上 下
12 / 57
第一章 魔界に来たようです

魔界の食材は危険がいっぱい!

しおりを挟む
 黒い毛玉のもふ魔達と、もふもふした銀色の毛並みのルー。
 優しい彼らに囲まれて、私の魔界での日々は充実している。

 だんだん慣れてきたのか、フェンリル改めルーは昼間も顔を見せてくれるようになった。銀色狼の登場に、初めは戸惑っていたもふ魔達。今ではすっかり仲良しで、時々背中に乗っている。

「きゅー、きゅーい」

「きゅー、きゅきゅ~い」

「ガウガウ」

 ルー、高~いって、言っているのかしら?
 可愛いわ。

 まるでもふもふパラダイス!
 これで処刑におびえることさえなければ、最高なのに。

 ここに来て10日ほど経過したため、城内はそこそこ清潔になってきた。ルーはやはり上級魔族で、彼がいると魔族達には邪魔されない。それどころか、協力を申し出る者まで現れた。

「フェンリル様を護衛にするなんて、あなた、ただ者ではありませんね?」

「人間の匂いがするけど、実は上級魔族なの?」

「いいえ、ただの人間です」

 手伝ってくれるのは、頭の上に耳が付いた犬のような魔族が多いかな? 彼らはルーの眷属けんぞくなのかもしれない。

 せっかくなので遠慮なく頼み、カーテンや布を外してもらった。洗濯物の量は増えたけど、綺麗になったら見違えるだろう。拭き掃除が得意になったもふ魔達も、かなりの活躍だ。

 吸血鬼は納得できないらしく、近頃嫌みが倍増している。

「ハッ。人間のくせに上級魔族までたらしこむとは、油断なりませんね。あなたもあなたです! 人間の機嫌を取るなんて、魔族としての誇りはないんですか!!」

 フェンリルのルーは小言をあっさり聞き流し、あくびをしている。
 思わず噴き出しそうになったけど、必死に耐えた。

「そうやって偉そうにしていられるのも、今のうちです。あと少しで処分されるでしょう」

 シャレにならないセリフだが、強い味方がそばにいるので、前ほど怖くない。
 私は私にできることをしよう。

「ルー、今日は外に出て収穫したいんだけど……いい?」

「ガウ」

 上級魔族は絶対的な存在で、敷地内はフリーパス。
 もふ魔達が怯える区画にも余裕で入れるため、珍しい食材がどんどん手に入る。

 ただでさえ最近氷室の調子が悪く、あまり保存がかない。一つ目の料理長に頼まれてもいるから、新鮮な食材を採ってこよう。

 
 
 まず向かったのは、『トルナマト』の区画。
 茶色のくきに実は赤紫色でトマトに似ているが、収穫が結構面倒くさい。ヘタのすぐ横に弓の的のようなものがあり、これに小石を当てないと絶対にちぎれないのだ。

 近づきすぎるとたちまち枯れるし、しかもゆらゆら揺れている。柵の向こうから小石を当てて、落ちた実を熊手でかき出さなければならない。

「ここで時間を取ると、他に行けないわ。コントロールは良くなったはずなんだけど……」

 柵に備えられた石を、的に向かって投げていく。
 けれど今日のトルナマトは生きが良く、激しく動いて狙いが定まらない。

「ごめんね、ルー。もう少しで終わるから」

「オオォォォーーーン」

 困った顔で告げたら、いきなりルーが吠えた。
 びっくりしたトルナマトが、一斉に動きをとめる。

「……え? もしかして、今がチャンスってこと?」

 とまっているため、面白いように的に当たる。ボロボロ落ちるからといって実を取り過ぎてもいけないので、この辺にしておこう。

「ルー、ありがとう。余った分はソースにするからね。じゃあ、次に行きましょう」

 短時間でかごいっぱいになったトルナマトをもふ魔に託し、別の区画へ。

 次はマンドラゴラの畑だが、私はまだ実物を見たことがない。マンドラゴラの根は猛毒だけど、葉は柔らかくて美味しいそうだ。
 葉のみ手に入れたいけど、切れば人の形をした根にバレてしまう。

