19 / 60
第二章 ラノベ化しません
ヒロインよりも 4
しおりを挟む
連れてこられたのは、国王の私室だった。
大理石の床には赤い絨毯が敷いてあり、窓にかかるカーテンも赤。家具や調度品も豪華で、煌めくシャンデリアには圧倒されてしまう。正面の一段高い場所に玉座が置かれ、黒髪で精悍な顔立ちの国王と、その隣に金髪でたおやかな王妃が腰掛けている。お二人は驚きながら私を見ていた。
私の方こそびっくりだ。
まさか、この恰好でお二人の前に出るなんて!
なるほど、だからドレスが用意されていたのか。てっきり王子が友人扱いする気かと恐れて、私は女官の服を求めた。バレスの城は大きく使用人の数は多いから、国のトップが使用人を採用するたびに会うなんて、考えもしなかったのだ。国王夫妻の御前に出ることがわかっていたら、もちろんまともに装った。どうして誰も教えてくれなかったの?
私は慌てて頭を下げ、膝を折る。
摘まんだスカートがあまり広がらないため、優雅な態度とはいえない。
「お前が言っていたのは、その者か?」
「はい、彼女がシルヴィエラ=コルテーゼ嬢です」
「可愛らしいわね」
国王に続いて王子が応え、さらに王妃が発言した。私は固まったまま、顔を上げられない。
けれど王妃は、私に優しく話しかけてきた。
「堅苦しい挨拶は必要ないから、顔を上げてちょうだい。そう、あなたがマリサの……」
「お目にかかれて、大変光栄です」
私はなんとか声を絞り出し、もう一度礼をする。
マリサとは、私の亡くなった母の名だ。
王妃は、母のことを覚えていて下さった!
「こちらこそ。やはり面影があるわ」
「あ、ありがとうございます」
私と母は銀色の髪と目元がよく似ている。
生前、母は王城勤めのことを懐かしそうに語っていた。私が王妃様から直接お声をかけてもらえたと知れば、一緒になって喜んでくれただろう。
そうか、ロディが……ローランド王子がうちに預けられていたのって、王妃様が母をよく知っていたから?
「今までずっと、お礼も言えずにごめんなさい。マリサのおかげで、この子は元気になったのに」
この子とは、ローランド王子のことだよね?
身体が弱かったロディは、田舎の我が家で元気になった経緯がある。
「とんでもございません。亡くなった両親も、心から喜んでおりました」
それは本当だ。
だけど母は、ロディが王都に帰った後、私を慰めるのに忙しかった。落ち込む私にお菓子作りを教えてくれたのは、その頃だ。
父も母も、ロディがローランド王子だとは、最後まで教えてくれなかった。今ならそれは、守秘義務のせいだとわかる。それとも、身分違いで二度と会えないと知っていたから、私に下手な希望を持たせないようにしたのだろうか?
今となっては、真意はわからない。
結局私はロディと再会し、王城にまで来てしまった。母の思いを無駄にしないためにも、分をわきまえてこの方々にきっちりお仕えしよう。
「そう、優しいところもマリサに似ているわ。息子をお願いね」
お願いって?
私はローランド王子付きではなく、ただの見習いだ。お願いされても、世話ができるほどの技術はない。
――王子ったら。私が女官じゃないってこと、まだ話していないのね?
でもここで王妃の言葉を否定したら、話が長くなるだろう。謁見できて嬉しいと思いつつ、緊張するので早く退がりたいというのが、正直な気持ちだ。
「かしこまりました。精一杯勤めさせていただきます」
私は深く頭を下げる。
国王も王妃も不思議そうな顔をしているけど、言葉遣いが間違っていても、できれば許してもらいたい。
挨拶を終えた私は、ローランド王子と共に退出する。考えてみれば、王子は私に寄り添い、ぴったりくっついていた。見習いがこんなに丁寧な扱いを受けるのなら、女官になったらもっと……
貴族の娘が女官に憧れるのは、王族のせいだと思う。
大理石の床には赤い絨毯が敷いてあり、窓にかかるカーテンも赤。家具や調度品も豪華で、煌めくシャンデリアには圧倒されてしまう。正面の一段高い場所に玉座が置かれ、黒髪で精悍な顔立ちの国王と、その隣に金髪でたおやかな王妃が腰掛けている。お二人は驚きながら私を見ていた。
私の方こそびっくりだ。
まさか、この恰好でお二人の前に出るなんて!
