46 / 57
第四章 魔王様の料理番
魔王の怒りの矛先は?
しおりを挟む
「間違ったことは言ってないし、平気よね?」
さすがに前世やゲームの話はしていない。
魔王の顔が曇って見えたのは、たぶん私の気のせいだ。
「あと、会っておいた方がいいのは……。ドワーフのお爺さんかしら?」
私は地中に続く長い道を、ゆっくり下りていく。
いつからか封印は解かれ、見えない壁に阻まれることもなくなっていた。
金属を打つ懐かしい音に、自然と笑みが零れ出る。
「こんにちは。お元気でしたか?」
「なんじゃ? 今は仕事中……なんと、ヴィーではないか!」
「ええ。帰ってきたのでご挨拶を、と思いまして」
「やはりな。お前さんが『ここが嫌で戻る気もないと言って、出て行った』という噂は、嘘だったのじゃな」
「噂? わたくしのことが、噂になっていたのですか?」
「そうじゃ。近頃食事の味が落ちたのは、人間の娘が出て行ったせいだと評判になっておったわ。じゃがわしは、すぐにピンと来た。お前さんは魔族使いは荒いが、自分にも厳しく見込みのあるやつじゃ。ここが嫌なら、自力で改善するじゃろう」
「それは…………ありがとうございます」
元いた場所では悪役で、疑われることの多かった私。そんな私を、魔界のみんなは信じてくれるのね。
ああ、そうか――。
だから私は、ここに帰りたかったんだ。
「なんじゃ? お前さん、泣いておるのか?」
「……すみません。会えたことが嬉しくて」
「おかしなやつじゃ。『きっしゅ』がないようだが、今回だけは許してやろう。好きなだけここにおるといい」
「ありがとうございます」
ドワーフは口は悪いが、懐が深い。
弟子に慕われているのは、優しいからなのね。
魔界に戻った私はその日、久々にゆったりした気持ちで床に就くことができた。
それから数日後の早朝。
気配を感じて目覚めると、魔王がベッドの脇に立っている。
「ま、まま、魔王様! え? 何? ……ええっと、鍵がかかっていたはずですよ」
寝起きで頭が上手く働かない。
昨夜は確かに施錠した。
というより、彼はなぜこんなところにいるの?
「鍵など我には関係ない。出かけるから、早く仕度せよ。服はそこにあるのを使え」
「そこって、どこ……ええっ!?」
魔王が指さす先を見ると、仕立てのいい外出用のドレスがかかっていた。
青いドレスは襟元や袖、裾の白いフリルが特徴的で、腰には水色の絹のリボン。お揃いの生地で作ったと思われる帽子には、目の細かい白いベールが付いていた。
貴族らしい恰好は久々なので、恐縮してしまう。
「でも、あの、これ、その……」
「御託はいいから、早く準備しろ」
「承知しました。今から着替えますね」
「うむ」
腕を組んだ魔王は、そこから動かない。
まさか着替えの間中、ここにいるつもり!?
「あの……着替えますので、一人にしていただけますか?」
「なぜだ? 手伝いがいるやもしれぬだろう?」
いやいやいや。
手伝いがいるとしても、さすがに魔王はダメでしょ。
それとも魔族は、異性も平気で手伝うの?
「えっと……。貴族の世界では、着替えは侍女が手伝うものです」
「そうか」
そうか、じゃないでしょ。
我ながら脂肪が落ちてスリムになったと思うけど、下着姿は人様に見せるようなものじゃない。
「はっきり言いますね。一人で着替えられるので、出て行ってください!」
「本当か? 遠慮せずとも良いぞ」
「遠慮なんてしてません! 恥ずかしいんです!!」
「我は全く恥ずかしくないが?」
動こうとしない魔王の身体を押すと、胸板が結構硬かった。
な~んて、感心している場合じゃない。
「お願いです、レオンザーグ様!」
「そなたの響きはなかなかいいな。レオンと呼んでくれたら、考えてやってもいいぞ」
「あのね、いい加減にしてください。レ・オ・ン!!」
「ククク、冗談だ」
魔王は楽しそうに笑い、次の瞬間かき消えた。
――魔王が笑った!?
