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2.4 正体不明
名前
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僕が考えていることはただの勘違いかも知れないが、それでも今はっきりさせておく必要がある。そもそも、『霧の悪魔』とか『火の悪魔』とか『創世の悪魔』だとかそんなものはあの国の国民達がそう呼んでいただけで、本当の名前など知る由もない。
そもそもイグニスという名前ですら、ただ単に火と言う言葉を別の言語に置き換えただけのもので、名前と呼ぶにはあまりにもあっさりとしすぎている。――まあどんな名前であってもそうだと言われてしまえば、僕は言い返せないし、『ルナ』も『グラキエス』も『ソル』でさえも全て何かから名前をもらったもので、本当の名前ではない。
むしろ、僕たち……いや少なくとも僕は、自分の本当の名などすでに記憶の彼方に飛んでいってしまっているし、誰も呼ばない名など必要ないのかもしれない。
「そうだ。すなわちサルガタナスなど、形式上の名前に過ぎない。お前の好きなように『霧の悪魔』と呼ぶもよし、俺を呼ぶときのように『悪魔』と呼んでもいいだろう……と言ってもややこしいから出来ればやめてもらいたいがな」
悪魔は僕の妄想を嘲笑っているかのように淡々と述べた。特にそれが気に障ったわけでもないが、僕は少しだけ反論する。
「いや、それは違う」
その言葉は、僕の中にある一つの感覚から来たもので、確証などあるはずもないわけだが、それでも僕は僕の感覚を一番信頼している。しかし、悪魔のことをまるで信用していないわけでもない。だから悪魔が、僕の意見をまるまる否定すると言うのであれば、それでも良かった。
だが、悪魔はそうはしなかった。
「例えば? 一体なにがおかしいと感じた?」
もちろんその言葉が肯定である筈もない上に、僕の意見を否定しようと言質を取ろうとしているようにも思えないこともない。だが、僕に確証がない今、第三者……それも自分に理解のある第三者である体を共有している悪魔の意見が聞きたかった。
「霧の悪魔は姿を消すことも瞬間移動まがいのこともしなかった。何より体を人間と共有しようなんて、命を救われた人間とだってしないだろう……。僕が殺したあの悪魔はそういう悪魔だった」
「なるほど、全てはお前の野生の勘というやつなのだろうな……。だがそれでは説明になっていない。まるでお話にならなくて、ちゃんちゃらおかしい理屈も何もない子どもの意見だ。霧の悪魔のことを何も知らないのはお前も一緒だろう? じゃあ聞くが、悪魔は最初から悪魔だったと思うか?」
悪魔は激怒して僕に問答を仕掛けてくる。しかし、僕にはその答えが分からない。ただ、一つだけ言えるとすればいつもの僕であれば間違いなくYESと答えただろう。――今日一日があったらからこそ、その答えがわからなかった。
「……」
「だんまりか? じゃあ特別に教えてやろう!」
そこで、ようやく料理を作っていた二人が僕達の喧嘩に気がついたようで、様子を見に来た。
「どうしたんや? 喧嘩か?」
堺は慌てた様子もなくにやけており、その後ろでルナがうろたえているのが見える。しかし、悪魔はそんな二人を無視するように続ける。
「悪魔ってのはなぁ! 元は人間なんだよ、お前と同じでな……。まあ悪魔の殆どはそんなこと忘れているし、気にも留めない。その中でも最悪なのは悪魔にされた人間だろうな……この俺のようにな」
それからは、数時間悪魔との連携はもちろんのこと会話すら一切なかった。だがその数時間は僕にも悪魔にとっても、有意義と言えるのかもしれない。自分の考えをまとめる時間としては、もしかするとこれほど有意義な時間はないと感じる程に――
「――もう、そちらで仲違いしたのであれば、私とのことに決着を付けるのはまだまだ先になりそうですね……」
ルナが、元素増幅装置で作ったパンを噛みちぎりながら怒りを露わにしている。
まあ、今の状況を何も打破することが出来ないどころか、その状況すらよくつかめていない僕がこんなでは仕方ないかもしれない。
そんなことを感じながらも、少し自分に対して気を使ってほしいという自分もいる。結局嘘をつかないことを心情としていた悪魔に嘘を交えながら話をされていたわけだから、状況をつかめていないのは当たり前だ。
「悪魔と喧嘩したのは悪いと思っているけど、僕はそもそも君に会うためにこの世界に来たと言っても過言じゃない。だからある意味、目的を達成した僕にとって後のことは取るに足らないことだと思う」
実際はそんなことを思っているわけがない、だが、この状況下でこの時代の自分が何を考えて行動していたのか分からないのであれば、自分の内情を吐くわけにもいかない。もちろん、第一の目的であった彼女に再開出来たことが嬉しいというのは本当であるが、彼女の今の行動を見れば、未来の僕にとってこの状況が喜ばしいことでは無いのだろう。
そんな僕達の愚痴を濁すかのように、もう一人の人間が話の流れを変えようとしている。僕にとってそれは悪いことではないので実行を阻害しない。
「それにしても、さっきのイグニスにはびっくりしたな?」
堺の言うさっきのとはなんのことだろう? 僕と悪魔の喧嘩に就いてだろうか。
「お二人の喧嘩のことですか? ……それなら確かに驚きはしましたけど、もう蒸し返す必要は無いと思いますが……」
ルナは掴んでたパンを置いて、今にも堺に食って掛かりそうな勢いだ。
僕のことを思っての行動であるとすれば、この上なく嬉しいことだが、今話しをややこしくするのはやめてもらいたい気もする。なんて僕の心配は的が外れた。
「ちゃうって、イグニスが幼馴染に再開したときのことや! ……まさか泣き出すとは思わんかったわ」
そっちはもっとほじくり返してもらいたくない過去だ。しかも問題は、僕の泣いた理由が幼馴染に再開したことによる嬉し泣きとは遥か程遠いことだ。
僕は思わずルナの方を見た。熱があるのか、恥ずかしいのか、顔が少し赤いような気がする。その顔を見て僕は少しだけ堺に感謝した。
そもそもイグニスという名前ですら、ただ単に火と言う言葉を別の言語に置き換えただけのもので、名前と呼ぶにはあまりにもあっさりとしすぎている。――まあどんな名前であってもそうだと言われてしまえば、僕は言い返せないし、『ルナ』も『グラキエス』も『ソル』でさえも全て何かから名前をもらったもので、本当の名前ではない。
むしろ、僕たち……いや少なくとも僕は、自分の本当の名などすでに記憶の彼方に飛んでいってしまっているし、誰も呼ばない名など必要ないのかもしれない。
「そうだ。すなわちサルガタナスなど、形式上の名前に過ぎない。お前の好きなように『霧の悪魔』と呼ぶもよし、俺を呼ぶときのように『悪魔』と呼んでもいいだろう……と言ってもややこしいから出来ればやめてもらいたいがな」
悪魔は僕の妄想を嘲笑っているかのように淡々と述べた。特にそれが気に障ったわけでもないが、僕は少しだけ反論する。
「いや、それは違う」
その言葉は、僕の中にある一つの感覚から来たもので、確証などあるはずもないわけだが、それでも僕は僕の感覚を一番信頼している。しかし、悪魔のことをまるで信用していないわけでもない。だから悪魔が、僕の意見をまるまる否定すると言うのであれば、それでも良かった。
だが、悪魔はそうはしなかった。
「例えば? 一体なにがおかしいと感じた?」
もちろんその言葉が肯定である筈もない上に、僕の意見を否定しようと言質を取ろうとしているようにも思えないこともない。だが、僕に確証がない今、第三者……それも自分に理解のある第三者である体を共有している悪魔の意見が聞きたかった。
「霧の悪魔は姿を消すことも瞬間移動まがいのこともしなかった。何より体を人間と共有しようなんて、命を救われた人間とだってしないだろう……。僕が殺したあの悪魔はそういう悪魔だった」
「なるほど、全てはお前の野生の勘というやつなのだろうな……。だがそれでは説明になっていない。まるでお話にならなくて、ちゃんちゃらおかしい理屈も何もない子どもの意見だ。霧の悪魔のことを何も知らないのはお前も一緒だろう? じゃあ聞くが、悪魔は最初から悪魔だったと思うか?」
悪魔は激怒して僕に問答を仕掛けてくる。しかし、僕にはその答えが分からない。ただ、一つだけ言えるとすればいつもの僕であれば間違いなくYESと答えただろう。――今日一日があったらからこそ、その答えがわからなかった。
「……」
「だんまりか? じゃあ特別に教えてやろう!」
そこで、ようやく料理を作っていた二人が僕達の喧嘩に気がついたようで、様子を見に来た。
「どうしたんや? 喧嘩か?」
堺は慌てた様子もなくにやけており、その後ろでルナがうろたえているのが見える。しかし、悪魔はそんな二人を無視するように続ける。
「悪魔ってのはなぁ! 元は人間なんだよ、お前と同じでな……。まあ悪魔の殆どはそんなこと忘れているし、気にも留めない。その中でも最悪なのは悪魔にされた人間だろうな……この俺のようにな」
それからは、数時間悪魔との連携はもちろんのこと会話すら一切なかった。だがその数時間は僕にも悪魔にとっても、有意義と言えるのかもしれない。自分の考えをまとめる時間としては、もしかするとこれほど有意義な時間はないと感じる程に――
「――もう、そちらで仲違いしたのであれば、私とのことに決着を付けるのはまだまだ先になりそうですね……」
ルナが、元素増幅装置で作ったパンを噛みちぎりながら怒りを露わにしている。
まあ、今の状況を何も打破することが出来ないどころか、その状況すらよくつかめていない僕がこんなでは仕方ないかもしれない。
そんなことを感じながらも、少し自分に対して気を使ってほしいという自分もいる。結局嘘をつかないことを心情としていた悪魔に嘘を交えながら話をされていたわけだから、状況をつかめていないのは当たり前だ。
「悪魔と喧嘩したのは悪いと思っているけど、僕はそもそも君に会うためにこの世界に来たと言っても過言じゃない。だからある意味、目的を達成した僕にとって後のことは取るに足らないことだと思う」
実際はそんなことを思っているわけがない、だが、この状況下でこの時代の自分が何を考えて行動していたのか分からないのであれば、自分の内情を吐くわけにもいかない。もちろん、第一の目的であった彼女に再開出来たことが嬉しいというのは本当であるが、彼女の今の行動を見れば、未来の僕にとってこの状況が喜ばしいことでは無いのだろう。
そんな僕達の愚痴を濁すかのように、もう一人の人間が話の流れを変えようとしている。僕にとってそれは悪いことではないので実行を阻害しない。
「それにしても、さっきのイグニスにはびっくりしたな?」
堺の言うさっきのとはなんのことだろう? 僕と悪魔の喧嘩に就いてだろうか。
「お二人の喧嘩のことですか? ……それなら確かに驚きはしましたけど、もう蒸し返す必要は無いと思いますが……」
ルナは掴んでたパンを置いて、今にも堺に食って掛かりそうな勢いだ。
僕のことを思っての行動であるとすれば、この上なく嬉しいことだが、今話しをややこしくするのはやめてもらいたい気もする。なんて僕の心配は的が外れた。
「ちゃうって、イグニスが幼馴染に再開したときのことや! ……まさか泣き出すとは思わんかったわ」
そっちはもっとほじくり返してもらいたくない過去だ。しかも問題は、僕の泣いた理由が幼馴染に再開したことによる嬉し泣きとは遥か程遠いことだ。
僕は思わずルナの方を見た。熱があるのか、恥ずかしいのか、顔が少し赤いような気がする。その顔を見て僕は少しだけ堺に感謝した。
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