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3.2 真なる魔法
ネビロス
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戦闘に向かないとはいえ、彼女の魔法ほど大規模な魔法は非常に珍しく、魔女であるノウェムが使った魔法と同じぐらいには強力に思えた。
「ここまでの魔法とは……だけど、植物を発生させるのが召喚魔法?」
僕の疑問に呼応するように、アスタロトは「ネビロス……」とつぶやいた。それを聞いてムトは少しだけ驚いたような顔をしたかと思うと、すぐさま後方5メートルのところまで飛びのいた。
「それはあなたの……」
飛びのいた先で、ムトは何かを言おうとするが、だんまりを決め込んだようでそれ以上は何も言わない。
あなたの……いったいなんだというのだ。この視界を遮る植物たちにはそれほど脅威があるとは思えない。本当に視界を遮るぐらいだ。
そんな甘いことを考えていた僕の目の前に、明らかにただの植物とは違う動きで近づいてくるものがいた。見た目はそのまんま人であるが、どこか不安定さを感じさせるように、その姿はゆらりとちらついている。植物によって視界が遮られているということもあるが、それ以上に蜃気楼のように近づく人影は揺れているのだ。
「あんたは……そうかこれが召喚魔法……っ!」
「そう、私の持つ召喚魔法の中でも上位のものだ。今のお前にはどうすることもできないだろう……魔法を使わなければな」
草花の陰に隠れて姿は見えないが、アスタロトは笑ったかのような声でそう言った。
何度も言うが、僕は誰が何と言おうと魔法を使えたためしがないのだ。今、特にピンチでもない今魔法の才能に目覚めろと言われたところで無理である。まして、僕はまだ彼女たちから魔法のことについて何も教えてもらっていないわけだ。――できるはずがない。
「アルマ(防御魔法)!」
たじろいでいる僕の耳にムトから発せられた怒号にも近い声が届いた。それとほぼ同時に、僕に近づいていた影は僕に向かってこぶしを振り上げている。彼女からの助言をもとに魔法を唱えたいのはやまやまだが、ちょうど武器を持ってこなかった僕が防御魔法を唱えたところで大した意味はないだろう。
それよりも、回避行動をとるべきだ。
なんて……僕の甘えた考えは騎士として今まで生きてきた僕に、たかだか人間が振り下ろした拳が当たるわけがないという慢心から生まれた油断だったのだろう。
視界が悪く、足元もおぼつかないような場所でそう簡単にいくはずもない。振り下ろされて拳は回避することは出来ても、足に絡みつく草は計算に入っていないのだ。足を取られるのは誰にだってわかったはずだ。
「……っ!!」
先ほどまで僕がいた地面には、人が殴ったぐらいでは到底ありえないほどの衝撃があった。地面は抉り取られ、そのこぶしの風圧でさえ僕の露出した肌には痛い。転んでいなければ顔に傷ぐらいはついていたかもしれない。かといって、転んだことが幸いに転じるわけもない。
相手が再び振り上げた拳をかわそうにも、植物が邪魔で少し厳しい。
僕は藁にもすがる思いで、こう言った。
「アルマ!!」
魔法が使えない僕にとっては気休めみたいなものだが、万が一、いや億が一魔法が使えたら致命傷になるであろう攻撃を受けることができるかもしれないのだ。生きるためには何でも利用する……それは僕が騎士としてやっていくうえでのモットーだ。
くだらないことを考えている僕の眼前には大きな拳が迫っていた。僕は思わず目を閉じて、二度の人生が終わるのを覚悟し、頭に走馬灯が流れ始めたころには死を悟ったわけだ。
――しかし、いつまで待っても終わりは来ない。
以前の時も地面にたたきつけられるまで相当の時間間隔の延長が起きたわけだが、今回はどうもそれとは違って神経が研ぎ澄まされているという感覚もない。二度目ともなると頭が慣れてしまうのか、それともエンドルフィンが過剰分泌されなくなってしまうのか、あの時の感覚がない。
僕はゆっくりと目を開く。確かに拳は僕の頭のあたりに直撃している。先ほどの衝撃を考えるのなら、僕の頭が粉砕されていてもおかしくないのだがそんなことは一切ない。それどころか、その強力なはずの打撃から伝わる振動すら感じられなかった。
通常であれば、防御魔法を唱えたからといって相手の攻撃速度が弱まるわけでも、攻撃の威力が消え去るわけでもない。今回のように地面を抉り取るような使い手であれば、なおさら何の反応もないというのはおかしいわけだ。だからこそ、僕は何となくわかってしまった。
「手を抜いたな?」
「悪気はない……があんたを殺してしまっては意味がないだろう?」
「いや、悪いとは言ってないよ。むしろ、手を抜いてくれていなければ防御魔法が成功したとはいえ、怪我じゃすまなかっただろうし」
「いいや、あんた……君のことを見誤っていた。というよりも君のことを勘違いしていた」
アスタロトはネビロスと呼んだ召喚獣に再び魔力を送り込む。
「君を二発の攻撃で気絶させることができると踏んでのあまり魔力を送らなかったんだが、魔力の感受性が高いというのは厄介だな……無意識のうちに相殺に必要な魔力を簡単に理解してしまう」
それを聞いて、遠くから見物していたムトが騒ぎ始める。
「そうよ! 彼はだからこそ器なの!!」
さっきから人のことを器だとか何度も言っているが、それは僕にとってあまりうれしいことでもほめ言葉でもない。なぜなら、僕は僕の中の悪魔アモンのことをあまりよく思っていないからだ。むしろ厄介だとすら思っているほどだ。悪魔の器という役を演じることは僕にとって厄災でしかない。
しかし、それを彼女たちに直接伝えるのもなんだか空気の読めない男と思われそうで憂鬱だ。
僕は憂い顔のようなめんどくさいようなそんな表情で、彼女たちに投げやりに言う。
「どうでもいいが、今回はこれで終わりなのか?」
「そんなわけないだろう。私にしてみればようやく楽しくなってきたところだ。どれ、少しだけ本気を出してみようか?」
アスタロトから再び嫌な魔力を感じる。彼女たちが言うほど、魔力の感受性というやつは便利なものではなく、相手の使用した魔法云々よりも使用者の殺意が自分にとって恐ろしいものではあるほどに、僕の脳髄を刺激する。それも悪い方面に思考が傾いてしまうから始末に負えない。
例えるのであれば、恐ろしい野生動物から向けられた獲物を狙い澄ますような殺気というのだろうか、それが目に見えない形で僕に向け続けられているといったところだろう。
若干の寒気を感じながらも、僕は今怯えたそぶりを見せるわけにはいかない。確かに、これは事実的な戦闘という意味での実戦ではないが、堅実ではない戦闘訓練という意味ではあるようだ。わずかな隙でも見せると怪我ではすまないだろう。――誰だって必要なことであろうとも痛いのは嫌なのだ。
「僕の武器はないのだろうか?」
武器さえあれば互角に戦えるだろうと踏んで、一応、念のため、少ない希望ではあるがムトに対して聞いてみる。答えはノーだ。『魔法の訓練で武器なんて使えるわけないでしょう!!』と本気で叱られてしまった。なるほど、彼女の意見には一理ある。だが、僕の剣は魔法の訓練をするうえでも欠かせないものであるということは彼女だって知っているはずだ。
しかし、魔法を教えてくれる人物がどれだけ理不尽なことを言おうとも、教えてもらえる側は決して文句を言うことは出来ない。金を払ってもいない相手に対して文句を言うときは訓練を辞退する時だけで、そんな理不尽の中でも僕の騎士訓練生生活は続いたわけだ。
「そろそろ、いいだろう?」
僕が武器を求めているたった数分の時間すら待つことが惜しいようで、アスタロトは召喚獣に僕を攻撃するように指示を出す。
彼女の召喚獣であるネビロスからも少しだけ魔力の痕跡が見られることから、彼が単純に格闘術で攻めているわけではないということがわかる。これも先ほど見たいにただ恐れているだけではわからなかったことだろう。死の淵に立って少しだけ冷静になったからこそ見つけられた突破口だ。
あまり近接格闘は得意ではないが、騎士として少しぐらい心得はある。それと彼のように魔法を組み合わせれば、優位に立つことは出来なくとも彼の拳についていくことは出来るだろう。
「アルマ!」
覚えたての呪文を唱えながら、僕は迫りくるネビロスを迎え撃つ準備を始める。そうしているうちに彼は僕のすぐそばまでやってきて、右ストレートを繰り出す。僕がやることは簡単だ。僕に向かってくる右拳を左手ではじき、ネビロスの顔面に右の腕を使いひじ打ちを充てるだけ。言葉で説明するのは簡単なのだが、現実にそれも人間ではない召喚獣相手に実行しようと思った僕の甘さに後悔の念を隠せない。
まず、僕が左手ではじこうとしたネビロスの右腕は、少しだけずれたが、迷わず僕の顔面に向かってきている。通常であるなら彼の右腕が僕の顔に届くまでに僕の左手が当たったことが奇跡みたいなものなのだが、前提が違っている。
彼は魔法を使えない人間というのであれば少なくとも、彼の右腕から横方向の力が加わったことによって手は弾き飛ばされることだろう。だが彼は人間でもなければ、魔法も使えるわけだ。これだけ深い思考ができたのだって、僕の頭が冴えわたっているからだろう。僕は、通常ではありえない速度で反応することができた。
僕は頭をすこしだけ、横にずらすことができたのだ。しかし、ネビロスの手は僕の顔のすぐ横をかすめ、僕の顔には一筋の傷が生じた。
――当たっていれば確実に死んでいた。
「ネビロスが人間でないなら、君も人間じゃないね。君が反応できないぐらい一瞬だけネビロスの魔法の魔力を高めたのに、それに反応するなんて……」
アスタロトの言葉にようやく合点がいく。あれは召喚獣の持つ力などではなく、彼もまた防御魔法を発動しただけだったということだ。
それがわかったところで絶望的なことには変わりがない。僕はすかさず余った方の左手でストレートをネビロスの顔面向けて放つ。流石に反応しきれなかったようで、ネビロスは少しだけのけぞった。
「どうだ……って倒れるわけないか」
当たり前だ。素人に毛が生えたようなストレートで倒せるわけもない。もし、攻撃を強化するような魔法があるのであれば別だが、僕が知っている中にはそんなものはない。つまり、決定的な攻撃がないというわけだ。先ほどまでは何百発何千発と顔に叩き込めば何とかなると思っていたが、彼の様子を見るにそうではないのだろう。
このままではどれほど攻撃しても相手は倒れることもなく、スタミナ切れするのが僕の方が早いというのは目に見えているだろう。あきらめるわけではないが、超長期戦に持ち込んでひたすら相手のスタミナを削れば何とかなる可能性はなくもないが、召喚獣とやらに魔力切れ以外でスタミナが切れることがあるのかどうかが疑問だ。
「このままじゃ埒が明かない。私の魔法を見せたのは何もスタミナの訓練がしたいからじゃないんだろう? だったらこれ以上意味はないな」
突如そういったアスタロトは、ネビロスに近づいたかと思うと彼から根こそぎ魔力を吸い取った。
あたりに生えていた草木は枯れ、最初来たときと同じ景色が戻った。それとほぼ同時に、距離をとっていたムトが戻ってくる。
「そうね、でもこれで自分が魔法を使えるってことはわかったでしょう?」
「確かに……僕は今まで肉体にかかわる魔法はあまり使ってこなかった。何より、僕が生きた時代にはそのようなものはほとんどなかったしね」
ムトの言うことは本当だった。僕にも魔法が使える。だが今まで何をどうしようと使えなかった魔法が突然使えるようになったことはわけがわからない。ニヒルも使えるはずだとは言っていたが、ほとんど信じていなかったからだ。理論を聞いてもよくわからなかったし、いまだに魔力を原子に与えて変化させるなんてことができているとは思えない。
言葉では言ったものの、いまだに魔法が使えたという実感はわいていない。目に見えないからだろう。
「とにかく、明日も暇だしこのアスタロト自ら出向いてやろう。今日は帰るが、明日もここに来るのだぞ……」
