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第三章 愛人にはなりません

まさかのふりだし 5

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 ロディ……ローランド王子にくっつく自分に気づき、私は慌てて身をよじる。なのに彼は腕に一層力を込めた。
 離してほしいと言おうとしたが、彼は義妹を一心に見つめている。その表情は好ましいというより、苦々しいといった感じだ。

「ローランド様……?」

 義妹が可愛らしく首を傾げるが、ロディの声は冷たい。

「用が済んだのなら、さっさと帰るべきだ」

 彼はそのまま、あごで扉を指し示す。
 ぞんざいな言動にショックを受けた義妹は、その場でよろめく。ロディは無視し、手を貸さない。代わりに侍従が走り寄り、義妹を部屋の外に追い出した。

 閉まる扉の音を聞き、私は肩の力を抜く。ロディは私の腰に腕を回したまま、兄王子に話しかけた。

「兄上、どういうことですか。貴方がいながらこれは……」
「まあね。私もびっくりしたよ?」

 全く驚いていない口調で、リカルド王子が肩をすくめる。

「それだけじゃない。女官とお茶を楽しむなど、権利を行使しすぎでは? 職務に忠実な彼女達が逆らえないことくらい、わかっているでしょう」
「でも、シルヴィエラも楽しそうだったよ? 私のために菓子を作ってくれたし」
「菓子……?」

 テーブルを見たロディが、次いで私に目を向ける。怒っているような表情は、仕事中に楽しむなってそういう意味?

 違うってば。
 楽しんだのは作る過程で、それは仕事の後。まあ、久々のお菓子作りを楽しんだことは確かだけれど……
 甘くないお菓子を「美味」だと言われてホッとしたし、これでもう第一王子に呼び出されることもない。

「シルフィ、こっちへ。話がある」
「待って、ロディ……ローランド殿下!」

 有無を言わさず、手を引っ張られた。気になって後ろを振り返るが、リカルド王子は面白そうな表情だ。カリーナの顔が強張っているので申し訳ない。後で事情を説明し、きっちり謝ろう。私の家族を追い出すため、ロディが演技しただけだとわかれば、許してくれるかも。
 それにしたって、今日のロディは強引だ。急にどうしたのだろう?



 私はすぐ近くの部屋に押し込まれた。
 心配してついてきた侍従に、ロディが部屋から出るよう命じる。
 扉が閉まった瞬間、私の背中を冷や汗が伝う。まさか義兄が騒ぎを起こしたから、見習いをクビ……?
 
 ロディが紺色の髪をかき上げ、ため息をつく。不機嫌な彼から距離を取るため、私は扉横の壁まで後退する。けれど彼は長い足で近づくと、私の顔の両側に手を付いた。近すぎて逃げられないし、これではまるで壁ドンだ。
 変なことを考えて焦る私をよそに、ロディが目を細めた。

「シルフィ、どうして兄のいる部屋へ?」

 ロディは、何が言いたいのだろう?
 ――ハッ、まさか。私の方からリカルド王子の所に押しかけたと、勘違いしたの!?

「どうしてって……甘い物が苦手だとおっしゃって。残すのは忍びないから、私に食べてほしいと」
「兄は確かに甘い物が嫌いだが、口にできないほどではない。彼は……いや、なぜ君が選ばれた?」
「さあ?」

 私の方が聞きたいくらいだ。
 見ただけで、食い意地が張っているとわかるのだろうか?

「まあいい。彼のために菓子を作ったというのは本当?」
「ええ」

 私はうなずく。ロディは義兄のことを注意せず、大変な演技をさせられたと文句を言うわけでもない。もしかして、「自分もお菓子を食べたかったのに、君達だけ楽しんでずるい!」ということかな?

 だったら今度はロディも一緒に……
 話しかけようとするけれど、彼の表情は曇ったまま。傷ついたようにも見えるのは、どうしてだろう?
 ロディは私をまっすぐ見つめ、意外なことを口にする。

「ねえ、シルフィ。僕は君が好きだよ。だから、兄のところには行かないでほしい」

 どういう意味?
 考えるため、私はうつむく。
 頭の上で、ロディが息を大きく吸い込んだ。

 
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