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第四章 魔王様の料理番

魔王の怒りの矛先は?

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「間違ったことは言ってないし、平気よね?」

 さすがに前世やゲームの話はしていない。
 魔王の顔が曇って見えたのは、たぶん私の気のせいだ。

「あと、会っておいた方がいいのは……。ドワーフのお爺さんかしら?」

 私は地中に続く長い道を、ゆっくり下りていく。
 いつからか封印は解かれ、見えない壁にはばまれることもなくなっていた。
 金属を打つ懐かしい音に、自然と笑みがこぼれ出る。

「こんにちは。お元気でしたか?」

「なんじゃ? 今は仕事中……なんと、ヴィーではないか!」

「ええ。帰ってきたのでご挨拶を、と思いまして」

「やはりな。お前さんが『ここが嫌で戻る気もないと言って、出て行った』という噂は、嘘だったのじゃな」

「噂? わたくしのことが、噂になっていたのですか?」

「そうじゃ。近頃食事の味が落ちたのは、人間の娘が出て行ったせいだと評判になっておったわ。じゃがわしは、すぐにピンと来た。お前さんは魔族使いは荒いが、自分にも厳しく見込みのあるやつじゃ。ここが嫌なら、自力で改善するじゃろう」

「それは…………ありがとうございます」

 元いた場所では悪役で、疑われることの多かった私。そんな私を、魔界のみんなは信じてくれるのね。

 ああ、そうか――。
 だから私は、ここに帰りたかったんだ。

「なんじゃ? お前さん、泣いておるのか?」

「……すみません。会えたことが嬉しくて」

「おかしなやつじゃ。『きっしゅ』がないようだが、今回だけは許してやろう。好きなだけここにおるといい」

「ありがとうございます」

 ドワーフは口は悪いが、ふところが深い。
 弟子に慕われているのは、優しいからなのね。

 魔界に戻った私はその日、久々にゆったりした気持ちで床にくことができた。



 それから数日後の早朝。
 気配を感じて目覚めると、魔王がベッドの脇に立っている。

「ま、まま、魔王様! え? 何? ……ええっと、鍵がかかっていたはずですよ」

 寝起きで頭が上手く働かない。
 昨夜は確かに施錠した。
 というより、彼はなぜこんなところにいるの?

「鍵など我には関係ない。出かけるから、早く仕度せよ。服はそこにあるのを使え」

「そこって、どこ……ええっ!?」

 魔王が指さす先を見ると、仕立てのいい外出用のドレスがかかっていた。
 青いドレスはえり元やそですその白いフリルが特徴的で、腰には水色の絹のリボン。おそろいの生地で作ったと思われる帽子には、目の細かい白いベールが付いていた。

 貴族らしい恰好は久々なので、恐縮してしまう。

「でも、あの、これ、その……」

御託ごたくはいいから、早く準備しろ」

「承知しました。今から着替えますね」

「うむ」

 腕を組んだ魔王は、そこから動かない。
 まさか着替えの間中、ここにいるつもり!?

「あの……着替えますので、一人にしていただけますか?」

「なぜだ? 手伝いがいるやもしれぬだろう?」

 いやいやいや。
 手伝いがいるとしても、さすがに魔王はダメでしょ。
 それとも魔族は、異性も平気で手伝うの?

「えっと……。貴族の世界では、着替えは侍女が手伝うものです」

「そうか」

 そうか、じゃないでしょ。
 我ながら脂肪が落ちてスリムになったと思うけど、下着姿は人様に見せるようなものじゃない。

「はっきり言いますね。一人で着替えられるので、出て行ってください!」

「本当か? 遠慮せずとも良いぞ」

「遠慮なんてしてません! 恥ずかしいんです!!」

「我は全く恥ずかしくないが?」

 動こうとしない魔王の身体を押すと、胸板が結構硬かった。
 な~んて、感心している場合じゃない。

「お願いです、レオンザーグ様!」

「そなたの響きはなかなかいいな。レオンと呼んでくれたら、考えてやってもいいぞ」

「あのね、いい加減にしてください。レ・オ・ン!!」

「ククク、冗談だ」

 魔王は楽しそうに笑い、次の瞬間かき消えた。

 ――魔王が笑った!?

 いつもと違う魔王の様子に、不安が押し寄せる。

 ――まさか私の死亡フラグ、また復活した?
 


 慌てて仕度し、城の入り口で魔王を待つ。
 部屋に入ってかしたにもかかわらず、魔王はなかなか現れない。
 大事な用でも入ったのだろうか?

「待たせたな。行くぞ」

 登場した魔王は、金糸で縁取られた黒が基調の上下を着ている。ところどころに鮮やかなあおが入り、目の覚めるように美しい。
 中は白いシャツで、首元も白いクラバットというきちんとした盛装姿だ。すきのない着こなしに、思わず目が吸い寄せられてしまう。
 
「どうした?」

 見惚みとれていた私は、我に返って首を小さく横に振る。

「……いえ。あの、行くってどこにですか?」

「時間がない。話は後だ」

 彼は私を外に導くと、羽織ったマントに包み込む。

「え? ここ、これは?」

「おとなしくしておれ」

 黒い翼を広げた彼は、私を抱きしめたまま空を飛ぶ。

「うう……」

「どうした? 苦しいのか?」

 ドキドキするため、確かに呼吸は苦しいような。ちなみに吸血鬼の時は、全く問題なかった。

「大丈夫……です。それより、どちらへ?」

 魔王はまだ、答えない。
 連れて行かれたのは、見覚えのあるいつもの場所だった。
 った彫刻の石の扉が、崖の上に立っている。

「人間界? でもわたくし、魔界に戻ったばかりなのですが……」

「わかっておる。だからこそ、けじめをつけに行く」

「けじめ?」

「そうだ。そなたを悲しませた者どもに、文句を言わねば気が済まない」

「え? それってつまり……」

「王城に乗り込むぞ。そなたが魔界に属する以上、しかと縁を切る」

 あれ? 私、言ってませんでしたっけ?

 縁ならもうとっくに、ぶつ切りに切れているのですが――。
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