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第四章 本当の悪女は誰?

それでも側に 1

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 胸の内は明かさないようにしよう――

 ロディは冗談を言っただけ。
 姉のような私から想いを寄せられたら、向こうだって迷惑するだろう。それでなくとも、半年という期限付きだ。私さえ変なことを言い出さなければ、あと三ヶ月は彼のそばにいられる。

 ただでさえロディは忙しく、なかなか会えない。彼は語学の腕を買われ、国外から賓客ひんきゃくが来るたび国王から同席を求められるのだ。また、民の陳情や要望についても適切な助言をするようで、第二王子との面会を望む者が後を絶たないと聞く。

 だから恋人のフリと言っても、顔を合わせられるのはほんのわずか。公務の合間にロディが部屋を訪ねて来た時だけ、私は彼を独占できる。なったことはないし、なりたいとも思わないけど、もしかしたら側室ってこんな感じなのかもしれない。

 今日のロディはたまたま時間が空いたらしく、私の部屋にお昼寝をしにやって来た。長い足を窮屈きゅうくつそうに折り曲げて、長椅子の上に横になる。頭はなぜか、私のももの上。

「休むならここでなく、ベッドの方がいいと思うの」
「何、シルフィ。一緒に行ってくれるの?」
「なっ、バ……」

 私はバカと言いかけた口を、慌てて両手でふさぐ。
 いくら可愛く言われても、それだけはご免だ。結婚前の男女が、寝室で二人きりになってどうするの? いや、そもそも結婚なんてしないけど。
 私がふくれると、彼はいたずらっぽく笑い、私の頰に指を伸ばす。

「確かにそれだと、全く休めないか」

 そんな彼は今、安心したようにまぶたを閉じて寝息を立てている。少年のような寝顔が子供の頃と重なって、とっても愛しい。……と同時に彼を男性として意識する私は、紺色の髪を撫でる指先に、つい想いを込める。

 ――この時間がずっと続けばいいのに。彼の好きな人は、もう少し登場を待ってくれるかな?
 
 王城で彼が気を許せるのは、きっと私だけ。だからロディは疲れたら、私に会いに来るのだろう。それなら想いは脇に置き、存分に甘えさせてあげよう。
 
 ――まさかロディ、私の太ももの肉付きが良いせいじゃないよね?

 彼の穏やかな表情を、私は切ない想いで見つめていた。



 王妃様も私には好意的だった。部屋の前でロディを見送る私の姿を目撃したにも関わらず、文句を言わない。それどころかニコニコしていらっしゃるので、ロディは演技のことをきちんと話したらしい。

 問題は第一王子のリカルド殿下だ。
 ある日中庭を通りがかった私は、彼が婚約者である黒髪の公爵令嬢と言い合う姿を、偶然見てしまう。王子の婚約者は彼より五つ年下でかなり気が強く、「情けない」だの「軟弱な」というセリフが彼女の口からポンポン飛び出していた。それに対してリカルド殿下は、困ったように微笑んでいる。私とたまたま目が合うと、おどけたように肩をすくめた。

「もういいわよ。リカルド様なんて知らないっ!」

 青い瞳に涙を溜めた公爵令嬢は、すれ違いざま私をにらむ。走り去る彼女を見て、私まで胸が痛い。
 第一王子はどの女性にも優しいが、彼女は自分だけを大事にしてもらいたいのだろう。私もロディが好きなので、彼女の気持ちはよくわかる。部屋を出て行く彼を、引き留めることができたなら……

 けれどリカルド王子は婚約者を追わず、私に近づく。

「彼女にも困ったものだ。これだから子供は……」
「リカルド様、追いかけた方がよろしいのでは? ……なな、何を!」

 なんと第一王子は私の手を取り、指先に口づけた。当然ながら私は焦り、握られた手を引っこ抜く。

「ふざけるのはおやめください!」
「ふざける? いや、美しいものをでるのは、当然のことだと思うけど?」
「はあ?」

 つい、変な声が出てしまった。
 婚約者とケンカした直後に、別の女性にちょっかいかけたらダメでしょう!

「怒った顔も魅力的だね。ねえシルヴィエラ、君は素敵だ。君だけが私の気持ちをわかってくれる」

 いいえ、まったく。
 第一王子のことを理解しようとした覚えはないし、別にわからなくても困らない。私が知りたいのは、ロディの心の中だけだ。

「あの、何を……」
「私のために微笑んで、私のために心をくだいてほしい」

 どういうこと?
 まさか私、第一王子付きの女官にスカウトされてるの?
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