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第四章 魔王様の料理番
城に乗り込もう
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だけどここで、魔王をとめようとは思わない。
私を捨てた人々に、やり返したい気持ちがちょっぴりあるからだ。
魔の森を抜けると、豪華な馬車が用意されていた。
白に金の模様が入った煌びやかな馬車は、侯爵家の令嬢であった時にすら、乗ったことがない。
御者は魔界の出身らしく、魔王を見ても顔色一つ変えなかった。
一方私は、人の世界では違和感だらけの魔王の角を、何度もチラチラ見てしまう。
「そうか。忘れておったわ」
魔王は目を細めると、たちまち角を引っ込めた。
まさか、原理はもふ魔と一緒?
考えるとおかしくなって、つい噴き出してしまう。
「ヴィオネッタ。我を面白がるとは、余裕があって何よりだな」
「いえ、あの……大変失礼いたしました」
「よい。人間の姿になるのは久々だ。おかしなところは指摘してくれ」
どうやら魔王は、人に変身するらしい。
彼はまず、長い爪のある手を人間の手に変化させた。黒手袋を嵌める仕草は、ファッションショーを見ているみたい。
次いで瞳も金色から青色に。
襟足が肩にかかった黒髪はそのままで、背は少し縮めたらしく、圧迫感が減っている。
揺れる馬車の中で人の姿になった魔王は、正面の私に穏やかに微笑みかけた。
「すごい! 完璧ですね」
これではどう見ても、育ちのいい貴族の青年だ。しかもかなりの美青年!
「うむ。そのまま乗り込んだのでは、つまらぬからな。我とそなたは夫婦で、お忍びで訪問した異国の大貴族だ」
「ええっ!?」
――お付き合いもまだなのに、いきなり夫婦?
「何を驚くことがある? 高貴な身分の未婚女性は、付き添いなしには異性と出歩かないのであろう?」
「ソウデスネ」
なるほど、よくご存じで。
二人で城に入るには、夫婦とした方が都合がいい。
落ち着こう、これは演技よ。
姿形は変わっても、彼は魔界の王だ。
王者の風格が漂っていたからか、門番は私達をあっさり通してくれた。城内の役人は一筋縄ではいかないようで、魔王は金貨を握らせる。
「魔王様、お金がもったいないです」
「人の世では、最も有効だと聞いたが? 金なら我が国に、腐るほどあるわ」
「初耳です」
「教えておらぬからな。我のことは魔王ではなく、レオンと呼べ」
「それはちょっと、恥ずかしいのですが……」
「なぜだ? 我だと知られれば、楽しめないではないか」
「……善処します」
魔王はこの状況を、明らかに面白がっている。
隣の私は密着されて、それどころではないというのに。
こそこそ囁く私達に、城の兵士が目を向ける。
ぴったりくっついても不審がられていないのは、夫婦という設定のせい? まさか、いちゃついていると勘違いされているのでは……。
「大変お待たせいたしました。陛下のところにご案内いたします」
「ああ、頼む」
小走りで現れた侍従長に、魔王――レオンが頷く。
幾度も顔を合わせたはずなのに、侍従長は私に気づかない。顔の前にあるベールのせいか、はたまた痩せたせいなのか。
ともかく私達は、王がいるという玉座の間に通された。
中に足を踏み入れた途端、言い争う声が聞こえる。
「こんなはずじゃなかったわ。どうして私のせいにするのよ!」
「せいも何も、お前が言い出したんだろう! 僕はそこまで欲しくないっ」
「そんな! 私の幸せがあなたの幸せっていう言葉は、嘘だったの?」
「ものには限度がある。たかが食材のために、命なんて懸けられない。そんなに欲しいなら、自分で取りに行けよ」
「ひどいっ! よくそんなことが言えるわね」
「ひどい? 僕の方こそお前に問いたい。これを見ても、よく平気でいられるな」
玉座の前で怒鳴り合っていたのは、ヒロインのピピとエミリオ王子だ!
王子は白いシャツの袖をめくり、ピピに自分の腕を見せている。うっすら見える赤い色は、先日負った火傷の跡?
ヒロインのピピは、濃いピンクに赤いリボンの付いた華やかな衣装だ。宝飾品をたっぷり付けて、以前より派手になっている。
肘掛けにもたれた国王は、二人を見ながら呆れ顔。
侍従長に耳打ちされて私達に気づいたらしく、ようやく姿勢を正した。
「やめんか、二人とも! 客人の前だぞ」
「なっ……」
「あら♡」
不機嫌な王子とは対照的に、ヒロインはたちまち笑みを浮かべた。そして、魔王――レオンに好意的な目を向ける。
その気持ち、ちょっとわかるかも。
人の姿であっても、魔王は誰より麗しい。
ヒロインは私を完全に無視し、青年貴族に扮した魔王にしずしず近づく。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、ゆっくりお過ごしくださいね」
「お前の城でもないくせに」
ボソッと呟くエミリオ王子の声が、ここまで聞こえた。
もしや二人は不仲なの?
それともただの痴話喧嘩?
どっちでもいいし興味もないが、ハッピーエンドの続きがこれではがっかりだ。悪役令嬢の私は、いったいなんだったんだろう?
「ありがとうございます。妻も喜びます」
魔王、レオンはそう言うと、私の腰を引き寄せた。
顔が熱いし照れるけど、ベールで隠れているのでセーフだ。
「妻? ……まあ、ご結婚されていらしたのね。お顔を隠しているなんて、奥様は何かのご病気かしら?」
口に手を当て、可愛く首を傾げるピピ。
無邪気を装いつつも、声には優越感が滲み出る。
たとえ本当に病気だとしても、初対面の相手に聞くことではないでしょう?
確かに彼女は可愛くて、人気があった。
でもそれは、ゲームの上での話だ。
「わたし~、ピペーレと申します。気軽にピピと呼んでくださいね。相手が必要なら、後から伺いますわ」
相手ってなんの相手よ!
婚約者の王子がいるのに、ピピは甘えた声を出し、魔王にすり寄っている。
いくら喧嘩中でも、この態度はいただけない。
王子を嫉妬させるにしても、もうちょっとやり方ってものがあるでしょう?
……って私ったら、彼女の心配をしてどうするつもり?
「レオン……」
愛称を口にし、わざと魔王の袖を引く。
けれどピピはお構いなしで、彼の側を離れない。
それどころかクラバットを直すフリをして、魔王の胸に指を滑らせた。
――なんだろう? このヒロイン、積極的で気持ち悪いんだけど。
乙女ゲームの『カルロマ』に出てきたピピは、こんな性格じゃなかった。
ゲームの彼女と違うからこそ、平気で私を陥れたのだ。
ベール越しに睨みつけるが、彼女は私に目もくれない。大きな青い瞳で、魔王の化けた青年を一心に見つめている。
――ああ、そうですか。魔王レオンザーグの方が、第一王子のエミリオよりもイケメンですもんね。
そう皮肉っぽく考えたのは、魔王が私の腰を離して笑みを浮かべたせい?
彼は、自分の胸元にあったピピの手を握り、口元付近に持って行く。
その瞬間、床が大きな口を開けて、私ごと呑み込むような気がした。
ヒロインの魅力には、誰も逆らえない!?
ふいに、ある言葉が頭に浮かぶ。
魔王、お前もか――。
私を捨てた人々に、やり返したい気持ちがちょっぴりあるからだ。
魔の森を抜けると、豪華な馬車が用意されていた。
白に金の模様が入った煌びやかな馬車は、侯爵家の令嬢であった時にすら、乗ったことがない。
御者は魔界の出身らしく、魔王を見ても顔色一つ変えなかった。
一方私は、人の世界では違和感だらけの魔王の角を、何度もチラチラ見てしまう。
「そうか。忘れておったわ」
魔王は目を細めると、たちまち角を引っ込めた。
まさか、原理はもふ魔と一緒?
考えるとおかしくなって、つい噴き出してしまう。
「ヴィオネッタ。我を面白がるとは、余裕があって何よりだな」
「いえ、あの……大変失礼いたしました」
「よい。人間の姿になるのは久々だ。おかしなところは指摘してくれ」
どうやら魔王は、人に変身するらしい。
彼はまず、長い爪のある手を人間の手に変化させた。黒手袋を嵌める仕草は、ファッションショーを見ているみたい。
次いで瞳も金色から青色に。
襟足が肩にかかった黒髪はそのままで、背は少し縮めたらしく、圧迫感が減っている。
揺れる馬車の中で人の姿になった魔王は、正面の私に穏やかに微笑みかけた。
「すごい! 完璧ですね」
これではどう見ても、育ちのいい貴族の青年だ。しかもかなりの美青年!
「うむ。そのまま乗り込んだのでは、つまらぬからな。我とそなたは夫婦で、お忍びで訪問した異国の大貴族だ」
「ええっ!?」
――お付き合いもまだなのに、いきなり夫婦?
