に跳ね上がる快楽。自分の物とは思えぬ声が漏れ、下腹部に熱が集まりぐるぐると渦巻いている。
何でも良いからぎゅっとしたくて、いつの間にか握りしめていた部下のシャツから手を離し、縋りつくように背中に手を回して無意識に爪を立てた。
噛みつかれている痛み。同時に、優しく舐めてくる舌。流れ込む快感に全身がビクビクと震え跳ねる。
震える手が、分身の良い所を掠ったようだ。ひときわ強く部下の身体が跳ねる。
そして自身にも襲い来る快楽の波。
ココが良いのだと分かると、自身も気持ちよくなりたくて、より強い刺激を求めて布越しに、浅く爪を立てる。
カリカリと先の辺りを刺激すれば、腰が跳ねるような快感が。
根本から先の方へとなぞるように掻き上げればジリジリと燻るような熱が下腹部に積み重ねられていく。
部下の身体を通して、自身が与えた快感が何倍にも高められて流れ込んでくる。
理性は押し流されて、もっともっとと欲が膨らみ快楽の流れは加速する。
互いの心臓の音がうるさい。増幅された感覚が二つの鼓動を捉えて、心臓が二つに増えたかのようだ。
分身を刺激する手の上から、部下の手が包み込むようにして添えられ、夢中で腰を動かし始めた。
襲い来る快感に、まだ先があるのかと驚くが、瞬く間に快楽の波に押し流される。
首筋から全身に注がれる熱。添えた手から送り込む快楽。
一段と強く噛まれる。
体が跳ね、増幅した熱を送り返すように分身に与える。
両者を巡る魔力は快感を伴って互いに影響し合う。
—意識が・・飛んでしまう!—
次々と押し寄せる自身と、部下とのそれぞれの快感に体が限界を迎えようとしたとき、添えていた手がぎゅうと握りこまれた。
手の平に、布越しにビクッビクッと分身が跳ねるのを感じる。と同時に、許容量を超えた快感が注ぎ込まれて、下腹部が深い所へ引き絞られるように収縮すると決壊寸前だった意識が弾けた。



温かく、優しさに包まれて満ち足りた気持ち。
ゆらゆらとゆっくり振れる揺り籠に、ミルク色の柔らかな雲にくるまれて、淡く穏やかにあやされている感覚。
まぁるく、ゆったりとした流れに身を任せ—こんなにも安らいだのは何時ぶりだろう・・—と思考が浮かび上がれば、追いかけるように穏やかだった世界に異物が混じる。

遠くから響く剣戟の音。
徐々に増すズキズキとした痛み。
魔力枯渇による倦怠感と疲労。重くなる体。
冷たい雨が更に体力を奪っていく。
流れ出る血と、汗に剣の持ち手が滑る。
落とさないように握りこめば、背後で爆発。
衝撃波に押され、熱風が背中を炙り、体が丸ごと前方に投げ出された。
血と泥の混じる水溜まりに倒れ込み、体前面が浸かる。
耳鳴りが響く中、体を起こそうと支えた手が黒く変色した地にズプリと沈んだ。
死の気配に身が竦んだ瞬間。
『軍曹!!』
誰かに呼ばれた。

ビクッと体が跳ねて、開いた目に人工的な光が差し込み、眉をしかめる。
—夢か・・—
心臓がドッドッドッと早鐘を打っている。此処にあの闇は無いのだと理解して、強張った身体からほーっと息を吐きながら力を抜く。が、そこで違和感。何故か体が重い。
目線を下げれば、さらりとした白髪が視界の殆どを占めていた。
胸元に頭を乗せ、覆いかぶさる形で意識を落としている部下に否が応でもこの状況を認識させられる。
体は怠く、自分の汗と体液に濡れた服は不快で、首からはズキズキとした痛み。
言い訳の難しいアレな状況は明確。だというのに、部下はと言えば幸せそうにスヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。
溜息を一つついて、怠い体を無理やり動かし、意識の無い体を退かしてソファから降りる。
唾液や、染み出た精液で汚れたレースの長手袋を外し、汚れの少ない箇所を表にして丸めると、首の傷に宛がう。
仕方がない。この部屋にはタオルなど無いし、布を調達しようにも着ているドレスは破るには少々高価だ。
夜風に乗って、ダンスの音楽がこの部屋にも届く。曲調からして、夜会も終わりが近いようだ。
思ったより時間が経っていないことにほっとして、部屋の隅に備えられた連絡機に手を伸ばした。
信頼できる自分の執事を呼ぶために。

