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私の人生地味じゃない!

王子より愛をこめて

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 まだプロポーズはしないと決めたものの、いてもたってもいられない。僕は今日こそ、アレクの元に行こうと決めた。といっても立場上、すぐには動けない。抜け出そうとしてもすぐ側に、彼女の義兄であるヴォルフの監視の目がある。

 そのヴォルフ。今までは妹に対する『溺愛』だと思って見逃していたものが、血が繋がっていないんだと考えると兄妹以上の『好意』に見えて恐ろしい。涼しい顔をしている彼は、心の中では何を考えているのかわからない。実の兄妹として育ってきたとはいえ、経験豊富なヴォルフだ。彼が本気を出せば、警戒心のないアレクはひとたまりもないだろう。

 経験豊富といえば、叔父のレイモンドもだ。今回の調査のきっかけも「アレキサンドラ嬢に興味があったから」だと言っていた。
   彼は昔から、難しいことや面白そうなことに大抵興味を持つ。けれど、僕の知る限りでは一人の女性にこだわったことは今まで一度もなかったはずだ。それだけに、アレクに興味を持ってしまった叔父の動向も気になる。事件のカギを握る彼女に、それ以上の関心を持たないといいけれど。

   そして、レオン。
   公爵家に引き取られた端整な顔立ちのあの男は、確実にアレクのことが好きだ。子どもの頃から、公爵邸で会うたびに威嚇するように僕を見てくる。今でこそ彼は騎士団にいるものの、以前はアレクにベッタリだった。いや、アレクの方が新しくできた義弟を離さなかったようなんだけど。
   血の繋がらない義弟は、彼女の一番側にいることができて、警戒心を全く抱かせない存在。そのせいでアレクは、幼なじみの僕よりも、彼に心を許しているような気がする。
   


 疑い出せばキリがないし、考え過ぎると深みにはまる気がして、思考を中断させた。顔を上げて外を見る。

 今日はこの後会議で、来年の準備もしなければならない。年が明けるとまもなく、僕は王太子になる。それは別に構わないが、式典用の衣装の採寸や会場の下見、順序の確認など細々したことに思いのほか時間を取られている。それなら今着ている服で構わないから、幼なじみのアレクに会うための時間が欲しい。

 地方からの嘆願書や貴族からの誓願書、財務報告書に目を通し、会議や準備に明け暮れる毎日。けれど、2時間あれば王都にある公爵家を訪問することができるから、行って顔を見ることぐらいはできるだろう。

「会議の後、ここにある報告書に目を通したら今日の業務は終了する。もし急ぎがあれば事前に出しておいてくれ。無ければ、残りは明日に回す」

 以前に比べると処理も早くなったはずたがら、それぐらいのワガママは許されるだろう。横目でこちらを見たヴォルフは、「ご随意に」と呟いた。僕がどこに行くつもりなのか、きっとバレている。それでもいいから、今日は絶対に彼女に会いに行こう。



数時間後ーー

「まあリオネル様、今日はどうしてこちらに?」

 先触れもない突然の訪問で、公爵夫人のマリアンヌを驚かせてしまった。

「公爵の意見を聞きたい案件があって」

 用意してきた理由を述べる。

「わざわざお越しいただきありがとうございます。でしたら、ヴォルフに言付けて下されば、こちらから伺いましたのに」

 通常はそうかもしれないが、それだとアレクに会えないじゃないか。

「年明けの儀式のことがよくわからなくてね。父の時に立ち会った公爵の意見をすぐに聞きたくて」

   夫人に向かってにっこり微笑む。これはあながち嘘ではない。
 戴冠式よりは簡素なものの、立太の儀にも費用がかかる。余分なものは削って、その分をトーマスの調査費用に回せないかと、相談したいのだ。事情はまだ伏せてあるので、城の者にはかることはできない。もちろんそれもアレクのためだ。

「公爵の用事が済んでからで構いませんので。ここでお待ちしていますよ」

 僕の言葉に頷いた公爵夫人。本を片手にちょうど通りかかったアレクに声をかけた。

「わかりました。今、伝えて参りますわ。アリィ、王子様の相手をお願いね?」

「あら、リオネル様。こんな時間にわざわざうちにいらっしゃるなんて。急ぎの用事でもございましたの?」

 アレクが振り向き、部屋に入ってくる。淡いピンクの動きやすそうなドレスを着て、髪はゆったり編んでいる。彼女は今日も素晴らしく綺麗だ。

「君に逢いたかったから」とは言えないから、咳払いをして「ああ」とだけ答えておいた。真実をまだ伝えられていないアレクは、顔色も良く元気そうだ。この明るい顔が数日後には悲しみに沈んでしまうのかと思うと、心が痛む。あと少し、ほんのわずかな時間でいい。ただの幼なじみのリオンとして、彼女と一緒にいたかった。



 待っていた応接室にお茶の用意がされる。アレクも側に腰かけた。僕は彼女に向かって笑いかけると、前もって準備をしていた包みを渡した。

「もうすぐ君の誕生日だったよね? 少し早いけど、これ」
 
 本当は誕生色の指輪を用意していた。
 彼女の白と僕の緑。
 最近の流行は自分と相手の女性との2色の組み合わせだと聞いていた。けれど、まだ告白はしないと決めたから、今回はプレゼントだけを贈った。

「開けてみて」

 彼女の反応が知りたかった。
 アレクは覚えているだろうか?
 僕があげたのはクリスタルの『ラビット』。前回あげたものとお揃いだけど、今度は裏に『アレクへ  愛を込めて  リオン』と、白い文字でしっかり入れておいた。はっきり言わないと、君はわからないだろうから。
 アレクはちゃんと覚えていたらしく、喜んでくれた。

「これって……以前いただいたものと同じですわね? 仲間ができましたわ」
 
「それと、これも」
 
 そう言って、上着の内側のポケットから箱を取り出す。もう一つは、希少な金色の宝石を使ったネックレスだった。公爵令嬢の彼女は直ぐにその価値がわかったらしく、目を丸くしていた。

「こんなに高価な物、いただけませんわ!」
 
 そんなことを言われたって僕が引くわけ無いじゃないか。君のために用意させたんだから。

「これを身につけて、僕の立太子の式典に臨んで欲しい。後からドレスも届けさせるから」

 周りに君を婚約者として紹介したかった。それが叶わないのなら、せめて自分の選んだものを身につけた君が見たい。宝石箱の上で戸惑う彼女の白い手を握る。その手を上に向け、彼女の金色の瞳を見ながら僕はゆっくりと手の平に口付けた。

 手の平へのキスは『求愛』の証。いくら鈍いアレクでも、今度こそ僕の想いがわかるはずだ。
 口には出せないけれど。どこにいても、いつかきっと君を迎えに行くから。
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