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3 正体不明の男
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図書館三階の一番端、そこに設けられた席が僕の定位置だ。
この場所からだと、考古学や歴史のコーナーがすぐ近くで歩数を減らせる。
もちろん、持ち出し禁止の図書を借りる際はいちいち階段を下りて一階の受付まで行ってから地下に降りなければいけないが、そもそも持ち出し禁止の本を読むときは最初から受付へと向かう。
欲を言えば自宅に持ち帰って読みたいが、一度に借りることの出来る本が20冊と限られるし、当然のことだが持ち帰る本が多いと重い。特に専門書というやつは一冊でもかなりの重量になる。その上、持って帰った本の中でも読むのはほんの一部だ。
それらを踏まえると、一度は図書館で読むほうが余計な本を持って帰る必要もなくなるというわけだ。
「エアコンも聞いてるし、静かだし」
図書館と言っても様々なものがあり、中には大声で談笑したりするところもあるらしいが、うちの大学はかなり静かだ。
中には調べものなんてそっちのけで、友と談笑している生徒もいるが、それでも外に比べると声のボリュームはかなり小さい。それ故にグループワークなんかには向かないが、1人で作業するにはもってこいの場所だ
そんな場所で1人でゆっくりと勉強するのが僕のお気に入りのルーティンだ。
こんなことで気分が変えられるかは分からないが、とにかくやってみるしかない。
棚から数冊の本を取り出すと、僕は席に着く。
得に何か目的を持って勉強をするわけでもなく、タイトルから興味を持った本を適当に読みふける。
いつもに比べると集中できているような気もするが、特に目的もなく読んでいるからかそれほど頭には入っていない。
それでも何とか時間をつぶすために、出来る限り活字に目をやる。そうすると不思議といろんな悩みが頭から出て行った。
「おや、こんなところで勉強かな?」
ようやく情報が頭に入り始めたという頃合いに、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「ウィリアム教授……」
本に集中しようとするあまり、いつの間にかすぐそばにったっている教授に気が付かなかったようだ。
正直なところ、今一番会いたくない人だ。
教授はいつもとどこか雰囲気が違い、上下深い黒のスーツで黒いハットと黒いネクタイを着用している。まるで、葬儀にでも出席するかのようだ。
「ユースティティア君。君はどうしてこんなところで勉強している?」
「どうしてって……」
質問の意図が分からない。
僕がどこで勉強しようと、教授がそれを気にすることはないと思うし……そもそも教授が僕のことをそれほど気にかけているとは思えない。だからこそ、余計に質問の意図を測りかねる。
「君は『正しい人間』のはずだ」
「え、正しい……? 突然どうしたんですか?」
「私は君のことを理解している。君は誰よりも正しい心を持ち合わせている人間だとな。そんな君がこんなところでのんびり本を読んでいることが不思議でならないんだよ」
教授は怪訝な顔つきで僕を見下ろす。
いいや、『見下ろす』というのは表現があまりにもマイルドすぎたかもしれない。もっと正確に言えば、教授は明らかに僕のことを『見下して』いた。
確かに彼はいつも僕のやることに文句を垂れている気もするが、これほど理不尽に言いがかりをつけられたことは初めてだ。
「勉強するのが学生の本分だと思いますが」
僕がそう言うと、教授は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「確かに学生の本分は学業だ。まさに君の言うとおりだろうユースティティア君。しかし、君の本分は違う」
「どういうことです?」
「君は臆病だ。だが本当の正義を知っている。誰もが知るヒーローだ。君が人を助けずに、一体誰が助けるというのかな?」
勝手に噂が広まって話題になりつつあるが、『誰もが知るヒーロー』は言い過ぎだ。それにそんなことを彼に言われる謂れはない。
「教授がそれを否定したんじゃないですか……『正義は何も生まない。誰も救えない』って。『日常に帰れ』って」
「私がそれを? なるほど、それで君はどう感じた?」
教授は何かを誤魔化す様にそう訊ねる。
それに不信感を覚えつつも、自分の気持ちを吐き出したい気持ちが勝り疑念を押し殺した。
「確かに僕の正義は自己満足でした。誰かを救うために自分を犠牲にするなんて……それがどれだけ甘いことかは理解しましたよ。僕は自分も、世界も救いたい」
