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第三章 料理で王都に返り咲く

甦った悪夢

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 王都に来て二ヶ月も過ぎると、店はようやく落ち着いた。
 満席にはなるものの、朝早くから整理券を配るほどではない。

「ええっと、次にお待ちの方は四名? あら、常連さんじゃない」

 よく来る貴族の女性達。
 四姉妹はお店のメニューを全部制覇し、現在ニ周目に入っている。
 今では全員ふっくらして、末の妹さんはあまり目立たない。

「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」

「また来ちゃった。よろしくね」

「いつもの、もふ丸ドリンクで。あ、今日はあっさり味にしようかな」

「かしこまりました」

 店の一番人気は、やっぱり『もふ丸ドリンク』だ。
 手軽に飲めるあっさりタイプのタピオカも評判を呼び、売り上げがどんどん伸びている。

「へい、らっしゃい!」

「いきゅっきゅいー」

「きゅいっきゅいー♪」

「ちょっと、ウルフ! 酒場じゃないんだから、もう少し品良くお迎えして」

「……はーい」

「もふ魔達は可愛いから、そのままでいいわ」

「きゅい」

「ひでえ、ひいきだ」

 狼男のウルフは頭をかくが、怒っているわけではないみたい。
 だって来店する女性客を見るなり、すかさず飛んでいく。

「いらっしゃい。可愛い子を二人もお迎えできるなんて、光栄だな」

「あら」

「まあ」

 ウルフが胸に手を当て一礼すると、女性客のほおが染まる。

「ま~た口説くどいてる。注意してもりないなんて、仕方のない人ね」

 あら? でも――。
 狼男は私に迫らない。
 口説かれたいわけではないけれど、なんでだろう? 
 まさか、女性に見えてない?

 空いた時間に一応聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。

「ヴィーは美人だよ。けど、フェンリルに八つ裂きにされたくないもんで」

 意味がわからない。
 私は魔王の囚人だけど、ルーの監視はそこまで厳しくないような。

 そのルーは、本日お休み。
 彼は魔王の右腕なので、時々魔王に同行する。

 だからルーには、忙しいなら無理をしなくてもいいよ、と言っている。だけど彼はいつも、「平気だよ。ヴィーのためだから」と、謎の答えを返す。

 ――私のため? 監視のためよね?

 ルーが店にいないと知るや、何人かの女性客ががっかりしていた。気怠けだるげで無愛想でも、ルーは結構人気だ。

「いけない。パンケーキの飾り付けがまだだったわ!」

 黒芋粉に米粉を合わせた、もっちりした食感のパンケーキ。
 小さめに二枚焼いた上にクリームをしぼり、フルーツを飾れば完成だ。

「できたわよ。五番テーブルにお願いね」

「きゅーい」

 私はここで、忙しくても充実した毎日を送っている。役に立っているはずなので、そう遠くない日に自由になれるだろう。

 ――自由になったその後は? 人間の世界に戻って、何をするつもり?

 自分でもよくわからない。

 最初は、仕返しのことしか頭になかった。
 私をあっさり捨てた王子とだましたヒロイン。
 二人をぎゃふんと言わせるために人間界に帰りたい、とそう考えていた。

 だけど魔界で必要とされ、自分らしく生きる意味を知った今、その思いは薄れている。

 終わったことを蒸し返して、なんになる? 
 身の潔白を晴らしたところで、幸せになれるの?

 二股王子と腹黒ヒロイン、私をあっさり見捨てた両親。
 正直いまだに腹が立つけど、復讐するほど暇じゃない。

「まず、自分の居場所を確保しなくっちゃ」

 ゲームが終われば、めでたしめでたし。
 でも現実は、まだまだ続く。
 悪役令嬢だった私は、この先もたくましく生きていかねばならないのだ。

「今後も店に置いてもらう……ってわけにはいかないわよね」
 
 日々が楽しいからこそ、怖くなる。
 私はあとどのくらい、魔界の仲間達とこの場所にいられるのだろう?



 ちょうどその時、表から甲高かんだかい声が聞こえてきた。
 
「ちょっと、私を誰だと思っているの? 通しなさいよ」

「順番を守れ? そんなの僕には必要ない」

 あの声は!?

 覚えのある声音に、みるみる血の気が引いていく。

 ――あれはピピとエミリオ! なんで城にいるはずのヒロインと王子が、街にいるの!?

 慌ててその場にかがむ。
 私を殺そうとした二人がそろって来店するなんて、まるで悪夢だ。

「どけ、席を空けろ」

「店長はどこ? わざわざ足を運んであげたのに、挨拶あいさつにも来ないのね」

 ヒロインの態度が以前より大きいのは、王子との仲が認められたから?

「おいおい、いきなりなんだ?」

 あきれたようなウルフの声がする。

「お前こそ、その態度はなんだ! この国の王子殿下とその婚約者様を知らないとは言わせない」

 叱責したのは、王子の護衛?
 ヒロインはまんまと、王子の婚約者の座に収まったようね。

 突然の出来事に、店内もざわついている。このままでは、狼男が処罰されてしまうかもしれない。

 ――どうしよう? 

 やましいことはしてないし、隠れ続けるわけにもいかない。だけど私だとバレたら、捕まってしまう!!
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