「私だ。スミスを屋敷の角にある空き部屋に寄越してくれ・・いや?客人も一緒だ。スミスだけで良い。早めに頼む」

連絡を終え、振り向けばソファに横たわる直視し難い部下の姿。
近づき、屈むようにして顔色を観察する。
顔色は悪くない。アルコールはすっかり抜けた様だ。
乱れた前髪が目元を覆っていたので、空いた手で耳に掛けてやると形の良い眉と閉じた瞼が現れた。
白く、長い睫毛が瞳を隠してしまっているのを何処か残念に感じる。
起きる気配はまだ無い。はだけた胸元に目線が向きそうになるのを意識して引き剥がし、ソファの足元に落とされていた上着を拾って腰の辺りに掛けてやった。
汚れているのを他人に見られるのは恥ずかしいだろうから。といっても、部屋に充満する匂いでナニがあったのか察せられるので気休めにしかならないが・・

「さて、どうするかな・・」
頭が痛い状況だ。不思議と不快では無かったが・・部下の心体が心配である。
—起きたらパニックだろうな。どうやって沈静化させたものか・・—
思案していると、ドアが数度ノックされた。
「お嬢様。スミスです、お呼びと伺いました」
仕事が早くて助かる。自分の執事は優秀だなと思いながら「ああ。入れ」と入室の許可を出す。
「失礼いたします」
声の後、ドアが開き室内に一歩踏み出した執事の身体がピタリと動きを止めた。
二秒ほど時が止まったように硬直していたが、ゆっくりと動き出し優しくドアを閉めると、振り向いて胸元で合掌。指先だけをパタパタと打ち合わせて何とも腹の立つ拍手をしてきた。
「おめでとうございます。とうとう処女喪失ですか?これはお祝いしませんと」
口では祝辞を述べながら顔はニコリともしていない執事に「喪失なんぞしとらんわ!」と間違った認識を正そうとするが「では後ろを喪失で?」の言葉に怒りより先に疲労が圧し掛かった。
「何でそうなる・・ともかく、一線は越えておらん。少し血を吸われただけだ」
「左様でございますか。そういう事にして置いて差し上げます」
「・・・もうそれで良い。時間もあまり無いからな・・スマンが夜会に戻れるよう整えてくれ」
「かしこまりました」
残念そうな雰囲気を隠そうともせず、執事はスッと頭を下げた。
【癒し】【復元】【洗浄】といった魔法を得意とする執事の手によって、首の傷は癒されドレスと長手袋は洗い立てのようにキレイになった。
ちなみに、長手袋の指先は破れていたが元通り修復された。
何か言いたげな雰囲気をひしひしと感じるがスルー。
揶揄われるネタをこれ以上提供してたまるか。
意識の無い部下も横になったままキレイにされた。
部屋の空気も【洗浄】して窓を開け外の風を入れながら「御髪を整えます」と座るよう促される。
「ああ、頼む」
部下の足をずらし、空いたスペースに腰掛ける。乱れた髪を解き、元の夜会に合わせた髪型へと整えてくれた。
「終わりました」
終了を告げる声がした、とほぼ同時に部下が目を覚ましたようだ。
身じろぎをして、横向きだった体を仰向けにする。
「・・ここは・・」
「目を覚ましたか二等」
「はっ?!あ、軍曹?!・・あぁ・・何だ、夢だったんですね・・」
がばりと勢いよく身を起こすと、こちらの姿を視界に入れどこか残念そうに眉根を寄せる。
「何のことを夢と言っているのか分らんが、お前に血を吸われて疑似性交したのは現実だぞ?」
勘違いした部下に本当の事を教えてやると「は、い゛?」と意味の解らぬ言葉を発した後、ぎこちない動きでこちらの様子を観察して「でも傷は・・」と言うので背後を示しながら「私の執事が治した」と告げる。
「お前を【洗浄】したのもこやつだ」
「僭越ながら、汚れておいでだったのできれいにさせて頂きました」
「あ、ありがとうございます・・」
急に第三者が出て来て驚いたようだが、しっかりと礼を告げた。
二等のこういう所は好ましく思う。しかし、目の前に居たろう。何故驚く。視界に入っていなかったのか?
「っていうか軍曹?!なんでそんな冷静なんですか?!ここは俺を殴るなりするところでしょう?!」
「なんだ、殴ってほしかったのか?」
悲痛な声で叫ぶように言う部下に静かに告げる。
「・・殴られても仕方ない事をした自覚はあります・・」
申し訳なさと後悔に滲む言葉。だが・・
「なに、お互い様だ。気にするな。あんなもの、事故だ事故」
「事故・・ですか」
「ああ、事故だ。幸い一線は越えとらんしな。さっさと忘れるといい、私もそうする」
その方が互いに楽だろうと思い、告げる。安心させるつもりで伝えたが、部下は俯いてしまい、その表情は確認できなかった。

