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第一章 自虐ネタではありません

適当ヒロイン 12

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 我が国バレスでは、宰相や大臣の職に就くと王城の敷地内に仮の家を持つことができる。もちろん家族も同居が可能だ。重要な職務には、大抵伯爵以上の爵位を持つ者が選任される。ロディの父親はきっと、公爵か侯爵、伯爵のどれかだろう。男爵家の私からすれば、雲の上の人達だ。

 それに私は今、王城に行く恰好かっこうをしていない。持って出た服は汚れていたので、コートの下はあろうことか昨日と同じ服。よく見れば、腕にはまだ汚れが残っている。きっと顔にも……
 このままでは、雇い主であるロディのご両親への心証が悪くなってしまう。

「待って。私、こんな恰好では……」
「何のこと? どんな姿でもシルフィは綺麗だよ」

 いや、こんな所でお世辞はいいから。

「着替える服はないけれど、せめて洗って綺麗にしておきたいの」
「到着してからでいい。新しい服も用意させよう」

 メイドのお仕着せだろうか?
 みんなに紹介する前に、着替えておいた方がいいってことね。
 ロディは王城の方角に馬を進めていく。

 特に行き先をたずねられることもなく、城門をあっさり通過した。国外へ留学していたと言っていたので、ロディは家族と住み始めてまだ間もないはず。それなのに、彼は門番達に顔を覚えられているようだ。誰よりも整った顔立ちだから、わかりやすいのかもしれない。

 城の厩舎きゅうしゃに着くと、厩番うまやばんの男性が慌てて走ってきた。その男性は、飛び下りたロディから手綱たづなを受け取ると、なぜか目をらす。

 ……って、しまったぁ~~!!

 私は自分の恰好を見下ろし、思い至る。
 この世界の女性は、滅多めったに足を見せてはいけない。乗馬服でない場合、貴族の令嬢は上品に横座りするものだ。それなのに前世を思い出した私は、乗馬初心者だったこともあって、落ちないようにまたがって座っていた。ロディも従者も何も言わなかったため、ここに来るまでおかしいとも思わなかったのだ。
 目を逸らされたってことは、服のすそがまくれて足首が見えているのだろう。私ったら、なんてはしたない行動を!

 焦る私にロディが手を差し出した。弟のような彼は、私の足くらいでは動じないらしい。私の腰を持って馬から下ろすと、こっちだというふうに手を引く。

 そのまま城の中へ。
 廊下をどんどん進む彼の長い足について行くには、小走りでやっとだ。人のいる場所を通り過ぎるたび、驚きの表情で見られてしまう。自分の家に移動するなら、外を回った方が良かったのでは?

 私達を見て丁寧に挨拶してくる人もいたので、私は掴まれた手首を引っ張られながらも必死に頭を下げる。一方、ロディはよほど急いでいるのか、一度も立ち止まらないし、挨拶もしない。
 これは姉として、弟の教育間違えたのでは!?



 ロディがようやく、ある部屋の前で足を止めた。
 ここが目的地? ……って、待とうか。ここってどう見ても、王族の居住区だよ? 城の兵士にとがめられたらどうするの。ふざけるにしたって、こんなのはいけない。不法侵入で捕まってしまう!

 注意しようとした私の目の前で、ロディが部屋の扉を開けた。つられて中に入った私を見て、彼がとびきり嬉しそうな笑みを浮かべる。

「シルフィ、いや、シルヴィエラ。我が城へようこそ。君にはこの部屋を使ってもらいたい」

 私は驚き息をむ。
 豪華な部屋の内装ではなく、彼の言葉にびっくりしたのだ。

 ――今、「我が城」って言わなかった?

 思わずクラッとしてしまい、私は壁に手をつき自分の身体を支えた。差し出されたロディの手は、当然断る。
 私はロディのことを詳しく知っているつもりで、何も知らなかったのだ。思えば彼のフルネームすら聞いた覚えがない。
 背中を冷たい汗が伝う。
 けれど口を開くと、意外に冷静な声が出た。

「もしかして、ロディというのは偽名なの?」
「いいや。偽名じゃなくって愛称だよ。でも、ローリーは嫌でね。シルフィもロディと呼んでくれただろう?」
「てっきり本名かと……」

 私の中でロディはロディだ。
 だけどそれは愛称で、彼には本当の名前があるのだという。
 嫌な予感がする。

 ラノベのシルヴィエラが手玉に取る男性は四人。義兄のヴィーゴと幼なじみのレパード、第二王子のローランド、第一王子のリカルドだ。彼女は最終的にリカルドと結婚し、王太子妃となる。
 
 愛称にロが付くってことは、彼の名前はもしや……

 ロディはうやうやしく私の手を取ると、身体を折って完璧な礼をした。

「シルヴィエラ=コルテーゼ嬢、美しい貴女をお迎えできて光栄です。僕の名前はローランド。ローランド=レパード=バレスティーニ。この国の第二王子です」

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