56 / 60
第四章 本当の悪女は誰?
魔性の女 10
しおりを挟む
「その通りだ」
国王まで巻き込んで、何が言いたいの?
驚く私から紙を取り上げたロディは、丁寧に畳んで上着の懐に戻した。
「僕が預かってはいるが、これはシルヴィエラのものだ」
「いえ、母はとっくに亡くなっておりますし、私はその書類を見たことがありません」
正直に答えた。父から聞いた覚えもないし、父亡き後は知らぬ間に、継母が遺品を整理している。実母のもので私に遺されたのは、料理に使う道具だけ。それも修道院でかなり使い込んだため、壊れてしまった。
「見ていなくても、同じものがここにある以上有効だ。それに我が国の法では、財産相続の権利は直系にある」
財産? 国王のサインがあるとはいえ、ただの紙切れだよ? 博物館があって飾るならまだしも、持っていても価値はない。眉を顰める私に、ロディが真顔で告げた。
「つまり、褒美を受け取る権利は実の娘の君にある。そのことを国王が保証している、ということだね」
「…………え?」
ロディは私の両肩を掴むと、自分の方に向けた。金色の双眸が、射すように私を見つめる。
「シルヴィエラ、聞かせてほしい。君が欲しいものは何?」
そう問われ、心臓がドクンと大きな音を立てた。本当に欲しいもの……それを今、この場で口にしても良いのだろうか?
財産なんて要らないし、身分だって必要ない。物ではなく褒美として与えられるものでもないけれど、私は確かにたった一つを望んでいる。
国王陛下と王妃の御前だし、側には兵士も控えていた。身の程知らずな答えだと思われるかもしれない。だけどそれでも、願いを言って良いのなら――
「ローランド様が……どうか私を、貴方のお側に置いてください」
静まりかえった部屋に私の声が大きく響く。誰も何も言わず、動かない。
不安に怯えて発言を取り消そうとしたところ、ロディが苦笑し肩をすくめた。
「それだけ? シルフィ、もっと望んでごらん」
「でもそれは……」
私は真意を測ろうと、彼の表情を窺う。
「シルフィ、好きだよ。この先を共に生きるなら、正直に答えてほしい。もし君も同じ気持ちなら……おいで」
ロディは言うなり、両腕を大きく広げた。
――想いを伝えていいの? 好きだと告白してもいい?
金色の瞳が煌めき、形の良い唇が弧を描く。
その瞬間、私は覚悟を決めて彼の胸に飛び込み、素直な願いを口にした。
「もちろん好きよ。一緒になるなら貴方以外考えられない!」
「僕も。他の誰かなんて、考えるのも嫌だ」
ロディが情熱的に告げ、私を強く抱きしめる。さらに私の髪に頬ずりし、時々キスを落とした。私も彼の背中に手を回し、ぴったり寄り添う。彼の腕の中で、私は幸福の余韻に浸っていた。
すると――
「ウォッホン、オホン、オホン」
「あらあら、まあまあ」
低い咳払いに加えて、クスクス笑う声が耳に飛び込む。視線を向けたその先にいたのは……
――しまったぁ~~。こ、国王陛下と王妃様の御前だった。お二人とも呆れていらっしゃる!
「大変失礼いた……わぶっ」
素早く身体を離そうとしたところ、ロディは自分の胸に私の頭を押しつけて、思わぬセリフを口にする。
「そういうわけだから。彼女に無理強いはしていないと、信じてくれた?」
「まあな。だが、人前でそれは……」
「あら貴方、仲睦まじい方が良いではありませんの。まだ若いし、大目に見て差し上げたら?」
「……む。だが、婚約まで良識を忘れるでないぞ」
渋い顔の国王と、楽しそうな様子の王妃。私は頭の先まで真っ赤になりながら、もごもご言い訳する。ロディと一緒に挨拶した私は、揃ってその場を辞した。
謁見後、ロディは自分の部屋に私を招き入れた。続いて人払いを命じると、長椅子に座るよう私に促す。彼は私の隣に腰掛けると、長い足を組んで口を開く。
「以前から両親には、妃にするなら君がいいと話していたんだ。留学もそのために受け入れたようなものだし。この紙の存在を知った時は嬉しかった。国王の署名のおかげで、他の者にも反対されない」
「反対されない? だけど、私は男爵家の娘よ?」
ロディは「国王が私の後ろ盾」とでも言いたいのかな? それでは他の貴族が納得しないだろう。伯爵家以下の娘が王族に嫁いだ、という例は今までになかった。
「大丈夫だと言ったよね。シルフィ、昨日の夜会で会ったマティウス侯爵を覚えている?」
「ええ、もちろん。あの方が何か?」
「ともに留学したと言っても、彼は僕より三歳上だ。君には、彼の義妹になってもらう」
「……義妹?」
「ああ。扱いは養女だが、侯爵令嬢ということになるね。家格は気にしなくていい」
「そんな! それだと侯爵にご迷惑がかかるわ」
「迷惑? とんでもない、喜んでいただろう?」
ロディに紹介された時、『俺も感激です。これほど美しい方だとは!』と言われた覚えはある。でも、あれって社交辞令だよね?
「ほとんど話したことのない方に、私を押しつけるのは……」
「平気だよ。留学中、シルフィのことは僕が散々語っておいたから。おかげで彼も、初めて会った気がしないと言っていた」
ロディ、それって子供の頃の私でしょう? 偉そうだったとか食い意地が張っているとか、良いことが何もないような。マティウス侯爵側は王子の提案を断り切れず、嫌々引き受けたのではないの?
「当時は結構からかわれたな。彼は穏やかに見えて野心があるから、王子の僕に恩を売れると喜んでいる。ま、お互い様というところか」
国王まで巻き込んで、何が言いたいの?
