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番外編
ハロウィンは二人で
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「月日が経つのって、早いわね」
蘇芳の月、10月の『プリマリ』は、おなじみのハロウィンコスプレイベント!
この世界はゲームではなくハロウィンもないが、ほんのちょっぴり定着してきた気がする。だから私――ブランカは今年もイベントを開催しようと考えていた。
去年も一昨年も登場人物達を我が家に招待し、衣装を着てもらった。それぞれが似合っていたので、今年もしっかり目に焼き付けよう。
ちなみに去年は、リュークが死神、カイルは魔王、ライオネルは鬼、ユーリスは司祭、ジュリアンはワンコだった。そしてマリエッタが天使で私は黒猫。仕上がりも満足いくもので楽しかったし、カボチャ料理は美味しかった。今回はどうしよう?
夫であるリュークに相談すると、意外なことを告げられた。
「すまない、急な仕事が入った。間に合うように戻るつもりだが……」
「まあ」
リュークは現在、公爵である父親の代行として領地の経営に携わり、さらに王太子のカイルの補佐もしている。これでは、身体がいくつあっても足りないと思う。
「私が行けば、邪魔になるわね。おとなしく留守番しているわ」
「そうしてくれ。連れて行きたいのはやまやまだが、途中、足場の悪い地域を通る。馬車での移動は無理だ」
私は黙って頷く。
乗馬をもっと頑張っておけば良かったが、馬に乗れたところで、私が足手まといになるのは確実だ。
万一盗賊などに襲われた場合、リュークは水の魔法で身を守れるけれど、私の魔法は魅了だけ。それも、かける対象の目を見なければならないので、大勢に取り囲まれれば役に立たない。それに私がいない方が、仕事に打ち込める。だから私はここに残って、リュークの帰りを待つつもり。
「リューク、気をつけてね。くれぐれも無理はしないで」
ハロウィンどころではなかった。
考えてみれば、リュークに限らずみんなとっても忙しい。王太子のカイルは言うに及ばず、ライオネルとユーリスは軍の仕事がある。ジュリアンは王家の外交担当だし、マリエッタだって学園の保健医だ。生徒達が体調を崩した場合、彼女が光魔法で癒やす。
「大人になった分だけ、責任も大きくなったのね」
学生として、学園に通える私は幸せだ。
みんなに迷惑をかけてはいけないから、今年のイベントは中止にしよう。
出発前日の夜。
私はリュークに、「仮装パーティーは取りやめる」と伝えた。
「そうか。ブランカが決めたことなら、俺は反対しない。だが、お前と会える機会を失って、みんなが納得するかな?」
「そんなこと……」
あるわけがない。
リュークは私を買い被りすぎだ。
確かに、マリエッタの愛らしい姿が見られないのは残念なので、男性陣ががっかりするかもしれない。
「俺としては不在中、お前が他の男に言い寄られないから安心だ」
真面目な顔して、どうしてそんな冗談を?
本気だとしたら、心配症にも程がある。
「ブランカ、そんな目で見られると、出発したくなくなるな」
「そんな目って?」
「気づいてないのか。可愛い顔を見せるのは、俺の前だけにしてくれ」
ほらね?
リュークはやっぱり私を過大評価している。
今度是非、視力検査を勧めたい……って、リュークさん?
