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第二章 ラノベ化しません

ヒロインよりも 1

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 ロディの言葉を聞いた瞬間、私は頭が真っ白になる。

「な、ななななな……」

 なんで? なんで幼い頃とはいえ、第二王子が我が家に預けられていたの?
 第二王子の名前くらい、私もさすがに知っている。だけど、ラノベのローランドは黒髪で、雰囲気ももっと鋭かった。もちろん『幼い頃、身体が弱かった』という記述はどこにもない。
 しかも今、レパードの名前まで入っていなかった? レパードとは、シルヴィエラが義兄から逃げるために利用する幼なじみの名前だ。彼は水色の髪で――

 ひざから力が抜ける私を、駆け寄ったロディが……いえ、ローランド王子が支えてくれた。
 私はラノベのシルヴィエラではないから、ここで気絶するわけにはいかない。彼の手を借りるなど、最もしてはいけないことだ。もうすでに利用し、やらかしちゃった感はあるけれど。
 王子の胸に手を当てて、大丈夫だと伝えた。
 しかし彼は動かずに、心配そうな顔をする。

「ごめん、驚かせたね。とりあえずゆっくりするといい。必要なものは、女官が準備してくれるから」
「あ、ありがとう……ございます」

 部屋にはすでに女官が待機しており、ロディ……ローランド王子は慣れた仕草で彼女達に指示を出す。王子は私を長椅子に導き、そのまま隣に腰掛けた。彼の手が私の肩に回され、さらに優しく髪に触れる。自分にもたれかかるように、ということだろうか?

 親切を無にするようで悪いけど、私は椅子に浅く座り直すと、胸の前で両手を合わせた。習慣って恐ろしい。困ったことがあれば、つい祈るようなポーズになってしまうのだ。
 狩猟小屋よりも数段立派な長椅子は、クッションも柔らかかった。けれど今は、その感触を楽しんでいる場合ではない。

 よーく考えよう。
 義兄から逃げたはずなのに、どうして次の幼なじみと、その先の第二王子が合体して現れた? 

 ――幼なじみは水色の髪で穏やかなレパード。第二王子は黒髪で鋭くたくましいローランド。

 成長したロディは、穏やかだけど時々強引な気がする。そして、紺色の髪だ。まさか、水色と黒を混ぜたら紺になるから、二人が合体してるってオチじゃあ……

 現実の方が、ラノベもびっくりな展開だ。
 このままだと、私はロディと深い仲に?
 いやいやいや、それはないでしょう。
 弟としか思えないし、向こうだって私を姉のように思っているはずで……って、彼はこの国の王子だ。私ったら、弟だなんてとんでもない!

 慌てて長椅子の一番端まで避けると、私はロディ……ローランド王子に頭を下げた。

「た、大変申し訳ありません。王子殿下とは知らずに、昔も今も無礼な振る舞いをいたしました。どうかお許しください」

 王子は長い足を組み替えながら、ため息をつく。

「シルフィ、顔を上げて。そういう態度は困るよ。君と僕との仲だろう?」 
「そう言われましても……」
「君は僕の――……。まずは友人として、気楽に過ごしてね」

 姉のようなもの、と言いかけたのだろう。けれど私は、驚きに目をみはる。
 だって「友人として気楽に過ごして」っていうセリフは、確かラノベにも出てきた。友人と言われて滞在を許されたのをいいことに、シルヴィエラは幼なじみから第二王子に乗り換えようとたくらむのだ。身に余る栄誉だと感激し、わざとらしく涙を流す。そして彼女は、当然のようにローランド王子の腕に飛び込んで――

 ふしだらダメ、絶対。
 駄作ラノベの通りになるのは嫌だ。
 王太子妃に上り詰めようとしているならともかく、私にそんな野望は全くない。近い将来、たった一人の愛する人との出会いを希望する。

 実際、私とロディは友人というより幼なじみだ。それも昔の話だし、彼が王子だとわかった今、馴れ馴れしくしている場合ではない。男爵令嬢ごときが近づこうものなら、他の大貴族や王子を狙うご令嬢方からひんしゅくを買うし、彼の王子としての評判も下がってしまう。

 だから私は、彼の申し出を受けるわけにはいかない。いくら親切から出た言葉でも、ロディの足を引っ張ってはいけないのだ。彼に頼ると、私がふしだら……ラノベ化してしまう危険だってある。
 私は私。前世を思い出したからには、自分に恥じない生き方をしたい。

 顔を上げた私は、ローランド王子の金色の瞳をまっすぐ見つめて口を開いた。

「もったいないお言葉、感謝にえません。ですが、つつしんでお断りさせていただきます」
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