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第二章 魔界の料理は命懸け!?

栽培してみましょう

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 処刑はまたもや延期だった。
 いつになったら、撤回されるのだろう?

 確かに今解放されても、私には行き場がない。
 城の外に出れば、きっと魔族の餌食えじき。人間界に戻ったとしても、追放された身で行くあてはない。

「だからって、ずっとこの状態というのもねえ」

 胸元の魔法陣が、悪趣味なタトゥーのようにも思えて嫌になる。
 罪人ではなく、仲間として認められたいと望むのは、図々しいだろうか?

「もしかして、魔王は私にタダ働きさせたいだけなんじゃあ……」

「きゅい? ぎゅいー」

「ぎゅいー、ぎゅいー」

 もふ魔達は魔王が好きだけど、それは彼らが同じ魔族だから。人間の私と魔王とでは、分かり合えないのかもしれない。

「落ち込んでいる場合じゃないか。今後の対策を練らなくちゃ」

 私は魔王の言葉を思い出す。
 料理については「悪くない」。
 だけど引っかかったのは、次のセリフだ。

『食糧事情の改善、というほどではないな。大きく出たが、果たされてはいないようだ』

 裏を返せばそれは、私に果たしてほしかったってこと? 
 もしそうだとしたら、魔王は食糧事情の改善を切に望んでいるのだろう。
 
「城の中しか考えていなかったから、ダメだったんだ。魔界に大きく貢献できれば、処刑は撤回されるよね」

「ぎー」

「ぎぃー?」

「不機嫌になってごめんね。ほら、おいで」

「きゅいー」

「きゅーい♪」

 可愛いもふ魔達に、心がやされる。
 彼らと心置きなく過ごせる日が来るように、今日も頑張ろう。



 あの運命の日以来、掃除が免除された私は、料理に専念している。だからさっきの考えも、的外れではないと思う。

「食糧事情の改善、か。まずは食材の確保ね」

 真剣に頭をひねる。

「わかったわ! 人間界の作物を、ここで育てましょう」

 そして魔界に広めたら、美味しいものが食べられる。

 早速、料理長に相談してみよう。
 
 調理場を訪れた私は、サイクロプスという種族の料理長に話を持ちかけた。

「はあ? 人間界の作物をここで育てたい、だと?」

「ええ。植物だったら種をいて水をあげれば、育つので。手に入れる方法を教えてほしくて」

「なあんだ、そんなことか。出入りの行商人に頼めばいい」

「え? 行商の方って、人間界とも交流があるのですか?」

「もちろんだ。人間が、質のいい水晶や羽根飾りや魔具などを、どうやって手に入れていると思う?」

 それは初耳だった。
 でも、カラスにしては大きな羽や、見たこともない色の羽根飾りやおうぎなどが、王都にはあふれている。水晶や出所不明の不思議な品は、魔界から運ばれているみたい。

「魔界でも、客人の好みによって人間界の食品を取り寄せることがある。まあ、俺達の口にはめったに入らんが……」

 まさかの裏事情。
 魔界と人間界とは、交流があるらしい。

「行商に言っておくから、必要なものを書き出しといてくれ」

「ありがとうございます」
 
 とりあえず、ジャガイモやナスのなえ、リンゴの木や麦の種といったものを紙に記しておく。
 うまくいけば、魔界の食糧事情を早々に解決できるかもしれない。



 五日ほど経って届いたものを、城の空き地に植えていく。
 リンゴの木は、調理場近くに。
 ジャガイモやナスの苗や麦の種は、たがやしていたそれぞれの畑に。

 もふ魔達もドロドロになって手伝ってくれる。

「ぎー、きゅき?」

「ぎぃー、きゅっき?」

「ええ、そっちにお願いね」

 もふ魔達は、途中で虫を発見すると、そちらに気を取られてしまう。
 飛び跳ねて苗を倒したり、せっかく蒔いた種をほじくり返してしまったり。
 可愛いので、もちろん許せる。

 そんなこんなで十日も過ぎると、麦の畑から小さな芽が顔を出した……が、元気がない。苗も順調かと思いきや、ひょろひょろしている。
 このままだと、実が成る前に枯れそうだ。

「しまった。日照不足だわ!」

 大事なことを忘れていたが、魔界に太陽はない。
 赤い月が二つもあるが、常に薄暗いのだ。
 
「今まで人間界の作物を、育てなかったんじゃない。ここではのね!」

 描いていた夢の食生活が、音を立てて崩れていく。

 ライ麦に似た黒麦もそれなりに美味しいけれど、いつもそれでは飽きてしまう。
 硬くて噛むほどにねばつく黒芋は、最適な調理法がいまだにわからない。だからジャガイモを栽培して、代わりにしようと思ったのに。

 木をそのまま植えたため、リンゴはかろうじて実ったみたい。残念ながら太陽の光を浴びないせいで、すでに傷んでいる。小さなリンゴは、このままでは食べられそうにない。

「これは……無理ね」

「きゅー」

「きゅーー」

 私の気持ちがわかったのか、もふ魔も沈んだ声を出す。
 フェンリルのルーは植物に興味がないせいか、近頃めったに会えなかった。会えたとしても狼の姿で、調理場にしか出没しない。

「でも、大丈夫よ。発酵はっこうさせればなんとかなるから」

「きゅ?」

「きゅっきゅー?」

「そう。天然酵母と言って、リンゴの酵母でパンを焼くの。甘くて美味しくなるはずよ」

 栽培には失敗したけど、食材は極力無駄にしたくない。
 苗や芽は土に還して肥料に、リンゴは室内で発酵させてパンを焼こう。

 今さら悔やんでも仕方がない。 
 失敗から学ぶこともあると、私は知っている。
 
「次は何に挑戦しようかしら?」

 わざと明るく口に出す。
 心が折れたら、負けだ。



 翌日。
 魔王の私室に呼び出された私は、強張こわばった顔で入室する。

「失礼いたします。お呼びだとうかがいましたので」

「よく来たな。そなたに話がある」

 魔王、レオンザーグは金糸の入った黒のマントに赤と黒の豪華な衣装で本日も麗しい。
 彼の傍らにはきっちりした姿の吸血鬼がいるが、その顔は引きつっている。反対側の床には、巨大な銀色狼のルーが寝そべっていた。

 この部屋には今、魔界でも力のある三名がそろっている。
 私は気を引き締めて、魔王の言葉を待った。
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