いつもと違う魔王の様子に、不安が押し寄せる。
――まさか私の死亡フラグ、また復活した?
慌てて仕度し、城の入り口で魔王を待つ。
部屋に入って急かしたにも拘わらず、魔王はなかなか現れない。
大事な用でも入ったのだろうか?
「待たせたな。行くぞ」
登場した魔王は、金糸で縁取られた黒が基調の上下を着ている。ところどころに鮮やかなあおが入り、目の覚めるように美しい。
中は白いシャツで、首元も白いクラバットというきちんとした盛装姿だ。隙のない着こなしに、思わず目が吸い寄せられてしまう。
「どうした?」
見惚れていた私は、我に返って首を小さく横に振る。
「……いえ。あの、行くってどこにですか?」
「時間がない。話は後だ」
彼は私を外に導くと、羽織ったマントに包み込む。
「え? ここ、これは?」
「おとなしくしておれ」
黒い翼を広げた彼は、私を抱きしめたまま空を飛ぶ。
「うう……」
「どうした? 苦しいのか?」
ドキドキするため、確かに呼吸は苦しいような。ちなみに吸血鬼の時は、全く問題なかった。
「大丈夫……です。それより、どちらへ?」
魔王はまだ、答えない。
連れて行かれたのは、見覚えのあるいつもの場所だった。
凝った彫刻の石の扉が、崖の上に立っている。
「人間界? でもわたくし、魔界に戻ったばかりなのですが……」
「わかっておる。だからこそ、けじめをつけに行く」
「けじめ?」
「そうだ。そなたを悲しませた者どもに、文句を言わねば気が済まない」
「え? それってつまり……」
「王城に乗り込むぞ。そなたが魔界に属する以上、しかと縁を切る」
あれ? 私、言ってませんでしたっけ?
縁ならもうとっくに、ぶつ切りに切れているのですが――。
さすがに前世やゲームの話はしていない。
魔王の顔が曇って見えたのは、たぶん私の気のせいだ。
「あと、会っておいた方がいいのは……。ドワーフのお爺さんかしら?」
私は地中に続く長い道を、ゆっくり下りていく。
いつからか封印は解かれ、見えない壁に阻まれることもなくなっていた。
金属を打つ懐かしい音に、自然と笑みが零れ出る。
「こんにちは。お元気でしたか?」
「なんじゃ? 今は仕事中……なんと、ヴィーではないか!」
「ええ。帰ってきたのでご挨拶を、と思いまして」
「やはりな。お前さんが『ここが嫌で戻る気もないと言って、出て行った』という噂は、嘘だったのじゃな」
「噂? わたくしのことが、噂になっていたのですか?」
「そうじゃ。近頃食事の味が落ちたのは、人間の娘が出て行ったせいだと評判になっておったわ。じゃがわしは、すぐにピンと来た。お前さんは魔族使いは荒いが、自分にも厳しく見込みのあるやつじゃ。ここが嫌なら、自力で改善するじゃろう」
「それは…………ありがとうございます」
元いた場所では悪役で、疑われることの多かった私。そんな私を、魔界のみんなは信じてくれるのね。
ああ、そうか――。
だから私は、ここに帰りたかったんだ。
「なんじゃ? お前さん、泣いておるのか?」
「……すみません。会えたことが嬉しくて」
「おかしなやつじゃ。『きっしゅ』がないようだが、今回だけは許してやろう。好きなだけここにおるといい」
「ありがとうございます」
ドワーフは口は悪いが、懐が深い。
弟子に慕われているのは、優しいからなのね。
魔界に戻った私はその日、久々にゆったりした気持ちで床に就くことができた。
それから数日後の早朝。
気配を感じて目覚めると、魔王がベッドの脇に立っている。
「ま、まま、魔王様! え? 何? ……ええっと、鍵がかかっていたはずですよ」
寝起きで頭が上手く働かない。
昨夜は確かに施錠した。
というより、彼はなぜこんなところにいるの?