「根っこの叫びを聞くと、即死するのよね? 声を聞かずに葉を収穫って、どうすればいいかしら……」

 耳をふさげば引き抜けないし、代わりを頼めば頼んだ相手の命が奪われる。諦めて立ち去りかけたその時、ルーがうなった。

「ガルルルル……」

「え? 根っこを脅せばいいの? ……って、違うみたいね」

 マンドラゴラのところに戻りかけた私の背中を、ルーが鼻で外に押す。だいぶ離れたところで、ルーが尻尾を向けて走り出す。

「待って、ルー! どこに行くの?」

 慌てて呼ぶけど間に合わない。
 なんとルーは、マンドラゴラの畑に戻っていた。狼は人間より耳がいいから、悲鳴を聞けばひとたまりもないはずなのに。

「ダメよ、ルー。そこまでしなくていいの!」

 とめる間もなく、大きなフェンリルは前足で器用に土を掘る。

「……ピッ」

「……ピキッ」

 小さな声が聞こえた気がしたけれど、一瞬なのでわからない。畑にいるルーの足下に、地中から出た何かが積まれていく。

「そうか。マンドラゴラは『引き抜く時』に声を上げるから、瞬時に採れば平気なのね!」

 鋭い爪を持つルーが掘ったおかげで、マンドラゴラ達は悲鳴を上げる暇もなかったようだ。

 掘るのをやめてひと鳴きしたルーに、私は安心して近づいた。

「うわっ。根っこは本当に人みたい。葉っぱはホーレン草に似ているかしら? キッシュに入れたら美味しそう」

 貴重な食材を手に入れて、満足しながら続いての場所へ。
 難易度はどんどん高くなり、一般の魔族では手に負えない区画だ。

 ここは、鶏の身体と蛇の尻尾を持つ『コカトリス』の小屋。味はほぼ鶏肉で卵も美味しいけれど、凶暴なので料理長でも手を焼くそうだ。

「危ないので見学だけでいいわ。黒芋がたくさんあったから、当面はあれでしのぎましょう」

 初日に食べた黒い芋は、危険もなくすぐに収穫できるので、食事によく出された。どう工夫しても硬く、噛めばねばつく。
 美味しくないけど、食材入手に命を懸けるよりはいい。

 小屋の外から目をらしてみれば、コカトリスはかなりの大きさだった。鶏肉がたくさん取れそうだけど、ここは我慢我慢。

「コケーッ!」

「ゴッゴッゴ、ゴケーッ」

「コケーッ、クケー!!!」

 ところが、コカトリスは異様に興奮している。なんで?

 ――ああ、隣のルーが身を低くしているからか。コカトリスを狙っているのかな?
 
「ええっと、料理長が二羽(匹? 頭?)までなら獲っていいって言っていたわよ。でも、ルーは上級魔族よね。許可を得ずに食べてもいいんじゃない?」

 小屋の中には天井に届きそうな鉄の柵がある。鍵付きの柵に近づくルーを、私は慌てて追いかけた。

「待ってね。今、柵を開けるか……ひゃあっ」

 ルーが突然跳躍する。
 フェンリルは高い柵をあっさり跳び越えると、コカトリスの喉笛をかみ切った。

「ゴケーッ、ゴケーッ」

「グケーッ、ゴーッ、ゴッゴッゴ」

 コカトリス達が、恐れを成して逃げ回る。
 そこら中に羽が飛び散り、小屋中にわめき声が響く。

 コカトリスをくわえて戻ってきた、得意そうな顔のルー。私は呆気に取られ、どう反応をすればいいのかわからない。
 
 ルー、上級魔族かどうか疑ってごめん。
 あなたはやっぱり強いのね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢は、真実の愛を証明したい

香月文香
恋愛
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」 王太子エリックの婚約者であるリリアーナ・ミュラーは、舞踏会で婚約破棄される。エリックは男爵令嬢を愛してしまい、彼女以外考えられないというのだ。 リリアーナの脳裏をよぎったのは、十年前、借金のかたに商人に嫁いだ姉の言葉。 『リリィ、私は真実の愛を見つけたわ。どんなことがあったって大丈夫よ』 そう笑って消えた姉は、五年前、首なし死体となって娼館で見つかった。 真実の愛に浮かれる王太子と男爵令嬢を前に、リリアーナは決意する。 ——私はこの二人を利用する。 ありとあらゆる苦難を与え、そして、二人が愛によって結ばれるハッピーエンドを見届けてやる。 ——それこそが真実の愛の証明になるから。 これは、婚約破棄された公爵令嬢が真実の愛を見つけるお話。 ※6/15 20:37に一部改稿しました。

【完結】聖女が世界を呪う時

リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】 国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う ※約一万文字のショートショートです ※他サイトでも掲載中

【完結】2愛されない伯爵令嬢が、愛される公爵令嬢へ

華蓮
恋愛
ルーセント伯爵家のシャーロットは、幼い頃に母に先立たれ、すぐに再婚した義母に嫌われ、父にも冷たくされ、義妹に全てのものを奪われていく、、、 R18は、後半になります!! ☆私が初めて書いた作品です。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

Open Sesame 余録

深月織
ファンタジー
Open Sesameの本編には入れられなかった小エピソードです。 番外編とも言えない断片。 主に初出は拍手お礼だったりそんなかんじ。

異世界転移の……説明なし!

サイカ
ファンタジー
 神木冬華(かみきとうか)28才OL。動物大好き、ネコ大好き。 仕事帰りいつもの道を歩いているといつの間にか周りが真っ暗闇。 しばらくすると突然視界が開け辺りを見渡すとそこはお城の屋根の上!? 無慈悲にも頭からまっ逆さまに落ちていく。 落ちていく途中で王子っぽいイケメンと目が合ったけれど落ちていく。そして………… 聞いたことのない国の名前に見たこともない草花。そして魔獣化してしまう動物達。 ここは異世界かな? 異世界だと思うけれど……どうやってここにきたのかわからない。 召喚されたわけでもないみたいだし、神様にも会っていない。元の世界で私がどうなっているのかもわからない。 私も異世界モノは好きでいろいろ読んできたから多少の知識はあると思い目立たないように慎重に行動していたつもりなのに……王族やら騎士団長やら関わらない方がよさそうな人達とばかりそうとは知らずに知り合ってしまう。 ピンチになったら大剣の勇者が現れ…………ない! 教会に行って祈ると神様と話せたり…………しない! 森で一緒になった相棒の三毛猫さんと共に、何の説明もなく異世界での生活を始めることになったお話。 ※小説家になろうでも投稿しています。

【完結(続編)ほかに相手がいるのに】

もえこ
恋愛
恋愛小説大賞に参加中、投票いただけると嬉しいです。 遂に、杉崎への気持ちを完全に自覚した葉月。 理性に抗えずに杉崎と再び身体を重ねた葉月は、出張先から帰るまさにその日に、遠距離恋愛中である恋人の拓海が自身の自宅まで来ている事を知り、動揺する…。 拓海は空港まで迎えにくるというが… 男女間の性描写があるため、苦手な方は読むのをお控えください。 こちらは、既に公開・完結済みの「ほかに相手がいるのに」の続編となります。 よろしければそちらを先にご覧ください。

私、自立します! 聖女様とお幸せに ―薄倖の沈黙娘は悪魔辺境伯に溺愛される―

望月 或
恋愛
赤字続きのデッセルバ商会を営むゴーンが声を掛けたのは、訳ありの美しい女だった。 「この子を預かって貰えますか? お礼に、この子に紳士様の経営が上手くいくおまじないを掛けましょう」 その言葉通りグングンと経営が上手くいったが、ゴーンは女から預かった、声の出せない器量の悪い娘――フレイシルを無視し、デッセルバ夫人や使用人達は彼女を苛め虐待した。 そんな中、息子のボラードだけはフレイシルに優しく、「好きだよ」の言葉に、彼女は彼に“特別な感情”を抱いていった。 しかし、彼が『聖女』と密会している場面を目撃し、彼の“本音”を聞いたフレイシルはショックを受け屋敷を飛び出す。 自立の為、仕事紹介所で紹介された仕事は、魔物を身体に宿した辺境伯がいる屋敷のメイドだった。 早速その屋敷へと向かったフレイシルを待っていたものは―― 一方その頃、フレイシルがいなくなってデッセルバ商会の経営が一気に怪しくなり、ゴーン達は必死になって彼女を捜索するが――? ※作者独自の世界観で、ゆるめ設定です。おかしいと思っても、ツッコミはお手柔らかに心の中でお願いします……。

処理中です...