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第四章 本当の悪女は誰?
魔性の女 12
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「……名前? おかしいな、教えるはずないんだけど」
「教えないって、どうして?」
私が尋ねると、ロディが苦笑する。
「兄に取られるのが嫌だったんだ。その頃兄は君のお母さんに憧れていたから、可愛い君の名前を知れば、会いに行っただろう」
「それは……」
ないとも言い切れないのがつらい。淡々としていたけれど、確かに私は第一王子に告白された。
「それならリカルド様が嘘を? 殿下は貴方が、アマリアかアマレーナという方が好きだと口になさったわ」
「アマリアかアマレーナ? 聞いたことのない名だな……――ああ、そうか」
ロディは顎に手を当てると、ふと思い出したように笑顔を浮かべる。
ドキリとした私は、次の言葉を緊張しながら待った。
「兄に好きな子がいると話したのは、だいぶ前のことだ。ねえ、シルフィ。幼い君がくれたお菓子のことを覚えてる?」
「お菓子? 貴方がうちにいた時のことかしら。いろんなお菓子を勧めたけれど……」
「違うよ。王都に帰る日、君が僕にくれただろう?」
「……ああ、アマレッティのことね。初めて作ったから変な形で……それが何か?」
「兄はそのことを言っているんだと思う。好きな子がいるかと問われた時、僕は『アマレッティをくれた子』と伝えた」
「え? それって……」
「もちろん、君以外に誰がいる? だが、当時の僕は連れ戻されたことが不服で、拗ねたようにボソボソ喋っていた。加えて兄は、甘いものには興味がない。恐らく焼き菓子の名を、人の名前だと勘違いしたのだろう」
――アマレッティがアマリアかアマレーナに変換されるって、チョコが千代子に聞こえるようなものかな?
ロディがごまかすはずはない。納得して彼に笑みを向けた瞬間、ふとあることに気づく。
――それなら、彼が大切にしているものの正体って?
アマレッティ以外に渡した記憶はなく、包み紙は茶色だった。対して目撃証言は白。
ロディは苦笑し、紺色の髪をかき上げる。その仕草が色っぽく、他はもうどうでもいいような気がしてきた。
「いいよ。気になることがあるなら、なんでも聞いて?」
彼は鋭い。それなら一応聞いてみようかな。
「ええっと、貴方が大事にして時々眺めているものって何?」
ロディが驚いたように片方の眉を上げる。
「そんな話まで出回っているのか。隠していないから、別にいいけどね。でも、君を女官にするべきではなかったかな? 僕の悪評を聞いていないといいが」
「まさか! ローランド様は良い評判だけよ」
第二王子は第一王子よりも有能だと、たびたび耳にする。王城内でのロディの人気は高く、カリーナだけでなくいろんな人が褒めちぎるのだ。ローランド王子の名前が出るたびに、私まで誇らしく感じた。
「それは良かった」
ロディはにっこり笑い、長椅子から立ち上がる。彼は本棚に向かうと、何かを取って戻って来た。それは片手に収まるくらいの小さな木の箱で、上部と側面に薔薇が浮き彫りにされている。
「君が気になるのは、この中身かな?」
「ええ。だけどその箱は……」
「君のお母さんがくれた、からくり箱だ。対になるものを君も所持していると聞いた時は、嬉しかったな」
そういえば、私はずっとこの箱を見ていない。どこにいったのかしら?
「いいよ、開けてごらん」
ロディに手渡され、私は記憶を頼りに薔薇の彫刻を動かした。順番を間違えると、蓋が開かない仕掛けになっている。カチッと音がし、箱が開く。
「あ、開いたわ!」
思わず叫ぶと、隣に腰を下ろしたロディが一緒に中を覗き込む。
「あら? これは……」
箱だけでなく、中にも見覚えがあった。入っていたのは、白というより少し黄色がかった縁がレースの手巾だ。広げると、隅には私の頭文字の「S」がピンクの糸で刺繍してある。
「私のだわ! どうしてここにあるの?」
自分で刺繍したため「S」と読めるが、他の人にはミミズが這ったように見えるかもしれない。ずいぶん前に失くしたと思っていたものだ。なぜロディが持っているのだろう?
「男爵領を去った日、君はこれで僕の涙を拭い、アマレッティを渡してくれたね。うっかり持ち帰ったが、手巾を口実にすれば君にまた会えると思った。その日を夢見て、大事に取っておいたんだ」
「まあ!」
手巾は記憶にないけれど、ロディのことなら鮮やかに甦る。馬車の窓から必死に手を振るロディ、大きな目に涙をいっぱい溜めた彼は、小さくて愛らしかった。
大きくなった彼と両想いになるなんて、当時の私が聞けば目を回すかもしれない。
「ふふふ」
思い出に微笑む私の頬に、ロディが手を添えた。目に映るのはあの頃と同じ金色の瞳。けれど、幼さの抜けた精悍な顔立ちは、立派な成人男性だ。そして、私の愛する人――
「シルフィ、質問は以上かな?」
「ええ。ロディ、答えてくれてありがとう。それと……私を好きでいてくれてありがとう。私も好きよ」
そう告げると、彼は目を細めて嬉しそうな笑みを浮かべた。そのまま私の耳に唇を寄せ、甘い声で囁く。
「そんなに可愛らしいと、婚約式まで離したくなくなるな。シルヴィエラ、覚悟はいい?」
「覚悟? ……ええっ!? そんなの、無理に決まっ……」
抗議しようと開きかけた唇は、ロディにあっけなく塞がれてしまったのだった。
「教えないって、どうして?」
私が尋ねると、ロディが苦笑する。
「兄に取られるのが嫌だったんだ。その頃兄は君のお母さんに憧れていたから、可愛い君の名前を知れば、会いに行っただろう」
「それは……」
ないとも言い切れないのがつらい。淡々としていたけれど、確かに私は第一王子に告白された。
「それならリカルド様が嘘を? 殿下は貴方が、アマリアかアマレーナという方が好きだと口になさったわ」
「アマリアかアマレーナ? 聞いたことのない名だな……――ああ、そうか」
ロディは顎に手を当てると、ふと思い出したように笑顔を浮かべる。
ドキリとした私は、次の言葉を緊張しながら待った。
「兄に好きな子がいると話したのは、だいぶ前のことだ。ねえ、シルフィ。幼い君がくれたお菓子のことを覚えてる?」
「お菓子? 貴方がうちにいた時のことかしら。いろんなお菓子を勧めたけれど……」
「違うよ。王都に帰る日、君が僕にくれただろう?」
「……ああ、アマレッティのことね。初めて作ったから変な形で……それが何か?」
「兄はそのことを言っているんだと思う。好きな子がいるかと問われた時、僕は『アマレッティをくれた子』と伝えた」
「え? それって……」
「もちろん、君以外に誰がいる? だが、当時の僕は連れ戻されたことが不服で、拗ねたようにボソボソ喋っていた。加えて兄は、甘いものには興味がない。恐らく焼き菓子の名を、人の名前だと勘違いしたのだろう」
――アマレッティがアマリアかアマレーナに変換されるって、チョコが千代子に聞こえるようなものかな?
ロディがごまかすはずはない。納得して彼に笑みを向けた瞬間、ふとあることに気づく。
――それなら、彼が大切にしているものの正体って?
アマレッティ以外に渡した記憶はなく、包み紙は茶色だった。対して目撃証言は白。
ロディは苦笑し、紺色の髪をかき上げる。その仕草が色っぽく、他はもうどうでもいいような気がしてきた。
「いいよ。気になることがあるなら、なんでも聞いて?」
彼は鋭い。それなら一応聞いてみようかな。
「ええっと、貴方が大事にして時々眺めているものって何?」
ロディが驚いたように片方の眉を上げる。
「そんな話まで出回っているのか。隠していないから、別にいいけどね。でも、君を女官にするべきではなかったかな? 僕の悪評を聞いていないといいが」
「まさか! ローランド様は良い評判だけよ」
第二王子は第一王子よりも有能だと、たびたび耳にする。王城内でのロディの人気は高く、カリーナだけでなくいろんな人が褒めちぎるのだ。ローランド王子の名前が出るたびに、私まで誇らしく感じた。
「それは良かった」
ロディはにっこり笑い、長椅子から立ち上がる。彼は本棚に向かうと、何かを取って戻って来た。それは片手に収まるくらいの小さな木の箱で、上部と側面に薔薇が浮き彫りにされている。
「君が気になるのは、この中身かな?」
「ええ。だけどその箱は……」
「君のお母さんがくれた、からくり箱だ。対になるものを君も所持していると聞いた時は、嬉しかったな」
そういえば、私はずっとこの箱を見ていない。どこにいったのかしら?
「いいよ、開けてごらん」
ロディに手渡され、私は記憶を頼りに薔薇の彫刻を動かした。順番を間違えると、蓋が開かない仕掛けになっている。カチッと音がし、箱が開く。
「あ、開いたわ!」
思わず叫ぶと、隣に腰を下ろしたロディが一緒に中を覗き込む。
「あら? これは……」
箱だけでなく、中にも見覚えがあった。入っていたのは、白というより少し黄色がかった縁がレースの手巾だ。広げると、隅には私の頭文字の「S」がピンクの糸で刺繍してある。
「私のだわ! どうしてここにあるの?」
自分で刺繍したため「S」と読めるが、他の人にはミミズが這ったように見えるかもしれない。ずいぶん前に失くしたと思っていたものだ。なぜロディが持っているのだろう?
「男爵領を去った日、君はこれで僕の涙を拭い、アマレッティを渡してくれたね。うっかり持ち帰ったが、手巾を口実にすれば君にまた会えると思った。その日を夢見て、大事に取っておいたんだ」
「まあ!」
手巾は記憶にないけれど、ロディのことなら鮮やかに甦る。馬車の窓から必死に手を振るロディ、大きな目に涙をいっぱい溜めた彼は、小さくて愛らしかった。
大きくなった彼と両想いになるなんて、当時の私が聞けば目を回すかもしれない。
「ふふふ」
思い出に微笑む私の頬に、ロディが手を添えた。目に映るのはあの頃と同じ金色の瞳。けれど、幼さの抜けた精悍な顔立ちは、立派な成人男性だ。そして、私の愛する人――
「シルフィ、質問は以上かな?」
「ええ。ロディ、答えてくれてありがとう。それと……私を好きでいてくれてありがとう。私も好きよ」
そう告げると、彼は目を細めて嬉しそうな笑みを浮かべた。そのまま私の耳に唇を寄せ、甘い声で囁く。
「そんなに可愛らしいと、婚約式まで離したくなくなるな。シルヴィエラ、覚悟はいい?」
「覚悟? ……ええっ!? そんなの、無理に決まっ……」
抗議しようと開きかけた唇は、ロディにあっけなく塞がれてしまったのだった。
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