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プロローグ
幼い日の約束
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わざと膨れる彼に笑いかけ、その後おでこをごっつんこ。
『たくさんいるわ。こんなに可愛いあなたを、みんなが放っておくはずないでしょう?』
いい子のロディを嫌う人なんていないと、私は確信している。日頃からそう考えていたせいか、両親が彼を特別大事にしても、まったく嫉妬はしない。私だってロディが大切だもの。彼には一日も早く元気になってほしかった。
病気が治ったら、近くの森や川を案内してあげよう。ロディは甘い物が好きだから、酸っぱい木イチゴには顔をしかめるかもしれないわね? 私はそんな想像をして、クスクス笑っていた。
田舎の空気が合っていたようで、ロディは徐々に回復の兆しを見せる。顔色が良くなり咳も減り、ベッドに伏せる時間が少なくなった。日中は起き上がって静かに本を読んでいる。私の忠告を聞き、食べ物の好き嫌いも克服したみたい。
だけどキノコだけは苦手らしく、刻んだものにしか手を付けなかった。せっかくなので、姉として気づかないフリをしてあげよう。
念願の森には、母と私とロディの三人で行くことになった。父は残念ながら、仕事で不在。木イチゴの他に大量の黒スグリの実を見つけた時には嬉しくなった。競うように摘んだその実を籠に入れて持ち帰り、料理が得意な母に煮詰めてもらう。パンに塗った黒スグリのジャムの、美味しさと言ったら!
たっぷり頬張る私とロディ。
互いの口の端にジャムを認め、顔を見合わせ笑い合う。平凡だけど幸せだった。そんな楽しい毎日が、これからもずっと続くと思っていたのに――
「でも、僕……」
我に返った私の目の前で、とうとうロディが泣き出した。彼が元気になって嬉しいけれど、私は素直に喜べない。だって、そのせいでロディは今日、帰ってしまうのだ。
胸が詰まった私は何も言えず、イニシャル入りの手巾で彼の目元を優しく拭う。小さな彼の笑顔や泣き顔、全てを覚えておきたくて。
本当はいつものように、頭を撫でてあげたかった。大好きだと抱き締めて、手を繋いで家に帰りたい!
だけど王都では、彼の両親が息子の帰りを待ちわびているという。だから私は奥歯を噛みしめて、我慢する。別れは突然でも、これ以上ロディを引き留めるわけにはいかない――
手巾をロディに握らせた私は、用意していた茶色の包みを渡した。
「ロディ、これ。良かったら馬車の中で食べてね」
中にはアマレッティ(クッキーのようなもの)が入っている。母に教わった私が、甘い物が大好きな彼のために、初めて焼いたものだ。
「あり……がとう」
しゃくり上げる彼に、私は精一杯の笑顔を見せる。
「きっとまた会いましょう。どうか元気で」
「約束だよ? シルフィこそ、僕を置いてどこかに行かないでね」
大事そうに包みを抱えたロディが、馬車に乗り込み窓から顔を出す。その顔は、泣いたせいでくしゃくしゃだ。
遠ざかる馬車から身を乗り出す小さなロディ。いつまでも手を振る彼に、私も負けじと大きく振り返す。私はそうして家族と共に、大好きな彼を見送った。
馬車が完全に見えなくなった途端、私は屋敷に飛び込んで、階段を一気に駆け上がる。部屋の鏡の前に立ち、そっと手を触れる。
中から見返す自分の顔は、ロディよりも涙に濡れて、ぐちゃぐちゃだった。
『たくさんいるわ。こんなに可愛いあなたを、みんなが放っておくはずないでしょう?』
いい子のロディを嫌う人なんていないと、私は確信している。日頃からそう考えていたせいか、両親が彼を特別大事にしても、まったく嫉妬はしない。私だってロディが大切だもの。彼には一日も早く元気になってほしかった。
病気が治ったら、近くの森や川を案内してあげよう。ロディは甘い物が好きだから、酸っぱい木イチゴには顔をしかめるかもしれないわね? 私はそんな想像をして、クスクス笑っていた。
田舎の空気が合っていたようで、ロディは徐々に回復の兆しを見せる。顔色が良くなり咳も減り、ベッドに伏せる時間が少なくなった。日中は起き上がって静かに本を読んでいる。私の忠告を聞き、食べ物の好き嫌いも克服したみたい。
だけどキノコだけは苦手らしく、刻んだものにしか手を付けなかった。せっかくなので、姉として気づかないフリをしてあげよう。
念願の森には、母と私とロディの三人で行くことになった。父は残念ながら、仕事で不在。木イチゴの他に大量の黒スグリの実を見つけた時には嬉しくなった。競うように摘んだその実を籠に入れて持ち帰り、料理が得意な母に煮詰めてもらう。パンに塗った黒スグリのジャムの、美味しさと言ったら!
たっぷり頬張る私とロディ。
互いの口の端にジャムを認め、顔を見合わせ笑い合う。平凡だけど幸せだった。そんな楽しい毎日が、これからもずっと続くと思っていたのに――
「でも、僕……」
我に返った私の目の前で、とうとうロディが泣き出した。彼が元気になって嬉しいけれど、私は素直に喜べない。だって、そのせいでロディは今日、帰ってしまうのだ。
胸が詰まった私は何も言えず、イニシャル入りの手巾で彼の目元を優しく拭う。小さな彼の笑顔や泣き顔、全てを覚えておきたくて。
本当はいつものように、頭を撫でてあげたかった。大好きだと抱き締めて、手を繋いで家に帰りたい!
だけど王都では、彼の両親が息子の帰りを待ちわびているという。だから私は奥歯を噛みしめて、我慢する。別れは突然でも、これ以上ロディを引き留めるわけにはいかない――
手巾をロディに握らせた私は、用意していた茶色の包みを渡した。
「ロディ、これ。良かったら馬車の中で食べてね」
中にはアマレッティ(クッキーのようなもの)が入っている。母に教わった私が、甘い物が大好きな彼のために、初めて焼いたものだ。
「あり……がとう」
しゃくり上げる彼に、私は精一杯の笑顔を見せる。
「きっとまた会いましょう。どうか元気で」
「約束だよ? シルフィこそ、僕を置いてどこかに行かないでね」
大事そうに包みを抱えたロディが、馬車に乗り込み窓から顔を出す。その顔は、泣いたせいでくしゃくしゃだ。
遠ざかる馬車から身を乗り出す小さなロディ。いつまでも手を振る彼に、私も負けじと大きく振り返す。私はそうして家族と共に、大好きな彼を見送った。
馬車が完全に見えなくなった途端、私は屋敷に飛び込んで、階段を一気に駆け上がる。部屋の鏡の前に立ち、そっと手を触れる。
中から見返す自分の顔は、ロディよりも涙に濡れて、ぐちゃぐちゃだった。
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