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第四章 魔王様の料理番

魔王様の料理番

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 ――いやいや、魔王に限ってそんなことはないでしょう。

 そう信じつつも不安は消えず、その場に立ち尽くす。
 そんな私の目の前で、魔族達が一斉に二手に分かれた。魔王のいる階段までの一本道ができたため、進んでいくしかなさそうだ。

「そうか、ヴィーもとうとう……」

「わしには、わかっておったぞ」

 料理長とドワーフはうなずくけれど、私には何がなんだかわからない。
 覚悟して一歩ずつ慎重に歩いていると、身体が突然浮かび上がった。

「きゃあっ」

「遅い、我をいつまで待たせる気だ?」

 魔族達の頭上を勢いよく飛び越えた私は、気づけば魔王のひざの上。
 横向きで抱きかかえられているため、恥ずかしいことこの上ない。

 これだと、違う意味での公開処刑だ。

「ちょ、ちょ、ちょっと魔王様、これは……」

「黙っておれ。そなたの処分を発表する」

 ――やっぱり言い渡すのね。ただ、この姿勢で処分を発表される罪人など、魔界初、いえ、史上初ではないかしら?

 魔王は私に腕を回したまま、声を発する。

「みなの者もよく知っていよう。彼女は人間だが、我が国の食糧事情を大きく改善してくれた」

 魔王はそう言うけれど、実際はいろんな魔族が協力してくれた。
 お米が食べられるようになったのも、黒芋が工夫次第で美味しくなるのも、みんなの助けがあればこそ。

「よって、ヴィオネッタの処刑を撤回する!」

「おおーーーっ」

「ギギギー、ギギギー」

 集まった魔族の半数近くが、叫んでいるみたい。

 私、自由になれるのね?
 もういつ死ぬかなんて、おびえなくていい。

「彼女のこれまでの功績を考えれば、文句はないであろう。異議のある者は前に出よ。我が相手になってやる」

 ――いや、それだと異議があっても、誰も言い出せないんじゃあ……。

 冷静に突っ込みを入れ、落ち着こうと努力する。魔王が金の双眸そうぼうで、優しく見つめてきたからだ。

 魔王が目を細めたため、やっぱり照れて目をらす。
 近くを飛ぶ吸血鬼の視線が怖いけど、彼は異議申し立てはしないようだ。

「それから今後の処遇だが、彼女は我のもの。よって――」

「グオォォォン。ガルルルル、グワアァァ」

 突然、低いうなりと吠える声が広間中にとどろいた。

 銀色の塊が、遠くからすごい速さで迫ってくる。

「チッ」

 今の舌打ちは、魔王様?
 彼に気を取られているうちに、大きな銀色がそばにふわりと降り立った。

 フェンリルのルーだ!

 ルーは前足をめると、すぐ人の姿に変身する。

「異議あり。僕は認めない」

 途端に広間はざわついて、私の顔も引きつった。

 ――もしかしてルーは、私の処刑を望んでいるの?

 しかもルーは、魔王とにらみ合っている。
 二人の意見が異なるなんて、考えてもみなかったのに。

「ルーは、わたくしが嫌いなのね」

 震える声でつぶやいた。
 彼が私の側にいたのは、魔王がそう頼んだから。カフェを手伝ったのは、護衛のため。
 それなのに、私はルーに甘えていた。

「なんで? なんで僕がヴィーを嫌うの?」

 銀色の髪に青い瞳の美少年のルーは、きょとんとした表情で首をかしげている。

「え? だって今、異議があるって……。処刑の撤回を、認めたくないのでしょう?」

「まさか! 僕の異議は、その続き。魔王が言おうとしたことにだよ」

「言おうとしたこと?」

 我のもの、っていう部分?
 それならあれはいつものことで、そこに深い意味はない。

 わけがわからず魔王を見ると、目尻がほんの少し赤くなっている。

 ますますわからない。
 処刑は撤回されたけど、さらに何かあるのかな?

 ルーは、魔王の膝の上にいた私を引っ張って立たせると、彼の正面に立つ。
 直後、指を鳴らした魔王が、周囲を青く発光させた。

「あの……」

「案ずるでない。防音壁を設けただけだ」

 途端にルーが、魔王に詰め寄る。

「それなら遠慮なく。ねえ、抜け駆けするなら、もう手を貸さないよ。ヴィーを連れてここを出る」

「え? え? え?」

 ルーの顔は、いつになく真剣だった。そして魔王も、けわしい表情でルーを見ている。

 ――抜け駆けって何? もしかして、どっちが私を使うかで、めているってこと?

「チッ」

 魔王は再び舌打ちすると、大きなため息をつく。

「早々に帰ってくるとはな。遠くにやった意味がないではないか」

「ヴィーのことなら僕が行くって言ったのに、用を言いつけて追い払うとはね」

 両者とも言い争うのはいいけれど、他の魔族を待たせている。
 それに私も。普段仲のいい二人のにらみ合いには耐えられない。

「あのぉ。わたくしなら、かけ持ちの仕事でも構いませんよ?」

「はあぁ~。当人が全くわかっておらぬとはな。やむを得ん、当初の話し合い通りにしよう。だが、その前に――」

 魔王は私に視線を向けて、真顔で問いかける。

「ヴィオネッタ、今ならそなたを人間界に戻してやることもできるぞ。どうする?」

 そう言いつつも、彼の瞳は不安の色をたたえていた。

 魔王の真意は何?
 彼も私がここに残ることを、望んでくれている?

 自分の気持ちに正直に。
 私はもう、振り回されるだけの悪役令嬢ではない。

「いいえ、人間界に戻る気はありません。わたくしはあなたの――みんなのいる、ここにいたいです」

 魔王は満足そうに微笑むと、再び指を鳴らした。



 途端に広間のざわめきや、間近で羽ばたく吸血鬼の咳払いが聞こえてくる。

 魔王は前に進み出て、高らかに言い放つ。

「みなの者、待たせたな。処遇が決定した。ヴィオネッタは、我の専属料理番とする!」

 次の瞬間、割れんばかりの拍手が響き、様々な鳴き声がする。

「嬉しいわ。これからは、好きな時に好きなだけ料理ができるのね!」

 喜びが、後から後から込み上げた。
 魔界にいて、これ以上の待遇があるだろうか?

 私は興奮冷めやらぬまま、魔王に飛びつく。

「魔王様、ありがとうございます!」

「ハハハ、レオンでいいと言ったはずだが?」
 
 その瞬間、大広間がどよめいた。

「魔王様が笑っていらっしゃる!」

「相手は人間なのに?」

「でも、あんなに楽しそうなお顔は、見たことがない」

 慌てて離れようとするけれど、魔王が私を離さない。

「チッ」

 今度はルーが舌打ちし、私の髪に甘えるように頰をすり寄せた。

「専属と言っても、側近も含まれるよ。ヴィー、僕の料理も作ってね」

「喜んで!」

 応えた直後、吸血鬼の金切り声が飛ぶ。

「これだから人間は油断できないんです。魔王様もフェンリルも、すぐに彼女を離しなさい!!」

 機嫌のいい魔王と不機嫌なルーと、もっと不機嫌な吸血鬼。そして、愉快な仲間達。
 私はこれからも、この地でみんなとともに生きていく。

 私はこの日、めでたく魔王様の料理番に任命されたのだった。
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