よみがえりの一族

真白 悟

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 とは言え、何も知らないまま、知っている風に振る舞うのはどう考えても無理に決まっている。無理に決まっているのだが、それでも、どうしてだか記憶の消失について彼女に伝えることが非常に億劫である。
 伝えなければならないが、だが伝える気になれない。
……僕はどうしてしまったのだろう。どうしてだか、彼女を傷つけたくない自分がいる。もちろん、黙って彼女の知っている僕になりきることが、最終的に彼女を傷つけることになるなんて明白だ。だからこそ話さなくちゃならない。
「ああ、君と再開出来て本当に嬉しいよ……最初は誰かわからなかったけど、ようやく気がつけた」
 言えなかった……その言葉が僕の心をざわつかせる。だが、これで良かったのだ。良かったと思いたい。
「まあ、しょうがないですね。前にあなたと再開した時だって、思い出すのにかなり時間がかかりましたし……」
 彼女は寂しため息を付いた。
「鈍感なこいつにそんなすぐに気がつくような高等技術を求めるのは酷ってもんやで。最終的に思い出してんから許したり! ってあかん、こんなことで喜んどる場合ちゃうで、結局結論はまだ出てないし、なにより、手を組むって決まったわけちゃう」
 堺は大げさに頭を抱え、地面に膝をついた。それは僕に対して気を使っているということなのだろうか……それでこの場が和むとは思えないし、逆効果であるだろう。
「……とにかく、僕的には彼女が誰であろうがさっき言ったとおりで、敵対するつもりはないよ」
「それはなによりですが、やっぱりそう簡単に決めてほしくは無いですね。どうやらあなたは今の状況があまりつかめていないようですし……。もうちょっと世界を見てから考えたほうがあなたのためにも、世界のためにもいいでしょう」
 彼女はそんな悠長なことを言っているが、僕にはそんな時間があるのか甚だ疑問だ。
「お前らは、さっきから何度も何度も時間がないって言ってただろう? 決断までの過程はどうであれ、今はいそぐべきなんじゃないのか?」
 僕の言葉が間違っているのか、ふたりとも呆れた顔をしている。
 何もおかしなことは言っていないはずだが、どうしたというのだろうか?

「ちょっと頭冷やしたほうがいいな……とりあえず、ここには備蓄がある。ほんまは街の中心まで言ってからゆっくりと休みたかったんやが、こいつの様子じゃそれよりも先にせなあかんことがあるな……なあルナ?」
 なんとも微妙な空気の中、堺は彼女に対してそう言った。
「そうですね、そもそもこの人は今日一日のことですらよくわかっていないようですし、ってまあ私が記憶を消したのが悪かったんですが、予想以上に多くの記憶を消してしまったようですね……。このままでは本当に役立たずだ……」
 そうやって僕は再び置いてけぼりをくらった。……それにしても数年にして、ここまで時代が流れるとは思って見なかった。僕の故郷では3年といえば、何も変わらないだろうに。
 そう呆けてる間にも、二人の準備は進んでいる。なんといっても、それは3年前に見たニヒルの料理法とはかなり異なっている。あの時あった機械類も一切見当たらない。彼らが利用しているのは、小さな箱だけだ。
 不思議な感覚であるが、その箱からは微量の魔法の痕跡を感じた。それも、よく探らなければ気がつくことすら不可能であるほど小さな痕跡。
 そんな小規模の魔法では何も出来ないだろうに……もしかしたら、そこにも3年前との違いがあるのかもしれない。二人の調理はどんどん進んでいく――

――しかし、本当に何が起きているのか僕には理解できそうにもない。あれは魔法ではない、かと言って機械技術ともいいたいが、だが確かに具材は四角い箱によって料理へと変貌を遂げていく。しかし調理器具を使っているというわけでもない。ただただ箱の上におかれた具材が調理されていくばかりで、理解の範疇を超えている。
 そこにあるのは見たこともない魔法技術なのかもしれないし、はたまた機械技術がたった3年あまりの間に魔法を凌駕したのかもしれないが、いかんせん、機械に関してはほとんど知識がないと言っても過言ではない。
 僕が頭を抱えて、その謎の箱について考えていると堺が僕の方に近づいてくる。

「驚いたやろう? これはな、元素増幅装置って言うやつや。なんや俺にもよくわからんけど、機械技術で元素を増やして元素を魔法に変換せんでも使えるようにする装置や。魔法士じゃなくても魔法が使えるし、何より無属性魔法が使える」
 そう言って、堺は僕に元素増幅装置なるものを手渡した。
「無属性魔法?」
 それは僕の知らない言葉の中でも、最も興味を引く言葉だ。ニヒルから聞いた上位魔法にもそのようなものはなかったはずだ。
 だからだろうか、堺は得意げな顔をしている。
「無属性魔法なんてかっこいい名前やけど、別に大したもんちゃうで。ただその装置で使う魔法を便宜上そう呼んでるだけや」
「つまり魔法の痕跡がほとんど無いからそんな名前ということなのか?」
「あかん、それは俺が言いたかったことやのに、先に言うたらあかんやん……」
 僕の予想が以外にも当たってしまったため、堺は肩を落として料理に戻った。まあ料理と言えるのかはいまいち分からないが、きっとあれが現代の料理なのだろう。

「いや、ニヒルとやらはちゃんと調理していたぞ」
 僕の中の悪魔は寂しそうにそうつぶやいた。
 この時悪魔がなにを思っていたのか、そんなことは僕には理解しようもなかった。このときには。なんて思わせぶりなことを言ったが、これが後に伏線となるようなことはない。

「それで、結局あいつの説明じゃよくわからなかったんだけど……あの元素なんとか装置とかいうやつはなんだ? あんなものがたった3年ポッチで発明されるなんてありえるのか?」
「3年じゃない10年だ。お前がこの世界に来るよりも遥かに前から研究されていた代物だそうだ……。だがそれにしたって不可思議なことはあるだろう。たった10年であんなものを開発できるわけが無い」
 10年という月日が僕の人生の半分以上の時間であるという事は確かだが、これは悪魔の言うとおりで魔法のことを知っている人間が少ないこの地において、機械という僕達の知らない技術を用いたとは言え、そう簡単にあの世界でなし得なかったことを出来る筈もない。
 僕は再び深く思考を巡らせた。そうして、ある一点について疑問を持つこととなる。
「ちょっと待て、この世界には本当に魔法と言う概念が無いのか?」
 悪魔は僕の言葉の真意を察したようだ。
「なるほど、つまりあのニヒルという小娘が高説たれていた魔法理論……それが、いつ出来たか……」
 悪魔がそうつぶやいたのを耳にして、僕は一つの仮説を立てることにした。

「――もし、もしもだ。この世界と向こうの世界、すなわち僕らの世界がつながっていたとしよう。ならば時代はどうだ? 堺……いや、僕の親友は僕よりも後に死んだはずだ。それにニヒルは僕よりも遥かに後の存在……つまり、必然的に僕よりも後に死んでいるはずだ。それがなぜ僕よりも前にこの世界にいたのか」
 僕はハッとして口を紡いだ。もし、僕の仮説が正しいとするのであれば、サルガタナス……彼女は僕よりも先に死んだ。つまりこの世界に来た時点では僕よりも持っている情報が少なかったはずだ。
「ちなみにだが、あいつはお前よりも後にこの世界に来たということだったが、それも1ヶ月かそこらのはずだ」
 サルガタナスを指して悪魔は言った。
 そんな悪魔の言葉も含めてだが、何かおかしい点があるような気がしてならない。だけど、あくまでそんな気がするだけで何がおかしいかや、本当におかしな点があるのかは確証が無い。――確証は無いが、引っかかる点は一つある。
「ならどうしてたった数年しかこちらにいなかったはずのサルガタナスの言葉はなまっている」
「なまっている? 俺はそんなことないと思うけどな……」
「いいや、明らかになまっている。まあこの際そんなことはどうでもいい……サルガタナスとは一体何なんだ?」
 焦燥感にも似た気持ちの焦りが、うまくまとまらない考えを口から吐露させる。悪魔はそれでも白を切った。
「お前にはちゃんと説明しただろう? サルガタナスとは――」
「そんなことを聞いているんじゃない! どうしてルナはサルガタナスを憑依させている!?」
 そうだ、確か僕が知っている彼女は死ぬその時までそんな悪魔を憑依させていなかったはずだ。憑依させていたというのであれば…………霧の悪魔。
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