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第四章 本当の悪女は誰?

魔性の女 4

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 その途端、義兄が私の胸元に手をかけ、ドレスを引き裂く。

「……きゃっ」
「待たせたな、シルヴィエラ」

 待ってない、全然待ってないから! 
 破かれたといっても手首が麻縄で縛られているため、胸のすぐ下あたりまで。コルセットを着けているので、もちろん胸も半分以上は見えていない。だけどヴィーゴは、コルセットで押し上げられたふくらみに目が釘付けだ。

 ――このまま、思い通りにされるのは嫌。前世と同じく最後の瞬間まで、諦めない自分でいたい!

 義兄を油断させるため、私は精一杯の猫なで声を出すことにした。
 
「ヴィーゴったら性急すぎるわ。汚れを落として綺麗にさせて?」
「構わない。そのままでも十分だ」

 私が構うの!
 もちろん彼のためではなく、浴室に行くと見せかけて逃走するつもりだ。

「あなたのために、美しく装いたいの」

 駄作ラノベのどこかで出てきたようなセリフに、自分でも吐きそうになる。

「俺が構わないと言っている! どうせすぐ脱ぐ」
「やっ」

 声を荒げる義兄が怖くて、私は縛られた手で自分の顔を隠した。もう叩かれるのはりだ。
 それに脱ぐって……誰が?
 いけない、考えただけでやっぱり吐きそうだし、身体の震えが止まらない。何か逃げる良い方法は……

「じゃあせめて、縄を外して? このままだと動けないし……あなたを抱き締められないわ」

 当然そんなつもりはなく、逃げるため。それなのに言葉だけで、自分がどんどん汚れていく気がする。
 
「確かにこのままだと服も脱げないな。わかった、縄をはずそう」

 ――やった。これで隙を見て逃げ出すことができる!

 そう思った次の瞬間、私は即座に後悔した。
 義兄は自分の緑の上着の胸元から、金色ののナイフを取り出したのだ!

 ――なんとかに刃物って……危なすぎる!

 逃げるどころか、命の危険が確実に迫っているようだ。おとなしくしないと、義兄はいつ逆上するかわからない。私は黙って震える手首を差し出した。
 
「そんなに激しく震えたら、肌の方を切るかもな」
「じゃあ、ほどけばいい……」
「はあ? お前、当主の俺に指図するのか?」

 私は慌てて首を横に振り、言葉を呑み込む。
 義兄が当主になるには、私との婚姻が必要だ。現実の方が恐ろしく、ラノベより悲惨だった。愛情もなく暴力を振るう男と夫婦になれとは、神様もひどいことをする。

 手首の縄が切れた瞬間、私は義兄を押し戻す。けれど彼の身体は重く、びくともしない。ナイフを放り投げたヴィーゴがのしかかり、私の両手首を片手で掴むと、頭の上にねじり上げた。

 重く苦しい上、私の首に顔を埋めるので気持ちが悪い! 
 ロディなら、くっつかれても平気だった。彼相手だと、ドキドキするのに……。

 続いてコルセットの上から胸を掴まれる。
 その痛さに思わず悲鳴を上げると、義兄が舌打ちした。私は痛みと吐き気に耐えながら、絶望に駆られる。

 ――もう、どうすることもできないの?

 私は諦めに似た気持ちで、唇を噛んだ。
 その時――



 ドカドカと多くの足音が聞こえ、直後、扉が蹴破られる。私は義兄の身体の下で必死にもがき、なんとか顔を横に向けた。目が合ったのは、大好きな人。

「ロディ!」
「シルヴィエラ! なっ……」

 多くの兵士を従えたロディが、義兄に襲われる私を見て、怒りの表情を浮かべた。

「貴様、よくも!」
「ふごっ、がはっ」

 ロディは走り寄ると、義兄を思い切り殴りつけた。さらに力強く蹴飛ばす。

「どけ!」
「待っ……ぼがっ」

 ヴィーゴはベッドの反対側に落ち、頭を強く打ったようだ。急に静かになった義兄を、駆け寄った兵士が拘束する。ロディがベッドに腰掛けて、私を引き起こす。

「あ、あの……」

 気づけば私は、彼に強く抱き締められていた。

「シルフィ、心配したんだ。姿が見えず捜したら、こんなところにいたとは……」

 かすかに震えた手が、彼の不安を物語っている。私はうつむき、何度も謝った。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「いや、責めているわけではないよ。僕の方こそ、遅くなってごめん。怖い想いをさせてしまったね」

 ロディが私の髪を撫でながら、いたわるような口調で話しかける。その優しさに胸がいっぱいになった私は、彼にしがみつく。
 
「ロディ……ロディ……」
「シルフィ――僕の、シルヴィエラ」
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