37 / 60
第三章 愛人にはなりません
まさかのふりだし 10
しおりを挟む
「マリサは綺麗なだけでなく、すごく優しい性格だったわ。彼女は男爵家に嫁いだ後も女官を続け、私が身ごもった時は、自分のことのように喜んでくれたの」
目を細める王妃は、当時のことを思い出しているようだ。母が見れば感激するだろう。
「だから私は、迷わず彼女を世話係に指名した。乳母は別にいたけれど、彼女の方がリカルドに惜しみなく愛情を注いでくれて。おかげで息子はマリサに懐き、歩けるようになるとすぐに後をついて回ったわ」
私は思わず息を呑む。
何、その裏設定……そんなの、ラノベのどこにも載っていない。
「ある日、マリサがここを辞めさてほしいと言ってきたの。理由を聞くと、自分も子供を授かったからって。私は彼女に、子供と一緒で構わないから出産後も続けてほしいと頼んだわ。その方が、リカルドも喜ぶはずだし」
破格の好待遇!
母はそれほどまでに、信頼されていたのね。
「でもマリサは、この子をのんびり育てたいと、嬉しそうに笑った。その顔を見て、私は何も言えなくなったわ」
私のために、大好きな王城を去った母。
懐かしそうに語っても、戻りたいとは言わなかったように思う。
「王妃様、教えて下さってありがとうございます。母も王城は素敵なところだと、よく話しておりました」
「ありがとう。貴女の優しいところは、お母様譲りかしら? でもね、話にはまだ続きがあるのよ」
私は頷き、王妃を見つめる。
「リカルドは、マリサが去って悲しんだ。病気がちなこの子を――ローランドを彼女に預けると決めた時、自分も行くと言い張ったの」
そうか。第一王子の世話係の経験があったから、第二王子もうちに預けられたのね?
「もちろん、貴方の弟は静養しに行くんだって、言い聞かせたわ。私は母親失格ね。弱っていたこの子をどうすることもできず、マリサに託したの。彼女ならきっと、救ってくれると信じて」
「そう……だったんですか」
母に会いたいリカルド王子が王城に残り、病弱なローランド王子がうちに来た。ロディは親元を離れ、心細い思いをしただろう。彼の病気が治って、本当に良かった。
ロディは食べ物の好き嫌いを除けば、聞き分けのいい子供だった。小さいのにいろんなことを我慢して、無理して微笑んで。ロディが心からの笑みを浮かべた時、私は嬉しくなった。姉のようにうるさく構ったのは、本物の笑顔が見たかったから。あの頃私は、この幸せがずっと続けばいいと、それだけを望んでいたのだ。
「マリサも貴女も、期待に十分応えてくれたわ。元気になった息子を見て、私と陛下は感謝の思いでいっぱいだった。ローランドが貴女に惹かれるのは当然ね」
「いえ、あの……」
私が口を開きかけると、ロディに強く手を握られた。何も話すなって意味?
「シルヴィエラ、私は貴女を歓迎するわ」
「それはどうい……」
「ありがとう、母上。では、僕達はこれで」
ロディが椅子からいきなり立ち上がる。手を引っ張られた私は、王妃に慌てて礼をした。けれど彼女は、私達を引き留める。
「まだダメよ。どうかこれだけは言わせてちょうだい」
ロディが渋々腰を下ろした。
私は椅子の上で姿勢を正す。
「貴女はお母様に愛されていた。美しく立派に成長した姿を見たら、マリサもきっと誇りに思うでしょう」
昔の母をよく知る王妃が、私を立派だと言ってくれた。母本人に褒められたようで、思わず涙腺が緩む。
お人好しだけど、明るく優しい母。私が料理やお菓子作りを覚えたのは、彼女に少しでも近づきたかったから。母に会いたくて、胸が痛い――
ロディが手巾を渡してくれる。
爽やかな香りの手巾で涙を拭った私は、王妃に深く頭を下げた。
「ありが……とう……ございます」
「いいえ、お礼を言うのは私よ。この子をよろしくね」
王妃は微笑むと、部屋を出て行く。
最後がいまいちわからなかった。
演技だって、伝えていないせい?
手巾を両手で握りしめ、私は隣に座るロディの顔をじっと見る。彼は私の頭を撫でながら、突然、訳のわからないことを言いだした。
「シルフィは、泣き顔も綺麗だ。潤んだ瞳で見つめるなんて、僕をどうしたい?」
目を細める王妃は、当時のことを思い出しているようだ。母が見れば感激するだろう。
「だから私は、迷わず彼女を世話係に指名した。乳母は別にいたけれど、彼女の方がリカルドに惜しみなく愛情を注いでくれて。おかげで息子はマリサに懐き、歩けるようになるとすぐに後をついて回ったわ」
私は思わず息を呑む。
何、その裏設定……そんなの、ラノベのどこにも載っていない。
「ある日、マリサがここを辞めさてほしいと言ってきたの。理由を聞くと、自分も子供を授かったからって。私は彼女に、子供と一緒で構わないから出産後も続けてほしいと頼んだわ。その方が、リカルドも喜ぶはずだし」
破格の好待遇!
母はそれほどまでに、信頼されていたのね。
「でもマリサは、この子をのんびり育てたいと、嬉しそうに笑った。その顔を見て、私は何も言えなくなったわ」
私のために、大好きな王城を去った母。
懐かしそうに語っても、戻りたいとは言わなかったように思う。
「王妃様、教えて下さってありがとうございます。母も王城は素敵なところだと、よく話しておりました」
「ありがとう。貴女の優しいところは、お母様譲りかしら? でもね、話にはまだ続きがあるのよ」
私は頷き、王妃を見つめる。
「リカルドは、マリサが去って悲しんだ。病気がちなこの子を――ローランドを彼女に預けると決めた時、自分も行くと言い張ったの」
そうか。第一王子の世話係の経験があったから、第二王子もうちに預けられたのね?
「もちろん、貴方の弟は静養しに行くんだって、言い聞かせたわ。私は母親失格ね。弱っていたこの子をどうすることもできず、マリサに託したの。彼女ならきっと、救ってくれると信じて」
「そう……だったんですか」
母に会いたいリカルド王子が王城に残り、病弱なローランド王子がうちに来た。ロディは親元を離れ、心細い思いをしただろう。彼の病気が治って、本当に良かった。
ロディは食べ物の好き嫌いを除けば、聞き分けのいい子供だった。小さいのにいろんなことを我慢して、無理して微笑んで。ロディが心からの笑みを浮かべた時、私は嬉しくなった。姉のようにうるさく構ったのは、本物の笑顔が見たかったから。あの頃私は、この幸せがずっと続けばいいと、それだけを望んでいたのだ。
「マリサも貴女も、期待に十分応えてくれたわ。元気になった息子を見て、私と陛下は感謝の思いでいっぱいだった。ローランドが貴女に惹かれるのは当然ね」
「いえ、あの……」
私が口を開きかけると、ロディに強く手を握られた。何も話すなって意味?
「シルヴィエラ、私は貴女を歓迎するわ」
「それはどうい……」
「ありがとう、母上。では、僕達はこれで」
ロディが椅子からいきなり立ち上がる。手を引っ張られた私は、王妃に慌てて礼をした。けれど彼女は、私達を引き留める。
「まだダメよ。どうかこれだけは言わせてちょうだい」
ロディが渋々腰を下ろした。
私は椅子の上で姿勢を正す。
「貴女はお母様に愛されていた。美しく立派に成長した姿を見たら、マリサもきっと誇りに思うでしょう」
昔の母をよく知る王妃が、私を立派だと言ってくれた。母本人に褒められたようで、思わず涙腺が緩む。
お人好しだけど、明るく優しい母。私が料理やお菓子作りを覚えたのは、彼女に少しでも近づきたかったから。母に会いたくて、胸が痛い――
ロディが手巾を渡してくれる。
爽やかな香りの手巾で涙を拭った私は、王妃に深く頭を下げた。
「ありが……とう……ございます」
「いいえ、お礼を言うのは私よ。この子をよろしくね」
王妃は微笑むと、部屋を出て行く。
最後がいまいちわからなかった。
演技だって、伝えていないせい?
手巾を両手で握りしめ、私は隣に座るロディの顔をじっと見る。彼は私の頭を撫でながら、突然、訳のわからないことを言いだした。
「シルフィは、泣き顔も綺麗だ。潤んだ瞳で見つめるなんて、僕をどうしたい?」
0
お気に入りに追加
929
あなたにおすすめの小説
迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?
ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。
衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得!
だけど……?
※過去作の改稿・完全版です。
内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい
鍋
恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。
尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。
でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。
新米冒険者として日々奮闘中。
のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。
自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。
王太子はあげるから、私をほっといて~
(旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。
26話で完結
後日談も書いてます。
魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる
橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。
十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。
途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。
それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。
命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。
孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます!
※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる