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第四章 魔王様の料理番

ざまあの時間です 2

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 ベールの付いた帽子を脱ぐと、エミリオ王子が驚いたように目を開く。

「お前、ヴィオネッタ!!」
 
「なっ……。そうなのか?」

 国王はせた私を初めて見たため、半信半疑だ。

「国王陛下、エミリオ殿下、お久しゅうございます」

 私はスカートをまみ、ことさら優雅にお辞儀した。

「これが我の……いや、魔界の宝だ。ヴィオネッタのおかげで、我が領土は富み栄えるだろう」

 魔王に肩を抱き寄せられたため、ドキドキしてしまう。
 即座に反応したのはヒロインで、勢いよく立ち上がる。

「その女は盗人よ! 魔界の王ともあろうお方が、盗人の肩を持つのですか?」

 ピピがビシッと指差して、当然のように私を糾弾きゅうだんする。ゲームでの悪役令嬢を知っているせいか、痩せた姿もなんなく受け入れたみたい。
 
「いいえ、何も盗んでいないわ!」

「ふむ、盗人とな。それは誓って本当か?」

「え? ……ええ。もちろんですわ」

 ヒロインは一瞬口ごもったものの、自分の言葉を聞き入れた魔王に気を良くしているみたい。祈るような可憐かれんなポーズで、彼だけを見つめていた。

 下女と言われてバカにされたのに、いいの? ヒロイン、結構たくましいのね。

「魔界の王様。あなたは、この女にだまされているのです。だって彼女は悪役ですもの。まっとうな生き方など、できるはずがありません」

 いやいや、それはゲームの話でしょう? 

 ここでの私は悪事を働こうとも思わない。
 憤慨し、すかさず言い返す。

「いいえ。あなたの方こそ、みんなを騙しているじゃない。猫を被るなら、徹底的になさったら? 自分勝手な命令で、周りの者を傷つけないで」

「ひどいっ。私を悪者にしようとしているのね」

「いや、悪者っていうか、すでに悪い……」

「みなさんは、私を信じてくれるでしょう?」

 計算され尽くした角度で首をかしげるヒロインには、呆れてものが言えない。
 こんなのを、信じるバカがいるはずが――。

「そうだな。ヴィオネッタは国の宝を盗み、純粋なピピを害した罪でここを追放された。その上、魔界の王までたぶらかしたと見える」

 ここにいた! 
 エミリオ王子。そのセリフ、魔王にケンカを売っていますよ?

「ほう。我はそなたに、たぶらかされたようだな」
 
 笑いをこらえる魔王の横で、私は首をぶんぶん横に振る。
 私が彼をたぶらかすなど、どう考えてもあり得ない。

「エミリオ殿下のおっしゃる通りですわ。盗んだ宝を返すどころか、平気で戻ってくるなん……」

「いつだ?」

 魔王がいきなり、ピピの言葉をさえぎった。

「え?」

「宝とやらが盗まれたのは、いつのことかと聞いておる」
 
「え? まさか犯人が、別にいるとお思いですか?」

「魔界の王よ。城にもきちんとした記録がございます」

「お前達の言葉など、どうでもいい。正確な日にちを言え」

 断罪された日のことは、私が一番よく覚えている。
 けれど、宝を盗んだ覚えはないから、そっちは全くわからない。

「しょ、少々お待ちを。記述された帳面を、急いで取りに行かせます」

 エミリオ王子に命じられ、侍従が慌てて部屋を出た。



 戻って来た彼の手には、冊子のようなものが握られている。王子はそれを奪うようにもぎ取ると、素早く目を走らせた。

「ええっと昨年の太陽の月、下五日です」

「よかろう」

 魔王は大きくうなずくと、両手を掲げた。
 すると玉座の間の中央に、巨大な映像が現れる。

「あっ……」

「なんと!」

 まるでプロジェクションマッピングのようだ。何もない空間に投映されているので、ホログラムと言った方が近いかもしれない。

 驚くべきはその精度。背景までもがくっきりと映し出されている。
 それはある扉の前で、二人の兵士が立っている光景だった。

「これは……宝物庫の前ではないか」

「おかしいですね。今は、四人体制のはずです。増員前というと……」

 国王がつぶやき王子がハッとしたため、私も気づく。
 それならこれは、国宝が盗られた過去のこと?

 扉に近づく後ろ姿の女性は、小柄で細身。
 当時の太った私とは、似ても似つかない。

『お疲れ様です。差し入れをどうぞ』

 声まで再生できるのね。
 でも、今の声――――ピピだ!

『いいえ、我々は仕事中ですので』

『あら。でも、殿下の許可はいただいておりますよ』

 女性の顔がはっきり映し出された。
 やっぱりヒロインだ。

「許可? いったいなんのことだ?」

「違う、私じゃない……」

「気が散る。静かにしておれ」

 魔王の言葉で、王子もピピも黙り込む。
 映像の中の兵士は、ピピに嬉しそうな顔を向けている。

『そうですか? では、遠慮なく』

 彼女の差し入れたものを口にした兵士は、眠そうに目をパチパチさせている。
 その数分後、二人の兵士は床に崩れ落ちた。

『意外と時間がかかったわね。でも、まあいいわ』

 ピピは持っていた鍵を差し込むと、宝物庫の中にすべるように消えていく。

「違う、何かの間違いよ!!」

 大声で叫ぶヒロインだけど、みんなは画像に釘付けだ。

 画面の中のピピが、満足そうに部屋を出た。
 それからしばらくして、眠っていた兵士が飛び起きる。

『しまった! 甘いものを食べたせいで、うたた寝したようだ』

『俺も。こんなことがバレたら大変だ。誰もいなくて良かったな』

 苦笑する兵士達の前に、覆面ふくめんをした二人の男が登場する。
 
『誰だ!』

『この中に用がある』

『悪いが、ここを通してもらうぞ』

『させるか! ……何? 手が、手が急に動かないっ』

『俺もだ。まさか、さっきの中にしびれ薬が? ……ごふっ』

 哀れな兵士は斬り捨てられて、怪しい男達はまんまと宝物庫へ侵入する。
 出てきた彼らのふところは、大きくふくらんでいた。

『どういうことだ? 緑の石なんてなかったぞ』

『ま、その分他のをせしめたし、いいじゃないか。ある方の名前を出せば助かるとはいえ、ここはいったん引いておこう』

 男達の会話の直後、女性の悲鳴が聞こえる。

『きゃーっ、大変。誰か、誰か来て!!』

 またしてもピピだ。
 彼女の声で駆け寄った王子と護衛が、覆面男に斬りかかる。

『なっ……直ちに捕らえよ!』

『いや、俺達は頼まれただけ……って、お前!!』

 一人は逃げ足が速く、そのまま逃走。
 残った男は焦った様子で、聞いてもないのに白状する。

『ヴィオネッタ様だ! 俺達は、彼女の依頼で国宝を借りに来た』

『借りに? 盗むの間違いだろう? しかも人を殺しておいて、よくもっ』

『まあね。それっ!』

 隙を見て走り出した男に、ピピ自らが体当たり。

『きゃあーーっ』

 待って。今、自分から倒れたよね?

『貴様、僕のピピまで……許さん!』

 わざとらしく床に伏せた彼女を見て、エミリオ王子は勘違い。

 激高した王子は男に走って追いつくと、問答無用で背中を斬りつけた。
 男の懐から、盗んだ腕輪や宝石がこぼれ落ちていく――。



 ふいに画像が消え、辺りは静寂に包まれた。
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