「悪は許せないと?」
「ええ」
教授は僕の答えを聞いてほんの少しだけ口角を上げた。
この場所からだと、考古学や歴史のコーナーがすぐ近くで歩数を減らせる。
もちろん、持ち出し禁止の図書を借りる際はいちいち階段を下りて一階の受付まで行ってから地下に降りなければいけないが、そもそも持ち出し禁止の本を読むときは最初から受付へと向かう。
欲を言えば自宅に持ち帰って読みたいが、一度に借りることの出来る本が20冊と限られるし、当然のことだが持ち帰る本が多いと重い。特に専門書というやつは一冊でもかなりの重量になる。その上、持って帰った本の中でも読むのはほんの一部だ。
それらを踏まえると、一度は図書館で読むほうが余計な本を持って帰る必要もなくなるというわけだ。
「エアコンも聞いてるし、静かだし」
図書館と言っても様々なものがあり、中には大声で談笑したりするところもあるらしいが、うちの大学はかなり静かだ。
中には調べものなんてそっちのけで、友と談笑している生徒もいるが、それでも外に比べると声のボリュームはかなり小さい。それ故にグループワークなんかには向かないが、1人で作業するにはもってこいの場所だ
そんな場所で1人でゆっくりと勉強するのが僕のお気に入りのルーティンだ。
こんなことで気分が変えられるかは分からないが、とにかくやってみるしかない。
棚から数冊の本を取り出すと、僕は席に着く。
得に何か目的を持って勉強をするわけでもなく、タイトルから興味を持った本を適当に読みふける。
いつもに比べると集中できているような気もするが、特に目的もなく読んでいるからかそれほど頭には入っていない。
それでも何とか時間をつぶすために、出来る限り活字に目をやる。そうすると不思議といろんな悩みが頭から出て行った。
「おや、こんなところで勉強かな?」
ようやく情報が頭に入り始めたという頃合いに、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「ウィリアム教授……」
本に集中しようとするあまり、いつの間にかすぐそばにったっている教授に気が付かなかったようだ。
正直なところ、今一番会いたくない人だ。
教授はいつもとどこか雰囲気が違い、上下深い黒のスーツで黒いハットと黒いネクタイを着用している。まるで、葬儀にでも出席するかのようだ。
「ユースティティア君。君はどうしてこんなところで勉強している?」
「どうしてって……」
質問の意図が分からない。
僕がどこで勉強しようと、教授がそれを気にすることはないと思うし……そもそも教授が僕のことをそれほど気にかけているとは思えない。だからこそ、余計に質問の意図を測りかねる。
「君は『正しい人間』のはずだ」
「え、正しい……? 突然どうしたんですか?」
「私は君のことを理解している。君は誰よりも正しい心を持ち合わせている人間だとな。そんな君がこんなところでのんびり本を読んでいることが不思議でならないんだよ」
教授は怪訝な顔つきで僕を見下ろす。
いいや、『見下ろす』というのは表現があまりにもマイルドすぎたかもしれない。もっと正確に言えば、教授は明らかに僕のことを『見下して』いた。
確かに彼はいつも僕のやることに文句を垂れている気もするが、これほど理不尽に言いがかりをつけられたことは初めてだ。
「勉強するのが学生の本分だと思いますが」
僕がそう言うと、教授は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「確かに学生の本分は学業だ。まさに君の言うとおりだろうユースティティア君。しかし、君の本分は違う」
「どういうことです?」
「君は臆病だ。だが本当の正義を知っている。誰もが知るヒーローだ。君が人を助けずに、一体誰が助けるというのかな?」
勝手に噂が広まって話題になりつつあるが、『誰もが知るヒーロー』は言い過ぎだ。それにそんなことを彼に言われる謂れはない。
「教授がそれを否定したんじゃないですか……『正義は何も生まない。誰も救えない』って。『日常に帰れ』って」
「私がそれを? なるほど、それで君はどう感じた?」
教授は何かを誤魔化す様にそう訊ねる。
それに不信感を覚えつつも、自分の気持ちを吐き出したい気持ちが勝り疑念を押し殺した。
「確かに僕の正義は自己満足でした。誰かを救うために自分を犠牲にするなんて……それがどれだけ甘いことかは理解しましたよ。僕は自分も、世界も救いたい」
「悪は許せないと?」
「ええ」
教授は僕の答えを聞いてほんの少しだけ口角を上げた。
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