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それぞれの想い

どうしてわからない?

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 俺――紅輝は大きなため息をつくと、黒く戻った彼女の瞳を見つめた。
 紫は昔からずっとそうだ。
 頭がいいくせに、肝心な所で気づかない。
 あまりに鈍いので、最初はわざとはぐらかしているのかと思った。こんなに何度もアピールしているのに、どうしてわからない? 推測も惜しい所まで行くくせに、最後の最後ではずしてしまう。

「力にはなれないけど、友人として話くらいなら聞くよ?」

 自分の話を聞いてどうしようというのだろうか。すぐに受け入れてくれるとでも?   
   紫が遊び慣れている子なら、遠回しに断っているのかと思うところだ。「力になれない」だの「友人として」は、相手の好意を否定する文句だから。だが、彼女はきっと純粋に親切心で言っているのだろう。それが一番厄介だ。

「いや、いい。自分で何とかするから」

 今の俺は、こんな風にしか答えられない。
 だからお願いだ。言った瞬間、悲しそうな顔をするのは止めてくれ。でないと約束を破って、本当の気持ちを打ち明けそうになるから。
 俺の名前を縮めて呼んでいいのは、身内以外では紫だけ。自宅に招き入れるのも、顔も覚えていない家庭教師を除けば彼女だけだ。一緒にいて居心地がいいのも、世話を焼きたいと思うのも昔から彼女だけだった。なのに紫は、そんな俺の気持ちには気づいていない。

 俺だけでなく、蒼や黄も玉砕している。
 いい例が学園に入学する前の、彼女の親父さんとの会話だ。俺達が本音を漏らしたにも関わらず、紫は婚約の話を本気にせずに困った顔で笑っていた。異性にここまで相手にされないのは初めてだ。
 だが、嫌われているのかと思えばそうでもない。男装して学園に入ることはあっさり了承してくれたし、寮で同室になるのも特に気にしていないようだ。
   まあ、俺達三人が男として全く意識されていないと言われれば、それまでなんだが。

「それなら、私にできることがあれば遠慮なく言ってね」
「……ああ」

   本当に、そうできればいいんだけど。



 紫を『彩虹学園』に入学させるにあたり、俺達三人は親父に約束させられた。

 一、学園生活に真面目に取り組むこと
 一、紫に気持ちを押し付けず、自分から告白しないこと
 一、卒業するまで紫に決して手を出さないこと
 
 破った場合は即、この学園の理事長の正体と彼女の自宅を買い戻したのは誰か、ということをバラすと言うのだ。
   自分の金をどう使おうと勝手だと思うのだが、一応未成年である俺達は親父の名前を借りている。恩着せがましいのは嫌だし、負担に思われてもいけない。紫には『お金は関係なく、自分自身の感情で俺を選んで欲しい』と思っているから。
 
 知ったら怒られるかもしれないが、『世話役』という仕事も無理やり作り出した。母を失くして直ぐの俺達は確かに荒れていたかもしれない。が、ほんの数日でおさまった。

 俺が夜出歩いていたのは、語学学校の上級クラスをはしごするため。初級や中級なら早い時間帯にあるが、海外ビジネスや通訳を目指すための語学ともなると、会社帰りの人間が多い遅い時間帯にしか行われない。
   自宅で個人的にレッスンを受けることも考えたが、『櫻井財閥総帥の自宅』ともなると教師の方が遠慮をしてしまう。意味もなく褒められたり、好みでもなんでもない女性に絡まれたりするのは、こりごりだった。だったらただの『櫻井』としてスクールに通った方がいい。
 必要な言語は語学スクールとネットで中学生のうちに習得できたから、今は別に困っていない。ただ、あの時夜遊びしていたと紫に誤解されたままなのが、不本意なだけだ。

 蒼もあの頃は、大学の研究室に泊まり込んで助手の仕事を手伝っていたと聞く。中学の自由研究の際に質問に行った先で、バイオ研究に興味を持ったそうだ。教授が快く引き受けてくれたこともあって、時々大学に行っていたらしい。だからあいつは、学園ではわざと実験に手を出さないようにしている。

 黄は母親と同じくモデルの世界に進もうとしていた。でもまあ、学校をサボってまで仕事を優先しようとしたから、紫に怒られて当然と言えば当然だ。「紫ちゃんと釣り合うように早く大人になりたい」と言っていた弟は、彼女に内緒で時々雑誌の仕事を入れていた。



   俺達兄弟は紫が好きだ。
   小さな頃からずっと。
   保育園で俺達を庇った小さな背中。一生懸命世話を焼く姿も好ましかった。黄が連れて行かれそうになった時、必死に犯人に縋り付いてくれた彼女。あの時は怪我をさせてゴメン。俺に力があれば、決して傷つけさせなかったのに――

   あの時俺達は、強くなろうと決めた。紫を守れるくらいに大きく強く。だから無理して笑うお前に、俺達も自分達のことはあまり話さなくなった。母親の病状さえも。

 だが後日、母の葬儀で落ち込んでいた俺達をお前は黙って抱き締めてくれた。それがどんなに嬉しかったか。けれど同時に、そんな自分達をまだまだだと感じた。もっと成長しなければ。
   それぞれが自分を高めようと努力をした。早く大人になりたくて、中学生の俺達は焦っていた。残念なことに、お前との距離は離れてしまったようだが。

 
 
   紫の家が借金を抱え、親父のテコ入れでも足りないと知った時、俺達は話し合った。彼女の自宅が人手に渡れば、一家はここから引っ越してしまう。
 三人で金を出し合って、紫の自宅を買い戻した。そして『世話役』として働いてもらうだけで十分だと親父の口から伝えてもらったのだ。

   ところが、バレていないはずなのに彼女は俺達に遠慮をして口うるさく言わなくなってしまった。どこまで他人行儀なのかと、半ば試すつもりで無茶を言ったり、他の女性といるところをわざと見せたり。
   結果は惨敗。紫は深く踏み込んではこなかった。我ながら子供っぽかったと後悔している。
 
 

 俺達が援助をしたとバレてはいけない。けれど、手放すこともできない。学園の寮にいる間ずっと、会えなくなるのは嫌だった。幸い学費免除の特待生に男子の空きがあったから、勧めることにした。
   無論、婚約でも構わない。俺達の誰かと婚約しないかと聞いてみた。やっぱり惨敗。俺達兄弟は、三人とも相手にもされていないようだ。
   だったら学園にいるうちに、紫の気持ちを俺に向けさせなければ。彼女の方から好きだと言ってくれたなら、約束を破ったことにはならない。

「なかなか上手くはいかないな」

 思わず声に出してしまった。
 事情を知らないはずなのに、困った顔で紫が俺を見ている。
 もしも真実を伝えたなら、お前はどんな顔をするのだろうか? 同情は嫌だと怒る? それとも、少しは俺の気持ちを汲んでくれるのだろうか。
 
「なあ、なんで俺が転校生のことを好きだと思った?」
「え? だって……」

 言葉を濁したお前の方が、なぜか動揺している。これ以上「お似合いだ」なんて言うなよ? でないとどんな行動に出るか、自分でもわからないから。
 
「あ、紅、チャイムだ! そろそろ教室に戻ろう」

 タイミングよく鳴る鐘に救われたのは、果たしてどちらなのだろう? 問い詰めたくなる俺か、答えたくないお前なのか。俺との話を打ち切ることができたお前は、明らかに嬉しそうだ。

「そうだな。急がないと」

 急がなければいけない。
 他のやつにとられる前に。
 どんどん綺麗になるお前は、周りの人間を惹きつける。頼むからこれ以上、心配させないでくれ。
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