僕が自分の手ばかり見つめていたのもお構いなしに、そう言い残してアスタロトはすぐにこの場を去った。あとに残った僕はムトに、これから魔法を教えてもらえるのだろうか。
「ここまでの魔法とは……だけど、植物を発生させるのが召喚魔法?」
僕の疑問に呼応するように、アスタロトは「ネビロス……」とつぶやいた。それを聞いてムトは少しだけ驚いたような顔をしたかと思うと、すぐさま後方5メートルのところまで飛びのいた。
「それはあなたの……」
飛びのいた先で、ムトは何かを言おうとするが、だんまりを決め込んだようでそれ以上は何も言わない。
あなたの……いったいなんだというのだ。この視界を遮る植物たちにはそれほど脅威があるとは思えない。本当に視界を遮るぐらいだ。
そんな甘いことを考えていた僕の目の前に、明らかにただの植物とは違う動きで近づいてくるものがいた。見た目はそのまんま人であるが、どこか不安定さを感じさせるように、その姿はゆらりとちらついている。植物によって視界が遮られているということもあるが、それ以上に蜃気楼のように近づく人影は揺れているのだ。
「あんたは……そうかこれが召喚魔法……っ!」
「そう、私の持つ召喚魔法の中でも上位のものだ。今のお前にはどうすることもできないだろう……魔法を使わなければな」
草花の陰に隠れて姿は見えないが、アスタロトは笑ったかのような声でそう言った。
何度も言うが、僕は誰が何と言おうと魔法を使えたためしがないのだ。今、特にピンチでもない今魔法の才能に目覚めろと言われたところで無理である。まして、僕はまだ彼女たちから魔法のことについて何も教えてもらっていないわけだ。――できるはずがない。
「アルマ(防御魔法)!」
たじろいでいる僕の耳にムトから発せられた怒号にも近い声が届いた。それとほぼ同時に、僕に近づいていた影は僕に向かってこぶしを振り上げている。彼女からの助言をもとに魔法を唱えたいのはやまやまだが、ちょうど武器を持ってこなかった僕が防御魔法を唱えたところで大した意味はないだろう。
それよりも、回避行動をとるべきだ。
なんて……僕の甘えた考えは騎士として今まで生きてきた僕に、たかだか人間が振り下ろした拳が当たるわけがないという慢心から生まれた油断だったのだろう。
視界が悪く、足元もおぼつかないような場所でそう簡単にいくはずもない。振り下ろされて拳は回避することは出来ても、足に絡みつく草は計算に入っていないのだ。足を取られるのは誰にだってわかったはずだ。
「……っ!!」
先ほどまで僕がいた地面には、人が殴ったぐらいでは到底ありえないほどの衝撃があった。地面は抉り取られ、そのこぶしの風圧でさえ僕の露出した肌には痛い。転んでいなければ顔に傷ぐらいはついていたかもしれない。かといって、転んだことが幸いに転じるわけもない。
相手が再び振り上げた拳をかわそうにも、植物が邪魔で少し厳しい。
僕は藁にもすがる思いで、こう言った。
「アルマ!!」
魔法が使えない僕にとっては気休めみたいなものだが、万が一、いや億が一魔法が使えたら致命傷になるであろう攻撃を受けることができるかもしれないのだ。生きるためには何でも利用する……それは僕が騎士としてやっていくうえでのモットーだ。
くだらないことを考えている僕の眼前には大きな拳が迫っていた。僕は思わず目を閉じて、二度の人生が終わるのを覚悟し、頭に走馬灯が流れ始めたころには死を悟ったわけだ。
――しかし、いつまで待っても終わりは来ない。
以前の時も地面にたたきつけられるまで相当の時間間隔の延長が起きたわけだが、今回はどうもそれとは違って神経が研ぎ澄まされているという感覚もない。二度目ともなると頭が慣れてしまうのか、それともエンドルフィンが過剰分泌されなくなってしまうのか、あの時の感覚がない。
僕はゆっくりと目を開く。確かに拳は僕の頭のあたりに直撃している。先ほどの衝撃を考えるのなら、僕の頭が粉砕されていてもおかしくないのだがそんなことは一切ない。それどころか、その強力なはずの打撃から伝わる振動すら感じられなかった。
