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第二章 ラノベ化しません

ヒロインよりも 5

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 ヒロインよりも女官見習いがいい――

 翌日から私は、王城で勤めることとなった。基本的には女官にくっつき、仕事を手伝う。私の指導をしてくれるのは、子爵令嬢のシモネッタ。前世を思い出した私は「ん?」となったが、この世界ではよくある名前だ。考え過ぎはよくないし、ラノベ化ダメ、絶対!

 シモネッタは淡い緑色の髪の美人で、目尻の上がった琥珀こはく色の瞳に眼鏡めがねをかけている。難関試験を勝ち抜いてきただけあって、仕事ぶりは正確で丁寧。お茶のれ方も完璧だし、衣装の扱いにもけていた。
 私が感心していると、「大したことはない」と言いながら、しきりに眼鏡を触る。姿勢の良さを褒めた時も、眼鏡を直していた。どうやら照れると眼鏡を触る癖があるようだ。

 シモネッタは19歳。すでに婚約者がいて、花嫁修業のために女官になったのだとか……いいなぁ。

 女官部屋で仲良くなったカリーナも、素晴らしい。彼女は波打つ茶色の髪に緑色の瞳で、小柄な女の子。可愛らしい見た目に反し、性格はさっぱりしている。彼女は私にいろんなことを教えてくれた。

「女官長は厳しいけれど、頑張った分だけ認めてくれるの。実は涙もろいし」
「とても良い方なのね」

 女官長には、初日に紹介された。
 灰色の髪を一つにまとめた年配の女性で、細く背が高い。無表情のため一見きつい印象を受けるが、私に向ける目は優しかった。まあ、ローランド王子が隣にいたせいかもしれないけれど。
 王城で女官長にまで上り詰めるくらいだから、すごい人なのだろう。彼女は王族のみならず、女官達の信頼も集めていた。

「あと、料理長は幼い娘を溺愛しているわ。娘さんを褒めると、その日のデザートが豪華になるみたい」
「かなり重要な情報ね。覚えておくわ」
「それから、王子狙いの令嬢達には気をつけて。偉そうに振る舞うし、無理難題をふっかけてくるから。用事を言いつけられる前に逃げた方が賢明よ」
「気をつけるわ。教えてくれてありがとう」

 同室のカリーナは私と同じく男爵家の出身で、17歳。第二王子に憧れているらしく、彼の話をよく聞かされる。

「今日のローランド様も素敵だったわ。キリッと男らしくて」
「男らしい……」

 私の頭に浮かぶのは、ふにゃっとした笑顔の幼い頃のロディだ。男らしいというより可愛らしい、かな。

「第一王子のリカルド様と違ってあまり笑わないけど、そこがまたいいの」
「笑わない?」

 小屋で再会して以来、ローランド王子はよく笑う。私はたまたま、彼の機嫌がいい時に遭遇そうぐうしているみたい。

「どんな人が彼のお妃になるのかしら? 他国の王族か高位貴族の女性だと思うけど、決まったら私、絶対に泣くわ」

 残念ながら、男爵は貴族の中で一番格下だ。この国では今まで、男爵家の者が正妃となった例はない。王子の伴侶はんりょは大抵、侯爵家以上の令嬢から選ばれていた。かといって、妃に収まる方法がないわけではない。

「そのためラノベのヒロインは、色仕掛けで迫ったんでしょうけれど……」
「シルヴィエラ、何か言った?」
「いえ、別に何も」

 ――危なかった。
 思ったことを声に出していたようだ。
 ラノベでは、シルヴィエラのとりことなるローランド王子。彼がその後どんな人生を歩んだのかまでは、書かれていなかった。

 現実のロディ……ローランド王子には、まともな方法で幸せになってもらいたい。彼の相手には、腹黒くなく、第一王子に乗り換えず、彼だけを愛してくれる人を希望する。王子に変な虫が付かないよう、私がここで勤める間は警戒しておこう。
 


 ローランド王子と言えば、『女官見習い』は認めてくれたものの、女官部屋に入ることはなかなか許してくれなかった。最初に案内した豪華な部屋を使うようにと、強硬に主張したのだ。
 あれは城の特別室で、繊細な調度品に加え、可愛らしい桃色のカーテンや白い絨毯じゅうたんに猫足の長椅子など、女性が喜びそうなものばかり。ただの女官見習いが、王女のような生活をするわけにはいかない。

『いえ、お気持ちは大変ありがたいのですが、見習いがここを使うのはおかしいと思います』
『やはり女官見習いでなく、客人と言った方がしっくりくるね。それとも……――』
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