「当分お前と触れ合えない。せっかくだから、たっぷり堪能しておくか」
「そ、そそ、それって……」
水色の瞳が妖しく輝き、彼の声が艶を増す。
慌ててベッドの端に行くと、手首を掴まれ引き寄せられた。彼の温かい腕の中で、私はそっと目を閉じる。
「可愛いブランカ。用事を済ませてすぐ戻る。待っていてくれ」
掠れた声に続き、髪にキスが落とされた。
リュークの唇が、私の額や瞼、頬に触れる。次いで首筋をたどって胸元へ。くすぐったいそのキスが、やがて情熱的に変わっていく。肌の上を滑る手、綺麗だと賞賛する大好きな声。夫婦になっても私は、貴方の仕草の一つ一つにときめく。
そして私は、何も考えられなくなった――
*****
「はあ」
蘇芳の月、最後の日。
私は玄関ホールに薔薇の花を飾りながら、一人、ため息をついていた。すぐに戻ると言ったリュークが、なかなか戻って来ないのだ。去年の今頃は、仮装を済ませてワクワクしながら、彼の帰りを待っていたのに。
すると、正面扉が大きく開かれ、金色の弾丸が飛び込んできた。
「ブーラーンーカー様ぁ!」
「ぶほっっ」
つい淑女に相応しくない声が出てしまうが、これは、いきなりタックルしてきたマリエッタのせいだ。ラグビーチームに入れたら、さぞかし活躍を……って、なんでここに?
「マ、マリエッタ。突然どうしたの?」
「突然って? もう、ブランカ様ったらうっかりさん。今日はいつもの仮装パーティーですよ~」
「いえ、あれは中止にするって連絡したはずじゃあ……」
「遠慮しなくていいですよ。準備に疲れたのでしょう? 言って下されば、お手伝いしましたのに」
「あの、そうじゃなくって今年は……」
言いかけたところで、緑の髪の男性が姿を見せた。サンタクロースが持つような、大きな袋を抱えている。
「もう、マリエッタ。荷物を僕に押しつけて、走っていくなんてひどいよ。あ、ブランカ。久しぶり」
「ユーリス! 貴方まで、どうしてここに?」
「どうしてって聞かれても……。今日は、みんなが集まる日でしょう?」
「え? それは今回中止にするって、手紙を出したのよ?」
「手紙? ごめん、休暇を取って領地に帰っていたから、手紙は受け取っていない。マリエッタが張り切っていたので、てっきりパーティーを開くと思って……」
すまなそうにうつむくユーリスに比べて、マリエッタは堂々としている。
「まあまあ、衣装のことなら任せてください。今年は私が揃えました! 代金はカイル様と、褒賞金が出たばかりのライオネルに請求しますので、ご心配なく~」
「ちょっと、マリエッタ。それって事後承諾なんじゃあ……」
ライオネルが軍で戦功をあげ、褒賞を得たことは父から聞いて知っている。けれど、使い途は本人が決めたいだろう。「ご心配なく」って言われても、心配だらけだ。
「だーいじょうぶですよぉ。ブランカ様のためなら断らないと思うし、ちゃんとライオネルの分も用意しましたよ?」
「いえ、そんな問題じゃなく……というより、忙しくて来られないのではないかしら?」
幸い、公爵家のディナーはいつも豪華なので、マリエッタとユーリスの二人を夕食に招くことは可能だ。せっかく準備してくれたなら、マリエッタの可愛らしいコスプレを、見てみたい気もする。
「さ、ブランカ様。一緒に着替えましょう!」
「わ、私まで?」
「当たり前じゃないですか。これだけが楽しみ……って、行きましょう。ユーリス、あとはお願いね」
「わかった」
マリエッタは私の腕を取り、毎年控え室にしている部屋に、慣れた足取りで向かう。残されたユーリスが気の毒に思える。マリエッタは最近、ユーリスの扱いが雑ではないかしら?
マリエッタに押し切られる形で、衣装を身につけた私。ギリシャ風のローブは胸元がざっくり空いていて、かなり恥ずかしい。マリエッタは同じく白を着ているものの、頭には小さな耳と長い角をつけている。
「ねえ、マリエッタ。これってまさか……」
「まさかって? ブランカ様が乙女で、私がユニコーン。ユニコーンは、乙女にしか懐かないそうですよ」
「それ、完全に人選ミスよ。どう考えても、私がユニコーンだと思うの」
「いいえ、合ってますよ? ユニコーンと乙女はペアで行動するし、私達を邪魔する人がいたら、角で突っつくの」
マリエッタったら。
趣旨が変わっているし、『乙女』の意味をわかってないわね?
