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近くて遠い人

文化祭5

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 悲しいことに私を女子だと疑う者はいなかった。大笑いした二人は気が済んだのか、じゃあ、と手を振るとプレートを持って校舎の方に移動していった。桃華や他の女子と比べたら、確かに私は女の子らしいとは言えない。それでも少しくらいは、あれ? と思ってほしかった。そんなわけで、むくれた私はそのまま紅にあたってしまう。

「もう! 何で勘違いされるようなことを平気で言うの? こんな時に冗談は止めて」
「冗談? そんなもの言った覚えはないぞ」
「だって、紫記とラブシーンって言われた時に、そうできればいいって……」
「本心だけど? 俺は花澤よりもお前がいい」
「なっ、何を」

 聞いた私も私だけど、答える紅も紅だと思う。
 慌てて周りを見回す。
 幸い誰にも聞かれてなかったようだ。

「そんなこと言って、私の正体がバレたらどうするつもり?」
「ああ、それなら……」

 言いかけた紅の肩を、近づいて来た誰かが叩いた。

「紅輝悪い、ちょっと問題発生だ。すぐに来てくれ」

 同じクラスの監督をしている生徒だった。問題って何だろう? 劇に関わることかな?
 演出の変更らしく、紅だけに用事があると言われた。仕方がないので、私はこの場で二人を見送ることにする。

「紫記、悪い。後で話そう」

 私は黙って頷いた。
 白いタキシードを着た紅は、去って行く後姿もかっこよかった。監督と話しながら歩いているだけで、何人もの注目を集めている。紅とゆっくり話したかったけれど、二人きりになるのは当分難しそうだ。
   そういえば、紅は元々何で私のことを探していたんだろう?   用件を聞くのを忘れていた。解決していればいいんだけど。



   一人になった私は、中庭に移動しながら次はどこに行こうかと考えていた。すると、遠くの方から忠犬……じゃなかった、藍人が嬉しそうに駆けてくる。

「紫記!   さっきはごめん。入れ違いでちょうど会えなかった」
「ああ、『もふもふカフェ』のこと?   大丈夫、ちゃんと行ったよ」

   だってそこで、蒼から紅と桃華のお見合いのことを聞いたのだ。結局は誤解だとわかったけれど、衝撃が大きくて、すぐに教室を出てしまったのだ。

「気がついたら帰ってたって、蒼士と橙也が言ってた。俺が皿を借りに行ってた時に限って、来るなんてな~」
「でも藍人のもふもふ、もう見たし。毎日会ってるのに今更だろ」
「うわ、ひっでぇー。俺の淹れるコーヒーは美味いって評判だったのに」

   しょんぼりする藍人は何だか可愛い。
 今は外しているけれど、うなだれて下がる犬の耳が見えるようだ。おかしくてクスクス笑っていたら、藍人が続けた。

「で、今暇?   俺ちょうど休憩時間なんだけど」
「別に空いてるけど? だったら僕じゃなくて女子を誘えばいいのに」

   本人が気づいていないだけで、彼は結構女子にモテる。学園祭はチャンスなのに藍人ったら。いつも可愛い彼女が欲しいと言ってるくせに、私に声をかけてる場合じゃないと思う。

「うーん。でも、せっかくの学園祭に気を遣うのはちょっとな。お前だとほら、面倒くさくないし」
「まあね。変に絡んだりはしないかな?」
「お前ならいいんだけど……じゃなかった。と、とにかくほら、この辺食べ歩こう!」

   そう言うと、藍人は私を待たずにずんずん先に歩いていった。急にどうしたんだ? 耳が少し赤いようなのは、きっと気のせいだよね?   ここで熱を出したら、藍人目当ての女の子達が可哀想だ。さっき『もふもふカフェ』にいた他校の女子が、今も近くにいたように思う。彼の方をチラチラ見ていたような。
 藍人もモテたいなら、ちょっと頑張ればいいだけなのに。鈍感ってある意味罪だと思う。まあそこが、彼のいいとこなんだろうけれど。

   私は藍人と一緒に、外の出店を覗いて回った。たこ焼きや焼きそば、クレープなどベタなものが多い。お腹が空いていたせいか、どれも美味しそうだ。私は大きなたこ焼きを買うことにした。
 隣の藍人は育ち盛りの高校生らしく、焼きそばやお好み焼きなど買った物を次々にお腹に納めていく。油断していたら、私のたこ焼きにも手を伸ばしていた。お返しに、とばかりに彼のフライドポテトをもらう。お互い様だから文句は言えまい。

 奪ったポテトを食べていたら、なぜか藍人がじっと見ている。どうした? もしかして私、とり過ぎた? 大きなたこ焼きと引き換えに、フライドポテト二本は別におかしくないと思う。でも、返してって言われても食べちゃったからもう遅い。

「どうした? 僕にとられて惜しくなったのか?」
「いや、まさか。ちょっと思ったことがあって……」

 そう言って鼻の頭をかく藍人。
 不思議に思った私は首を傾げた。

「何だ? 君と比べたら大食いでも何でもないぞ」
「いや、ちょっと。こうしていると、まるでデートみたいだなって」
「はあ?」

 藍人ったら突然何を言い出すんだろう。
 食べ過ぎで頭が変になったとか?

「いや、違う。俺、そっちの趣味なんてないんだけど。でもお前の食べ方見てたら、つい」
「つい?」
「少しずつ食べる様子が、女の子みたいで可愛いかった」
「なっ……何を言い出すんだ。そんなわけないだろ!」

 私は焦って否定した
 にじみ出る女らしさとか隠し切れない色気とかなら、わかる気がする。というか、むしろ嬉しい。でも、食べ方から女の子って……。大きめのフライドポテトを一本ずつ食べるのって普通じゃないの? 男らしく頬張るべきだった?

「いや、だから変な意味じゃなくてだな。ああもう、次行くぞっ」

   目を逸らした藍人は、やっぱり前をずんずん進んでいく。これはあれだな、早めに彼女を作った方がいいな。さっきの子が近くに来たら、さりげなく離れてあげよう。私はそう心に決めると、取り敢えず彼の後をついていった。


     
「紫記ここだ。美味しいってクラスの女子から聞いたんだ」
「わぁ」

   藍人が案内してくれたのは、料理部主催のおやつコーナーだった。ドーナツやカップケーキ、クッキーなどが並んでいる。ラッピングも可愛くて、いかにも女性が喜びそうなお店だ。

「紫記様!   藍人様も。いらして下さって光栄です。サービスするので握手して下さい」

   え、そんなんでいいの?
   それだけで美味しそうなお菓子をサービスしてもらえるなら、もちろん喜んで。私はすぐに手を出した。藍人も恥ずかしそうに握手をしている。藍人ったらもしかして、この中に気になる子でもいるのかな?
   私はカップケーキを、藍人はドーナツを買ってクッキーをサービスしてもらった。甘い匂いがしてきて、幸せな気分だ。

「いやー、いい買い物だったね~」
「そっちも美味しそうだな。ちょっと味見させて?」
「いいけど。じゃあ、ドーナツも一口ちょうだい」

 買ったお菓子を少しずつ交換する私と藍人。彼が言うように、デートってこんな感じなんだろうか?
 もし紅と一緒だったら……ああ、そうか。甘い物は苦手だった。そうでなくとも紅は目立つ。だからこんな風に二人で過ごすのは、きっと無理だろう。
 藍人のドーナツを受け取りながら、私はふと悲しい気持ちになってしまった。
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