上 下
27 / 70
第二章 ムーンライト暗殺

惚れ薬を手に入れよう

しおりを挟む
 暴走馬車からふんだくった賠償金ばいしょうきんは、公共の福祉に使おう――。

 そんなことを考えながら、講義に集中していたある日の午後。
 クロム様のご機嫌が、すこぶる悪い。

「王女殿下。手をとめていては、本文中の固有名詞を全て抜き出せませんよ」

 テストに合格したはずなのに、なんで今さらそんな作業を?
 しかも私をカトリーナではなく、『王女殿下』と呼んでいる。

 推しの誕生会で距離が縮まったと思ったのは、私の気のせい?

「ご不満なら、教師を交代しましょう」
「……え? いいえ。私はクロム先生がいいんです!」
「そうですか? 本当はルシウス殿下の方がよろしいのでは?」

 なんで急にそんなことを?
 それだとまるで、嫉妬しっとしているみたい。

「ルシウス殿下とは、外出先でもご一緒でしたね。直接教わった方が、セイボリー語も上達するのでは?」

 ――クロム様はもしかして、街中イベントのことをおっしゃっているの?

「やっぱり。先生も街にいらしたのですね。尊……いえ、お姿をお見かけした気がして」
「それが何か? だからといって危険をかえりみず、通りに飛び出していい理由にはならないでしょう!」

 クロム様が、珍しく感情をあらわにしている。
 それはきっと、彼に気を取られた私が、馬車にかれそうになったのを見たせいだ。

「ご心配をおかけしてすみません。おかげさまで、この通り無事でした」

 二度目は思いっきりね飛ばされたけど、それについては黙っておこう。

「殿下はもっと、ご自分を大事になさるべきです。あなたの代わりはいないのですよ。あの時、私がどれほど……」

 つらさのにじんだ彼の声に、胸が締め付けられたように痛む。

 ――クロムしゃま、優すぃいいいい!!

 淡い希望が心に芽吹く。
 もしかして彼が不機嫌な理由って、私を心配したせい!?
 
 それならとっくに両思い。
 暗殺も回避できそうだ。

「まったく。『ローズマリーの紫の薔薇』と慕われる王女が、迂闊うかつな行動を取るとは、呆れてものが言えません」

 ――違ったか。クロム様は、相変わらず怒っている。

 このままでは非常にマズい。
 運命の日に向けて、さらなる対策を講じよう。



「こういう時こそ、ヘルプ係の出番よね」

 私は研究者兼『バラミラ』の指南役でもあるアルバーノに会いに行く。

 アルバーノは、第三国家騎士団長のタールのお兄さんで、魔道具に詳しい人物だ。セイボリーでの研究が評価され、城の敷地内にある研究塔に一室が与えられている。

 防音完備の部屋は広く、宿泊設備もあるらしい。
 そのため、研究室にこもりきりだとか。
 
 重い木の扉をノックした私は、返事がないのでそっと開いた。

「アルバーノ、お邪魔するわね」

 入るなり正面の大きな机と、奥の壁一面に広がる書棚が目に飛び込んだ。右手の小さな机には、ガラスの器具がある。左の棚には、ゲームでお馴染みのアイテムが置かれていた。

「確か、魅力アップの薬もあったはず」

 これはいわゆるれ薬、というか惚れさせ薬。
 事前に飲んでおけば、殺すのはもったいないと、思わせられるだろう。

 同じような瓶が多くてわからない。
 部屋の主はどこだろう?

「アルバーノ、いる?」

 その時、机の向こうがかすかに揺れた。
 見れば、書棚の前に大量の本が崩れ落ちている。
 大きな机のせいで、入り口からは死角になっていたみたい。

「まさか、この中にもれているんじゃあ……」

 慌てて分厚い本を取り除く。
 やがて本の間から、乱れた焦げ茶色の髪が見えた。

「アルバーノ!」
「その声は、カトリーナ様? すみません、起こしてください」

 隙間から手を取り引っ張り上げると、アルバーノが恥ずかしそうに笑う。

「すみません。梯子はしごから落ちた拍子に、本が降ってきたもので」
「もう、あなたったら相変わらずなのね」
「相変わらず? カトリーナ様がこの研究室にいらしたのは、初めてですよね?」

 しまった。ゲームではお馴染みの光景なので、思わず口がすべったわ。

「そう? 私ったら、勘違いしていたみたい。おほほほほ」

 とっさに笑ってみるけれど、アルバーノは変な顔をしている。
 彼の着ているローブのほこりを払いつつ、話題を変えることにした。

「ここに来たのは、教えてほしいことがあるからなの。相談に乗ってくださる?」
「もちろん! 王女殿下のお役に立てるなんて、至極しごく光栄です」
「ふふ、アルバーノったら大げさね」

 アルバーノはのんびりしたように見えて、とっても頭がいい。けれど武力を尊重する彼の実家では、変わり者とされていた。

 弟のタールはヒロインの攻略対象でも、兄の彼は違う。
 だからこそ、遠慮なく相談できる。

「これから話すことは、秘密にしてほしいの」
「かしこまりました。お約束いたします」
「良かったわ。……あのね、私、好きな人ができたの!」

 照れながら口にすると、アルバーノの顔が一瞬強張こわばった。
 ゲームでは攻略の助言をくれることもあるから、気のせいかしら?

 先をうながされたため、クロム様への想いを熱く語る。
 もちろん教師と紹介し、暗殺者ということはせた。

「そうですか。あの小さかったカトリーナ様が、身分違いの恋を……」
「あら。小さかったのは、ずいぶん昔でしょ。もうすぐ十六歳で成人するから、社交界へも参加できるのよ」

 アルバーノは兄と同い年の二十四歳。
 今の私は十五歳だが、前世も入れれば彼の年齢をゆうに越えている。

「そうでしたね。ところでカトリーナ様は、私が隣国に渡った理由をご存じですか?」
「ええ。セイボリー王国で、魔道具について研究するためでしょう?」

 本当は研究だけでなく、開発まで手がけている。
『バラミラ』は、サブキャラだろうとハイスペックで、顔面のレベルも高い。

「その通りです。でもそれは、ある方が私を認めてくれたから。私はその方を敬い、ひそかにお慕いしております」
「まあ。アルバーノも恋を?」

 ゲームで知識を得た私以外に、彼の才能に気づいた人がいたとは初耳だ。彼の恋愛事情についても、初めて聞いた。

『バラミラ』には、アルバーノの過去など出てこない。
 恋愛相談のお返しに、自分の恋まで教えてくれるなんて。
 アルバーノったら真面目なのね。

「公爵家のあなたが、まだ告白していないの?」
「……はい」
「じゃあ、相手の身分はかなり下?」
「それは……」
「あら、無理に答えなくてもいいわ。魅力アップの薬を服用すれば、いいことだもの」
「魅力アップ? なんのことですか?」
「えっ!?」

 ゲームで出てきた薬を、現実では作ってもいないらしい。

「そんなあ……」
 
 重要アイテムが存在すらしないなんて。

「カトリーナ様。飲むだけで魅力的に見える薬があるなら、恋愛など簡単ですよね」
「それが、そうでもないのよ。じゃあ、あなたもますます大変ね」

 しみじみ口にしたところ、アルバーノが変な顔をする。
 結局『魅力アップの薬』は入手できず、互いの恋バナだけで終わってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...