「何を驚くことがある? 高貴な身分の未婚女性は、付き添いなしには異性と出歩かないのであろう?」
「ソウデスネ」
なるほど、よくご存じで。
二人で城に入るには、夫婦とした方が都合がいい。
落ち着こう、これは演技よ。
姿形は変わっても、彼は魔界の王だ。
王者の風格が漂っていたからか、門番は私達をあっさり通してくれた。城内の役人は一筋縄ではいかないようで、魔王は金貨を握らせる。
「魔王様、お金がもったいないです」
「人の世では、最も有効だと聞いたが? 金なら我が国に、腐るほどあるわ」
「初耳です」
「教えておらぬからな。我のことは魔王ではなく、レオンと呼べ」
「それはちょっと、恥ずかしいのですが……」
「なぜだ? 我だと知られれば、楽しめないではないか」
「……善処します」
魔王はこの状況を、明らかに面白がっている。
隣の私は密着されて、それどころではないというのに。
こそこそ囁く私達に、城の兵士が目を向ける。
ぴったりくっついても不審がられていないのは、夫婦という設定のせい? まさか、いちゃついていると勘違いされているのでは……。
「大変お待たせいたしました。陛下のところにご案内いたします」
「ああ、頼む」
小走りで現れた侍従長に、魔王――レオンが頷く。
幾度も顔を合わせたはずなのに、侍従長は私に気づかない。顔の前にあるベールのせいか、はたまた痩せたせいなのか。
ともかく私達は、王がいるという玉座の間に通された。
中に足を踏み入れた途端、言い争う声が聞こえる。
「こんなはずじゃなかったわ。どうして私のせいにするのよ!」
「せいも何も、お前が言い出したんだろう! 僕はそこまで欲しくないっ」
「そんな! 私の幸せがあなたの幸せっていう言葉は、嘘だったの?」
「ものには限度がある。たかが食材のために、命なんて懸けられない。そんなに欲しいなら、自分で取りに行けよ」
「ひどいっ! よくそんなことが言えるわね」
「ひどい? 僕の方こそお前に問いたい。これを見ても、よく平気でいられるな」
玉座の前で怒鳴り合っていたのは、ヒロインのピピとエミリオ王子だ!
王子は白いシャツの袖をめくり、ピピに自分の腕を見せている。うっすら見える赤い色は、先日負った火傷の跡?
ヒロインのピピは、濃いピンクに赤いリボンの付いた華やかな衣装だ。宝飾品をたっぷり付けて、以前より派手になっている。
肘掛けにもたれた国王は、二人を見ながら呆れ顔。
侍従長に耳打ちされて私達に気づいたらしく、ようやく姿勢を正した。
「やめんか、二人とも! 客人の前だぞ」
「なっ……」
「あら♡」
不機嫌な王子とは対照的に、ヒロインはたちまち笑みを浮かべた。そして、魔王――レオンに好意的な目を向ける。
その気持ち、ちょっとわかるかも。
人の姿であっても、魔王は誰より麗しい。
ヒロインは私を完全に無視し、青年貴族に扮した魔王にしずしず近づく。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、ゆっくりお過ごしくださいね」
「お前の城でもないくせに」
ボソッと呟くエミリオ王子の声が、ここまで聞こえた。
もしや二人は不仲なの?
それともただの痴話喧嘩?
どっちでもいいし興味もないが、ハッピーエンドの続きがこれではがっかりだ。悪役令嬢の私は、いったいなんだったんだろう?
「ありがとうございます。妻も喜びます」
魔王、レオンはそう言うと、私の腰を引き寄せた。
顔が熱いし照れるけど、ベールで隠れているのでセーフだ。
「妻? ……まあ、ご結婚されていらしたのね。お顔を隠しているなんて、奥様は何かのご病気かしら?」
口に手を当て、可愛く首を傾げるピピ。
無邪気を装いつつも、声には優越感が滲み出る。
たとえ本当に病気だとしても、初対面の相手に聞くことではないでしょう?
確かに彼女は可愛くて、人気があった。
でもそれは、ゲームの上での話だ。
「わたし~、ピペーレと申します。気軽にピピと呼んでくださいね。相手が必要なら、後から伺いますわ」
相手ってなんの相手よ!
婚約者の王子がいるのに、ピピは甘えた声を出し、魔王にすり寄っている。
いくら喧嘩中でも、この態度はいただけない。
王子を嫉妬させるにしても、もうちょっとやり方ってものがあるでしょう?
……って私ったら、彼女の心配をしてどうするつもり?
「レオン……」
愛称を口にし、わざと魔王の袖を引く。
けれどピピはお構いなしで、彼の側を離れない。
それどころかクラバットを直すフリをして、魔王の胸に指を滑らせた。
――なんだろう? このヒロイン、積極的で気持ち悪いんだけど。
乙女ゲームの『カルロマ』に出てきたピピは、こんな性格じゃなかった。
ゲームの彼女と違うからこそ、平気で私を陥れたのだ。
ベール越しに睨みつけるが、彼女は私に目もくれない。大きな青い瞳で、魔王の化けた青年を一心に見つめている。
――ああ、そうですか。魔王レオンザーグの方が、第一王子のエミリオよりもイケメンですもんね。
そう皮肉っぽく考えたのは、魔王が私の腰を離して笑みを浮かべたせい?
彼は、自分の胸元にあったピピの手を握り、口元付近に持って行く。
その瞬間、床が大きな口を開けて、私ごと呑み込むような気がした。
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魔王、お前もか――。
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