本気の悪役令嬢!

きゃる

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番外編

星降る夜は……

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 私はカイル――この国の王太子だ。
 ある日、雑談のついでに秘書官から聞かされたのは、懐かしい人の活躍する姿だった。

星見ほしみの会だって?」

「ええ。大変人気のようで今の時期、貴族の間で流行していると聞きました。王都郊外に行かなければなりませんが、会場や設営、楽団や出店などの一切を町の人々が取り仕切っていて、貴族と一般市民との交流の場ともなっているようです」

「それは面白そうだけど、場所は?  誰の担当?」

「主催はバルディス夫人のブランカ様。場所は郊外の方のバルディス公爵領なので本人が許可を出し、取り仕切っているかと思われます。必要経費を差し引いた分の売り上げは、孤児院や学校、病院などにそのまま寄付されているとか。気軽に行けて楽しめ、音楽を聴きながら星を見上げるだけで慈善事業に参加できるとあって、現在希望者が殺到。参加は空き待ちとのことです。詳しい収支報告書を取り寄せますか?」

「いや。彼女なら心配は要らないから、好きにさせておいて」

   秘書官からの報告に、口元に自然と笑みが浮かぶ。
   そうか、君は身分の垣根を無くすためにいろいろと頑張っているようだね。少しずつ理想に近づけるよう心をくだいているのかい?

「ああ、それと殿下。先ほどの話に関連するかと思われますが、殿下宛に先日招待状が届いておりました。多忙ゆえお見せしませんでしたが、いかがなさいますか?」

「持ってきてくれ。それと、少し休憩を入れたい。半刻後に再開しよう」

「かしこまりました」


   今の秘書官は真面目だけれど、気が効くとは言い難い。そればかりか以前の私の交友関係にもあまり興味がないらしく、ブランカと私が偽の婚約式をしたという事実をすっかり忘れているらしい。
   まあ『仮の婚約式だった』と公式に発表しているから、気に留める程では無いと思っているのだろうけれど。

   早くリュークに戻ってもらい、補佐を任せたいものだ。彼は私より先に学園の全課程を修了したくせに、ブランカの側にいたいがためにわざとゆっくり国内を見て回っている気がする。
   あまりベタベタし過ぎると、そろそろブランカに飽きられて嫌がられるんじゃないのか?  そう考えるとほんの少しだけ、胸のすく思いがした。
  


   銀のトレーに入れて差し出された招待状を、裏に返して眺めてみる。差出人は確かにブランカだ。見覚えのある懐かしい筆跡に、思わず頬が緩んでしまう。
   王太子である私宛の便りだという事で、中は当然既に改められ読まれている。ただ、彼女が私宛に熱烈な恋文を送るはずも無いので、見られたところでどうという事も無い。

   中身は先ほど聞いた通り『星見の会』への招待。
 けれど、日付は明日までで『カイル様もご公務でお忙しいでしょうから、ご参考までに』と手書きで一言添えてある。彼女もリュークと共に王都を離れて久しいはずだから、会の運営は他人に任せているのだろう。無理をして行くほどの事でも無いと思われた。けれど……


   ☆☆☆☆☆


   最終日の今日、政務を早々に片付けた私は、最小限の護衛と共に招待された場所まで馬を飛ばしている。
   我ながら彼女が関わる事には相変わらず、何とも健気だ。けれど、彼女が学園を休学してまで成し遂げたかった事の一端を、見ておきたいという気持ちもあった。

   記載された場所に到着すると招待状と引き換えに、目の部分を覆う仮面のようなものと会場内で使えるというチケットを手渡された。確かにこれなら素顔を隠せるし、遠慮もしなくて済む。貴族といえど身分を気にせず、誰とでも交流できるかもしれない。早速言われた通りに護衛と共につけてみる。

   会場入りすると、一帯には星のように明るいランタンのようなものが吊るされていて、その周りに所狭しといろんな店が並んでいる。辺りには肉が焼ける香ばしい匂いや窯焼きのパンの匂い、揚げ菓子の甘い匂いなど美味しそうな香りが漂い、料理を堪能する人々の感嘆の声や楽しそうなざわめきに満ちている。
   城下町に暮らす者や庶民にとっては当たり前の食べ方でも、貴族にしてみれば屋台は真新しく珍しいものだろう。入口でもらったチケットと引き換えるだけなので楽だし、面倒な計算も要らない。
   
   また、食べ物以外にも手作りの小物や装身具、無名の画家が描いたと思われる絵なども売られている。こちらもたくさんもらったチケットの一部を手渡すだけなので手に入れやすく、掘り出し物を見つける喜びなんかもありそうだ。

   可愛らしい衣装を着た少年や少女達が、花や飲み物、土産の品などを売り歩いている。星をかたどったような砕いた小さな『光』の魔鉱石は、儚い光ゆえに却って情感を誘い、良い記念品になりそうだ。   
   彼らのポケットは既にたくさんのチケットで膨らんでいる。商売繁昌しているようで何よりだ。



   領地の民で結成されたであろう楽団が、会場に華を添えている。一生懸命演奏している姿や素朴な音色が耳に心地良く、普段見た事も無い楽器もあって非日常を感じさせてくれる。
   哀しい調べや楽しい調べが次々とかなでられ、楽団の演奏に合わせて知らない者同士が、身分の垣根を越えて中央で踊っている。私と護衛も先程から何人かの女性に声をかけられている。けれど視察という名目のため、申し訳ないが断わり続けている。



「はあ?  俺を誰だと思っている?  ここは公爵の領地かもしれないが、私は伯爵本人だ!  その私がお前らの態度がなっていないと言っているんだ!  平民と同じ扱いだなんて気分が悪い。どうしてくれるつもりだ?」

   初老の太った男が、杖を振り回しながら大きな声で怒鳴っている。どこにいても、権力を振りかざす愚かな輩がいるものだ。さあ、ブランカ。君が目をかけている人々はどうやって対処する?

「失礼ですがコンコード卿、身分の別なく対応させていただく旨は予め案内状に記載されていたと思いますが……」

   ハキハキと話す赤毛の女性が対応に当たっている。
   確かに招待状には『慈善事業の一環だ』という事と『身分の区別無く応対するので了承する方のみご参加下さい』と明記してあった。確認せずに参加したのなら、コンコード伯爵側の落ち度だ。

「ええい、うるさい。平民ごときがわしに意見するというのか!  生意気な奴だ。女といえど容赦せんぞ!」

   激昂げきこうしたのか男が杖を振り上げる。さすがに止めねばマズイと思い、目だけで護衛に合図する。ところが……

「あちらでゆっくりお話を伺いましょう」

   どういうわけか赤毛の女性がさらに近づいてそう言った途端、伯爵は素直に従った。一体どういう手を使ったのだろうか? 私は緑の仮面をつけたその女性に俄然がぜん興味が湧いた。



   赤い髪の女性が一人で戻って来たのを幸いに、そばに寄って話をしようと試みる。彼女に近付き仮面の奥の瞳を見た瞬間、私は全てを理解した。

   そうか……君は君だけの魔法を使っていたんだね?

   彼女の方も青い仮面をつけただけの私に気付いたようで、急に慌てて狼狽うろたえだした。
 『久しぶりだね、ブランカ。今日はリュークはどうしたの?』
   そう言いたい気持ちを抑え、知らないフリをしたまま話しかける。

「初めまして、赤毛の素敵なお嬢さん。初めて参加しましたが、とても素敵な会ですね?」

「え?  え、ええ。ありがとうございます。いらして下さって光栄です。どうぞごゆっくりお楽しみ下さいね」

   ホッとしたようにそう言って、立ち去ろうとする彼女の手首を思わず掴み引き留める。

「1曲だけ。もし君さえ良ければ、私と1曲踊ってくれませんか?」

   気づくとそう訴えていた。
 怒って直ぐに現れるはずのリュークの姿が、今日に限ってどこにも見当たらない。私は一縷いちるの望みをかけて、彼女に頼んだ。ブランカはかなり悩んでいたようだったが、ようやく首肯してくれた。

「……1曲だけでしたら。どちらにしろ、もうすぐメインの『星見』が始まりますもの」

「十分だ。ありがとう」

   既婚者が他の男性と踊ったからといって別に悪評が立つわけではないが、真面目な君に贅沢は望めない。けれどせっかく会えたのだから、もう少しだけ、君の近くで過ごしたい。

   

   ――最後の曲だからだろうか。
 ゆっくりした静かな調べが流れた。
 私はブランカの手を取り、ゆったりとステップを踏んだ。赤毛のカツラで仮面をつけているからか、紫色の瞳で私を真っ直ぐに見ておきながら、バレていないと思っている君は可愛い。
   でも、いくら可愛くてもさすがに既婚者だとわかっている。君はリュークの大切なパートナー。私にとっては良い友人だ。

   降るような星空の下、私は君と踊った。
   今はもう、私の親友と一緒になって幸せに暮らす君と。
   今夜の事もいつかは笑って話せるだろう。
   その時もまた、私は星を見ているだろうか?



「カイ……あの、ええっと。もうすぐ始まります。見ていて下さい」

   ダンスの時間が終了し、用意されていたブランケットに彼女と共に腰掛けていた。すると間もなく会場の灯りが全て消え、満天の星がくっきりと夜空に浮かび上がった。どこからか心安らぐ音楽も聴こえてくる。

「わあ、キレイ!」
「素敵~~」
「スゴイな!!」

   暗い中でも得意げな君の顔が見えるようだ。
   星空の下では私達は一つ。
   空に瞬く大小の星と同じように、全てが等しく、けれど一人一人は輝く稀有けうな存在だ。   

   私も今日、認識を新たにした。
   大切な人と見る星はこんなにも美しく心が安らぐ。
   この星空を私はきっと忘れない。
   二人で過ごせた魔法のような時間の事も――



「あ、見て! 流れ星!」

   興奮して叫ぶ君の声を聞きながら、私は星に君の幸せを願った。
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