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3.2 真なる魔法
高等魔法
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「――魔法は誰にでも使えるものよ!」
ムトは大きく息を吸い込んだかと思うと、はっきりとした口調でそう言った。
魔法は誰でも使える……それは彼女が僕のことを知らないがために発せられた言葉なのかもしれない。もしかしたら、ずっと魔法が使えないかもしれないという僕の考えが間違いなのかもしれないという考えが頭に浮かんだ。そうなると話は別だろう、僕はあまりにも興奮しすぎてドアにかけていた手を離し、踵を返した。
「本当に僕に魔法が使えるようになるのか?」
淡い期待を胸に、僕は彼女の前まで足を進めた。
僕の目の前に立つムトは、事実を確認するように僕の肩に手を触れて目を閉じる。突然の行為に面をくらってしまった僕は思わず後ろにのけぞりかけた。しかし、彼女の力は思っていたよりも強く、僕はその場から全くというほど動くことができなかった。そこで初めて彼女に恐怖心を抱く。――僕はたった十数年ではあるが、生涯をかけて鍛え続けた力でも彼女の力には勝てる気すらしないからだ。
それほどまでに、ムトの力は絶対的に思われた。
そんな風に僕が怯えていると、彼女が僕の肩から手を放した。
「やっぱりものすごい魔力量ね……でもやっぱり魔力を放出するための魂が足りていない……だけど反対は出来る…………いや、悪魔の力を借りれば魔力の放出も出来るかもしれない……」
何やらぶつぶつと何かを言い始めるムトに、僕は何も言えない。先ほどの恐怖心が残っているからだ。僕が黙っていることを不審に思ったのか、彼女が僕の顔を覗き込んだ。
「どうかしたの?」
「いやどうもしない……っ! それよりも、僕は魔法を使えるようになるのかっ!?」
突如目の前に現れた女性の顔に、恐怖心などどこかへと消え失せてしまった。それよりも、次は動揺が僕の体を襲う。
しかし、ムトは全くそのことに気が付いていないようで、うーんと頭をひねっている。
やっぱり、僕には魔法が使えないのだろうと、あきらめかけた時、ムトは僕を馬鹿にしたような声で言う。
「というか、もう魔法は使えているのよねぇ。あなたは確か魔法の感受性が高かったはずだけど、気がつかなかったわけじゃないでしょ?」
彼女はそう言うが、残念ながら僕は魔法を使えたためしがない。彼女の勘違いではなかろうか、そもそも僕は彼女と会ったのすら今日が初めてだというのにわかるはずがない。
「魔法なんて使ったことがない。使おうとしても失敗ばかりだ」
「なるほど……高すぎる魔力は感じられないのか。確かあなたは魔力を刃にする剣を持っていたはず」
「確かに持ってる……でもどうして知ってる?」
「どうしてそんな便利なものがあるのに、堺が使わなかったと思う?」
今にしてみれば不思議なことでもはあるが、堺の剣技を見る限り答えは一つしか浮かばない。
「使う必要がなかったんじゃないのか?」
僕は深く考えることもせずに、ぶっきらぼうに吐き捨てる。
しかし、彼女の頭の中ではそうでないらしく、首を横に何度か振って僕を再度見る。
「答えは簡単よ。使えないから……その剣、魔力が常軌を逸した人間で、なおかつ高等な魔法が使える人間にしか使用できないはず……私ですら完璧に使うことは出来ないでしょうね」
「そんなはずないだろう……僕は簡単な魔法すら使えないだぞ! 火の悪魔がついていながら火を操る魔法すら使えない!!」
「だったら、あなたはどうして私の言葉がわかるの? 私はあの国の言葉はおろか、日本語すら使用していない」
その言葉に僕はただでさえフル回転している脳が、さらに早く回り、通常であったらたどり着くことが出来なかったであろう結論を導き出した。
「……じゃあ、僕がコグニティオを使っているとでも言うのか?」
「そりゃそうでしょ。私は今いくつもの言語を使い分けて話していた。もし、あなたがこちらに来てから覚えたというのであれば天才としか言いようがないでしょうね。でも違うでしょ!?」
「もちろん……違うよ」
僕が天才なはずがない。だがそれは知能に関してだけの話ではない。ありえないのだ……凡才でしかない僕が翻訳魔法などという高等な魔法を使用するということがだ。――それも、魔法の効果が何日も続いて発動し続けるなんてことがまずありえない。
魔法というのは、あくまで自身の体内にある魔力を放出し、体外にある原子とやらに結び付けて発動させるものだとニヒルは言った。だったら、その魔力とやらにも限界があるはずだ。確信があるわけではないが、限界ないとするなら誰だって敵と戦う時は常に魔法を展開しているほうが有利にことを運べる場合だってあるだろう。しかし、悪魔はそうしなかった。ノウェムだって……
「あなたの疑問はもっともね、だけど魔女の魔法は別にしても、悪魔も私も長期間魔法は使用し続けられる……魔法によってはね。でも、高等魔法なら話は別になる」
「ん? 僕は口に出して言っていたか?」
突然、僕が心の中で考えていたことを読まれたようで動揺した。それは僕の中の悪魔がよく使った常套手段というやつだったからだ。だけど、悪魔はそんな能力はないといった。だとするなら考えられるのは口に出して言ったということだけだろう。
「これはレクティオアニモという呪文。不完全ながらも相手の心が読める高等魔法ね。つまりは私や悪魔ほどの力があれば無詠唱で使えるということ……」
あの悪魔め、なんて悪態をついている暇もないわけで、僕はすぐに『じゃあ僕もその無詠唱とやらで唱えていたということなのか?』と聞こうとするが、最初の「じゃあ」だけ言ってあとはさえぎられた。
彼女は僕が訊ねようとするスピードをはるかに上回り、はるかに大きな声で僕の声を遮断した。
「違うっ!! あなたが私と同じ領域に立っているというのなら、私があなたに魔法を教える意味がないでしょう!?」
確かに彼女の言うとおりだが、そこまで大きな声で言う必要はないと思う。
僕はしびれる耳を抑えながらも何とかその声を最後まで聞くことができた。だが、その後耳鳴りがすごく、いったい彼女が何に対して怒ったのかもよくわからないまま。彼女の口がひたすら開いたり閉じたりしているのを見ていた。
彼女は何か文句らしいことを言っているようだが、僕の耳にはまるで届かない。おそらく、彼女もそれをわかっていながら言っているだろう。――何かを言い終わり、彼女は一息つくと、聴覚が戻らない僕の手を引いて部屋を出る。
いったいどこぇ連れて行かれるのだろうか……。
僕は不安で仕方がないが、今は彼女について行ったほうが身のためだろう。それよりも気になったのは、あれだけ大きな声が発せられたにも関わらず、ニヒルが出て来ないことだ。まあ本当はそれもどうでもいいのだが、なぜか頭に浮かんだのはそれだけだった。
「――本当は中で魔法を使うのはあまりよくないんだけどね……」
ようやく耳が慣れてくると、僕の前を歩くムトがそのようなことをこぼした。
そういえば、前に誰かから聞いたような気がする。このサンクチュアリだかの中で魔法は使ってはいけないだのなんだの……とはいえ、もうすでに何回か魔法を使っているのだからよくないもくそもないだろう。
彼女は一体なにを気にしているのだろう。
「で、どこに行くんだ」
僕はまるでこちらを気にも留めず引きずっていくムトに少しだけ腹が立った。しかし、彼女は僕のそんな心情を知っているはずだろうに、満面の笑みをこちらに向けて言い放つ。
「やっぱり実戦経験って大事でしょう?」
「つまり?」
「たぶんばれちゃっただろうし、このまま外まで連れて行こうかと思ってね」
「どういうことだって――」
僕が言い切る前に彼女は僕を引っ張って走り出す。ここが室内だということを忘れているのだろうか全力疾走だ。
元来僕は走るのが早いほうではない。元騎士としては恥ずかしいことだが、鈍足といってもいいかもしれない。早さが重要となるであろう戦場において僕個人の足は足手まといになりかねないというぐらいまでに、僕の足はかなりおそいといっても過言ではない。
つまり、僕の足は彼女の足に全くついていけない。単なる魔法士でしかない彼女に足で負けているのだ、これ以上の屈辱はないだろう。しかし、そんなものは単なるプライドでしかない。それよりも重要なのは、足が限界だということだ。
僕の右足は僕の左足に引っ掛かり、もつれ、そのまま前のめりに倒れる。だがそれでも、ムトが僕を引っ張る力が弱まることはない。僕の肩のあたりからとても嫌な音がして、体はそのまま強いく地面にこすり付けられるはずだったが、なぜか体が浮いている。
僕たちが走る音に、ニヒルが何事かとのぞいている姿が後ろに見えた。
「ちょっと、ル……ムトさん! いったい何を?」
「ごめん、ちょっと彼借りていくから!」
何が何だかわかっていない様子のニヒルだったが、ムトの声を聞いて僕たちが建物から出ていく様子を眺めていた。
僕はそのまま、引きずられているように見えるほど地面すれすれを浮かせられながら、美しい街並みの中で一番目立っているであろう彼女に路地裏まで連れて行かれた。
それからも彼女はすごかった。建物の壁をいとも簡単に上り、通常の人間ならありえないであろう屋根の上を飛び跳ねる。彼女が飛び跳ねるたびに僕は地面に激突する恐怖に襲われた。ありていに言うのであれば拷問だ。きっと、何かを吐けばやめてくれるといわれたら、すぐさまにすべて話してしまうことだろう。
しかし、実際は彼女は拷問間でもなんでもない。僕がやめてくれといえばすぐさまやめてくれただろうが、僕の目から見える彼女の背中は何かあわてている様子で、止めることなど最初から出来なかった。
それから、何分たったのだろうか、僕たちはいつの間にかいつぞや見た廃墟のそばまでやってきていた。そこで、ようやくムトが僕を立ち上がらせ手を放した。
「少しだけ余裕があるだろうし、言っておくね……来るよ!」
彼女が見据えたその先には、人影が一つだけあった。
ムトは大きく息を吸い込んだかと思うと、はっきりとした口調でそう言った。
魔法は誰でも使える……それは彼女が僕のことを知らないがために発せられた言葉なのかもしれない。もしかしたら、ずっと魔法が使えないかもしれないという僕の考えが間違いなのかもしれないという考えが頭に浮かんだ。そうなると話は別だろう、僕はあまりにも興奮しすぎてドアにかけていた手を離し、踵を返した。
「本当に僕に魔法が使えるようになるのか?」
淡い期待を胸に、僕は彼女の前まで足を進めた。
僕の目の前に立つムトは、事実を確認するように僕の肩に手を触れて目を閉じる。突然の行為に面をくらってしまった僕は思わず後ろにのけぞりかけた。しかし、彼女の力は思っていたよりも強く、僕はその場から全くというほど動くことができなかった。そこで初めて彼女に恐怖心を抱く。――僕はたった十数年ではあるが、生涯をかけて鍛え続けた力でも彼女の力には勝てる気すらしないからだ。
それほどまでに、ムトの力は絶対的に思われた。
そんな風に僕が怯えていると、彼女が僕の肩から手を放した。
「やっぱりものすごい魔力量ね……でもやっぱり魔力を放出するための魂が足りていない……だけど反対は出来る…………いや、悪魔の力を借りれば魔力の放出も出来るかもしれない……」
何やらぶつぶつと何かを言い始めるムトに、僕は何も言えない。先ほどの恐怖心が残っているからだ。僕が黙っていることを不審に思ったのか、彼女が僕の顔を覗き込んだ。
「どうかしたの?」
「いやどうもしない……っ! それよりも、僕は魔法を使えるようになるのかっ!?」
突如目の前に現れた女性の顔に、恐怖心などどこかへと消え失せてしまった。それよりも、次は動揺が僕の体を襲う。
しかし、ムトは全くそのことに気が付いていないようで、うーんと頭をひねっている。