何度言っても、交代してもらえなかった。
仕方なくそのまま部屋を出たところ、広間の方が騒がしい。恐る恐る覗いてみたところ……
「カイル様! それにジュリアンも!」
ユーリスは頭に耳、背中に白い羽の衣装。カイルはマントを羽織った盛装だが、狼の耳と尻尾を付けていた。ジュリアンは頭に輪っかを載せ、手には竪琴を持っている。イケメンって何を着ても似合うけど、これはなんの仮装だろう?
「あの、みんな何を……」
「ブランカ、相変わらず綺麗だね。会えて嬉しいよ」
「カイル! 僕が先に挨拶したかったのに……。ブランカ、君のために愛の歌を奏でよう」
ジュリアンの大人っぽい口調に、思わず笑みが零れた。
ユーリスの解説によると、彼はペガサスでカイルが狼王、ジュリアンはユーリスの羽を奪おうとしたが失敗……本人は天使のつもりが、吟遊詩人になったそう。
「みんなとっても素敵よ! マリエッタ、ありがとう」
心を込めて口にする。
彼女の明るさに、私は救われた。
今日も一人で過ごしていたら、リュークが戻るまでずっと、もやもやしていたことだろう。
「ありがとうって? お礼なんていいけど、ブランカ様に感謝されて、嬉しいっ」
「痛っ! 痛いわ。マリエッタ、角が結構刺さるんだけど」
マリエッタは私より背が低いため、抱きつかれるとユニコーンの角が私の顔を直撃する。材質は紙だと思われるが、痛いものは痛いのだ。
「うう。ブランカ様に抱きつけないなんて、失敗だわ」
マリエッタの言葉を聞き、肩を竦めるユーリスと、苦笑するカイルに、面白そうな顔のジュリアン。不安な気持ちが紛れたのは、マリエッタとみんなのおかげ……持つべきものは友人ね。
私もみんなに混じり、クスクス笑う。
「ここにリュークとライオネルがいれば、『プリマリ』メンバー勢揃いなのに」
呟くが、さすがにそれは無理だろう。
仕事で不在のリュークもだけど、功績を挙げたばかりのライオネルは、多忙を極めているはずだ。
二人を思って私はうつむく。
ちょうどその時、広間の戸口で聞き慣れた声が――
「カイル。俺達を派遣して、自分はここにいるってひどいな」
「まったくだ。こんなに時間がかかるとは、思わなかったぞ」
「リューク! それに、ライオネルも!」
リュークはいつもの青い上着で、ライオネルは黒い軍服だった。けれど、水色の髪が少し乱れたリュークは、ここにいる誰よりも素敵だ。
元気そうな彼の姿を見て、一安心。と同時に胸が苦しくなり、涙が出そうになる。
「ただいま、ブランカ」
そう言って腕を広げたリュークの胸に、私はためらわずにまっすぐ飛び込む。
「……お帰りなさい」
背中に腕を回し、彼をギュッと抱きしめた。
無事に帰ってきてくれたことが、嬉しくて。
しばらくそうしていたら、頭上で困ったような声が響く。
「ブランカ。このままでも構わないが、客人を待たせているだろう?」
「……え?」
気がつけば、誰も残っていなかった。
気を利かせて、二人きりにしてくれたみたい。
見回す私の傍らで、リュークが声を立てて笑う。そのイイ声に、私の胸はときめく。
「みんなを追い出す時の、マリエッタの顔はすごかったな。ついでに俺まで睨まれた。油断したら、彼女にお前を取られそうだ。間に合うように帰ってきて良かった」
目を細めてリュークが笑う。
私の大好きな、あの笑顔で。
みんなには悪いけど、もう少しこのままでいたい。
二人きりのハロウィン。
ほんのちょっぴり夫婦水入らずで楽しんでも、いいでしょう?
彼の胸に頬をすり寄せ、甘えてみる。
そんな私の髪を撫で、リュークはしっかりと抱きしめてくれた。
蘇芳の月、10月の『プリマリ』は、おなじみのハロウィンコスプレイベント!
この世界はゲームではなくハロウィンもないが、ほんのちょっぴり定着してきた気がする。だから私――ブランカは今年もイベントを開催しようと考えていた。
去年も一昨年も登場人物達を我が家に招待し、衣装を着てもらった。それぞれが似合っていたので、今年もしっかり目に焼き付けよう。
ちなみに去年は、リュークが死神、カイルは魔王、ライオネルは鬼、ユーリスは司祭、ジュリアンはワンコだった。そしてマリエッタが天使で私は黒猫。仕上がりも満足いくもので楽しかったし、カボチャ料理は美味しかった。今回はどうしよう?
夫であるリュークに相談すると、意外なことを告げられた。
「すまない、急な仕事が入った。間に合うように戻るつもりだが……」
「まあ」
リュークは現在、公爵である父親の代行として領地の経営に携わり、さらに王太子のカイルの補佐もしている。これでは、身体がいくつあっても足りないと思う。
「私が行けば、邪魔になるわね。おとなしく留守番しているわ」
「そうしてくれ。連れて行きたいのはやまやまだが、途中、足場の悪い地域を通る。馬車での移動は無理だ」
私は黙って頷く。
乗馬をもっと頑張っておけば良かったが、馬に乗れたところで、私が足手まといになるのは確実だ。
万一盗賊などに襲われた場合、リュークは水の魔法で身を守れるけれど、私の魔法は魅了だけ。それも、かける対象の目を見なければならないので、大勢に取り囲まれれば役に立たない。それに私がいない方が、仕事に打ち込める。だから私はここに残って、リュークの帰りを待つつもり。
「リューク、気をつけてね。くれぐれも無理はしないで」
ハロウィンどころではなかった。
考えてみれば、リュークに限らずみんなとっても忙しい。王太子のカイルは言うに及ばず、ライオネルとユーリスは軍の仕事がある。ジュリアンは王家の外交担当だし、マリエッタだって学園の保健医だ。生徒達が体調を崩した場合、彼女が光魔法で癒やす。
「大人になった分だけ、責任も大きくなったのね」
学生として、学園に通える私は幸せだ。
みんなに迷惑をかけてはいけないから、今年のイベントは中止にしよう。
出発前日の夜。
私はリュークに、「仮装パーティーは取りやめる」と伝えた。
「そうか。ブランカが決めたことなら、俺は反対しない。だが、お前と会える機会を失って、みんなが納得するかな?」
「そんなこと……」
あるわけがない。
リュークは私を買い被りすぎだ。
確かに、マリエッタの愛らしい姿が見られないのは残念なので、男性陣ががっかりするかもしれない。
「俺としては不在中、お前が他の男に言い寄られないから安心だ」
真面目な顔して、どうしてそんな冗談を?
本気だとしたら、心配症にも程がある。
「ブランカ、そんな目で見られると、出発したくなくなるな」
「そんな目って?」
「気づいてないのか。可愛い顔を見せるのは、俺の前だけにしてくれ」
ほらね?
リュークはやっぱり私を過大評価している。
今度是非、視力検査を勧めたい……って、リュークさん?
「当分お前と触れ合えない。せっかくだから、たっぷり堪能しておくか」
「そ、そそ、それって……」
水色の瞳が妖しく輝き、彼の声が艶を増す。
慌ててベッドの端に行くと、手首を掴まれ引き寄せられた。彼の温かい腕の中で、私はそっと目を閉じる。
「可愛いブランカ。用事を済ませてすぐ戻る。待っていてくれ」
掠れた声に続き、髪にキスが落とされた。
リュークの唇が、私の額や瞼、頬に触れる。次いで首筋をたどって胸元へ。くすぐったいそのキスが、やがて情熱的に変わっていく。肌の上を滑る手、綺麗だと賞賛する大好きな声。夫婦になっても私は、貴方の仕草の一つ一つにときめく。
そして私は、何も考えられなくなった――
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「はあ」
蘇芳の月、最後の日。
私は玄関ホールに薔薇の花を飾りながら、一人、ため息をついていた。すぐに戻ると言ったリュークが、なかなか戻って来ないのだ。去年の今頃は、仮装を済ませてワクワクしながら、彼の帰りを待っていたのに。
すると、正面扉が大きく開かれ、金色の弾丸が飛び込んできた。
「ブーラーンーカー様ぁ!」
「ぶほっっ」
つい淑女に相応しくない声が出てしまうが、これは、いきなりタックルしてきたマリエッタのせいだ。ラグビーチームに入れたら、さぞかし活躍を……って、なんでここに?
「マ、マリエッタ。突然どうしたの?」
「突然って? もう、ブランカ様ったらうっかりさん。今日はいつもの仮装パーティーですよ~」
「いえ、あれは中止にするって連絡したはずじゃあ……」
「遠慮しなくていいですよ。準備に疲れたのでしょう? 言って下されば、お手伝いしましたのに」
「あの、そうじゃなくって今年は……」
言いかけたところで、緑の髪の男性が姿を見せた。サンタクロースが持つような、大きな袋を抱えている。
「もう、マリエッタ。荷物を僕に押しつけて、走っていくなんてひどいよ。あ、ブランカ。久しぶり」
「ユーリス! 貴方まで、どうしてここに?」
「どうしてって聞かれても……。今日は、みんなが集まる日でしょう?」
「え? それは今回中止にするって、手紙を出したのよ?」
「手紙? ごめん、休暇を取って領地に帰っていたから、手紙は受け取っていない。マリエッタが張り切っていたので、てっきりパーティーを開くと思って……」
すまなそうにうつむくユーリスに比べて、マリエッタは堂々としている。
「まあまあ、衣装のことなら任せてください。今年は私が揃えました! 代金はカイル様と、褒賞金が出たばかりのライオネルに請求しますので、ご心配なく~」
「ちょっと、マリエッタ。それって事後承諾なんじゃあ……」
ライオネルが軍で戦功をあげ、褒賞を得たことは父から聞いて知っている。けれど、使い途は本人が決めたいだろう。「ご心配なく」って言われても、心配だらけだ。
「だーいじょうぶですよぉ。ブランカ様のためなら断らないと思うし、ちゃんとライオネルの分も用意しましたよ?」
「いえ、そんな問題じゃなく……というより、忙しくて来られないのではないかしら?」
幸い、公爵家のディナーはいつも豪華なので、マリエッタとユーリスの二人を夕食に招くことは可能だ。せっかく準備してくれたなら、マリエッタの可愛らしいコスプレを、見てみたい気もする。
「さ、ブランカ様。一緒に着替えましょう!」
「わ、私まで?」
「当たり前じゃないですか。これだけが楽しみ……って、行きましょう。ユーリス、あとはお願いね」
「わかった」
マリエッタは私の腕を取り、毎年控え室にしている部屋に、慣れた足取りで向かう。残されたユーリスが気の毒に思える。マリエッタは最近、ユーリスの扱いが雑ではないかしら?
マリエッタに押し切られる形で、衣装を身につけた私。ギリシャ風のローブは胸元がざっくり空いていて、かなり恥ずかしい。マリエッタは同じく白を着ているものの、頭には小さな耳と長い角をつけている。
「ねえ、マリエッタ。これってまさか……」
「まさかって? ブランカ様が乙女で、私がユニコーン。ユニコーンは、乙女にしか懐かないそうですよ」
「それ、完全に人選ミスよ。どう考えても、私がユニコーンだと思うの」
「いいえ、合ってますよ? ユニコーンと乙女はペアで行動するし、私達を邪魔する人がいたら、角で突っつくの」
マリエッタったら。
趣旨が変わっているし、『乙女』の意味をわかってないわね?
何度言っても、交代してもらえなかった。
仕方なくそのまま部屋を出たところ、広間の方が騒がしい。恐る恐る覗いてみたところ……
「カイル様! それにジュリアンも!」
ユーリスは頭に耳、背中に白い羽の衣装。カイルはマントを羽織った盛装だが、狼の耳と尻尾を付けていた。ジュリアンは頭に輪っかを載せ、手には竪琴を持っている。イケメンって何を着ても似合うけど、これはなんの仮装だろう?
「あの、みんな何を……」
「ブランカ、相変わらず綺麗だね。会えて嬉しいよ」
「カイル! 僕が先に挨拶したかったのに……。ブランカ、君のために愛の歌を奏でよう」
ジュリアンの大人っぽい口調に、思わず笑みが零れた。
ユーリスの解説によると、彼はペガサスでカイルが狼王、ジュリアンはユーリスの羽を奪おうとしたが失敗……本人は天使のつもりが、吟遊詩人になったそう。
「みんなとっても素敵よ! マリエッタ、ありがとう」
心を込めて口にする。
彼女の明るさに、私は救われた。
今日も一人で過ごしていたら、リュークが戻るまでずっと、もやもやしていたことだろう。
「ありがとうって? お礼なんていいけど、ブランカ様に感謝されて、嬉しいっ」
「痛っ! 痛いわ。マリエッタ、角が結構刺さるんだけど」
マリエッタは私より背が低いため、抱きつかれるとユニコーンの角が私の顔を直撃する。材質は紙だと思われるが、痛いものは痛いのだ。
「うう。ブランカ様に抱きつけないなんて、失敗だわ」
マリエッタの言葉を聞き、肩を竦めるユーリスと、苦笑するカイルに、面白そうな顔のジュリアン。不安な気持ちが紛れたのは、マリエッタとみんなのおかげ……持つべきものは友人ね。
私もみんなに混じり、クスクス笑う。
「ここにリュークとライオネルがいれば、『プリマリ』メンバー勢揃いなのに」
呟くが、さすがにそれは無理だろう。
仕事で不在のリュークもだけど、功績を挙げたばかりのライオネルは、多忙を極めているはずだ。
二人を思って私はうつむく。
ちょうどその時、広間の戸口で聞き慣れた声が――
「カイル。俺達を派遣して、自分はここにいるってひどいな」
「まったくだ。こんなに時間がかかるとは、思わなかったぞ」
「リューク! それに、ライオネルも!」
リュークはいつもの青い上着で、ライオネルは黒い軍服だった。けれど、水色の髪が少し乱れたリュークは、ここにいる誰よりも素敵だ。
元気そうな彼の姿を見て、一安心。と同時に胸が苦しくなり、涙が出そうになる。
「ただいま、ブランカ」
そう言って腕を広げたリュークの胸に、私はためらわずにまっすぐ飛び込む。
「……お帰りなさい」
背中に腕を回し、彼をギュッと抱きしめた。
無事に帰ってきてくれたことが、嬉しくて。
しばらくそうしていたら、頭上で困ったような声が響く。
「ブランカ。このままでも構わないが、客人を待たせているだろう?」
「……え?」
気がつけば、誰も残っていなかった。
気を利かせて、二人きりにしてくれたみたい。
見回す私の傍らで、リュークが声を立てて笑う。そのイイ声に、私の胸はときめく。
「みんなを追い出す時の、マリエッタの顔はすごかったな。ついでに俺まで睨まれた。油断したら、彼女にお前を取られそうだ。間に合うように帰ってきて良かった」
目を細めてリュークが笑う。
私の大好きな、あの笑顔で。
みんなには悪いけど、もう少しこのままでいたい。
二人きりのハロウィン。
ほんのちょっぴり夫婦水入らずで楽しんでも、いいでしょう?
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