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番外編
願うことは……
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青海の月の七日――前世でいうところの七月七日は、今年もやっぱり雨らしい。しかもどしゃ降り。
去年はみんなの分の浴衣を準備し着てもらおうと躍起になっていたけれど、今回はそれどころではない。水の魔法使いであるリュークは一時的に雨を止めることができるため、数日前から家には戻らず、危険な地域の巡回に出かけている。
当然ガーデンパーティーを開くどころではなく、去年浴衣を縫ってくれた孤児院の子供達にも中止を伝えた。願いごとを書いた短冊は手作りの木にくくりつけ、食堂に飾っているそうだ。
『大きくなったらお姫様になりたい』
『まほうつかいになって、いんちょうせんせいをびっくりさせる』
『お菓子の城を建てる』
『おかねもちになって、リエルとけっこん!』
『カルディアーノ学園に合格しますように』
夢のあるものから現実的(?)なものまで、一生懸命考えながら書く姿は微笑ましかった。
もちろん用意していたパーティー用の食べ物や飲み物は、事前に届けてもらっている。普段、つらい思いやいろんなことを我慢している孤児院の子供達が、少しでも楽しんでくれればいいと願って。
明けない夜はなく、止まない雨もない。
世の中は決して悪いことばかりではなく、生きていればきっと良いことがある。
子供達にそう示すのが、貴族や大人の社会的責任であると私は考えている。そして、そんな私の考えをリュークも応援してくれているのだ。
自分の思いに浸っていたら、執事に来客を伝えられる。
「こんな雨の中、誰かしら?」
「やあ、ブランカ。元気か?」
「ライオネル!」
そこにいたのは赤い髪のライオネルで、現在軍に所属している彼は、元帥である私の父も認めるほどの実力者だ。王太子となったカイルにも信頼されている。
「まさか、リュークの身に何か……」
「あ? いんや。リュークからブランカに伝言だ。『元気でいるから案じるな。今日こそ帰れるかもしれない』だって」
「そう……。というより貴方、それだけを伝えにわざわざここへ?」
嬉しい反面、照れ隠しのため冷たい声が出た。
「ああ。通り道だから、直接行く方が早いかと思って」
「それは……どうもありがとう」
中に入るように勧めたが、あっさり断られてしまう。
「いや。仕事中だし、ブランカと二人きりになったとリュークにバレてみろ。俺は上官よりもあいつの方が怖い」
「そうかしら? とっても優しいのに」
リュークは水色の髪でキリリとしてカッコイイ。頭が良く冷たい印象を与えるため、いまだに誤解されているようだ。笑うと目元が優しくなるし、困った顔は可愛くて、かすれた声には色気が混じる。あんなに素敵なのに怖がられるとは、なんだかちょっと可哀想。
「ブランカ。全部口から出ているし、それのろけだから。つーか、リュークが優しいのはお前といる時だけだろう? カイルも『リュークの前では気が抜けない』ってこぼしていたぞ」
「そんなこと……」
――あるかもしれない。
リュークは時々、これでもかっていうほど私を甘やかす。今回も出かける前に抱き締めて何度もキスをするせいで、出発がギリギリになったのだ。
「おーい、ブランカ~。戻ってこ~い」
「……うえ? ああ、ごめんなさい。ライオネルもどうか、気をつけてね」
気休め程度かもしれないが、持っていたハンカチで彼の濡れた前髪を拭く。
すると突然、その手を握られた。
「えっ?」
「……あ、いや。いつもこうやって送り出されるのかと思って。あいつが羨ま……」
「見ーちゃった! ブランカ様ったら怪しいんだ~」
「なっ」
「マリエッタ!」
ライオネルが慌てて手を離す。
玄関ホールに飛び込んで来たのは、金色の髪のマリエッタだった。今の彼女は学園で保健の先生をしていて、癒しの魔法で日々、生徒達の安全を守っているのだ。
「貴女、どうしてここに? 大雨で中止だって伝えたわよね」
抜群に可愛らしいマリエッタを見ると、悪役令嬢だった頃の名残なのか、ついキツい口調になってしまう。