やっぱり、僕には魔法が使えないのだろうと、あきらめかけた時、ムトは僕を馬鹿にしたような声で言う。
「というか、もう魔法は使えているのよねぇ。あなたは確か魔法の感受性が高かったはずだけど、気がつかなかったわけじゃないでしょ?」
彼女はそう言うが、残念ながら僕は魔法を使えたためしがない。彼女の勘違いではなかろうか、そもそも僕は彼女と会ったのすら今日が初めてだというのにわかるはずがない。
「魔法なんて使ったことがない。使おうとしても失敗ばかりだ」
「なるほど……高すぎる魔力は感じられないのか。確かあなたは魔力を刃にする剣を持っていたはず」
「確かに持ってる……でもどうして知ってる?」
「どうしてそんな便利なものがあるのに、堺が使わなかったと思う?」
今にしてみれば不思議なことでもはあるが、堺の剣技を見る限り答えは一つしか浮かばない。
「使う必要がなかったんじゃないのか?」
僕は深く考えることもせずに、ぶっきらぼうに吐き捨てる。
しかし、彼女の頭の中ではそうでないらしく、首を横に何度か振って僕を再度見る。
「答えは簡単よ。使えないから……その剣、魔力が常軌を逸した人間で、なおかつ高等な魔法が使える人間にしか使用できないはず……私ですら完璧に使うことは出来ないでしょうね」
「そんなはずないだろう……僕は簡単な魔法すら使えないだぞ! 火の悪魔がついていながら火を操る魔法すら使えない!!」
「だったら、あなたはどうして私の言葉がわかるの? 私はあの国の言葉はおろか、日本語すら使用していない」
その言葉に僕はただでさえフル回転している脳が、さらに早く回り、通常であったらたどり着くことが出来なかったであろう結論を導き出した。
「……じゃあ、僕がコグニティオを使っているとでも言うのか?」
「そりゃそうでしょ。私は今いくつもの言語を使い分けて話していた。もし、あなたがこちらに来てから覚えたというのであれば天才としか言いようがないでしょうね。でも違うでしょ!?」
「もちろん……違うよ」
僕が天才なはずがない。だがそれは知能に関してだけの話ではない。ありえないのだ……凡才でしかない僕が翻訳魔法などという高等な魔法を使用するということがだ。――それも、魔法の効果が何日も続いて発動し続けるなんてことがまずありえない。
魔法というのは、あくまで自身の体内にある魔力を放出し、体外にある原子とやらに結び付けて発動させるものだとニヒルは言った。だったら、その魔力とやらにも限界があるはずだ。確信があるわけではないが、限界ないとするなら誰だって敵と戦う時は常に魔法を展開しているほうが有利にことを運べる場合だってあるだろう。しかし、悪魔はそうしなかった。ノウェムだって……
「あなたの疑問はもっともね、だけど魔女の魔法は別にしても、悪魔も私も長期間魔法は使用し続けられる……魔法によってはね。でも、高等魔法なら話は別になる」
「ん? 僕は口に出して言っていたか?」
突然、僕が心の中で考えていたことを読まれたようで動揺した。それは僕の中の悪魔がよく使った常套手段というやつだったからだ。だけど、悪魔はそんな能力はないといった。だとするなら考えられるのは口に出して言ったということだけだろう。
「これはレクティオアニモという呪文。不完全ながらも相手の心が読める高等魔法ね。つまりは私や悪魔ほどの力があれば無詠唱で使えるということ……」
あの悪魔め、なんて悪態をついている暇もないわけで、僕はすぐに『じゃあ僕もその無詠唱とやらで唱えていたということなのか?』と聞こうとするが、最初の「じゃあ」だけ言ってあとはさえぎられた。
彼女は僕が訊ねようとするスピードをはるかに上回り、はるかに大きな声で僕の声を遮断した。
「違うっ!! あなたが私と同じ領域に立っているというのなら、私があなたに魔法を教える意味がないでしょう!?」
確かに彼女の言うとおりだが、そこまで大きな声で言う必要はないと思う。
僕はしびれる耳を抑えながらも何とかその声を最後まで聞くことができた。だが、その後耳鳴りがすごく、いったい彼女が何に対して怒ったのかもよくわからないまま。彼女の口がひたすら開いたり閉じたりしているのを見ていた。
彼女は何か文句らしいことを言っているようだが、僕の耳にはまるで届かない。おそらく、彼女もそれをわかっていながら言っているだろう。――何かを言い終わり、彼女は一息つくと、聴覚が戻らない僕の手を引いて部屋を出る。
いったいどこぇ連れて行かれるのだろうか……。
僕は不安で仕方がないが、今は彼女について行ったほうが身のためだろう。それよりも気になったのは、あれだけ大きな声が発せられたにも関わらず、ニヒルが出て来ないことだ。まあ本当はそれもどうでもいいのだが、なぜか頭に浮かんだのはそれだけだった。
「――本当は中で魔法を使うのはあまりよくないんだけどね……」
ようやく耳が慣れてくると、僕の前を歩くムトがそのようなことをこぼした。
そういえば、前に誰かから聞いたような気がする。このサンクチュアリだかの中で魔法は使ってはいけないだのなんだの……とはいえ、もうすでに何回か魔法を使っているのだからよくないもくそもないだろう。
彼女は一体なにを気にしているのだろう。
「で、どこに行くんだ」
僕はまるでこちらを気にも留めず引きずっていくムトに少しだけ腹が立った。しかし、彼女は僕のそんな心情を知っているはずだろうに、満面の笑みをこちらに向けて言い放つ。
「やっぱり実戦経験って大事でしょう?」
「つまり?」
「たぶんばれちゃっただろうし、このまま外まで連れて行こうかと思ってね」
「どういうことだって――」
僕が言い切る前に彼女は僕を引っ張って走り出す。ここが室内だということを忘れているのだろうか全力疾走だ。
元来僕は走るのが早いほうではない。元騎士としては恥ずかしいことだが、鈍足といってもいいかもしれない。早さが重要となるであろう戦場において僕個人の足は足手まといになりかねないというぐらいまでに、僕の足はかなりおそいといっても過言ではない。
つまり、僕の足は彼女の足に全くついていけない。単なる魔法士でしかない彼女に足で負けているのだ、これ以上の屈辱はないだろう。しかし、そんなものは単なるプライドでしかない。それよりも重要なのは、足が限界だということだ。
僕の右足は僕の左足に引っ掛かり、もつれ、そのまま前のめりに倒れる。だがそれでも、ムトが僕を引っ張る力が弱まることはない。僕の肩のあたりからとても嫌な音がして、体はそのまま強いく地面にこすり付けられるはずだったが、なぜか体が浮いている。
僕たちが走る音に、ニヒルが何事かとのぞいている姿が後ろに見えた。
「ちょっと、ル……ムトさん! いったい何を?」
「ごめん、ちょっと彼借りていくから!」
何が何だかわかっていない様子のニヒルだったが、ムトの声を聞いて僕たちが建物から出ていく様子を眺めていた。
僕はそのまま、引きずられているように見えるほど地面すれすれを浮かせられながら、美しい街並みの中で一番目立っているであろう彼女に路地裏まで連れて行かれた。
それからも彼女はすごかった。建物の壁をいとも簡単に上り、通常の人間ならありえないであろう屋根の上を飛び跳ねる。彼女が飛び跳ねるたびに僕は地面に激突する恐怖に襲われた。ありていに言うのであれば拷問だ。きっと、何かを吐けばやめてくれるといわれたら、すぐさまにすべて話してしまうことだろう。
しかし、実際は彼女は拷問間でもなんでもない。僕がやめてくれといえばすぐさまやめてくれただろうが、僕の目から見える彼女の背中は何かあわてている様子で、止めることなど最初から出来なかった。
それから、何分たったのだろうか、僕たちはいつの間にかいつぞや見た廃墟のそばまでやってきていた。そこで、ようやくムトが僕を立ち上がらせ手を放した。
「少しだけ余裕があるだろうし、言っておくね……来るよ!」
彼女が見据えたその先には、人影が一つだけあった。
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