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第二章 魔界の料理は命懸け!?

魔界は案外

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 それから数日後。
 私は出入りの行商人と、初めて顔を合わせた。料理長が不在のため、発注を任されたのだ。

「へえ、あんたがヴィーか。話は聞いているよ」

「初めまして。初対面で失礼ですけど、あなたも私と同じ人間……ですよね?」

 赤毛が混じった茶色の髪にがっちりした体格のさわやかな青年は、どこからどう見ても人だった。魔界に通う者がいるとは、心強い。

「いいや。俺は、あんたらの言う『狼男』だ。満月の晩にはこっちでおとなしくしているから、まだ正体はバレていない」

「バレていないも何も、今、バラしていらっしゃるような……」

「ハハ、違いねえ。別にあんたならいいよ。で? 小麦粉の注文が減ったのは、あんたの仕業だって?」

 青年は笑顔を引っ込め、仕事モードに切り替わる。

「すみません。黒芋の粉と米粉を混ぜたもので代用できると判明したので、少なくしました」

「いんや、責めているわけじゃない。重いものが減って、俺としては喜ばしい限りだ。魔界と人間界との往復は、骨が折れるよ」

「結構、頻繁ひんぱんに行き来するのですか?」

「まあね。城の客はそれなりのもてなしを望むし、上級魔族は高級品を好むから」

「そうだったんですね」

「極上の葡萄酒ぶどうしゅやエールは、今でも人間界から取り寄せているよ。あっちに休憩所でもあれば別だが、廃墟の多くが取り壊された。おかげで毎回日帰りだし、月夜の晩には出歩けない」

「まあ」

 崖の上にあった石の扉は、荷車を引く狼男が利用するのかもしれない。
 彼が出現させたせいで、あの日私がここに来たのだとしたら?

 もしそうだとしても、狼男を恨む気持ちはない。
 
 突如、ある事実に気がついて愕然がくぜんとする。私は狼男が去っても、その場に立ち尽くしていた。

 ――魔界は私にとって、居心地がいい?



 その思いは、快く面会に応じてくれた魔王の前で、一層強くなる。

「ヴィオネッタ、考え込んでどうした?」

「た、大変失礼いたしました」

「いや、その程度で怒る我ではない。続けよ」

「……はい。先ほど出入りの商人と話していて、気づいたことがあります。人間界に店を出してはいかがでしょうか?」

「出店? なぜだ?」

「両界の往復は、骨が折れると聞きました。向こうにお店があれば、その売り上げであちらの品物が調達できます。なおかつ、保管庫としても利用できるでしょう」

「簡単に言うが、過去に例がないわけではない。骨董こっとう品店や古書店などだ。幽霊や魔物が出るとの噂が立てば、人は簡単に寄りつかなくなるぞ」

 なるほど~。そういう店での目撃情報が多かったのは、そのためか。
 魔族は普段から、人の生活に食い込んでいたらしい。

 だけど私が提案するのは、いかにも、なお店じゃない。

「ええっと可愛らしいお店なら? ばっちり変装して、タピオカがメインのカフェなんてどうでしょう?」

「タピオカ? それは、例の飲みものか?」

「はい。あれなら、人間の世界でも人気が出ます。原料は全てこちらのものなので、売り上げはそのまま仕入れに回せるでしょう」

 前世でタピオカは、ブームとなった時期があった。甘くて不思議な食感は、今世でもきっと受け入れられるだろう。

「ふむ。だが、どうしてそなたがそこまでする? 魔族を思うかの言動は、なぜだ?」

 本当に、どうしてなんだろう?
 最初は単に、処刑を撤回してほしいだけだった。
 死の恐怖におびえることなく、自由になりたいと望んでいたのだ。

 でも今は、ここでの生活が楽しい。
 愉快な仲間とともにいて、料理のできる毎日が嬉しい。
 もふもふに癒やされて、気のいい魔族に心配されて、時には驚き時には喜び合って、互いを認め合う関係は、心地いい。

「答えたくなければ、それでも構わぬ。出店については了承した。そなたに一任するが、良いな」

「はい」

 ほら、また。
 魔王は私を認め、まるでここにいていいと言ってくれているかのようだ。

 鼻の奥がツンとして、慌てて部屋を出た。
 そのまま過去を振り返りつつ、廊下を歩く。
 
 ――元婚約者の第一王子エミリオ様は、「女性が意見するなど小賢こざかしい」と私を責めた。料理をすると「貴族のくせに」とバカにされ、差し入れた手製の焼き菓子を投げ返されたこともある。

『痛っ。エミリオ様、あんまりです!』

『ふん。そうまでして、僕に取り入ろうとしているのか。まったく。こんなもので喜ぶと思われるとは、心外だ』

『わたくしはただ、召し上がっていただきたくて……』

『お前のように太れと? それが迷惑だと言っている。出て行け』

 たまにしか会わないからこそ、嫌われたくなかった。けれど彼が愛したのはヒロインで、私ではない。

 そこでふと、王子をすっかり忘れていた自分に気づく。

「彼に恨みはあるけれど、恋はしていない。あんな性格だと、なおさらよね」

 その点魔王は違う。
 彼は私を、見た目で判断しない。

「……って、恋じゃないから! 初めの印象とは違うってことを言いたかったの」

 一人で照れて、誰にともなく言い訳する。

 魔王は私を処刑すると言いながら、未だに実行していない。
 胸の刻印は、傷つけるというより守っているかのよう。
 私の努力をバカにせず、認めてくれた。
 そして好きなだけ、料理をさせてくれるのだ。

 もふ魔にフェンリル、サイクロプスやドワーフ。ガイコツ、ゴブリン、ジンに狼男。
 死神は無口でゴルゴンはスイーツ好き。
 いたずら好きのハーピーと吸血鬼はむかつくけれど、直接手出しはしてこない。

 魔族のことを思うと、自然に顔がほころんだ。

「魔界は案外、わたくしに合うようね」

 だからこそ、心から彼らの役に立ちたかった。
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