「聞きましたけど、毎年集合していたでしょう? 孤児院に寄ったら、ブランカ様はご自宅にいるって教えられて。ライオネルだけなんてずるいっ!」
「いや、俺は……」
「マリエッタ。単に中止を認めたくないだけなんじゃない?」
ため息をつきながら問うと、マリエッタが偉そうに胸を張る。
「ふふふ。それもありますけど、うちの近所はそれほど降っていませんでした。ブランカ様に会える機会を、みすみす逃すわけないでしょう?」
「あのねえ。貴女、雨がひどくなって帰れなくなったらどうするつもり?」
「それなら……ここに泊めてもらおうかな」
首をすくめて可愛くペロッと舌を出す。
――マリエッタ、もしかしてわざと? わざと雨を狙って来たんじゃあ……。
「マリエッタ、お前……。あ、ちなみに俺は仕事のついでだぞ。そういうことだから、ブランカまたな」
「ええ」
ライオネルはフードを目深に被ると、片手を上げて出て行った。
後に残ったマリエッタは、なぜか笑みを浮かべている。
「ブランカ様。これでようやく二人きりになれましたね!」
「マリエッタ、どうしてリュークがいないって知っているの?」
「だって、リューク様は水の魔法を扱えるから、どこでも重宝されるでしょう? 当分帰ってこられないなら、私がブランカ様を護ろうと思って」
やる気に満ちたマリエッタ。
別に護ってもらわなくてもいいのだけれど、一人でいたらリュークのことばかり考えてしまう。確かに彼女がいれば、気が紛れそう。
「マリエッタ、ブランカに迷惑をかけてない?」
声がしたので入り口に目を向けると、今度は緑の髪のユーリスが立っていた。ユーリスは風の魔法使いで普段は研究室にいるけれど、有事の際は軍に協力しているのだ。
「ユーリス! 貴方は手伝わなくていいの?」
「今はまだ、ね。マリエッタが頑丈なのはわかっているけど、ブランカは大丈夫?」
「もちろん」
「良かった。じゃあ、マリエッタは僕が責任を持って連れて帰るから」
「……え? ええ」
「ええ~、せっかく来たのにぃ。ぶーぶー」
マリエッタと恋仲のユーリス。
文句を言いながらも、マリエッタは彼の言うことを聞くようだ。彼女は私に近づくと、長めのハグをした。
「ブランカ様。寂しくなったらいつでもおっしゃってくださいね。すぐに駆けつけますから」
「ええ、ありがとう。大好きよ、マリエッタ」
感謝の言葉を口にすると、マリエッタが頬を染める。
「ブランカ様、好きぃ! やっぱり帰りたくなーい」
抵抗虚しく、マリエッタはユーリスに引きずられて帰って行った。
玄関ホールに残った私は、一人ぽつんと立ち尽くす。
「せっかくの七夕なのに、雨の音しか聞こえないというのは……やりきれないものね」
明るい声が響いた後は、寂しさが一層募る。
ライオネルやマリエッタ、ユーリスが顔を出してくれたのは、私を案じてのこと。その気持ちがありがたく、私も会えない人に思いを馳せる。
「カイルやジュリアンは、忙しさのあまり倒れてないかしら? リュークも私を心配するより、自分を大事にしてほしい」
誰かが誰かを想うから、この世界は回っている。
人は一人では生きていけないし、他者への思いやりは必要だ。
けれど一番は自分の命で、己を大事にできる人が他人をも敬えると思う。
――どうか無理をせず、自分を大事にしてほしい。
願うことは、彼や人々の身の安全。
星に祈りが届くなら、絶対に叶えてほしかった。
夜も雨は降り続く。
彼の帰りを待ちわびて玄関ホールをうろうろする私に、執事が忠告する。
「ブランカ様、お身体が冷えてしまいます。ご夕食を後回しにするにしても、まずは暖まった方がよろしいかと」
「……あ。そうね、ごめんなさい。そうするわ」
自分のことしか考えず、迷惑をかけってしまったみたい。
部屋に戻った私は、湯浴みをすることにした。
身体を磨き、薔薇の香油をすり込んでもらう。それでもやっぱり、頭に浮かぶのはリュークのことだ。
「この時間でもまだなら、今日の帰宅は無理? 別にいいけれど、彼はゆっくり休めているのかしら?」
ただでさえカイルの補佐をしているリュークは、毎日忙しい。日頃鍛えているからといって油断をすると、病気になりかねない。
「ただ待つしかできないのが、つらいところよね~」
濡れた髪を拭いてもらいながら、ボソッと呟く。天の川の向こうで彦星を待つ織姫も、毎年こんな気持ちなのだろうか?
