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第三章 愛人にはなりません

まさかのふりだし 10

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「マリサは綺麗なだけでなく、すごく優しい性格だったわ。彼女は男爵家に嫁いだ後も女官を続け、私が身ごもった時は、自分のことのように喜んでくれたの」

 目を細める王妃は、当時のことを思い出しているようだ。母が見れば感激するだろう。

「だから私は、迷わず彼女を世話係に指名した。乳母は別にいたけれど、彼女の方がリカルドに惜しみなく愛情をそそいでくれて。おかげで息子はマリサになつき、歩けるようになるとすぐに後をついて回ったわ」

 私は思わず息を呑む。
 何、その裏設定……そんなの、ラノベのどこにも載っていない。

「ある日、マリサがここを辞めさてほしいと言ってきたの。理由を聞くと、自分も子供を授かったからって。私は彼女に、子供と一緒で構わないから出産後も続けてほしいと頼んだわ。その方が、リカルドも喜ぶはずだし」

 破格の好待遇!
 母はそれほどまでに、信頼されていたのね。

「でもマリサは、この子をのんびり育てたいと、嬉しそうに笑った。その顔を見て、私は何も言えなくなったわ」

 私のために、大好きな王城を去った母。
 懐かしそうに語っても、戻りたいとは言わなかったように思う。

「王妃様、教えて下さってありがとうございます。母も王城は素敵なところだと、よく話しておりました」
「ありがとう。貴女の優しいところは、お母様譲りかしら? でもね、話にはまだ続きがあるのよ」

 私はうなずき、王妃を見つめる。

「リカルドは、マリサが去って悲しんだ。病気がちなこの子を――ローランドを彼女に預けると決めた時、自分も行くと言い張ったの」

 そうか。第一王子の世話係の経験があったから、第二王子もうちに預けられたのね?

「もちろん、貴方の弟は静養しに行くんだって、言い聞かせたわ。私は母親失格ね。弱っていたこの子をどうすることもできず、マリサに託したの。彼女ならきっと、救ってくれると信じて」
「そう……だったんですか」

 母に会いたいリカルド王子が王城に残り、病弱なローランド王子がうちに来た。ロディは親元を離れ、心細い思いをしただろう。彼の病気が治って、本当に良かった。
 ロディは食べ物の好き嫌いを除けば、聞き分けのいい子供だった。小さいのにいろんなことを我慢して、無理して微笑んで。ロディが心からの笑みを浮かべた時、私は嬉しくなった。姉のようにうるさく構ったのは、本物の笑顔が見たかったから。あの頃私は、この幸せがずっと続けばいいと、それだけを望んでいたのだ。

「マリサも貴女も、期待に十分応えてくれたわ。元気になった息子を見て、私と陛下は感謝の思いでいっぱいだった。ローランドが貴女に惹かれるのは当然ね」
「いえ、あの……」

 私が口を開きかけると、ロディに強く手を握られた。何も話すなって意味?

「シルヴィエラ、私は貴女を歓迎するわ」
「それはどうい……」
「ありがとう、母上。では、僕達はこれで」

 ロディが椅子からいきなり立ち上がる。手を引っ張られた私は、王妃に慌てて礼をした。けれど彼女は、私達を引き留める。

「まだダメよ。どうかこれだけは言わせてちょうだい」

 ロディが渋々腰を下ろした。
 私は椅子の上で姿勢を正す。

「貴女はお母様に愛されていた。美しく立派に成長した姿を見たら、マリサもきっと誇りに思うでしょう」

 昔の母をよく知る王妃が、私を立派だと言ってくれた。母本人に褒められたようで、思わず涙腺るいせんゆるむ。
 お人好しだけど、明るく優しい母。私が料理やお菓子作りを覚えたのは、彼女に少しでも近づきたかったから。母に会いたくて、胸が痛い――

 ロディが手巾ハンカチを渡してくれる。
 爽やかな香りの手巾で涙をぬぐった私は、王妃に深く頭を下げた。

「ありが……とう……ございます」
「いいえ、お礼を言うのは私よ。この子をよろしくね」

 王妃は微笑むと、部屋を出て行く。
 最後がいまいちわからなかった。
 演技だって、伝えていないせい?

 手巾を両手で握りしめ、私は隣に座るロディの顔をじっと見る。彼は私の頭を撫でながら、突然、訳のわからないことを言いだした。

「シルフィは、泣き顔も綺麗だ。うるんだ瞳で見つめるなんて、僕をどうしたい?」
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