驚く私から紙を取り上げたロディは、丁寧に畳んで上着の懐に戻した。
「僕が預かってはいるが、これはシルヴィエラのものだ」
「いえ、母はとっくに亡くなっておりますし、私はその書類を見たことがありません」
正直に答えた。父から聞いた覚えもないし、父亡き後は知らぬ間に、継母が遺品を整理している。実母のもので私に遺されたのは、料理に使う道具だけ。それも修道院でかなり使い込んだため、壊れてしまった。
「見ていなくても、同じものがここにある以上有効だ。それに我が国の法では、財産相続の権利は直系にある」
財産? 国王のサインがあるとはいえ、ただの紙切れだよ? 博物館があって飾るならまだしも、持っていても価値はない。眉を顰める私に、ロディが真顔で告げた。
「つまり、褒美を受け取る権利は実の娘の君にある。そのことを国王が保証している、ということだね」
「…………え?」
ロディは私の両肩を掴むと、自分の方に向けた。金色の双眸が、射すように私を見つめる。
「シルヴィエラ、聞かせてほしい。君が欲しいものは何?」
そう問われ、心臓がドクンと大きな音を立てた。本当に欲しいもの……それを今、この場で口にしても良いのだろうか?
財産なんて要らないし、身分だって必要ない。物ではなく褒美として与えられるものでもないけれど、私は確かにたった一つを望んでいる。
国王陛下と王妃の御前だし、側には兵士も控えていた。身の程知らずな答えだと思われるかもしれない。だけどそれでも、願いを言って良いのなら――
「ローランド様が……どうか私を、貴方のお側に置いてください」
静まりかえった部屋に私の声が大きく響く。誰も何も言わず、動かない。
不安に怯えて発言を取り消そうとしたところ、ロディが苦笑し肩をすくめた。
「それだけ? シルフィ、もっと望んでごらん」
「でもそれは……」
私は真意を測ろうと、彼の表情を窺う。
「シルフィ、好きだよ。この先を共に生きるなら、正直に答えてほしい。もし君も同じ気持ちなら……おいで」
ロディは言うなり、両腕を大きく広げた。
――想いを伝えていいの? 好きだと告白してもいい?
金色の瞳が煌めき、形の良い唇が弧を描く。
その瞬間、私は覚悟を決めて彼の胸に飛び込み、素直な願いを口にした。
「もちろん好きよ。一緒になるなら貴方以外考えられない!」
「僕も。他の誰かなんて、考えるのも嫌だ」
ロディが情熱的に告げ、私を強く抱きしめる。さらに私の髪に頬ずりし、時々キスを落とした。私も彼の背中に手を回し、ぴったり寄り添う。彼の腕の中で、私は幸福の余韻に浸っていた。
すると――
「ウォッホン、オホン、オホン」
「あらあら、まあまあ」
低い咳払いに加えて、クスクス笑う声が耳に飛び込む。視線を向けたその先にいたのは……
――しまったぁ~~。こ、国王陛下と王妃様の御前だった。お二人とも呆れていらっしゃる!
「大変失礼いた……わぶっ」
素早く身体を離そうとしたところ、ロディは自分の胸に私の頭を押しつけて、思わぬセリフを口にする。
「そういうわけだから。彼女に無理強いはしていないと、信じてくれた?」
「まあな。だが、人前でそれは……」
「あら貴方、仲睦まじい方が良いではありませんの。まだ若いし、大目に見て差し上げたら?」
「……む。だが、婚約まで良識を忘れるでないぞ」
渋い顔の国王と、楽しそうな様子の王妃。私は頭の先まで真っ赤になりながら、もごもご言い訳する。ロディと一緒に挨拶した私は、揃ってその場を辞した。
謁見後、ロディは自分の部屋に私を招き入れた。続いて人払いを命じると、長椅子に座るよう私に促す。彼は私の隣に腰掛けると、長い足を組んで口を開く。
「以前から両親には、妃にするなら君がいいと話していたんだ。留学もそのために受け入れたようなものだし。この紙の存在を知った時は嬉しかった。国王の署名のおかげで、他の者にも反対されない」
「反対されない? だけど、私は男爵家の娘よ?」
ロディは「国王が私の後ろ盾」とでも言いたいのかな? それでは他の貴族が納得しないだろう。伯爵家以下の娘が王族に嫁いだ、という例は今までになかった。
「大丈夫だと言ったよね。シルフィ、昨日の夜会で会ったマティウス侯爵を覚えている?」
「ええ、もちろん。あの方が何か?」
「ともに留学したと言っても、彼は僕より三歳上だ。君には、彼の義妹になってもらう」
「……義妹?」
「ああ。扱いは養女だが、侯爵令嬢ということになるね。家格は気にしなくていい」
「そんな! それだと侯爵にご迷惑がかかるわ」
「迷惑? とんでもない、喜んでいただろう?」
ロディに紹介された時、『俺も感激です。これほど美しい方だとは!』と言われた覚えはある。でも、あれって社交辞令だよね?
「ほとんど話したことのない方に、私を押しつけるのは……」
「平気だよ。留学中、シルフィのことは僕が散々語っておいたから。おかげで彼も、初めて会った気がしないと言っていた」
ロディ、それって子供の頃の私でしょう? 偉そうだったとか食い意地が張っているとか、良いことが何もないような。マティウス侯爵側は王子の提案を断り切れず、嫌々引き受けたのではないの?
「当時は結構からかわれたな。彼は穏やかに見えて野心があるから、王子の僕に恩を売れると喜んでいる。ま、お互い様というところか」
0
お気に入りに追加
928
あなたにおすすめの小説
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる