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第四章 本当の悪女は誰?

魔性の女 10

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「その通りだ」

 国王まで巻き込んで、何が言いたいの?
 驚く私から紙を取り上げたロディは、丁寧に畳んで上着のふところに戻した。

「僕が預かってはいるが、これはシルヴィエラのものだ」
「いえ、母はとっくに亡くなっておりますし、私はその書類を見たことがありません」

 正直に答えた。父から聞いた覚えもないし、父亡き後は知らぬ間に、継母が遺品を整理している。実母のもので私に遺されたのは、料理に使う道具だけ。それも修道院でかなり使い込んだため、壊れてしまった。

「見ていなくても、同じものがここにある以上有効だ。それに我が国の法では、財産相続の権利は直系にある」

 財産? 国王のサインがあるとはいえ、ただの紙切れだよ? 博物館があって飾るならまだしも、持っていても価値はない。眉をひそめる私に、ロディが真顔で告げた。

「つまり、褒美を受け取る権利は実の娘の君にある。そのことを国王が保証している、ということだね」
「…………え?」

 ロディは私の両肩を掴むと、自分の方に向けた。金色の双眸そうぼうが、射すように私を見つめる。

「シルヴィエラ、聞かせてほしい。君が欲しいものは何?」

 そう問われ、心臓がドクンと大きな音を立てた。本当に欲しいもの……それを今、この場で口にしても良いのだろうか?
 財産なんて要らないし、身分だって必要ない。物ではなく褒美として与えられるものでもないけれど、私は確かにたった一つを望んでいる。

 国王陛下と王妃の御前だし、側には兵士も控えていた。身の程知らずな答えだと思われるかもしれない。だけどそれでも、願いを言って良いのなら――

「ローランド様が……どうか私を、貴方のお側に置いてください」

 静まりかえった部屋に私の声が大きく響く。誰も何も言わず、動かない。
 不安におびえて発言を取り消そうとしたところ、ロディが苦笑し肩をすくめた。

「それだけ? シルフィ、もっと望んでごらん」
「でもそれは……」

 私は真意を測ろうと、彼の表情をうかがう。

「シルフィ、好きだよ。この先を共に生きるなら、正直に答えてほしい。もし君も同じ気持ちなら……おいで」

 ロディは言うなり、両腕を大きく広げた。

 ――想いを伝えていいの? 好きだと告白してもいい?

 金色の瞳がきらめき、形の良い唇が弧を描く。
 その瞬間、私は覚悟を決めて彼の胸に飛び込み、素直な願いを口にした。

「もちろん好きよ。一緒になるなら貴方以外考えられない!」
「僕も。他の誰かなんて、考えるのも嫌だ」

 ロディが情熱的に告げ、私を強く抱きしめる。さらに私の髪に頬ずりし、時々キスを落とした。私も彼の背中に手を回し、ぴったり寄り添う。彼の腕の中で、私は幸福の余韻に浸っていた。
 すると――
 
「ウォッホン、オホン、オホン」
「あらあら、まあまあ」

 低い咳払いに加えて、クスクス笑う声が耳に飛び込む。視線を向けたその先にいたのは……

 ――しまったぁ~~。こ、国王陛下と王妃様の御前だった。お二人とも呆れていらっしゃる!

「大変失礼いた……わぶっ」

 素早く身体を離そうとしたところ、ロディは自分の胸に私の頭を押しつけて、思わぬセリフを口にする。

「そういうわけだから。彼女に無理強いはしていないと、信じてくれた?」
「まあな。だが、人前でそれは……」
「あら貴方、仲睦なかむつまじい方が良いではありませんの。まだ若いし、大目に見て差し上げたら?」
「……む。だが、婚約まで良識を忘れるでないぞ」

 渋い顔の国王と、楽しそうな様子の王妃。私は頭の先まで真っ赤になりながら、もごもご言い訳する。ロディと一緒に挨拶した私は、揃ってその場を辞した。



 謁見えっけん後、ロディは自分の部屋に私を招き入れた。続いて人払いを命じると、長椅子に座るよう私にうながす。彼は私の隣に腰掛けると、長い足を組んで口を開く。

「以前から両親には、妃にするなら君がいいと話していたんだ。留学もそのために受け入れたようなものだし。この紙の存在を知った時は嬉しかった。国王の署名のおかげで、他の者にも反対されない」
「反対されない? だけど、私は男爵家の娘よ?」

 ロディは「国王が私の後ろ盾」とでも言いたいのかな? それでは他の貴族が納得しないだろう。伯爵家以下の娘が王族に嫁いだ、という例は今までになかった。

「大丈夫だと言ったよね。シルフィ、昨日の夜会で会ったマティウス侯爵を覚えている?」
「ええ、もちろん。あの方が何か?」
「ともに留学したと言っても、彼は僕より三歳上だ。君には、彼の義妹になってもらう」
「……義妹?」
「ああ。扱いは養女だが、侯爵令嬢ということになるね。家格は気にしなくていい」
「そんな! それだと侯爵にご迷惑がかかるわ」
「迷惑? とんでもない、喜んでいただろう?」

 ロディに紹介された時、『俺も感激です。これほど美しい方だとは!』と言われた覚えはある。でも、あれって社交辞令だよね?

「ほとんど話したことのない方に、私を押しつけるのは……」
「平気だよ。留学中、シルフィのことは僕が散々語っておいたから。おかげで彼も、初めて会った気がしないと言っていた」

 ロディ、それって子供の頃の私でしょう? 偉そうだったとか食い意地が張っているとか、良いことが何もないような。マティウス侯爵側は王子の提案を断り切れず、嫌々引き受けたのではないの?

「当時は結構からかわれたな。彼は穏やかに見えて野心があるから、王子の僕に恩を売れると喜んでいる。ま、お互い様というところか」
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