「……何がつらいって?」
響くイイ声に振り向けば、戸口に会いたかった人がいた。
「リューク!」
私は彼の胸に飛び込んで、思わず頬ずりする。
「ただいま、ブランカ。こんなに歓迎してもらえるなら、頻繁に家を空けるべきか?」
笑えない冗談に、私は頬を膨らませて彼を見上げた。
するとリュークは目を細め、私の頬を指で突っつく。
「そんな顔をしても、ただ可愛いだけだ」
彼の声に胸の鼓動が早まり、顔が熱くなる。目の端に、気を利かせた侍女の部屋を出る姿が映った。
ドアが閉まると同時に、リュークが私を抱きしめる。
「こんなに長くかかるとは思わなかったが、なんとか帰れて良かった」
「リューク、お疲れ様。夕食にする? お風呂にする? それともわ……」
照れて勢いよく喋ったため、つい馴染みのフレーズが口から出てしまう。『私』と言う前に、止められて良かった。
リュークは焦る私を見て、水色の眉を片方上げる。
「『それとも』の後が気になるな。なんだろう?」
「わ……わ……笑わせる?」
ごまかすために思いついた答えがそれだとは、ちょっぴり悲しい。
目を丸くしたリュークが、次の瞬間噴き出した。
「ぶはっ。……いや、もう十分だ。俺はブランカがいい。もう準備もできているようだしな」
おかしい、なんで正解がわかったの?
というよりこれは、単にお風呂に入っていただけだから。
「いえ、心の準備がまだ……うわっ」
リュークは私の抗議をキスで封じ込めると、そのまま横抱きにして部屋の奥へまっすぐ進んだ。寂しさや離れていた時間を埋めるかのように、たっぷりの愛情を私に示す。
いつの間にか雨はやみ、空には星が浮かんでいる。
彦星と織姫が、どこかでクスリと笑った気がした。
去年はみんなの分の浴衣を準備し着てもらおうと躍起になっていたけれど、今回はそれどころではない。水の魔法使いであるリュークは一時的に雨を止めることができるため、数日前から家には戻らず、危険な地域の巡回に出かけている。
当然ガーデンパーティーを開くどころではなく、去年浴衣を縫ってくれた孤児院の子供達にも中止を伝えた。願いごとを書いた短冊は手作りの木にくくりつけ、食堂に飾っているそうだ。
『大きくなったらお姫様になりたい』
『まほうつかいになって、いんちょうせんせいをびっくりさせる』
『お菓子の城を建てる』
『おかねもちになって、リエルとけっこん!』
『カルディアーノ学園に合格しますように』
夢のあるものから現実的(?)なものまで、一生懸命考えながら書く姿は微笑ましかった。
もちろん用意していたパーティー用の食べ物や飲み物は、事前に届けてもらっている。普段、つらい思いやいろんなことを我慢している孤児院の子供達が、少しでも楽しんでくれればいいと願って。
明けない夜はなく、止まない雨もない。
世の中は決して悪いことばかりではなく、生きていればきっと良いことがある。
子供達にそう示すのが、貴族や大人の社会的責任であると私は考えている。そして、そんな私の考えをリュークも応援してくれているのだ。
自分の思いに浸っていたら、執事に来客を伝えられる。
「こんな雨の中、誰かしら?」
「やあ、ブランカ。元気か?」
「ライオネル!」
そこにいたのは赤い髪のライオネルで、現在軍に所属している彼は、元帥である私の父も認めるほどの実力者だ。王太子となったカイルにも信頼されている。
「まさか、リュークの身に何か……」
「あ? いんや。リュークからブランカに伝言だ。『元気でいるから案じるな。今日こそ帰れるかもしれない』だって」
「そう……。というより貴方、それだけを伝えにわざわざここへ?」
嬉しい反面、照れ隠しのため冷たい声が出た。
「ああ。通り道だから、直接行く方が早いかと思って」
「それは……どうもありがとう」
中に入るように勧めたが、あっさり断られてしまう。
「いや。仕事中だし、ブランカと二人きりになったとリュークにバレてみろ。俺は上官よりもあいつの方が怖い」
「そうかしら? とっても優しいのに」
リュークは水色の髪でキリリとしてカッコイイ。頭が良く冷たい印象を与えるため、いまだに誤解されているようだ。笑うと目元が優しくなるし、困った顔は可愛くて、かすれた声には色気が混じる。あんなに素敵なのに怖がられるとは、なんだかちょっと可哀想。
「ブランカ。全部口から出ているし、それのろけだから。つーか、リュークが優しいのはお前といる時だけだろう? カイルも『リュークの前では気が抜けない』ってこぼしていたぞ」
「そんなこと……」
――あるかもしれない。
リュークは時々、これでもかっていうほど私を甘やかす。今回も出かける前に抱き締めて何度もキスをするせいで、出発がギリギリになったのだ。
「おーい、ブランカ~。戻ってこ~い」
「……うえ? ああ、ごめんなさい。ライオネルもどうか、気をつけてね」
気休め程度かもしれないが、持っていたハンカチで彼の濡れた前髪を拭く。
すると突然、その手を握られた。
「えっ?」
「……あ、いや。いつもこうやって送り出されるのかと思って。あいつが羨ま……」
「見ーちゃった! ブランカ様ったら怪しいんだ~」
「なっ」
「マリエッタ!」
ライオネルが慌てて手を離す。
玄関ホールに飛び込んで来たのは、金色の髪のマリエッタだった。今の彼女は学園で保健の先生をしていて、癒しの魔法で日々、生徒達の安全を守っているのだ。
「貴女、どうしてここに? 大雨で中止だって伝えたわよね」
抜群に可愛らしいマリエッタを見ると、悪役令嬢だった頃の名残なのか、ついキツい口調になってしまう。
「聞きましたけど、毎年集合していたでしょう? 孤児院に寄ったら、ブランカ様はご自宅にいるって教えられて。ライオネルだけなんてずるいっ!」
「いや、俺は……」
「マリエッタ。単に中止を認めたくないだけなんじゃない?」
ため息をつきながら問うと、マリエッタが偉そうに胸を張る。
「ふふふ。それもありますけど、うちの近所はそれほど降っていませんでした。ブランカ様に会える機会を、みすみす逃すわけないでしょう?」
「あのねえ。貴女、雨がひどくなって帰れなくなったらどうするつもり?」
「それなら……ここに泊めてもらおうかな」
首をすくめて可愛くペロッと舌を出す。
――マリエッタ、もしかしてわざと? わざと雨を狙って来たんじゃあ……。
「マリエッタ、お前……。あ、ちなみに俺は仕事のついでだぞ。そういうことだから、ブランカまたな」
「ええ」
ライオネルはフードを目深に被ると、片手を上げて出て行った。
後に残ったマリエッタは、なぜか笑みを浮かべている。
「ブランカ様。これでようやく二人きりになれましたね!」
「マリエッタ、どうしてリュークがいないって知っているの?」
「だって、リューク様は水の魔法を扱えるから、どこでも重宝されるでしょう? 当分帰ってこられないなら、私がブランカ様を護ろうと思って」
やる気に満ちたマリエッタ。
別に護ってもらわなくてもいいのだけれど、一人でいたらリュークのことばかり考えてしまう。確かに彼女がいれば、気が紛れそう。
「マリエッタ、ブランカに迷惑をかけてない?」
声がしたので入り口に目を向けると、今度は緑の髪のユーリスが立っていた。ユーリスは風の魔法使いで普段は研究室にいるけれど、有事の際は軍に協力しているのだ。
「ユーリス! 貴方は手伝わなくていいの?」
「今はまだ、ね。マリエッタが頑丈なのはわかっているけど、ブランカは大丈夫?」
「もちろん」
「良かった。じゃあ、マリエッタは僕が責任を持って連れて帰るから」
「……え? ええ」
「ええ~、せっかく来たのにぃ。ぶーぶー」
マリエッタと恋仲のユーリス。
文句を言いながらも、マリエッタは彼の言うことを聞くようだ。彼女は私に近づくと、長めのハグをした。
「ブランカ様。寂しくなったらいつでもおっしゃってくださいね。すぐに駆けつけますから」