なるほど、だからドレスが用意されていたのか。てっきり王子が友人扱いする気かと恐れて、私は女官の服を求めた。バレスの城は大きく使用人の数は多いから、国のトップが使用人を採用するたびに会うなんて、考えもしなかったのだ。国王夫妻の御前に出ることがわかっていたら、もちろんまともに装った。どうして誰も教えてくれなかったの?
私は慌てて頭を下げ、膝を折る。
摘まんだスカートがあまり広がらないため、優雅な態度とはいえない。
「お前が言っていたのは、その者か?」
「はい、彼女がシルヴィエラ=コルテーゼ嬢です」
「可愛らしいわね」
国王に続いて王子が応え、さらに王妃が発言した。私は固まったまま、顔を上げられない。
けれど王妃は、私に優しく話しかけてきた。
「堅苦しい挨拶は必要ないから、顔を上げてちょうだい。そう、あなたがマリサの……」
「お目にかかれて、大変光栄です」
私はなんとか声を絞り出し、もう一度礼をする。
マリサとは、私の亡くなった母の名だ。
王妃は、母のことを覚えていて下さった!
「こちらこそ。やはり面影があるわ」
「あ、ありがとうございます」
私と母は銀色の髪と目元がよく似ている。
生前、母は王城勤めのことを懐かしそうに語っていた。私が王妃様から直接お声をかけてもらえたと知れば、一緒になって喜んでくれただろう。
そうか、ロディが……ローランド王子がうちに預けられていたのって、王妃様が母をよく知っていたから?
「今までずっと、お礼も言えずにごめんなさい。マリサのおかげで、この子は元気になったのに」
この子とは、ローランド王子のことだよね?
身体が弱かったロディは、田舎の我が家で元気になった経緯がある。
「とんでもございません。亡くなった両親も、心から喜んでおりました」
それは本当だ。
だけど母は、ロディが王都に帰った後、私を慰めるのに忙しかった。落ち込む私にお菓子作りを教えてくれたのは、その頃だ。
父も母も、ロディがローランド王子だとは、最後まで教えてくれなかった。今ならそれは、守秘義務のせいだとわかる。それとも、身分違いで二度と会えないと知っていたから、私に下手な希望を持たせないようにしたのだろうか?
今となっては、真意はわからない。
結局私はロディと再会し、王城にまで来てしまった。母の思いを無駄にしないためにも、分をわきまえてこの方々にきっちりお仕えしよう。
「そう、優しいところもマリサに似ているわ。息子をお願いね」
お願いって?
私はローランド王子付きではなく、ただの見習いだ。お願いされても、世話ができるほどの技術はない。
――王子ったら。私が女官じゃないってこと、まだ話していないのね?
でもここで王妃の言葉を否定したら、話が長くなるだろう。謁見できて嬉しいと思いつつ、緊張するので早く退がりたいというのが、正直な気持ちだ。
「かしこまりました。精一杯勤めさせていただきます」
私は深く頭を下げる。
国王も王妃も不思議そうな顔をしているけど、言葉遣いが間違っていても、できれば許してもらいたい。
挨拶を終えた私は、ローランド王子と共に退出する。考えてみれば、王子は私に寄り添い、ぴったりくっついていた。見習いがこんなに丁寧な扱いを受けるのなら、女官になったらもっと……
貴族の娘が女官に憧れるのは、王族のせいだと思う。
0
お気に入りに追加
928
あなたにおすすめの小説
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
え、幼馴染みを愛している? 彼女の『あの噂』のこと、ご存じないのですか?
水上
恋愛
「おれはお前ではなく、幼馴染である彼女を愛しているんだ」
子爵令嬢である私、アマンダ・フィールディングは、婚約者であるサム・ワイスマンが連れて来た人物を見て、困惑していた。
彼が愛している幼馴染というのは、ボニー・フルスカという女性である。
しかし彼女には、『とある噂』があった。
いい噂ではなく、悪い噂である。
そのことをサムに教えてあげたけれど、彼は聞く耳を持たなかった。
彼女はやめておいた方がいいと、私はきちんと警告しましたよ。
これで責任は果たしました。
だからもし、彼女に関わったせいで身を滅ぼすことになっても、どうか私を恨まないでくださいね?
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる