よみがえりの一族

真白 悟

文字の大きさ
上 下
82 / 109
2.4 正体不明

名前

しおりを挟む
 僕が考えていることはただの勘違いかも知れないが、それでも今はっきりさせておく必要がある。そもそも、『霧の悪魔』とか『火の悪魔』とか『創世の悪魔』だとかそんなものはあの国の国民達がそう呼んでいただけで、本当の名前など知る由もない。
 そもそもイグニスという名前ですら、ただ単に火と言う言葉を別の言語に置き換えただけのもので、名前と呼ぶにはあまりにもあっさりとしすぎている。――まあどんな名前であってもそうだと言われてしまえば、僕は言い返せないし、『ルナ』も『グラキエス』も『ソル』でさえも全て何かから名前をもらったもので、本当の名前ではない。
 むしろ、僕たち……いや少なくとも僕は、自分の本当の名などすでに記憶の彼方に飛んでいってしまっているし、誰も呼ばない名など必要ないのかもしれない。
「そうだ。すなわちサルガタナスなど、形式上の名前に過ぎない。お前の好きなように『霧の悪魔』と呼ぶもよし、俺を呼ぶときのように『悪魔』と呼んでもいいだろう……と言ってもややこしいから出来ればやめてもらいたいがな」
 悪魔は僕の妄想を嘲笑っているかのように淡々と述べた。特にそれが気に障ったわけでもないが、僕は少しだけ反論する。
「いや、それは違う」
 その言葉は、僕の中にある一つの感覚から来たもので、確証などあるはずもないわけだが、それでも僕は僕の感覚を一番信頼している。しかし、悪魔のことをまるで信用していないわけでもない。だから悪魔が、僕の意見をまるまる否定すると言うのであれば、それでも良かった。
 だが、悪魔はそうはしなかった。
「例えば? 一体なにがおかしいと感じた?」
 もちろんその言葉が肯定である筈もない上に、僕の意見を否定しようと言質を取ろうとしているようにも思えないこともない。だが、僕に確証がない今、第三者……それも自分に理解のある第三者である体を共有している悪魔の意見が聞きたかった。
「霧の悪魔は姿を消すことも瞬間移動まがいのこともしなかった。何より体を人間と共有しようなんて、命を救われた人間とだってしないだろう……。僕が殺したあの悪魔はそういう悪魔だった」
「なるほど、全てはお前の野生の勘というやつなのだろうな……。だがそれでは説明になっていない。まるでお話にならなくて、ちゃんちゃらおかしい理屈も何もない子どもの意見だ。霧の悪魔のことを何も知らないのはお前も一緒だろう? じゃあ聞くが、悪魔は最初から悪魔だったと思うか?」
 悪魔は激怒して僕に問答を仕掛けてくる。しかし、僕にはその答えが分からない。ただ、一つだけ言えるとすればいつもの僕であれば間違いなくYESと答えただろう。――今日一日があったらからこそ、その答えがわからなかった。
「……」
「だんまりか? じゃあ特別に教えてやろう!」
 そこで、ようやく料理を作っていた二人が僕達の喧嘩に気がついたようで、様子を見に来た。
「どうしたんや? 喧嘩か?」
 堺は慌てた様子もなくにやけており、その後ろでルナがうろたえているのが見える。しかし、悪魔はそんな二人を無視するように続ける。
「悪魔ってのはなぁ! 元は人間なんだよ、お前と同じでな……。まあ悪魔の殆どはそんなこと忘れているし、気にも留めない。その中でも最悪なのは悪魔にされた人間だろうな……この俺のようにな」
 それからは、数時間悪魔との連携はもちろんのこと会話すら一切なかった。だがその数時間は僕にも悪魔にとっても、有意義と言えるのかもしれない。自分の考えをまとめる時間としては、もしかするとこれほど有意義な時間はないと感じる程に――

「――もう、そちらで仲違いしたのであれば、私とのことに決着を付けるのはまだまだ先になりそうですね……」
 ルナが、元素増幅装置で作ったパンを噛みちぎりながら怒りを露わにしている。
 まあ、今の状況を何も打破することが出来ないどころか、その状況すらよくつかめていない僕がこんなでは仕方ないかもしれない。
 そんなことを感じながらも、少し自分に対して気を使ってほしいという自分もいる。結局嘘をつかないことを心情としていた悪魔に嘘を交えながら話をされていたわけだから、状況をつかめていないのは当たり前だ。
「悪魔と喧嘩したのは悪いと思っているけど、僕はそもそも君に会うためにこの世界に来たと言っても過言じゃない。だからある意味、目的を達成した僕にとって後のことは取るに足らないことだと思う」
 実際はそんなことを思っているわけがない、だが、この状況下でこの時代の自分が何を考えて行動していたのか分からないのであれば、自分の内情を吐くわけにもいかない。もちろん、第一の目的であった彼女に再開出来たことが嬉しいというのは本当であるが、彼女の今の行動を見れば、未来の僕にとってこの状況が喜ばしいことでは無いのだろう。
 そんな僕達の愚痴を濁すかのように、もう一人の人間が話の流れを変えようとしている。僕にとってそれは悪いことではないので実行を阻害しない。
「それにしても、さっきのイグニスにはびっくりしたな?」
 堺の言うさっきのとはなんのことだろう? 僕と悪魔の喧嘩に就いてだろうか。
「お二人の喧嘩のことですか? ……それなら確かに驚きはしましたけど、もう蒸し返す必要は無いと思いますが……」
 ルナは掴んでたパンを置いて、今にも堺に食って掛かりそうな勢いだ。
 僕のことを思っての行動であるとすれば、この上なく嬉しいことだが、今話しをややこしくするのはやめてもらいたい気もする。なんて僕の心配は的が外れた。
「ちゃうって、イグニスが幼馴染に再開したときのことや! ……まさか泣き出すとは思わんかったわ」
 そっちはもっとほじくり返してもらいたくない過去だ。しかも問題は、僕の泣いた理由が幼馴染に再開したことによる嬉し泣きとは遥か程遠いことだ。
 僕は思わずルナの方を見た。熱があるのか、恥ずかしいのか、顔が少し赤いような気がする。その顔を見て僕は少しだけ堺に感謝した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...