通常であれば、防御魔法を唱えたからといって相手の攻撃速度が弱まるわけでも、攻撃の威力が消え去るわけでもない。今回のように地面を抉り取るような使い手であれば、なおさら何の反応もないというのはおかしいわけだ。だからこそ、僕は何となくわかってしまった。
「手を抜いたな?」
「悪気はない……があんたを殺してしまっては意味がないだろう?」
「いや、悪いとは言ってないよ。むしろ、手を抜いてくれていなければ防御魔法が成功したとはいえ、怪我じゃすまなかっただろうし」
「いいや、あんた……君のことを見誤っていた。というよりも君のことを勘違いしていた」
アスタロトはネビロスと呼んだ召喚獣に再び魔力を送り込む。
「君を二発の攻撃で気絶させることができると踏んでのあまり魔力を送らなかったんだが、魔力の感受性が高いというのは厄介だな……無意識のうちに相殺に必要な魔力を簡単に理解してしまう」
それを聞いて、遠くから見物していたムトが騒ぎ始める。
「そうよ! 彼はだからこそ器なの!!」
さっきから人のことを器だとか何度も言っているが、それは僕にとってあまりうれしいことでもほめ言葉でもない。なぜなら、僕は僕の中の悪魔アモンのことをあまりよく思っていないからだ。むしろ厄介だとすら思っているほどだ。悪魔の器という役を演じることは僕にとって厄災でしかない。
しかし、それを彼女たちに直接伝えるのもなんだか空気の読めない男と思われそうで憂鬱だ。
僕は憂い顔のようなめんどくさいようなそんな表情で、彼女たちに投げやりに言う。
「どうでもいいが、今回はこれで終わりなのか?」
「そんなわけないだろう。私にしてみればようやく楽しくなってきたところだ。どれ、少しだけ本気を出してみようか?」
アスタロトから再び嫌な魔力を感じる。彼女たちが言うほど、魔力の感受性というやつは便利なものではなく、相手の使用した魔法云々よりも使用者の殺意が自分にとって恐ろしいものではあるほどに、僕の脳髄を刺激する。それも悪い方面に思考が傾いてしまうから始末に負えない。
例えるのであれば、恐ろしい野生動物から向けられた獲物を狙い澄ますような殺気というのだろうか、それが目に見えない形で僕に向け続けられているといったところだろう。
若干の寒気を感じながらも、僕は今怯えたそぶりを見せるわけにはいかない。確かに、これは事実的な戦闘という意味での実戦ではないが、堅実ではない戦闘訓練という意味ではあるようだ。わずかな隙でも見せると怪我ではすまないだろう。――誰だって必要なことであろうとも痛いのは嫌なのだ。
「僕の武器はないのだろうか?」
武器さえあれば互角に戦えるだろうと踏んで、一応、念のため、少ない希望ではあるがムトに対して聞いてみる。答えはノーだ。『魔法の訓練で武器なんて使えるわけないでしょう!!』と本気で叱られてしまった。なるほど、彼女の意見には一理ある。だが、僕の剣は魔法の訓練をするうえでも欠かせないものであるということは彼女だって知っているはずだ。
しかし、魔法を教えてくれる人物がどれだけ理不尽なことを言おうとも、教えてもらえる側は決して文句を言うことは出来ない。金を払ってもいない相手に対して文句を言うときは訓練を辞退する時だけで、そんな理不尽の中でも僕の騎士訓練生生活は続いたわけだ。
「そろそろ、いいだろう?」
僕が武器を求めているたった数分の時間すら待つことが惜しいようで、アスタロトは召喚獣に僕を攻撃するように指示を出す。
彼女の召喚獣であるネビロスからも少しだけ魔力の痕跡が見られることから、彼が単純に格闘術で攻めているわけではないということがわかる。これも先ほど見たいにただ恐れているだけではわからなかったことだろう。死の淵に立って少しだけ冷静になったからこそ見つけられた突破口だ。
あまり近接格闘は得意ではないが、騎士として少しぐらい心得はある。それと彼のように魔法を組み合わせれば、優位に立つことは出来なくとも彼の拳についていくことは出来るだろう。
「アルマ!」
覚えたての呪文を唱えながら、僕は迫りくるネビロスを迎え撃つ準備を始める。そうしているうちに彼は僕のすぐそばまでやってきて、右ストレートを繰り出す。僕がやることは簡単だ。僕に向かってくる右拳を左手ではじき、ネビロスの顔面に右の腕を使いひじ打ちを充てるだけ。言葉で説明するのは簡単なのだが、現実にそれも人間ではない召喚獣相手に実行しようと思った僕の甘さに後悔の念を隠せない。
まず、僕が左手ではじこうとしたネビロスの右腕は、少しだけずれたが、迷わず僕の顔面に向かってきている。通常であるなら彼の右腕が僕の顔に届くまでに僕の左手が当たったことが奇跡みたいなものなのだが、前提が違っている。
彼は魔法を使えない人間というのであれば少なくとも、彼の右腕から横方向の力が加わったことによって手は弾き飛ばされることだろう。だが彼は人間でもなければ、魔法も使えるわけだ。これだけ深い思考ができたのだって、僕の頭が冴えわたっているからだろう。僕は、通常ではありえない速度で反応することができた。
僕は頭をすこしだけ、横にずらすことができたのだ。しかし、ネビロスの手は僕の顔のすぐ横をかすめ、僕の顔には一筋の傷が生じた。
――当たっていれば確実に死んでいた。
「ネビロスが人間でないなら、君も人間じゃないね。君が反応できないぐらい一瞬だけネビロスの魔法の魔力を高めたのに、それに反応するなんて……」
アスタロトの言葉にようやく合点がいく。あれは召喚獣の持つ力などではなく、彼もまた防御魔法を発動しただけだったということだ。
それがわかったところで絶望的なことには変わりがない。僕はすかさず余った方の左手でストレートをネビロスの顔面向けて放つ。流石に反応しきれなかったようで、ネビロスは少しだけのけぞった。
「どうだ……って倒れるわけないか」
当たり前だ。素人に毛が生えたようなストレートで倒せるわけもない。もし、攻撃を強化するような魔法があるのであれば別だが、僕が知っている中にはそんなものはない。つまり、決定的な攻撃がないというわけだ。先ほどまでは何百発何千発と顔に叩き込めば何とかなると思っていたが、彼の様子を見るにそうではないのだろう。
このままではどれほど攻撃しても相手は倒れることもなく、スタミナ切れするのが僕の方が早いというのは目に見えているだろう。あきらめるわけではないが、超長期戦に持ち込んでひたすら相手のスタミナを削れば何とかなる可能性はなくもないが、召喚獣とやらに魔力切れ以外でスタミナが切れることがあるのかどうかが疑問だ。
「このままじゃ埒が明かない。私の魔法を見せたのは何もスタミナの訓練がしたいからじゃないんだろう? だったらこれ以上意味はないな」
突如そういったアスタロトは、ネビロスに近づいたかと思うと彼から根こそぎ魔力を吸い取った。
あたりに生えていた草木は枯れ、最初来たときと同じ景色が戻った。それとほぼ同時に、距離をとっていたムトが戻ってくる。
「そうね、でもこれで自分が魔法を使えるってことはわかったでしょう?」
「確かに……僕は今まで肉体にかかわる魔法はあまり使ってこなかった。何より、僕が生きた時代にはそのようなものはほとんどなかったしね」
ムトの言うことは本当だった。僕にも魔法が使える。だが今まで何をどうしようと使えなかった魔法が突然使えるようになったことはわけがわからない。ニヒルも使えるはずだとは言っていたが、ほとんど信じていなかったからだ。理論を聞いてもよくわからなかったし、いまだに魔力を原子に与えて変化させるなんてことができているとは思えない。
言葉では言ったものの、いまだに魔法が使えたという実感はわいていない。目に見えないからだろう。
「とにかく、明日も暇だしこのアスタロト自ら出向いてやろう。今日は帰るが、明日もここに来るのだぞ……」
僕が自分の手ばかり見つめていたのもお構いなしに、そう言い残してアスタロトはすぐにこの場を去った。あとに残った僕はムトに、これから魔法を教えてもらえるのだろうか。
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