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第一章 自虐ネタではありません

適当ヒロイン 8

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 フード付きのローブからは紺色の髪がのぞき、形の良い唇が驚いたように開かれている。細身でスタイルの良い彼を勝手に若いと感じたけれど、もちろん私の知らない人だ。

 ……って、いけない! この状況だと私、確実に泥棒だと間違えられてしまう。

「あのっ、私、そのっ」

 必死に言い訳を探していたら、その男性が大股で近づいて来た。思わず後ずさる私を、なぜか自分の両腕に閉じ込める。

「ええっ!?」

 よくわからない。
 もしや泥棒認定されて、捕獲された?
 それにしては、男性の身体はかすかに震え、声もかすれている。

「ああ……会いたかった。どうしてここにいるの? いや、それよりもっとよく顔を見せて」

 その人は両手で私の頬に触れ、自分の顔を近づけた。男性のあまりの美貌に、私は動くことも忘れて見入る……いけない。私さっき、顔洗ったっけ?

 私は焦って目をらす。
 違う、そんなことはどうでもいい。彼は私を誰かと間違えているから、訂正しないと。だって私に、イケメンの知り合いなんていない。

 青年はつややかな紺色の髪で、細められた目は目尻が少しだけ上がっている。フードで陰になっているけれど、瞳は薄く綺麗な色だ。凜々りりしくもたくましく、歳の頃は私と同じか少し上に見える。
 驚くべきは顔の作りで、通った鼻筋にあごのライン、を描く唇の形も完璧だ。礼拝堂に飾られた天使の像も、彼を見ればきっと真っ青になるだろう。

 三年もの間、女性だけの修道院にいた私は、若い男性に縁がなかった。というより、ここ最近で話した男性といえば、王都から来た視察団と郵便配達のお爺さんだけ。
 視察団は年配の方だったし、郵便配達のお爺さんにイケメンの孫がいるなんて話は、もちろん聞いたことがない。

 我に返った私は、青年から離れようと手を突っ張った。

「すみません。人違いです」
「人違い? だって貴女あなたは、シルヴィエラでしょう?」

 青年はそう言い、私の手を取り指先にキスをした。流れるような動作が自然で、私はぽかんとしてしまう。

 青年の深まる笑みを見て、私は慌てて自分の手を引っ込めた。ふしだらなラノベのシルヴィエラじゃあるまいし、手とはいえ初対面の男性にキスを許すなんて、どういうこと!?
 抗議しようと口を開きかけた私は、あることに気がつく。彼は今、私の名前を呼ばなかった?

「どうして……」

 私の名前を知ってるの? 
 私は貴方あなたに、今まで会ったことがないのに。

 青年がフードを下ろした。
 現れた髪は紺色で、その瞳は……金色!?
 胸の奥がざわめく。初めて会うのに懐かしいような、この感覚はなんだろう?

 その青年は私の肩を掴むと、耳に唇を寄せた。

「僕が間違えるはずないだろう? でも、幸せな結婚をしたって聞いていたのに……」

 結婚って、誰が誰と?
 確かに私は修道女で、神の花嫁だ。
 昨日逃げ出したから、その資格もないけれど。

 考え込む私を見て、青年が困ったように笑う。

「会えて嬉しいよ、シルヴィエラ。いや、シルフィ、と呼んだ方がいいのかな?」

 シルフィ? 
 その呼び方って――
 私は驚き息をむ。
 かつて一度だけ、私をそう呼んだ人がいた。彼はもっと小さく、きゅるんとしていたはずだ。背もこんなに高くはない。

 私は目の前の青年を見上げた。
 そういえばどことなく、面影があるような。あれから十年経つから、小さかったロディもこんなふうに大きくなっているだろう。私の記憶が合っているなら、夏生まれの彼は今、十七歳だ。

 信じられずに、私は首を横に振る。
 田舎の屋敷はすでになく、あったとしてもはるかに遠い。森ってだけで会えるなんて、そんな都合のいい話があるものか。そもそもロディの髪は、紺色ではなく水色だ。

「シルフィ、僕のことを忘れてしまったの?」

 正面に立つイケメンが、首をかしげて悲しそうな顔をした。
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