異世界の婚約者

真白 悟

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「――やっぱり体は覚えていたのね!」

 僕が魔法を使えるとわかってよっぽどうれしいのか、シアは何度も僕の肩を叩く。
 彼女の容貌はまだしも、その行動は僕の想像していた貴族とはかなりかけ離れたものだ。この国の貴族というはみんなこんな感じなんだろうか。

「近いよ。離れてくれ」
「おっと、ごめんなさい」

 僕が嫌がるのを感じて、彼女は軽く謝罪の言葉を述べて離れる。
 この世界ではみんなこんな感じで距離が近いのだろうか……この世界の住人と関わって来なかったからよくわからないが、生粋の日本人である僕にはあまりうれしくないことだ。
 そんなことを考えている僕に、シアが感慨深そうにこちらを見ながら口にした。

「それにしても火の魔法か、遺物とかを探すとき便利なのよね。最初に声をかけた時から、そうなんじゃないかと思ってたんだけど……やっぱりいい拾い物だわ」
「拾い物って……」

 人のことを文字通り、物みたいに扱わないでほしい。が、これでどうして彼女が僕に声をかけてきたかのなぞは解けた。

「君は最初から僕の魔法が目当てだったという事か」

 僕みたいな浮浪者に声をかけるのだから、何らかの理由はあるとは思っていたけど、そう言う事なら合点がいく。
 シアの話なら僕の人種……すなわち東洋――この世界では北洋と言うべきか? ともかく、僕の人種が主に火の魔法を使えるらしい。つまりは、彼女は最初から僕個人には用がなく、僕の人種が使える火属性の魔法を冒険者として欲して声をかけてきたというわけだ。冒険なり開拓なりをするにおいて、火は持っておくべきものの1つだとするなら、火種を必要としない魔法があればどれほど便利かは想像に難くない。

「もちろん! 最初から言ってるじゃない。あなたに声をかけたのは意味があるって」

 そう言って不敵な笑みを浮かべてみせるシアが僕にはどこか恐ろしく感じた。
 たぶん僕の考えすぎだとは思うけど、彼女は短絡的で直情的であるかのように見えるが、その実かなりの切れ者なのかもしれない。と思ったが、「やっぱり開拓には火よね。火って格好いいしね」とはしゃいでる彼女の姿を見て、やっぱり考えを改める必要性がありそうだと思った。

「本当に貴族なのか……」

 彼女のはしゃぎようったら、まるで子供だ。貴族の淑女にあるまじきはしゃぎようだ。
 普通にしている時はまともな貴族っぽいのに、冒険とか開拓とかの話になると途端にこの調子だ。なんだか変な人物と関わってしまったのかもしれない。と言っても、もう後に引くことは出来ない。
 ああ、人生って本当に面倒くさい。だけどこれもすべては娯楽のためだと思えば、耐え難い苦痛とまではならないだろう。
 
「今の時代、貴族ってだけじゃ食べていけないのよ。それに父が貴族だってだけで、私は生まれてこのかた貴族だったつもりはないわよ。私はウトピア生まれのウトピア育ちだし、この国には数度来たことがある程度だしね」

 僕のひとり言に対して、シアはそう冷たく言い放った。
 どうやら僕は地雷を踏んでしまったらしい。というか、よく考えてみれば貴族に対して『貴族性』を疑うのはかなり失礼なことかもしれない。シアが優しいから大丈夫なものの、他の貴族に同じことをしてしまったら彼女の言うとおり処刑されてしまうのだろうか。そう考えると、面倒くさいけど自分の性格を治さなくちゃいけないという気持ちになった。
 なんて、そんなことは別にどうでもいい。ただ1つ気になったのは唐突に出てきた『ウトピア』という言葉だ。僕はこの世界の地理については全く知らない。この国の名前すらしらない始末だ。面倒だけど、冒険者として仕事をしていくうえで、地理的なことを何も知らないのは大問題だ。

「ウトピアってのはどんなところなんだ?」
「いいところよ。土地は広いし、自然は豊か……いい人ばかりだし、食べ物はおいしいしね」
「食べ物がおいしい」

 それは耳寄りな情報だ。
 おいしいものを食べるのは、この世でもっとも楽しいことだ。おいしいものを食べずして生きて行くことは、死んでいるのと何も変わらない。どれだけ面倒くさいことが待ち合わせていようと、生きる屍も同然に生きて行くのは嫌だ。
 だから僕はおいしいものが食べたい。おいしいものがあるならどこにだって行きたい。

「食べ物が好きなのね。ずっと仏頂面だったのに、食べ物の話になると途端に顔がゆるんでるし」

 シアに言われて初めて気が付いた。僕は感情が顔に出てしまうらしい。
 たぶん僕は今まで他人と深く関わったことがない。友達のことはおろか、家族のことすらまともに覚えていないのだからきっとそうなんだ。そんな僕に異世界で婚約者が出来るなんて思ってもみなかった。
 顔がゆるんだところを見られるなんて何とも気持ち悪い。いや、気分が悪いわけじゃない。だけど他人に自分も知らないところを見つけられるのが何とも気恥ずかしいだけだ。
 
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