「ええ、ありがとう。大好きよ、マリエッタ」
感謝の言葉を口にすると、マリエッタが頬を染める。
「ブランカ様、好きぃ! やっぱり帰りたくなーい」
抵抗虚しく、マリエッタはユーリスに引きずられて帰って行った。
玄関ホールに残った私は、一人ぽつんと立ち尽くす。
「せっかくの七夕なのに、雨の音しか聞こえないというのは……やりきれないものね」
明るい声が響いた後は、寂しさが一層募る。
ライオネルやマリエッタ、ユーリスが顔を出してくれたのは、私を案じてのこと。その気持ちがありがたく、私も会えない人に思いを馳せる。
「カイルやジュリアンは、忙しさのあまり倒れてないかしら? リュークも私を心配するより、自分を大事にしてほしい」
誰かが誰かを想うから、この世界は回っている。
人は一人では生きていけないし、他者への思いやりは必要だ。
けれど一番は自分の命で、己を大事にできる人が他人をも敬えると思う。
――どうか無理をせず、自分を大事にしてほしい。
願うことは、彼や人々の身の安全。
星に祈りが届くなら、絶対に叶えてほしかった。
夜も雨は降り続く。
彼の帰りを待ちわびて玄関ホールをうろうろする私に、執事が忠告する。
「ブランカ様、お身体が冷えてしまいます。ご夕食を後回しにするにしても、まずは暖まった方がよろしいかと」
「……あ。そうね、ごめんなさい。そうするわ」
自分のことしか考えず、迷惑をかけってしまったみたい。
部屋に戻った私は、湯浴みをすることにした。
身体を磨き、薔薇の香油をすり込んでもらう。それでもやっぱり、頭に浮かぶのはリュークのことだ。
「この時間でもまだなら、今日の帰宅は無理? 別にいいけれど、彼はゆっくり休めているのかしら?」
ただでさえカイルの補佐をしているリュークは、毎日忙しい。日頃鍛えているからといって油断をすると、病気になりかねない。
「ただ待つしかできないのが、つらいところよね~」
濡れた髪を拭いてもらいながら、ボソッと呟く。天の川の向こうで彦星を待つ織姫も、毎年こんな気持ちなのだろうか?
「……何がつらいって?」
響くイイ声に振り向けば、戸口に会いたかった人がいた。
「リューク!」
私は彼の胸に飛び込んで、思わず頬ずりする。
「ただいま、ブランカ。こんなに歓迎してもらえるなら、頻繁に家を空けるべきか?」
笑えない冗談に、私は頬を膨らませて彼を見上げた。
するとリュークは目を細め、私の頬を指で突っつく。
「そんな顔をしても、ただ可愛いだけだ」
彼の声に胸の鼓動が早まり、顔が熱くなる。目の端に、気を利かせた侍女の部屋を出る姿が映った。
ドアが閉まると同時に、リュークが私を抱きしめる。
「こんなに長くかかるとは思わなかったが、なんとか帰れて良かった」
「リューク、お疲れ様。夕食にする? お風呂にする? それともわ……」
照れて勢いよく喋ったため、つい馴染みのフレーズが口から出てしまう。『私』と言う前に、止められて良かった。
リュークは焦る私を見て、水色の眉を片方上げる。
「『それとも』の後が気になるな。なんだろう?」
「わ……わ……笑わせる?」
ごまかすために思いついた答えがそれだとは、ちょっぴり悲しい。
目を丸くしたリュークが、次の瞬間噴き出した。
「ぶはっ。……いや、もう十分だ。俺はブランカがいい。もう準備もできているようだしな」
おかしい、なんで正解がわかったの?
というよりこれは、単にお風呂に入っていただけだから。
「いえ、心の準備がまだ……うわっ」
リュークは私の抗議をキスで封じ込めると、そのまま横抱きにして部屋の奥へまっすぐ進んだ。寂しさや離れていた時間を埋めるかのように、たっぷりの愛情を私に示す。
いつの間にか雨はやみ、空には星が浮かんでいる。
彦星と織姫が、どこかでクスリと笑った気がした。
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