窓の外から、ラストダンスの曲が聞こえて来た。いよいよ時間が迫っている。
「悪いがこの話はこれで終わりだ。私は会場へ戻らねばならん・・スミス、こやつはフラーコム婦人の弟だ。馬車まで送ってやってくれ」
「畏まりました」
返事をした執事と、沈黙したままの部下を残し部屋を後にする。
足早に会場に向かい、庭を横切る。夜風に首筋が晒され、ぶるりと震えて思わず手を伸ばした。噛まれたところはすっかり治っているはずなのに、触れるとジンとした熱を感じた。
引きずられるように、先ほどの情事を思い出してしまい心臓がキュウと縮んだように傷んだ。
—事故だ事故!—
触れた首筋をなんとなくゴシゴシと擦り、前を向いて大股でドレスを捌く。お蔭で、最後の挨拶にはなんとか間に合った。


『事故だ。忘れろ』
上司から言われた言葉が頭の中でわんわんと煩く響く。
—凄く・・ショックだ—
当然の事を言われただけなのに。
だって・・上司と部下の関係だ。
恋愛関係にもない、ただ職場で会う。それだけの他人だ。
強くて、恰好よくて、優しくて、綺麗だけど可愛くて・・人としても尊敬できる良い人だ。
とても好きな人・・上司だけど。
だけど、上司だからとかは関係なく、好きで・・でも付き合いたいとかは考えないようにしていた。
半人前の吸血鬼。一族の中でも最弱の落ちこぼれ。軍の中でも二等兵に甘んじ、仕事も事務がメインの通信兵。
あまりの格差に気持ちを伝えるのは迷惑だと、ずっと感情に蓋をしてきた。
仕事だけど、傍に居れるだけで満足だったのに・・

「着きました。では、お連れ様へ馬車でお待ちの事を伝えてまいります。ご安心を・・それでは失礼いたします」

「お世話に・・なりました」

ぐるぐると感情が絡まって、周りが見えていなかったようだ。
いつの間にか馬車の待機場所に着いていた。
無感情に案内してくれた執事に礼を言う。頭の片隅で失礼だなと思ったが、いつも通りに振る舞う余裕が無い。
目の前に、姉に乗せられて来た馬車がドアを開けて待っていた。
ドアを抑えている御者に会釈して、馬車に乗り込み座席にドサリと座る。


自分は知ってしまった。
知ってしまったのだ。

上ずった、可愛い声。
柔らかく、甘く香り立つ肌。
首筋は滑らかで、犬歯を突き立てた時は達しそうなくらい興奮してしまった。
そして何より、心地よい魔力とトロリと甘い極上の血・・
循環する魔力に満たされる心地よさと弾けるような快感・・
思い出して、腰の奥がズクンと疼いた。
口内にまだ、ほんの少し血の味が残っている。
脳の奥が痺れるような、求めていたのはこれだと確信する恍惚の味・・

不意に背中、肩甲骨の下辺りにピリリとした痛みが走る。
・・ああ、あの人から傷を与えて貰えていたのだと理解して、嬉しくなってしまった。
あの人の、形も中身も感情も。すべてが愛おしくてたまらない。

「俺・・忘れるなんて・・無理ですよ・・軍曹・・」

手の届かない傷に触れる代わりに肩に指を食い込ませ、顔を上げて月を見上げる。
窓に反射した自分の顔は人に見せられない有様で・・
じわりと紅く変わり始めた瞳からホトホトと涙が零れていた。


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読んでくださり、ありがとうございました。

どなたかの性癖にささりましたら幸いです。

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