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私の人生地味じゃない!

街までお出かけ

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 荷台は結構揺れた。転がりそうになったし、思わず声が出そうになった。でも足を踏ん張り口に手を当て、必死に耐えた。床にぶつかったお尻が結構痛い。我慢の甲斐もあって、街にようやく到着したようだ。
 あ、そういえば着いた後のことを考えてなかった。案の定、シートがめくられ野菜カゴが取り出される。ヤバイ、メリーちゃんと目が合った。

「……! お嬢様!?」

 ですよねー。
 レオンの服で男装しているとはいえ、やっぱり見る人が見たら直ぐにわかりますよねー。

「お、お、お嬢様ァ~~!」

 目を丸くして慌てるリリーちゃん。
 動揺し過ぎです。

「ゴメンなさい。外出禁止だけど、時間もないし街に行きたくて。迷惑はかけないから、一緒に連れてって!」

 いや、もう十分迷惑かけておりますが、そこは敢えて触れない方向で。

「奥様に知られたら後が怖いです。でも、このまま直ぐに帰ったら、仲間の視線が痛いです。くれぐれも、リリーさんから離れないようにお願いしますね?」

 え、リリーちゃん? メリーちゃんじゃなくって?

 御者を馬車に残し、私はお遣いに連れて行ってもらうことにした。買い物のお手伝いは久しぶりでとても楽しい。王都の広い市場には、色とりどりの野菜や果物が並んでいる。行商や露店の呼びかけや賑やかな声。小物や洋服のオシャレなお店、本屋さんにケーキ屋さんといろんなお店がある。
 行き交う人々、活気ある街並み。
 みんなが笑顔でとても幸せそうだ。
 この国は、何て素晴らしいのだろう!

 私は男の子の格好だから両手に花。
 道行く人に羨ましがられているのかな?
 おかしくなって微笑みながら歩いていると、雑踏で突然男の人の声が上がった。

「誰か、そいつを捕まえてくれ! 泥棒だ!」

 細身の怪しい男がこちらに向かって走ってくる。
 どうしよう? 咄嗟のことでどうすればいいのか考えつかない。
 横で誰かが素早く動いた。
 足を引っ掛け転ばしながら、手刀でトンと男の首の後ろを打つ。怪しい男はあっさり転倒し、パンとりんごが飛び散った。今のは何?

 今の勇者は……リ、リリーちゃん!?

「ふう。お嬢様にお怪我が無くて良かったです~」

 そう言いながら腕をじ上げ、後から走って来た店主らしきおじさんに男を引き渡している。けれど、男の頭の後ろには微かに黒い霧のようなものが見える。

「あの、ちょっと待って!」

 目にしたことの全てが信じられない。
 リリーちゃん、まさかの武闘派?
 それに、今見えた黒い小さな陰は何?
 目つきの悪い男――泥棒と言われた痩せた怪しい男は、パンとりんごを盗んでいた。では、何のためにパンを盗んだの? 人の物を盗るのは悪いことだ。だけど、食べるお金がなかったのだとしたら?

「あの、代金はこれで」

 持っていた金貨を一枚店主に渡す。

「おじょ…ダメです!」
「そんなことしても、何にもなりませんよ」

 侍女の二人に止められる。

「坊ちゃん、これでは多過ぎますよ。それに、こいつは常習犯でさぁ」

 人の良さそうな店主が、男の首根っこを捕まえて呆れたように言う。渡した金貨を返そうとするので、慌てて言葉を挟んだ。

「いいえ、いいの……いいんだ」

 いけないいけない。
 私は男の子に変装中だった。

「今までの分の支払いと、その人にお腹いっぱいパンを食べさせてあげて。その後で、もう二度としないって約束させてほしい」

 今だけ助けたとしても、この人のためにはならない。これは同情で、私はただの偽善者だ。それでも何かがしたかった。幸せだと思っていたこの国にも、貧しい人がいることを私は知ってしまったから。

「けっっ。金持ちの施しかよ」

 太った店主に引き渡された痩せた男から、足下にツバをペッと吐きかけられた。

 当然だ。見ず知らずの私に情けをかけられるほど、屈辱的な事はない。

「ごめんなさい。これは、わた……ぼくの自己満足だから。要らないというなら捕まってくれても構わない。でも、せっかくだから自分の力で働くことを考えてみて。仕事が無いならうちの者が何とかするから」

 だんだんと人が集まってきた。
 このままでは、警らの兵も来てしまう。
 そろそろ潮時だし、公爵家の私が目立っては困る。もう十分注目を浴びちゃったけど。女の子だってバレてはいないよね? 私は持っていた公爵家の紋章入りのハンカチを、その男に手渡した。ついでに、彼の頭の後ろに見えた黒い霧のような物にも触れてみる。
 あ、消えた。
 黒い物は私が触ると瞬く間に霧散した。



「ちょっとぉ。あなた、何とか言ったらどうなのー。もう一度締め上げられたいんですかぁ?」

 この戦闘的な女の人は誰?
 うっかりリリーはどこへ行った。
 疑問が声に出たのだろう。
 リリーちゃんはすぐに答えた。

「あ、私、公爵家に用心棒採用ですので」

 そ、そうなんだ。
 確かにうちはみんなスゴイ才能があるから、リリーちゃんの存在がちょっと不明瞭ではあったけど。新たな太鼓持ちーズの一面を見たようで、ビックリした。

「ふんっ。あんたこんな物渡して、悪用されても良いのかよ」

 男が言った。
 でも、さっきより表情は穏やかだ。
 元から悪い人には見えない。

「うーん。悪用されたら悲しいけれど、それは信じてもらえなかった自分のせいだし。ま、初対面なのに信じてって言う方がおかしいのかもね?」
「けっ。この場はおとなしくしといてやるぜ。おら、行くんだろ?」

 男は店主の腕を振り払うと、彼と一緒にさっさと退場した。意外と態度がデカイ人? 店主の方が何度も振り返って、私達にペコペコしていた。
 後に残された侍女のリリー&メリーと私。
 去って行く彼らをそのまま見送った。



 メモに書かれている品物と私の旅の道具を見た後で、メリーちゃんが聞いてきた。

「さて、と。これで頼まれていた買い物は大体終わりです。お嬢様は他に行きたい所がありますか?」
「もちろん、スイーツですよね!」

 目をキラキラさせて言うリリーちゃん。
 さっきの頼り甲斐のある武闘派は、私の目の錯覚だったのだろうか?

「いえ。あの、できればちょっと寄りたい所があって……」

 住所の書かれたメモを取り出し、メリーちゃんに見せてみる。私の中では、やっぱりメリーちゃんの方がしっかりしているように思えるから。

『ガルム通りボード5番街  双月亭トゥムーン

「その住所なら、ここからあまり離れていないようです。でも、たぶんただの食事処ですよ? どうします、行ってみますか?」

 メリーちゃんが教えてくれる。

「ええ、お願い」

 そこは、実父のトーマスがまだ学生でトマスと名乗っていた頃、今の両親とよく利用していた場所だという。レオンの叙任式に出席した時、レイモンド様が話しのついでに教えて下さった。大事に育ててくれた今の両親に、実父のことをいろいろ聞くのは申し訳ない。だからどんな情報でも、教えてくれれば助かる。
 記憶がなく夢の中でしか会ったことのない父。
 それでも彼は私と海梨の父親で、今のアレキサンドラの実の親だ。実の父の馴染みの場所に、私も行ってみたいと思う。

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