「鍵など我には関係ない。出かけるから、早く仕度せよ。服はそこにあるのを使え」
「そこって、どこ……ええっ!?」
魔王が指さす先を見ると、仕立てのいい外出用のドレスがかかっていた。
青いドレスは襟元や袖、裾の白いフリルが特徴的で、腰には水色の絹のリボン。お揃いの生地で作ったと思われる帽子には、目の細かい白いベールが付いていた。
貴族らしい恰好は久々なので、恐縮してしまう。
「でも、あの、これ、その……」
「御託はいいから、早く準備しろ」
「承知しました。今から着替えますね」
「うむ」
腕を組んだ魔王は、そこから動かない。
まさか着替えの間中、ここにいるつもり!?
「あの……着替えますので、一人にしていただけますか?」
「なぜだ? 手伝いがいるやもしれぬだろう?」
いやいやいや。
手伝いがいるとしても、さすがに魔王はダメでしょ。
それとも魔族は、異性も平気で手伝うの?
「えっと……。貴族の世界では、着替えは侍女が手伝うものです」
「そうか」
そうか、じゃないでしょ。
我ながら脂肪が落ちてスリムになったと思うけど、下着姿は人様に見せるようなものじゃない。
「はっきり言いますね。一人で着替えられるので、出て行ってください!」
「本当か? 遠慮せずとも良いぞ」
「遠慮なんてしてません! 恥ずかしいんです!!」
「我は全く恥ずかしくないが?」
動こうとしない魔王の身体を押すと、胸板が結構硬かった。
な~んて、感心している場合じゃない。
「お願いです、レオンザーグ様!」
「そなたの響きはなかなかいいな。レオンと呼んでくれたら、考えてやってもいいぞ」
「あのね、いい加減にしてください。レ・オ・ン!!」
「ククク、冗談だ」
魔王は楽しそうに笑い、次の瞬間かき消えた。
――魔王が笑った!?
いつもと違う魔王の様子に、不安が押し寄せる。
――まさか私の死亡フラグ、また復活した?
慌てて仕度し、城の入り口で魔王を待つ。
部屋に入って急かしたにも拘わらず、魔王はなかなか現れない。
大事な用でも入ったのだろうか?
「待たせたな。行くぞ」
登場した魔王は、金糸で縁取られた黒が基調の上下を着ている。ところどころに鮮やかなあおが入り、目の覚めるように美しい。
中は白いシャツで、首元も白いクラバットというきちんとした盛装姿だ。隙のない着こなしに、思わず目が吸い寄せられてしまう。
「どうした?」
見惚れていた私は、我に返って首を小さく横に振る。
「……いえ。あの、行くってどこにですか?」
「時間がない。話は後だ」
彼は私を外に導くと、羽織ったマントに包み込む。
「え? ここ、これは?」
「おとなしくしておれ」
黒い翼を広げた彼は、私を抱きしめたまま空を飛ぶ。
「うう……」
「どうした? 苦しいのか?」
ドキドキするため、確かに呼吸は苦しいような。ちなみに吸血鬼の時は、全く問題なかった。
「大丈夫……です。それより、どちらへ?」
魔王はまだ、答えない。
連れて行かれたのは、見覚えのあるいつもの場所だった。
凝った彫刻の石の扉が、崖の上に立っている。
「人間界? でもわたくし、魔界に戻ったばかりなのですが……」
「わかっておる。だからこそ、けじめをつけに行く」
「けじめ?」
「そうだ。そなたを悲しませた者どもに、文句を言わねば気が済まない」
「え? それってつまり……」
「王城に乗り込むぞ。そなたが魔界に属する以上、しかと縁を切る」
あれ? 私、言ってませんでしたっけ?
縁ならもうとっくに、ぶつ切りに切れているのですが――。
10
お気に入りに追加
727
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された公爵令嬢は、真実の愛を証明したい
香月文香
恋愛
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」
王太子エリックの婚約者であるリリアーナ・ミュラーは、舞踏会で婚約破棄される。エリックは男爵令嬢を愛してしまい、彼女以外考えられないというのだ。
リリアーナの脳裏をよぎったのは、十年前、借金のかたに商人に嫁いだ姉の言葉。
『リリィ、私は真実の愛を見つけたわ。どんなことがあったって大丈夫よ』
そう笑って消えた姉は、五年前、首なし死体となって娼館で見つかった。
真実の愛に浮かれる王太子と男爵令嬢を前に、リリアーナは決意する。
——私はこの二人を利用する。
ありとあらゆる苦難を与え、そして、二人が愛によって結ばれるハッピーエンドを見届けてやる。
——それこそが真実の愛の証明になるから。
これは、婚約破棄された公爵令嬢が真実の愛を見つけるお話。
※6/15 20:37に一部改稿しました。
【完結】聖女が世界を呪う時
リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】
国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される
その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う
※約一万文字のショートショートです
※他サイトでも掲載中
【完結】2愛されない伯爵令嬢が、愛される公爵令嬢へ
華蓮
恋愛
ルーセント伯爵家のシャーロットは、幼い頃に母に先立たれ、すぐに再婚した義母に嫌われ、父にも冷たくされ、義妹に全てのものを奪われていく、、、
R18は、後半になります!!
☆私が初めて書いた作品です。
虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。
十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。
さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。
異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。
異世界転移の……説明なし!
サイカ
ファンタジー
神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。
仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。
しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。
落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして…………
聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。
ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。
召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。
私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。
ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない!
教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない!
森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。
※小説家になろうでも投稿しています。
【完結(続編)ほかに相手がいるのに】
もえこ
恋愛
恋愛小説大賞に参加中、投票いただけると嬉しいです。
遂に、杉崎への気持ちを完全に自覚した葉月。
理性に抗えずに杉崎と再び身体を重ねた葉月は、出張先から帰るまさにその日に、遠距離恋愛中である恋人の拓海が自身の自宅まで来ている事を知り、動揺する…。
拓海は空港まで迎えにくるというが…
男女間の性描写があるため、苦手な方は読むのをお控えください。
こちらは、既に公開・完結済みの「ほかに相手がいるのに」の続編となります。
よろしければそちらを先にご覧ください。
私、自立します! 聖女様とお幸せに ―薄倖の沈黙娘は悪魔辺境伯に溺愛される―
望月 或
恋愛
赤字続きのデッセルバ商会を営むゴーンが声を掛けたのは、訳ありの美しい女だった。
「この子を預かって貰えますか? お礼に、この子に紳士様の経営が上手くいくおまじないを掛けましょう」
その言葉通りグングンと経営が上手くいったが、ゴーンは女から預かった、声の出せない器量の悪い娘――フレイシルを無視し、デッセルバ夫人や使用人達は彼女を苛め虐待した。
そんな中、息子のボラードだけはフレイシルに優しく、「好きだよ」の言葉に、彼女は彼に“特別な感情”を抱いていった。
しかし、彼が『聖女』と密会している場面を目撃し、彼の“本音”を聞いたフレイシルはショックを受け屋敷を飛び出す。
自立の為、仕事紹介所で紹介された仕事は、魔物を身体に宿した辺境伯がいる屋敷のメイドだった。
早速その屋敷へと向かったフレイシルを待っていたものは――
一方その頃、フレイシルがいなくなってデッセルバ商会の経営が一気に怪しくなり、ゴーン達は必死になって彼女を捜索するが――?
※作者独自の世界観で、ゆるめ設定です。おかしいと思っても、ツッコミはお手柔らかに心の中でお願いします……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる