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第一章 めざせクロムサマスター
悪役令嬢があらわれた
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翌日、まっすぐな水色の髪に青い瞳の美しい女性が私を訪ねてきた。
名前はクラリス・カモミール。
『バラミラ』の悪役令嬢だ。
彼女を招き入れた私は、テーブルを挟んで向かい合う。
侯爵家の令嬢クラリスは、悪役どころか茶飲み友達。同じゲームの記憶を持つ彼女は、私のオタク仲間でもある。
「それで? クロムはどうだった?」
クラリスが前屈みになり、口を開いた。
着ている青のドレスは襟が大きく開いているため、目が自然と大きな胸に吸い寄せられてしまう。
私はピンクのドレスで、胸元部分をフリルで覆っている。
その大きさは――。
たぶん今は成長期。近い将来、クラリス以上のスタイルになると信じたい。
「クロムじゃなくって、クロム『様』! お会いした瞬間、時がとまったわ。知的でカッコいいし、背も高くてスラッとして素敵だった。推しに直接教われるなんて、夢みたい」
「推し……ねえ」
やれやれと肩をすくめたクラリスに、私は口を尖らせる。
「そういう自分だって、王子のルシウスを推しているくせに。クロム様の素晴らしさを理解できないなんて、おかしいわ」
「あら。だって、誰が見てもルシウス様の方が素敵でしょう?」
「いいえ。ルシウスも確かにカッコいいけど、クロム様には負けるわ」
「ルシウスじゃなくってルシウス『様』よ!」
互いに気にするところが同じなので、顔を見合わせ噴き出した。
彼女の反応に気を良くした私は、こう提案してみる。
「せっかくだから、今日も『バラミラ』について語りましょう」
「いいわね。でも、クロムの話ばかりはダメよ」
にやりと笑ったクラリスは、私に釘を刺すのも忘れない。
「わかったわ。じゃあ、登場人物からね。ヒロインはローズマリー国の王女、カトリーナ。【薔薇の瞳】の能力で、瞳に浮かぶ薔薇の花びらと同じ八つの命を持っている」
「あなたのことね。ゲームのチュートリアル通り、幼い頃に事故に遭ったと聞いてびっくりしたわ。それなら、残る命は七つってこと?」
「ええ」
さすがはクラリスだ。
ゲームをよく知っているので、話が早い。
「ヒロインの攻略対象とされるイケメン達も、それぞれが瞳由来の能力を備えている。クラリスの好きなルシウスは、【星の瞳】よね?」
「そう。ルシウス様は【星の瞳】で、未来予知ができる。イメージは星占い。他にも月の光が届くほど遠くが見える【月の瞳】や、流れ星のように速いことから敏捷性が増す【彗星の瞳】がある。能力を使うとその形が瞳に浮かぶから、カトリーナは薔薇が見えたってこと?」
「う~ん。自分の目だから、はっきりした形は見えないわ。赤い花びらのようなものが散っていくのがわかったくらいよ」
「ふうん。命がたくさんあって羨ましいわ」
「そう? だけどこのゲーム、クリアが難しい上にコンティニューのない鬼仕様じゃない」
攻略対象と愛を深めていくはずが、ヒロインはプレイ中に何度も命を落とす。全ての花びらが散ると、容赦なくゲームオーバーだ。
「そうね。せっかくいいところまでいっても最初からのスタートで、がっかりしたもの。まあ、ルシウス様は優しいから、無事にハッピーエンドを迎えられたけど」
それは優しいからじゃなく、ルシウス王子の攻略難易度が、登場人物中最も低いから。私の推しは暗殺者で、攻略対象ですらないのだ。
――生まれ変わったこの世界に、再スタートがあるとは思えない。ゲームオーバーとはたぶん、本当の死を意味している。
顔をしかめた私に、クラリスが怪訝な目を向けた。
そのため慌てて話題を変える。
「クラリス、世界観は覚えてる?」
「当然よ。ゲームのスタートは、セイボリー王国のルシウス様がヒロインのいるローズマリー王国を訪問するところからだもの」
「ええ。セイボリー王国には、ヒロインと年の近い第一王子のルシウスがいる。けれど婚姻による二国間の結びつきを恐れたもう一つの国、オレガノ帝国の王が、王女の私を始末しようと暗殺者を送り込む。それがクロム様よ」
「やっぱり、彼の話になるのね。まあいいわ、聞いてあげる」
肩をすくめたクラリスに、私は微笑んだ。
「ありがと。それじゃあ遠慮なく。クロム様は、ヒロインのカトリーナが攻略対象の好感度を上げると、暗殺に失敗する。その後、どこへともなく消えてしまうの」
「あら。暗殺者のクロムはストーリーを盛り上げるためのサブキャラで、役目を終えれば退場よ。それが何か?」
名前はクラリス・カモミール。
『バラミラ』の悪役令嬢だ。
彼女を招き入れた私は、テーブルを挟んで向かい合う。
侯爵家の令嬢クラリスは、悪役どころか茶飲み友達。同じゲームの記憶を持つ彼女は、私のオタク仲間でもある。
「それで? クロムはどうだった?」
クラリスが前屈みになり、口を開いた。
着ている青のドレスは襟が大きく開いているため、目が自然と大きな胸に吸い寄せられてしまう。
私はピンクのドレスで、胸元部分をフリルで覆っている。
その大きさは――。
たぶん今は成長期。近い将来、クラリス以上のスタイルになると信じたい。
「クロムじゃなくって、クロム『様』! お会いした瞬間、時がとまったわ。知的でカッコいいし、背も高くてスラッとして素敵だった。推しに直接教われるなんて、夢みたい」
「推し……ねえ」
やれやれと肩をすくめたクラリスに、私は口を尖らせる。
「そういう自分だって、王子のルシウスを推しているくせに。クロム様の素晴らしさを理解できないなんて、おかしいわ」
「あら。だって、誰が見てもルシウス様の方が素敵でしょう?」
「いいえ。ルシウスも確かにカッコいいけど、クロム様には負けるわ」
「ルシウスじゃなくってルシウス『様』よ!」
互いに気にするところが同じなので、顔を見合わせ噴き出した。
彼女の反応に気を良くした私は、こう提案してみる。
「せっかくだから、今日も『バラミラ』について語りましょう」
「いいわね。でも、クロムの話ばかりはダメよ」
にやりと笑ったクラリスは、私に釘を刺すのも忘れない。
「わかったわ。じゃあ、登場人物からね。ヒロインはローズマリー国の王女、カトリーナ。【薔薇の瞳】の能力で、瞳に浮かぶ薔薇の花びらと同じ八つの命を持っている」
「あなたのことね。ゲームのチュートリアル通り、幼い頃に事故に遭ったと聞いてびっくりしたわ。それなら、残る命は七つってこと?」
「ええ」
さすがはクラリスだ。
ゲームをよく知っているので、話が早い。
「ヒロインの攻略対象とされるイケメン達も、それぞれが瞳由来の能力を備えている。クラリスの好きなルシウスは、【星の瞳】よね?」
「そう。ルシウス様は【星の瞳】で、未来予知ができる。イメージは星占い。他にも月の光が届くほど遠くが見える【月の瞳】や、流れ星のように速いことから敏捷性が増す【彗星の瞳】がある。能力を使うとその形が瞳に浮かぶから、カトリーナは薔薇が見えたってこと?」
「う~ん。自分の目だから、はっきりした形は見えないわ。赤い花びらのようなものが散っていくのがわかったくらいよ」
「ふうん。命がたくさんあって羨ましいわ」
「そう? だけどこのゲーム、クリアが難しい上にコンティニューのない鬼仕様じゃない」
攻略対象と愛を深めていくはずが、ヒロインはプレイ中に何度も命を落とす。全ての花びらが散ると、容赦なくゲームオーバーだ。
「そうね。せっかくいいところまでいっても最初からのスタートで、がっかりしたもの。まあ、ルシウス様は優しいから、無事にハッピーエンドを迎えられたけど」
それは優しいからじゃなく、ルシウス王子の攻略難易度が、登場人物中最も低いから。私の推しは暗殺者で、攻略対象ですらないのだ。
――生まれ変わったこの世界に、再スタートがあるとは思えない。ゲームオーバーとはたぶん、本当の死を意味している。
顔をしかめた私に、クラリスが怪訝な目を向けた。
そのため慌てて話題を変える。
「クラリス、世界観は覚えてる?」
「当然よ。ゲームのスタートは、セイボリー王国のルシウス様がヒロインのいるローズマリー王国を訪問するところからだもの」
「ええ。セイボリー王国には、ヒロインと年の近い第一王子のルシウスがいる。けれど婚姻による二国間の結びつきを恐れたもう一つの国、オレガノ帝国の王が、王女の私を始末しようと暗殺者を送り込む。それがクロム様よ」
「やっぱり、彼の話になるのね。まあいいわ、聞いてあげる」
肩をすくめたクラリスに、私は微笑んだ。
「ありがと。それじゃあ遠慮なく。クロム様は、ヒロインのカトリーナが攻略対象の好感度を上げると、暗殺に失敗する。その後、どこへともなく消えてしまうの」
「あら。暗殺者のクロムはストーリーを盛り上げるためのサブキャラで、役目を終えれば退場よ。それが何か?」
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